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144. 恋煩い

 ある日、沙織が撮影の合間に楽屋で本を読んでいると、玲央が声を掛けた。

「沙織。小説読んでるの?」

 玲央の言葉に、沙織は顔を上げる。

「うん。番組の企画で感想言わなきゃならなくて」

 麻衣子とともに情報番組の準レギュラーである沙織は、合間に本や映画を積極的に鑑賞している。

「そうなんだ。本は全然読まないからなあ……」

「読んでみると面白いよ? 今回はミステリーなんだけど、先が気になって撮影の合間でも読んじゃうんだ」

「そっか。じゃあ邪魔しちゃったね」

 そうしていると、沙織が撮影に呼ばれた。

「あ、ちょうど撮影再開みたい。ありがとう、玲央君」

「ううん。またね……」

 切なげに見送る玲央を見ながら、綾也香がやって来た。

「まだグズグズしてるの?」

「綾也香……」

「意外。玲央ってもっとグイグイいくタイプだと思ってた」

 ズケズケと言う綾也香に、玲央は苦笑して俯く。

「グイグイいって、困らせるなんて嫌だから」

「ふーん。大人なんだ」

「手本がいるからね」

「手本?」

 玲央はそれに答えずに廊下に出ていくと、向こうから鷹緒が歩いてくるのが見えた。

「え、諸星さん?」

 今日は同じ撮影ではないはずだが、鷹緒は玲央に会釈した。

「おう。元気?」

「はい……今日は違う撮影ですよね?」

「ああ。ちょっとスタッフの忘れ物を届けにね」

「諸星さんがですか?」

「うん。時間空いたから」

 苦笑しながらスタジオに入っていく鷹緒について、玲央も歩いていく。

 スタジオに入るなり、鷹緒はスタジオ脇で次の撮影を待つ沙織を見つけ、すぐに声を掛けた。

「鷹緒さん?!」

 沙織も知らなかったようで、突然の訪問者に驚きを隠せない様子だが、すぐに照れるように笑った。

「おう」

「どうしたの?」

「忘れ物届けに」

「鷹緒さんが?」

「おまえがいる現場だからだろ」

 こっそりと沙織の耳に言った鷹緒の言葉は、さすがに玲央までには届かない。それでも沙織は一瞬にして耳まで真っ赤になったので、何か沙織が嬉しいことでも言ったのだろうと推測された。

 しかし鷹緒はそれ以上沙織には声を掛けず、俊二に声を掛けた。

「あ、鷹緒さん。すみません……」

「おまえの忘れ物もだいぶ減ったと思ったけど」

「乗り切れることではありましたけど……ちょっと心許なかったので助かります」

「いいよ。暇だから見ていっていい?」

 鷹緒はそう言いながら、俊二が忘れた機材を渡す。

「もちろんどうぞ。でも鷹緒さんが暇とか、あり得なくないですか?」

「少し見たら帰るよ」

「緊張するなあ」

「一人前がなに言ってんだよ」

 二人はそうして笑いながら、撮影が再開される。

「私も緊張しちゃう……」

 次の撮影だった沙織が、鷹緒の横を過ぎる時にそう言った。

「おまえまでなに言ってんだ。集中しろよ」

「はーい」

 沙織は笑いながら小走りで去っていく。それを横目で見送って、鷹緒はスタジオの隅に立った。

「誰かと思ったら鷹緒さんじゃん」

 そう言ったのは、楽屋から出てきた綾也香だ。

「おう。久しぶりだな」

「そうですね。WIZM企画の一押しは、麻衣子と沙織だし」

「馬鹿言ってんなよ。おまえだってうちの看板だろ」

「本当に?」

 言わせるような綾也香の圧に、鷹緒は微笑む。

「当たり前のこと言わせんな。実感出来ないなら自分で売り込めよ。ベテランだろ」

「ベテランだからこそ、たまに自信なくすのよ」

 悲しく微笑む綾也香を、鷹緒は横目で見つめた。

「おまえが元気ないと調子狂う」

「え、うそ?」

「まあ、迷惑かけられんのは勘弁だけどな……ベテランのムードメーカーだと思ってるし、これからも頼むよ」

 社員の義務としての鼓舞だともわかったが、綾也香はそれに乗せられるように拳を見せる。

「まかせといて! じゃあね」

「おうよ」

 別のところへ向かう綾也香の後で、玲央がやって来た。

「なんか、さすがっすね……フォローってやつですか?」

 冷静に言った玲央に、鷹緒は苦笑する。

「一応、社員なんで……それに今日は身内ばっかだから、そこは身内同士でカバーしあえる信頼があるとは信じてるけどね……」

 鷹緒が言っている遠くで、綾也香が新人たちに声を掛けているのがわかる。

「なんか……自分が嫌になります」

 突然言った玲央に、鷹緒は首を傾げた。

「え、どうした?」

「恋愛だとか仕事だとかに振り回されてるなんて、自分のことしか考えられてないってことですもんね」

 玲央の言葉に、鷹緒は苦笑する。

「若いんだから当たり前なんじゃないの?」

「そうですか? 諸星さんの若い頃も、恋愛や仕事に振り回されてました?」

 そう言われて、鷹緒は高い天井を見上げた。

「そうだな……本意じゃないけど、振り回されてたんじゃないかな」

「想像がつかないですね……」

「ハハッ。俺だって、人並みには恋愛もしてるし、仕事だってたくさん失敗してきたよ」

 鷹緒の言葉に、玲央は口を曲げる。

「諸星さんを振り回す女性なんているんですか?」

「玲央は俺をなんだと思ってんの?」

 苦笑する鷹緒に、ムキになって玲央が口を開いた。

「だって諸星さんなんて、女性選び放題でしょ」

「玲央のがモテるだろうに……あいにく俺は選ぶ立場でもないし、ふられてばっかりだよ」

「嘘だ」

「こんなところでくだらないこと言ってないで、それこそ集中しろよ」

「ハイ……」

 突然落ち込んだ様子の玲央に、鷹緒が笑って肩を叩いた。

「悩む時は大いに悩めよ」

「そんなガキに言うみたいに言わなくても……」

「悩みもなくのほほんと生きてるよりは、悩み足掻いて生きるやつのほうが俺は好きだけど」

 玲央は惚れ込むように顔を赤らめると、やがて口を開いた。

「……頑張ります」

「ああ。それでも答えが出なかった時は、誰かに相談するといいよ」

「その時は、相談に乗ってもらえますか?」

「俺で役に立てるなら」

 その時、広樹がスタジオに入ってきた。

「社長? 今日はどうしたんですか。こんな重役ばっかり……」

 玲央の言葉に、広樹は苦笑する。

「視察」

「おまえの場合は逃避行動だろ」

「それはおまえもだろ、鷹緒。人に運転手させて全然戻って来ないし……」

「着いて早々、電話で話し込んでたのはおまえだろ」

「まあでも会社にずっといるより、たまには外に出たいじゃん」

「言えてる」

 軽快に会話する鷹緒と広樹を見て、玲央は嬉しそうに笑った。

「ここの事務所に入れて良かったです」

 玲央の言葉に、鷹緒と広樹は怪訝な顔で首を傾げる。

「どうしたの、急に」

「いや……前の事務所って社員同士仲悪かったのが伝わってたし。WIZM企画はみんな仲良いから嬉しいんですよ」

「そう言ってもらえると嬉しいね」

 その時、撮影が始まってフラッシュが焚かれた。

 鷹緒は途端に仕事モードに引き戻されたように真剣な顔つきになると、沙織の撮影を見つめていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新嬉しいです! 鷹緒さんと沙織ちゃんの日常の様子が垣間見れて テンション上がりました 玲央くんの切なさもいいですね 鷹緒さんじゃないけど大いに悩むんだ(笑)
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