第一話〈召喚、そして異世界へ〉
あるところに、たとえいかなる状況であっても灼熱の砂漠も、草木ひとつ生えぬ荒野も、船を呑み込む嵐の海も、決して恐れることなく進み続けて、どんな場所にも必ず品を届ける、そんなキャラバンがいる。
フェンリルと黒龍が中央の宝石を守るように円を描いて囲んでいる旗を高らかに掲げて、琥珀の宝石を身につけあらゆる場所に向かう姿から「琥珀隊」と呼ばれた。
彼らは平民も奴隷も貴族も王族も関係なく、きちんと対価が払えるならばどんな品でもどんな場所でも、たとえ幻の品だって揃える。
奴隷を見つければ買い取り自由を与え、病気の子がいれば良くなるように薬を与え、罪人が入れば「共に来てその罪を償え」と手を差し伸べて、そうして多くの人々が寄り集ったキャラバンは今も琥珀隊として様々な品を売っている。
これはそんなキャラバンの始まり、人をこよなく愛する黒龍と主を守るために強さを得たフェンリルと、今を生きることを最も大切にした旅商人のお話――。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
現実は小説より奇なり、とはよく言ったもんだと思う。
そりゃあ小さい頃には自分が超能力者になったりスーパーパワーを手に入れて敵をバッタバッタ倒すとか、世界を自由であてどない旅に出るという妄想を脳内で繰り広げて授業に集中してなくて怒られる、なんてことが何度かあった。いや、いつか旅に出てみたいという夢だけは未だ変わらないんだけど。
まさかそれを大人になった今、実体験するなんて夢にも思わなかった。
「ようこそ、勇者様。突然の召喚、誠に申し訳ない」
目の前に立つ、王冠を被った王様らしき男が言う。
「本来であればこのような非道、決して許されることではない。しかしどうか聞いてほしい。我らの世界は魔王の脅威に晒されている。どうか、その力を貸してはいただけないだろうか」
王様らしき男にそういわれ、思わず呟く。
「マジ……?」
仕事終わりに今日の晩御飯は外で食べようと思って適当に出歩いてる時に突然足元が光り出して――気がつくとここにいた。突然のことでまだ驚いてるのに、意味の分からないことを言われてさらに頭が混乱する。
「この方々が……」
「かつての勇者様もこんなに若い時に来られたのかしら……」
ヒソヒソと小声で言い合いながらこちらを見ているメイドや執事に兵士、いや軍服じゃないし衛兵?
王様らしき男の横に立っている神父っぽい男。その表情はどこか物悲しく、申し訳なさそうに視線を落としている。
そして、私の目の前に立っている三人の男女、彼らは足元が光り出した時にちょうどすれ違った三人だった。――が、すぐに違和感に気づく。三人は魔法陣の中央付近に立っているのに対して、私は円の端の方に立っていた。
……微妙に位置が違う。その手の作品を読み漁っていたからこそ分かる。この状況は確実に「勇者の仲間として召喚された」か「運悪く召喚巻き込まれた」かのどっちかだ。もし後者なら色々とやりようはあるけど、万が一にも前者だとしたら流石に勘弁してほしい。
成人したてかそこらの若者に二十六の喪女(……ではないと言いたいが)が混ざるなんて嫌だ。
「すげぇ、マジの異世界だ」
「ヤバい!私特大魔法とか使えたりしちゃうかな!?」
「任せて下さい!魔王なんてチョチョイと倒してやりますよ!」
……いやだ、こんな後のことをなーんにも考えてなさそうな奴らと一緒なんて絶対いやだ。
そもそもまだ詳しい事情すら聞かされていないのに「はいそうですか」と納得できるわけがない。かといって口を挟んだところでハイテンションな彼らが聞くかどうかも怪しい。――というかまずは休みたい。こっちは仕事終わりだったから疲れてるんだ。
「あー……王様、ひとつお願いしたいんですが」
「あぁ、何なりと言ってくれ」
「まず、こちらに来る前は夜だったんです、私も、恐らく彼らも疲労が溜まっています。なので受けるかどうかは一晩休んでから考えさせてもらえませんか」
「うむ、確かに先を急ぎすぎてしまったな。申し訳ない、まずは部屋の準備が整うまで食事でもいかがだろうか?」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
王様と私達四人では有り余るほどの豪奢な長机の上には見たこともない料理が並び、食欲を唆る匂いが部屋に満ちていた。
「いやーでもさーこれ完全にテンプレだよな!?絶対選ばれし者ってやつだろ!」
「ねぇねぇ、さっきステータスとか出なかった?私、なんか魔力がどうのって書いてたんだけど」
「そういえば出てたな。まぁ、王国総出で支援してくれるらしいし、全員で力合わせりゃ魔王討伐くらい余裕なんじゃないか?」
「そうそう、なんならそのうち帰還魔法とかも開発できたりして!」
「ってかさ、最強の魔王倒すとか、俺ら伝説になれんじゃね!?超ワクワクしてきた!」
「だよね!ウチもワクワクしてきたー!」
私と共に召喚された三人の楽しげな笑い声が広い食堂に響く。
茶色い短髪の橘悠真、アクセサリーや可愛らしい化粧をしたポニーテールの白石リナ、そして黒縁のメガネをかけた黒い短髪の秋津拓斗。
高校の頃からの友人同士で召喚された時は入社式の帰りだったという三人は学生のノリが残っているからか、なんとも楽観的な思考をしているようだ。だからといってあの話を聞いていてなんでそう思えるのか全くもって理解できない。
王様の話では、過去に魔王が生まれる度に勇者が召喚されて魔王討伐を頼んでいた。でも今回の魔王は前の勇者が封印した魔王で、そいつはこれまでの魔王と比べてはるかに強く、前の勇者とは相打ち状態で勇者が魔王の体を各地に封印して復活できないようにするしかなかったらしい。
そんな相手を倒してくれと言われて「やります」「任せてください」なんて軽々しく言えるわけがない。いや、彼らは余裕だなんて言ってたけど。
悶々と考えすぎて手が止まっていたのか、王様に声をかけられてなんでもないと誤魔化して食べ進める。味なんて楽しむ余裕はないけど。
三人の賑やかな声が響いていた食事を終えて部屋に戻ろうとした時に王様に呼び止められる。三人には先に戻るように伝えて、王様の後をついていく。
なんだろ、さっき手が止まったこと?それとも何かしら失礼な行動をしてたんだろうか?と考えながら着いて行った先は応接室のような場所だった。
「急に呼び止めてしまってすまない」
「あぁ、いえ、お構いなく」
「……今回の召喚だが、恐らくナギ殿は召喚に巻き込まれたのだろう」
「……やっぱりですか」
やっぱり、その一言に尽きる。召喚された時に私は魔法陣のやや端寄りの位置にいたし、あの三人とは年齢の差もある。王様の言う通り巻き込まれたんだろう。
「元々、あの召喚は三人の人間を呼び寄せる魔法なのだ。今回のことはこちらの責任だ、無関係の女性を巻き込んでしまって誠に申し訳ない」
「いやいや!頭をあげてください!確かに突然のことだったので驚きはしましたけど、それ以上に実はこの世界にワクワクしてるんです」
「……そんなにも喜んでもらえることがあったのか」
「えぇ、そもそも異世界に行くなんて経験、ゲームでもない限り普通は出来ませんから。「実はこんな経験があるんだ〜」なんて友達にも自慢できるかもしれません」
「そうか……そう言ってもらえて良かった」
私の言葉に王様がほっとため息をつく。深々と頭を下げたりこっちを気遣ってくれるあたりこの王様は本当に優しい人なんだろう。
召喚の時もまるで強い後悔を抱えているような表情だったからもしかしたらこの召喚も不本意なのかもしれない。そんな召喚に無関係の人間を巻き込んだなんてさぞかし自分を責めたんだろう。巻き込まれた側だが心から同情する。
「……ナギ殿」
「はい」
「先程の食事の席で、そなたはほとんど言葉を発さなかったな」
ギクッなんて効果音がつきそうなくらい体が強ばる。王様から声をかけられた時にしまったとは思ったが、やっぱり気づかれてたようだ。
「……申し訳ありません、少し考え事をしていて」
「あぁ、いや、責めている訳ではない」
先程よりも明るい声で軽く首を振る王様。もしや食事が不味いと思ってるなんて勘違いでもされたかと思ったが違うらしい。
「むしろその方が普通だろう。突然異世界に召喚され、魔王を倒せと言われ、簡単に頷ける方が少ないはずだ」
「あぁ……まぁ、そうですね……」
二つ返事で即答した三人を思い出して思わず苦笑いする。まぁ、王様の言う通り普通なら即答はしないんだよね……普通はね。
「それに……」
王様が少し言い淀む。その目はどこか遠くを見つめているようにも見えた。
「そなたはあの三人と少し違うように見えた」
「違うように、ですか?」
「うむ。そなたは召喚されてすぐに辺りを見渡し状況を確認していた。その目はまるで、遠くの物語を読み聞かされているかのようだった」
「そ、う……ですか……」
……図星だ。確かに召喚された時も今も、客観的にこの状況見ている。これは子どもの頃からの癖だった。
子どもの頃から周りの大人からは「賢い子」だと「良い子」だとよく言われた。その全てが褒め言葉ではないことも知っている。
同世代の子達に混ざっても「どうしてそんなことをするの?」「どうしてそう思うの?」と聞いては周りに引かれたり、面倒臭い奴だと思われていた。実際「女の子なのに男の子みたい」だとも言われたことがある。
「楽しいからこれをする」「気になったから触る」なんて年相応の子どもらしい行動をひとつもしない私はなんとも子どもっぽくない奴だっただろう……今もだが。
「単に、癖なだけですよ」
「素早く状況が判断できるのは良いことだ。中には大人になっても全くできない者もいる。良い癖だが、時には何も考えずに行動するのも良い経験になるだろう」
「何も考えず……ですか……」
何も考えない。その言葉にかつて抱いていた夢が叶うんじゃないかと頭に浮かんで、ポロッと口にする。
「……夢が、あったんです」
「どんなものか聞いても良いかね」
「……旅をしたかったんです。元いた世界では世界各国に有名な名所があって、いつか自分の足で行ってみたいと思ってたんです。現実的に考えて無理だと諦めてしまったんですが」
「……そうか」
何を語っているんだと思わず苦笑いを浮かべる。王様は優しい笑みを浮かべている。馬鹿なことをした。急にこんなことを言われても困るだろうに。
「実はな、私も若い頃は旅人に憧れていた」
「え?」
「どこまでも続く山々や果てしなく広い海を進み、世界を見て回り、様々な国を巡る。そんな人生を歩みたいと思っていた」
昔を懐かしむように王様が言う。きっと王様の目にはいつか見た夢の景色が目の前に広がっているのだろう。
「だが、王族として生まれた以上はそうもいかない。私は民を導く王になる者だ、思い描くしかできない夢だった」
「……」
「そなたの言葉を聞いて、少し羨ましくなってしまった。私と違ってそなたは何者にも縛られずに好きに生きられる。自由に旅もできるだろう」
王様は優しい笑みを浮かべ、諭すような声で言った。しばらく言葉が出なかった。
――王様の言う通りだ。夢を諦める理由が、今の私にはない。ここは元いた世界じゃないんだ、好きなところに行けるし、好きなように生きられる。誰かに背を押されたような、心の奥に暖かい陽の光が差し込んだかのような気分だった。
「……王様」
「うむ」
「私は、魔王討伐に協力出来ません」
「……」
窓の外に向けていた視線を戻して王様に向き直って言うと王様の顔がやや強ばる。私の夢は二つ返事で了承した三人と同じくらい向こう見ずなものだ。でも、私には何のしがらみもない。だったら自分の未来くらい自分で決めたい。
「私はまだこの世界のことを知りません。どんな国があるのか、どんな景色があるのかも分かりません。だからこそ旅をして、この世界を知りたい……この世界で生きたいんです」
「……良い夢だ。同じ夢を抱いた者として、この世界に召喚した責務を果たすために、どうかそなたの旅立ちに協力させてほしい」
「ありがとうございます、王様」
読んでいただきありがとうございます。
思いつきで書いてるので後々辻褄が合わなくて書き換えたり、後付け設定が確実に出るのでご容赦ください。




