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朝チュン!!!!!

「おめでとう。」


 いつものカフェで、微笑む凛の言葉に、私は嬉しくなって涙ぐむ。


「ちょ、ちょっとやめてよ!悪魔降臨したらどうしてくれるの!?」


 その慌てた様子に私がクスリと笑うと、凛がハッと我に返る。


「今のちょっとした冗談だから。」


 その意図がわかって、私は首を横に降った。


「全部知ってる。」


 一瞬の間があって、凛が目を見開く。


「え?!」

「ごめんね。圭司が色々迷惑かけてたみたいで。」

「え?!いや、嘘。何々、次は何の罠?」


 狼狽える凛に、一体圭司は何と言って凛に頼みごとをしてきたんだろうな、と申し訳ない気分になる。


「罠じゃないから。」

「えーっ! 嫌だ環まで私を騙そうとしてる?!」


 …色々あって男性不信になってしまった凛だけど、それを悪化させてしまったのが自分の彼氏だとわかると、ますます申し訳ない気分になる。このあとのこともあるから余計に。


「あのあと、圭司から、全部聞いたの。このカフェで凛と会ってた理由も、私の罪悪感が必要ないものだったったってことも。」


 そこまで言うと理解してくれたらしく、凛がホッと息をついた。

 でも次の瞬間、凛は目を見開いた。


「言ったの? あの悪魔が?!」

「悪魔かどうかは私にはわかんないけど、全部隠したくないって言ってくれたよ。」

「あ、ごめん。人の彼氏を悪魔呼ばわりはいけないよね。いくら悪魔でも。…って言うか、言うと思わなかった。」


 あんまり反省はしてなさそうなことを言う凛に、私は苦笑しつつ、あの圭司が私に本当のことを言ってくれた時のことを思う。


「最初から言っとけば良かったって言ってた。」


 はあ、と大きな溜め息をついた凛が頬杖をつく。


「私たちがさんざん言っても言わなかったのにね。」

「そっか…。」


 凛たちには私の性格はお見通しだったのかもしれない。あの事実を言われても、本当のところ、私は圭司に本気で怒ってはいなかった。あの一番最初の出来事が圭司のついた嘘だっただけだってことに対する安堵感と、ずっと私を思ってくれていたことに対する喜びの方が強くて、結婚をやめようと言われたことはショックでしかなくて、怒ってみせたのは、ほとんど拗ねていただけだ。


「あのことさっさとばらしてれば、あのとき別れなくても良かったのにね。」


 感想のようにそう告げる凛に、私は首を横に降る。


「あのことがなくても、私は一度は圭司から離れたと思う。」

「何で? 離れる理由なんて…。」

「あるの。何の特技もない平凡な年が離れてる私よりも、圭司にはもっとふさわしい相手がいると、あのときは思ってたから。」

「ふさわしい相手かどうかなんて、決めるのは圭司くん自身でしょう?」

「でもね、圭司の隣に同じ年くらいの女子高生が並ぶのを見かけると、ふさわしいのはあの子じゃないのかな、って思ってたんだよね。」

「…あいつ二股かけてたの?!」


 怒り出した凛に、私は慌てて否定する。


「違うよ。圭司を好きな女子高生はいて、圭司に近づこうとするその姿を見ることがあった、ってこと。」

「…女子高生に何か言われたの?」

「言われたこともあったかな? もう忘れちゃった。」


 くしゃりと私が笑って見せれば、凛が溜め息をつく。


「まさか、そんな姿を見たくなくて別れたとか言わないわよね?」


 私は凛から目をそらす。女子だって普通にいる大学にいって、しかも医学部にいるとなれば、圭司の隣に立ちたいと願う女子はもっと増える。

 そうなったとき、私は耐えられるのかな、と思ったら、怖くなった。もっとふさわしい女子を選んだ圭司に、もう私なんて要らないって言われるかもしれない日がくるかもしれないのも。


「それ、あいつに言ったの?」


 私は首を横に降る。


「私の方が大人なのに、そんなことが怖いとか言えないよ。」

「何が年が離れてるよ、何が大人よ。そんなこと告げる勇気もなくて、逃げただけでしょ! 逃げといて大人ぶるとかやめなさいよ!」

「そうかもしれないけど…凛は四歳差って気にならない?」

「相手のことが好きなら、四歳下がなんだって言うのよ。単に逃げる理由にしただけじゃない。」


 ふん、といい放つ凛に、私は何だか勇気をもらえたような気がする。


「ごめん。ありがとう。」


 私はいつも圭司が居たと言っていた二階の店を見上げた。


「え!? 悪魔またあそこにいるの?」

「圭司は今日は仕事だよ。今日の帰りはおそいって言ってたから、いるわけないって。」

「そ。それなら良かった。」


 ほっとした凛に、私はクスリと笑う。


「で、凛は四歳差気にならないんだね?」


 私が続けようとした言葉に予想がついたのか、凛が大きな溜め息をついた。


「卓也くんのこと勧める気でしょ?…私はもういいんだって!」

「凛こそそろそろ呪縛から解き放たれてもいいんじゃない?」


 凜は社会人1年目から社会人2年目にかけて付き合った相手が、実は既婚者で、その騙された記憶が、どうも凜の恋愛感情を抑え込んでしまうみたいで、それ以降誰かと付き合ったことがなかった。


「…いいの。」

「本当は、卓也君に惹かれてるんでしょ? …流石に付き合いの長い私には、そうとしか見えないんだけど。」

「…そうだとしても、いいの。医者なんてより取り見取りなんだから。あの悪魔くらいでしょ、一筋でいるのなんて。知ってる? あの悪魔、大学6年間、女性のアプローチに一切見向きもしないから、ゲイ疑惑が出たんだってよ。ざまーみろだわ。」


 圭司のことを褒めたいのかけなしたいのかよくわからない評価を凜から貰って、私は苦笑しか出ない。そして、また2階の店を見上げる。


「でも、あそこから、ずっと見守ってるなら、早くさらっていって欲しかった。」

「それには同意。6年間も付き合わされた身にもなってよ。」


 ため息をつく凜に、私は感謝の気持ちを込めて頭を下げる。


「6年間もお付き合いいただき、ありがとうございました。」

「ちょ、ちょっとやめてよ! 何なの? 今日が最後みたいなこと言わないでよ。」

「最後ってわけじゃないけどさ。凜のおかげで私はこうやって圭司と結婚できることになったわけだし。きちんとお礼を言っておかないとな、って。」

「…いいわよわざわざ。今日悪魔が帰りが遅いなら、お礼として、この後飲みに行ってくれればいいから。」


 凛の提案に頷きたくはあったけど、私は首を横に振った。


「ごめん。それはちょっと。」

「え? 用事?」

「…うん。私じゃなくて、凜がね。」


 へ? と首を傾げた凜に、私は笑って見せる。私の視界には、その笑みの原因が見えているから。


「凜さん。」


 え、と凜が固まる。


「それじゃ、私は帰るね。」


 ひらひらとスマホを持ちながら、私は立ち上がる。


「え、ちょっと環、待ってよ。」

「あー、そうそう。私たちの会話、4歳差の話の当たりから、卓也君には筒抜けだったから。」


 私が2階の店を見上げたのは、今から通話するよ、の合図。

 もう一回見たのは、そろそろ来てくれていいよ、の合図だ。


「は?」

「最近のスマホって性能いいよね。」

「環、何言ってるのよ! まさかあんたまで悪魔に魂売り渡したわけ!?」


 凛の言い分に、私はおかしくなって吹き出す。


「6年間一番お世話になった凛と、卓也君へのお礼なだけだよ。じゃ、卓也君、凜のことよろしくね。」


 私が手を振ると、卓也君がぺこりとお辞儀をした。


「ちょっと環?!」


 凛の声を背にしながら、さて凜は大人しく卓也君と付き合ってくれるのかな、と、楽しみな気持ちでカフェを後にした。




****




 いたたたた。

 チュンチュンと雀が鳴く声に浮上した意識は、同時に頭痛という不快感をもたらした。

 どうやら昨日、凛と卓也君が付き合い始めた話を聞いて嬉しくて飲みすぎたらしい。

 基本的に家飲みしか許されていないので、まあ飲みすぎても慌てることはないんだけど。

 頭もいたいが、喉も乾いた。

 億劫な気持ちを叱咤して、私は体を起こす。

 何だか布団の肌触りに、ん?となったけど、頭痛と喉の乾きの前に、そんな些細な違和感など些末なことだ。

 重いまぶたを無理矢理こじ開けて、私は立とうとした。

 けど、広がる私の部屋ではない室内に、私の二日酔いでダメダメな思考もさすがに止まる。


 へ?


 さっき些末だと思った布団の肌触りの違和感が、どうも素肌に触れている感覚でどうやら私は何も着ていないらしい、という事実にぶち当たり、私は固まる。

 さっきまで感じていたそこはかとない頭痛と喉の乾きなど、どこかに行ってしまった。


 恐る恐る自分の体に視線を下げると、胸元にはこれでもかとキスマーク。

 ぴきりと固まると、視界の端で何かがもぞりと動いた。…ええっと、…これは…このキスマークを付けた相手…ですよねぇ。

 私の目に入ったのは、真っ黒な髪の後頭部と、いくらか筋肉のついた肩と、布団から出ていた薄く筋肉のついた長い白い腕。

 …いつの間に?


 動きそうもない頭を刺激して、記憶を呼び起こそうと思うけど、昨日最初に飲んだ記憶の中ではなかったし、酔っぱらった後の出来事など思い出せそうにもなかった。

 …何だか、あの時のことを思いだす。

 私は自分の腕をベッドにつくと、その黒髪の主の顔を覗き込む。

 まだ規則正しい呼吸を刻むその主は、瞼を閉じていても、美しい顔だとわかる。


 この顔がまだ幼かった時も、やっぱり美しくて、その顔だけを描きたいと口説いたんだって言うんだから、私の好みはなかなかいいんじゃないかと思う。

 ふふふ、と思い出し笑いの声が漏れたのか、圭司が身じろぎして、長い睫がついた瞼を開けた。

 勿論覗き込んでいた私とばっちり目が合う。

 無言で見つめていた私に、圭司はデジャブのように顔を赤らめて恥ずかしそうに笑った。

 …この年になっても天使な笑顔とかすごい!


「おはようございます。」

「…おはようございます。」


 つられるように挨拶を返してから、ハッと我に返る。


「えーっと…実は私記憶がなくて。」


 私の言葉に恥ずかしそうだった圭司がショックを受けたように目を伏せる。


「そんな…。環が俺のこと好きで好きでしょうがなくて不安になるくらいだって言うから、不安にならないようにって…。」

「…いつ、そんなこと言ったの?」


 圭司が帰って来た記憶もない私に、それを行ったと言われても、記憶にないとしか言いようがない。


「カフェで、凜さんにそう言ったって聞いたよ?」


 …凜め。意趣返しに昨日のカフェの会話を圭司に告げたらしい。


「それはわかるけど…。私、自分の部屋で寝てなかった?」


 時間が不規則なことも多い圭司のために、一応寝室は別にしていて、ここは圭司が寝るための部屋だ。…圭司が寝ることはほとんどないんだけど。


「あの時のこと上書きしたいかなって。」


 私は許したつもりでも、まだ圭司は気に病んでいたんだと気づく。…本当にバカなんだから。


「…最後までしてないってこと?」


 クスリ、と笑う圭司の笑みに、そんなことないよね、と思う。


「甘えてきて、滅茶苦茶かわいかった。」


 かぁ、と顔が赤くなるのが分かる。


「キスマークつけすぎだから!」


 本当の意味で抗議する。こんなにつけられたのは…本当にあの時ぶりかもしれない。


「そもそも、今日は大事な日なのに、泥酔してるってないし?」


 圭司がここの所毎日遅い時間に帰ってきてたのは、今日と明日、明後日と3日間の休みをもぎ取るためだった。


「ごめんなさい。久しぶりに飲んだら、思いのほか酔いが回っちゃって。」

「だったらお相子ね?」

「絶対お相子じゃない! これ…着付けしてくれる人に見られるのに!」

「…女性でしょ? ならOK。」

「そう言う問題じゃないでしょ!」


 和装だから、肌が出るところはほとんどないけど…。こんなキスマークだらけの体を見られるとか…ものすごく恥ずかしい。


「別にいいよ。この夫婦はとっても仲がいいんだなー、って思われるだけだから。」


 …そうかもしれないけど!

 今日は私たちの式で、式を挙げるのは、あの圭司の通っていた高校の近くの神社。

 あまりに小さな神社だから、式とか挙げるのは無理かなって思ったんだけど、聞いてみたら意外にOKだった。

 だから私たちは、あの神社で式を挙げることにした。

 

 私たちを結びつけたのは、あの神社だったから。



朝チュン:目覚めたときチュンチュンと雀が鳴くのどかさを表現。総じて、そののどかさと対比するように致した記憶がないのにあり得ない相手とどう見ても致していてパニクる危機的状況を指す。


 今回は記憶はないがあり得る相手だったので、朝チュン基準を満たさないと思われる。でもちょっとだけパニクったので、やっぱり朝チュン?



最後までお付き合いいただきありがとうございました。

圭司君、かなりお気に入りのキャラだったので、楽しんでいただければ幸いです。

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