膝を屈した皇帝のあがき
「それで、正妃になってくれるのか?」
さすがに跪いたままでは話ができないと、ソファーに座り対面で話をすることにしたはいいが、開口一番聞くのがそれでいいのかとリースは呆れ顔でユリウスを見る。
そんなリースの後ろにはきちんと侍女服を着たロゼットと、ロイドが控えている。
一方、ユリウスの後ろにもアルウィンが立っていた。
口には出していないが、まだ驚きを隠せない様子で、リースを見ている。
驚きはユリウスも同じ――というか、アルウィン以上に驚いているだろうが、今はそれどころではないようだ。
リースから三年で帰ると聞かされたので、もはやリースが侍女と偽っていたことはどうでもいい事象となっていた。
しかし、アルウィンとしては流すわけにはいかない。
身の安全のためとはいえ、グラニアスという大国を騙していたようなものなのだから。
大国の矜持として、舐められるわけにはいかない。
しかも、フィーリア側はアグニの謀反に対してなにかを知っている様子なのでなおのことだ。
早く問いただしたいというのに話はユリウスによってあらぬ方向へ向いており、アルウィンは必死に話をこちらに向けようとユリウスの耳に囁くが聞きやしない。
もう我慢ならぬと声を大きくする。
「陛下、陛下。それより聞くことがあるでしょう!」
まったくだ。
ようやくアルウィンがなにかを訴えようとしていることに気づいたユリウスだったが――。
「は? 正妃になる話より大事なことがあるか?」
本当に心からそう思っているのか、真剣なトーンで訝しげな視線をアルウィンに向けるため、アルウィンはリース達がいるのもはばからず声を荒らげる。
「だからどうしてこの方の前だと急にポンコツになるんですかぁぁ!」
頭を抱えるアルウィンには深く同情する。
リースにすら時に手厳しいロゼットが、憐憫を多分に含んでアルウィンを見ているではないか。
リースはアルウィンのためにも現実を突きつける。
「そもそもですが、きちんと取り決めをしたので今さら正妃になんてできませんよ。したいのなら、もう一度お兄様と交渉して勝ち取ってもらわなければ。まあ、負け戦ですけど」
現在国内の反対勢力を掌握するためにリースが邪魔になっているが、加護持ちの中でも強い力を持つリースを手放す気などライアンにはないはずだ。
あくまで連れ帰る前提での同盟と契約でしかない。
「あのド変態……ではなく、腹黒は抜け道なんて残していないでしょうから」
つい本音が出てしまい、リースはにっこりと微笑んで誤魔化す。
しかし、あまり意味はなかったらしい。
ユリウスはなんとも言えぬ表情でつっこんだ。
「兄をドのつく変態呼ばわりとはどうなんだ? しかもド変態を腹黒に言い直しても大して代わらないと思うんだが……」
「そんなことありませんよ。ド変態と腹黒では国民への印象が大分違いますもの。ねえ、ロイド?」
「こちらへ話を振らないでください。俺を殺す気ですか」
迷惑この上ないという表情でロイドは言及を避けた。
しかし、即座に否定しないあたり、肯定しているようなものだ。
たとえ嘘でも否定すればいいものの、それができぬほどに、ライアンがいかにドSのド変態かということを表している。
「……帝国の正妃として受け入れるのに不満があるのか? 大国の正妃だ。贅も権力も欲しいものは意のままだ」
「フィーリアでの生活に不満がない私たちにとって、さほど利点ではありませんね。帝国ほど娯楽や刺激はありませんが、人も土地も穏やかで優しい国です」
そんな国がリースは誇らしい。
だからこそ、その静かな水面に継承問題という波紋を作り出した伯父に、リースもライアンも激しく怒った。
話し合いから始めるなら交渉の余地はあったが、伯父は問答無用で軍備を整えてリースとライアンを物理的に排除しようとしたのだ。
加護持ち相手に不可能だと分かっているだろうに。
リースとライアンが手を下せば兵士や国民に被害が出る。
その選択をした時点で伯父に国を統べる能力はないと判断するに至ったわけだが、それはリースやライアンだけではない。
強い加護持ちであるリースとライアンに牙を向けようとすればどうなるか分からないほど兵士も馬鹿ではない。
ましてや精霊を神聖視するフィーリアにおいて、加護持ちは憧れ、敬愛すべき対象だ。
そんな相手を排除しようとする伯父の内情は、ライアンが加護の力で調べる以上のものが、詳細に内部の兵士からもたらされていた。
最初から勝てる戦ではなかったのだ。
それでも、権力欲に負けた一部の馬鹿な貴族が関わっていたせいで、ややこしくなってしまった。
リースとライアンの力ならあっという間に伯父の勢力を制圧できたのだが、無駄な被害は最小限に抑えたいと、手間をかけたために時間がかかったのだ。
決してライアンの悪癖が発揮され、伯父をじわじわいたぶりたかったわけでないとリースは信じたいが、信じ切れないのが悲しいところである。
ライアンの普段の行いが悪すぎるせいだろう。
なんにせよ、用事が済めばリースは帰る気満々だった。
そんなリースの気持ちを察したのだろうか。
ユリウスの焦燥感は最高潮に達している。
「我が国の全勢力で制圧することになるかもしれないぞと脅してもか?」
「ほぼ私一人に軍をコテンパンされたところですのに?」
「うぐっ……」
そう言われてしまうと言葉が出てこないユリウス。
ひっそり心的ダメージを受けているのは将軍として指揮していたアルウィンもである。
リースの力が一騎当千どころで収まる力ではないのは、実際に目にしたユリウスたちがよく分かっているはずだ。
「俺はこの力で無敗の皇帝とまで呼ばれ畏怖されるようになったんだ。まさか自分と同じ力を持っている者が他にもいると思わないだろう……。しかも赤子のようにいなされるなんて……」
地味に落ち込んでいるユリウスに、リースはクスクスと笑う。
「我が国の方も、あなたほど強い加護持ちがフィーリア以外で生まれるとは思っておりませんでしたよ。ロイドから報告があった時にはあのお兄様も驚いていましたし」
「加護持ちはフィーリアにしか生まれないものなのか?」
「さあ、どうでしょうか?」
こてんと首を傾けて微笑むリースは、その質問にはっきり答えるつもりはない様子。
ここ数日、リースと行動を共にすることでリースの性格を多少なりとも把握していたユリウスは、リースがこれ以上のことを話さないと判断して早々にあきらめた。
今後もしかしたら話をするかもしれないが、今はまだ確かな信頼関係が築かれているとは言い難いので、リースとしても話す気はなかった。
ここで引くことを知っているユリウスに、リースも好印象だ。
権力で脅してくるなら逆に脅し返すぐらいするつもりだが、状況を見極める目はしっかりと持っているようだと、リースはわずかに喜んだ。
まあ、見極められない愚者だったなら、とっくにライアンは同盟など持ちかけずに徹底的に潰していただろう。
大国のグラニアスと、小国のフィーリア。
一見すると圧倒的な差。しかし本当の力関係はどちらが上か、知っている者はまだまだ帝国内では少ないだろう。
そうこうしていると、アルウィンが軽く手を挙げた。
「失礼いたします。このまま陛下にお任せすると話が進みそうにありませんので、私からよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
快く受け入れたリースに、アルウィンは胸に手を当てて一礼する。
「ありがとうございます。それでは、最初の疑問ですが、そもそもラヴィニール国王に姫がいるとは聞いたことがありません。たしか養女を迎え入れられたとは耳にしておりますが、ご孫女がいらっしゃるなど初めて聞きました。あなたがラヴィニール王のご孫女というのは事実なのでしょうか?」
「今さらですか?」
リースがラヴィニールの孫娘だとライアンから教えられてだいぶ経つのに今さら問うのかと、リースも呆れる。
「確かにその通りですが、正直フィーリアとの同盟はあなたがラヴィニールの孫だからではなく、陛下と同じ力を持ち制御方法を教えてもらうためのものでした。ラヴィニールと関りがなくとも、陛下は同盟を結んでいたはずです」
「ええ。でしょうね」
ユリウスが長らく抱えていた疑問と苦しみを解消できる術を、フィーリアは持っていた。
ラヴィニールの孫娘だろうとなかろうとどちらでもよかったのは事実だ。
けれど、やはりラヴィニール王の血縁者かどうかで、帝国でのリースの扱いは大きく変わってくる。
「それに、あの時点では嘘だったとしてもこちらは確認のしようがありませんでしたから、聞くだけ無駄だったでしょう?」
アルウィンたち臣下としても、リースの背後に大国がついているのか、そこははっきりさせておきたいのだろう。
「そうですね。ならばもう調べはついたのではありませんか?」
「早馬を走らせてもラヴィニール王家へ確認を取るのはすぐにはできるものではありません」
アルウィンのその言葉に、リースはきょとんとした顔をしたのち、一人納得した。
「ああ。人を使うなら調べるのに時間がかかりますね」
その言葉は、人ではないものの存在を匂わせていた。
「フィーリアでは精霊を使うのか?」
もうその程度では驚かんぞと言わんばかりのユリウスは、だいぶリースが起こす非常識に慣れてきたようだ。
「加護持ちでなければ精霊はお願いを聞いてはくれませんから、正確には私かお兄様の場合ですね。特にお兄様は精霊や力を使っての調査がお得意なんです。火の力が強いはずですのに、まったくドSに似合う悪趣味な特技だと思いませんか?」
「同意を求められても困るのだが……」
ユリウスとて二度顔を合わせただけで、ライアンがどういう人物なのか知らないのだ。
ただ、リースから時々発せられる悪口から、あまりいい性格ではないとは察せられた。
しかし、リースもどっこいどっこいでは? とは瞬時に思っていても口には出さなかったのは英断だ。
「そのうち嫌でも知ることになりますよ。それで、本当にラヴィニール王の孫かどうかですが、おじい様はお母様を大層可愛がっておりました。そして、ラヴィニール王の唯一の姫という立場は政略結婚をするのにとても有用性があると理解していたために、表舞台には出さないようにし、徹底的に情報規制をしていたのです」
大国の姫ともなれば、同盟国との繋がりの強化のための道具としてもってこいだ。
「おじい様はお母様に自由に生きてほしかったようですねぇ。私からしたら王族に生まれながらなにを甘えてるんだという気持ちですが、当時お母様はいつ亡くなってもおかしくないほど体が弱かったと聞いています。そのせいもあったのでしょう」
さらには、傾国とも呼ばれるほどの美貌を持っており、その面からも身のほど知らずな男どもから守ろうとしようとしたと思われる。
「とはいえ、成長するにしたがって体も強くなったようです。それゆえ、そろそろ結婚について考えようとなった時に、ちょうど国に来ていたお父様と会い、そのまま押しかけ女房のごとく嫁いできたと聞いています」
「ラヴィニール王がよく許したな」
「我が国の特異性を考えてというのもあるでしょうね。縁を持っている方が益になると国を統べる者として冷静に考えたのでしょう。ユーリ様と同じです」
そういうと、ユリウスは否定もできず複雑そうな顔をした。
「とはいえ、その母も私が幼い頃に亡くなっていて、母親の面影がある私をかわいがってくれていますよ。毎回ラヴィニールへ赴く度に王族一家総出で暑苦――とても温かく迎えてくださっていますし」
「今暑苦しいと言いそうになっていなかった!?」
「まあ、ふふふ。気のせいですよ」
リースは笑って誤魔化した。




