第1節
川の流れを目前に、私はため息をつきながら顔をあげた。
「本当に行く気なのか?」
と、茶色い毛並みと真っ赤な顔。これまた赤い尻を持つニホンザルに問いかけた。
「あぁ、だからあんなところから抜け出したんだ」
棒でできたオールを使って筏全体のバランスをとっている猿の彼は、無愛想にいった。
出会いは数時間前、散歩中の私の前に突然ラービーと名乗る彼が現れたのだ。
厄介な連中に追われている、宝を探すためだから来いといわれ、さっぱり理解できなかった私は彼に無理やり羽交い絞めにされた。
事情を聞いていくうち、わかったことはたくさんあった。
まず、ラービーは近所にある動物園から逃げ出してきたということだった。
私は今、そんな彼の人質として、一緒に筏の上に乗らされていた。
川の中心を突き進むこの筏は、もちろんラービーの製作によるものだ。
後方からは、ファーム4を管理する騎士団たちが川岸伝いに追いかけてきている。
ラービーは舌うちした。
「何だって俺が狙われなきゃいけないんだ。何もしてないだろ」
「奴らはよそ者にうるさいからな。それに君の図体は少しばかりデカいもんだから警戒されるんだよ。それでも君が真摯な態度を取っていればよかったものの、私を拉致なんてするから、こういうことになるんだ」
「だって仕方ないだろ。こっちは筏を作るために、木を集めてたのに、勝手に持っていくなとか言いだして。あげくの果てには拘束すると言いだしたんだ」
「まぁ、最近は気がたってるみたいだから」
そしてラービーの目的はお宝を見つけることだと知った。
私は呆れた。
はてさて、どうやって降ろしてもらおうかと考えていると、突如、筏の上に石がぶつかった。
それを皮切りに、次々に石が投擲されてきた。
「なんて奴らだ! 私もいるんだぞ!」
しかし私の声は空しく川面でかき消える。
「おい! アマリリスなんとかしろ!」
と上空を舞っていた鷹に私は叫んだ。
私が人質にとられたことを知って飛びつけてきたようだが、一歩遅かったのだ。
「無理だ。俺まで石に当たる。ここを抜けるまで我慢してろ」
「何っー!?」
私はラービーの懐に潜り込んだ。
「ちょっと邪魔だ!」
「君が発端なんだ。だから盾になれ」
「俺だって痛いんだぞ!」
ラービーの肩や腕にあたった石が川に落ちるのをすでに何回も目にしている。
「そもそも宝とやらを見つける準備はできているのだろうな」
私はラービーが背負っているリュックサックを見やっていった。
ここに来る途中、人間の子どもから奪ってきたらしい。
「この鞄があるだろ。これが準備物だ」
「地図は入ってるのか」
「ない」
「コンパスとかはあるのか」
「そんなもの聞いたこともない」
「じゃあ何がその中に入ってるんだ」
「何も入ってない! 入れるために持ってきたんだ。宝をね」
私は呆れてしまって、しばらくため息しかでなかった。
「よくそれで海に行こうとと思ったね」
「うるさいな! できるさッ!」
筏には他に巾着袋が乗せてある。
これも人間から奪ってきたもので、くすねてきた食料品が中には詰まっているらしい。
彼が私にした説明によると、動物園にある猿園にラービーはいたらしい。
そこの長老と呼ばれるお偉いさんが昔、猿園から脱走して、宝陽川をずっと下った先にある浜辺に宝を入れた箱を埋めたという話をみんなにきかせたようなのだ。
単純な話、ラービーはそれを信じ込んで、あげくの果てに、自分がそれを見つけ出そうと思い立ったのだ。
若くて無謀な発想だ。
その行動力は評価できるが――
そんなことはさておいて、私は巾着袋から鰹節の匂いを嗅ぎ取った。
そっと顔と前足を出して、中を確かめると、確かに一つ入っていた。
そのとき、巾着に石が当たってびっくりした私は即座にラービーの懐へ戻る。
余裕ができたら隙を見て食べてやろうと決心した。
騎士団の攻撃はまだ止まない。
私はいった。
「実のところ、私は海へ出るルートを知っている。だからそれを教える代わりに、私をここから降ろしてくれ!」
ラービーはオールを必死で漕ぎ、スピードを上げながら答えた。
「だったらあいつらが追いかけてこないように説得しろ!」
「大丈夫、ファーム4を抜ければ追って来ない。自分たちの管轄エリアさえ守れればいいんだから」
「だから俺は何もしないって!」
「私を拉致した時点で何かしてるだろ」
ラービーは苛立ちからか無造作にオールを漕いでいく。
一際大きな音が鳴ったのはその直後だった。
「筏が!」
数本の丸太を繋ぎとめていたロープが緩み、分解され始めていたのだ。




