第3節
エドランさんが私にいった。
「隠れ家を提供するのは我々の生涯そのものだ。だからこんなところで死なれては困る。夫婦は一心同体なんだ」
「……承知してますよ。私は残念ながら夫人を止めることはできなかった。だから今できることとして、夫人をここまで運んできますよ」
「やはり聖猫だよ君は! カフカ君!」
私はやれやれと歩を進めた。
彼らの放つ空気感にはいつも飲まれてしまう。自分のペースを見失い、時が過ぎるのを待つしかない。
だから私は、彼らが少しだけ苦手だ。
根は至極優しいのだが――
夫人の足場がどんどん減っていき、バランスを取りにくくなっている中、案の定夫人が足を滑らせた。
「!」
私は焦り、走って水に飛び込んだ。
冷たい刺激が身体を突き刺すが、気にしている場合ではない。
夫人は川に落ちる寸でのところで枝につかまった。
私は安堵の息を吐くが、拍子に夫人の鞄が開いてしまい、数ピースのチョコと葉っぱの地図が川に落下した。
「ちょ、チョコレートが!」
「ち、地図が!」
それぞれが大切なものを叫んだ。
だが無情にも、地図とチョコは波に乗っていく。
私は夫人を一瞥した。
すでに枝の上に避難していた。
優先事項を変え、私は地図を追った。
チョコは諦めてもらおう。
しかしながら、水中の移動は速度を奪われる。
エドランさんたちにとっては深くとも、猫にしてみればどうということはない。
だから余裕を持って進んだ。
そんな私のちょっとした油断は、後ろで水しぶきを起こすことになった。
夫人が川に落下したのだ。
「キャロライン!」
エドランさんが咄嗟に川に飛び込んだ。
不格好な泳ぎだったが、夫人のもとへ急行する。
着実に距離をつめていく中、夫人は必死に手をバタつかせていた。
エドランさんも懸命に泳ぐが、ハムスターの体重は軽い。
故に自分たちも流されてしまっていた。
川の流れは静かで力強い。
二匹の距離が無情にも離されていく。