第3節
数日経って、私は腹痛に見舞われた。
お腹にガスが溜まったような感覚だった。
あまり人間用の食べ物を口にするのはよくないと母からいわれていたので、やっぱり母はすごいと思った。
「しぶとく生きてて安心したよ」
ネズミの彼が目の前にいた。
私は横になっていたために、彼との目線の高さはさほど変わらなかった。
「何の用だよ。君のせいでこうなったのに」
「ぼくを食べようとするからさ。そんな君がどうなったのか気になってね」
「次は食べてやるさ」
「その前に聞きたいんだ。君はどうして、猫以外になれると思っていたんだい? ずっと引っかかっていてね。もしよかったら教えてくれないか」
私は嫌々だったが、しつこい彼の追及に折れて、腹痛の中いきさつを話していた。
終始ネズミの彼はギザギザがある髭を引っ張って、伸ばしたり離したりを繰り返していた。
やっぱり私は気になった。すべての髭を整えたくなった。
「うーん。どうやらぼくは君のお母さんの思惑を邪魔してしまったようだね、失敬」
聞き終えた彼は拝むように手を合わせた。
「どういうことだよ」
「きっとお母さんは君が自由な思考で生きられるようにしたかったんだと思うよ」
「どういうことだよ」
彼は肩を落とした。
「猫の見る世界を、知り尽くした聡明な彼女は、呆れていたのかもしれない。退屈していたのかもしれない。自分のことを知る難しさを知っていたのかもしれない。ほんとのことはわからないけれどね。だから君に広い視野を持ってほしかったんじゃないのかな」
幼かった私に理解できたとは言い難かった。それよりもお腹が痛かった。
「生きることは自分を知ることでもある。だからといって自分を知るのは難しい。姿だけ知っているのは自分を知るのとは違う」
「じゃあどういうことなんだい、君は自分を知っているのかい?」
私は質問した。
そのとき、遠くの空に猫の形をした白い雲が見えた。
母に似ていると思った。