第2節
「それはできない。君のいう通り猫になってしまうからね」
「意味がわからないよ。元々そうだろう」
「僕は生まれてこのかた自分の姿を見たことがないんだ。だからネズミだといえば僕はネズミになれるんだ」
「そこまでの想像力があるのなら、きっと見てしまっても大丈夫さ」
するとネズミの彼は苛立ったように助走をつけて私に走り寄ってくると、前足のところで大きくジャンプした。彼は私の鼻に噛みついた。
痛みが走って私はしっぽとともに飛び上がった。
そして後ろに回りこんだ彼は逆立った毛をむしりとるようにしっぽにも噛みついてきた。
私は思わず駆け出していた。
たどり着いたのは川岸だった。
気が付くと私の上体は川に向かって突きだされていた。
川面に映っているのは一匹の猫だった。
三色の毛が生えている何とも奇妙な猫だったのだ。
「どうだい」
ネズミの野郎は得意げにいった。
私はしばらく固まっていた。
これで何者にもなれなくなったのだ。
母のいいつけを破ってしまったことが悲しかった。
さらには二つある耳のうち、左の耳が右の方よりも一回り大きくてくたびれていることに気づき、不愉快になった。
私は遅れて怒りを自覚した。
そしてネズミの彼を食べようとした。
素早く逃げる彼を捕まえようとするのは私の本能も手伝って、苦ではなかった。
すると、彼は背負っていた布きれから千切った食パンを取り出す。
一目見ただけで変色していることがわかった。
腐っているのだ。
ご丁寧にマーガリンまで塗ってある凝りようときている。
どこかの家から仕入れてきたのだろう。
私はこの頃相当なまぬけだったから、すぐに隙をつかれて、僅かに開いていた口の奥底にその腐った食パンを押し込まれてしまった。
その際、彼の手が私の舌に触れたのか
「君の舌のさわり心地は最高だ」
突然訳の分からないことを言いたてた。
私は彼を無視して、喉に引っかかったパンをなんとか飲みこんだが、辺りを見れば、彼の姿はなかった。