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閉じた世界で、恋をしよう。  作者: 小さい頃の夢だった。叶わぬ夢と思ってた。それでは聞いていただきましょう。


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第1話:邂逅

「……やっべ」


 人はとんでもなく追い詰められると逆に冷静になるらしい。

 携帯端末に表示された時計の数字を見ても、心が動かない。

 あと30分後は新学期一発目のホームルームが始まるというのに、体を起こす気も起きない。

 代わりに、虚空に呼びかけてみる。


「……ハヅキ?」

『はい、マスター。おはようございます』


 即座に返ってくる機械音声の返事。

 自室のドアの横に佇んでいるのはメイド・メカ、コードネーム"ハヅキ"。

 持ち主の身の回りの世話の補助をしてくれる、"島"居住者一人につき一台支給されるアンドロイドである。

 本来であれば、起床予定時刻になると起床を促してくれるはずだったのだが……


「アラーム、かけといたよな?」

『はい。起床アラームは30分後に設定されております』

「は?」


 思考が一瞬虚に満たされた後、


「お、おかしいだろ! ホームルーム始まってるじゃんか! そんな時間に設定した覚えもないし! いつ変えたんだよ!」

『アラーム設定変更時刻は午前4時となっております』

「は、はぁ……?」


 おかしい。おかしすぎる。まだまだぐっすり眠っている時間じゃないか。こいつ遂にバグったか?

 しかしそんなことを考えている場合ではない。時間は刻一刻と迫っているのだ。今のハヅキとのやりとりで頭が冴えた。

 飛び起きながらポンコツメカに命令する。


「ハヅキ、帰ったらメンテ!設定しとけよ!」

『かしこまりました。朝食は──』

「冷蔵庫入れとけ!」

『かしこまりました』


 返事を聞き流して着ていたパジャマを脱ぎ捨て、ハンガーにかかっていた制服をむしり取って着替える。枕元に置いていた腕時計型"リミッター"を装着し、レベルダイヤルを"1"に設定。

 投げ捨ててあったリュックを引っ掴み、ドタドタと玄関に向かう。

 チラ見した携帯端末の数字は8:35。

 ホームルーム開始が9:00。

 ここから学園内の教室までは歩いて大体15分。

 まだ全然間に合う時間だ。

 朝食を食べられなかったのは痛いが、仕方ない。


『いってらっしゃいませ、マスター』

「あぁいってきますっ!!」


 苛立ちを挨拶に込めつつ、革靴に足を滑り込ませて同時にドアを開ける。

 エレベーターに乗り込み、降りたら気持ち早歩きでマンションを出ようとして──


 ドカッ!!!


「──ッ⁉︎」


 目の前で、女の子がバイクに轢かれた。

 ふわっ──と宙を舞った後、ドサッ。と。地面に打ち付けられた。

 体は力無く横たわっている。

 顔は髪に隠れて見えないが、その頭から、じわ、と赤色が滲み出す。


「ぁ……?」


 起こったことが理解できず、呆然とその光景を目の当たりにしていると、


「──おい、お前」

「!」


 バイクの低い駆動音と共にやってきたのは、いわゆる"不良"を体現したような男達。パッと見僕と同じくらいの年齢だろうか。十人近くが、気付けば僕と彼女を囲っていた。

 男達の一人が無感情に口を開く。


「見たな? これ、しっかり見たな?」

「ぇ、あ」

「じゃあ、バッグ置いてけ。端末もだ」

「な……」

「お前の情報を口止め料にしてやるって言ってんだよ。ほら、痛い目見る前にさっさと出せ」

「……」


 なんという理不尽。なんという不運。

 本当に新学期の朝なのだろうか。

 しかし、このバッグと端末は渡すわけにはいかない。

 特に端末は、僕の個人情報だけでなく、全財産が入っていると言っても過言ではないくらいの情報の塊なのだ。

 渡してクラッキングでもされたら僕の"島"内の生活が破綻することは火を見るよりも明らか。

 絶対に渡せない。

 しかし、


「リミッター触んな。余計なことしたらわかってんだろうな」


 男の一人に言われ、無意識にリミッターに伸びていた手を引っ込める。


(くそ、能力も使えない、となると……)


 歯噛みしながら考えるが、良案は出てこない。

 万事休す、なのか?


(でもここで渡しておけば、命だけは……助かる?)

「待ちなさい」

「!」


 女性の声にハッとして見ると、倒れていた女の子がゆっくりと立ち上がるところだった。

 近くに落ちていた眼鏡を拾って着けながら、流れる血を紺色のブレザーの袖でぐいっと拭って、ぐるりと男達を睥睨し、


「奇襲の上に強請り? やってることがちっせえのよ。あたしを狙うならまだしも、巻き込まれただけの人にまで矛先向けるなら、あたしが許さない」


 啖呵を切ってみせた彼女の左目は、医療用眼帯に覆われていた。

 聞いたことがある。

 眼鏡と左目に眼帯をした高レベル帯の戦闘狂。

 僕と同じ、南第二学園に在籍していると聞いたことがあったが、まさか。


「流石は"鋼鉄の姫"。バイクで吹っ飛ばされた程度じゃどうということはないか」

「それ恥ずかしいからやめて。名付け親委員会のネーミングセンス、いつもこんななんだから」


 ……やはり。

 彼女はかつて"島"を囲う鉄壁に大穴を開けたとされる"鋼鉄の姫"その人。

 どうしてこんな時間にこんなところにいるのかは不明だが、どうやら男達に因縁をつけられているらしい。

 ……てか僕、本当にただ巻き込まれただけっぽい?


「この程度でくだばらねえなら、後は力尽くしかねえよな?」


 リーダーらしき男の一声で、周りの仲間達も得物──ナイフだのバールだのを構える。見た感じ、喧嘩に使えるような能力持ちはいないようだが、それでも数が多い。いくら"鋼鉄の姫"と言えど、この状況では……


「最初の時点で力尽くな気がするけど、まあどうでもいいわね。──そこのアンタ」

「う、えっ?」


 急に水を向けられて変な声で返してしまった。それを見た"鋼鉄の姫"はニヤッと笑って、


「喧嘩したことなさそうね。同じ学校のよしみよ。助けるからそこにいなさい」


 瞬間、彼女の右目が茶色から蒼く染まった。

 そして地面をダンッ、と踏み締める。

 すると周りにあったガードレールやグレーチングが一斉に不協和音を奏でながらうねり、伸び上がっていく。

 「なんだ⁉︎」と男達が動揺する中、それらは彼女の掲げた両手の中に収束し──ものの数秒で、サバイバルナイフと拳銃、そして弾薬のマガジンが入ったポーチを生成した。


「じゅ、銃なんて卑怯だぞ!」

「人数差で押してる側がなーに言ってんの、よっ!」


 パァン!

 彼女は容赦なく発砲した。


「ってえええええ!」


 本物と見分けがつかないそれから放たれた弾は卑怯と言った男の手に命中し、持っていた得物を手放させた。それだけでなくしっかりと手を撃ち抜いているので血が吹き出し、男はもんどり打って地面に倒れ込んだ。


(い、痛そう……)

「次」


 同情したくなっている僕の隣で、彼女は次の獲物に銃口を向ける。

 しかし、


「こいつは近接が弱ぇんだ!掲示板に書いてあった!」


 男達の一人が叫んだ瞬間、それに反応するように彼らは得物を構えて突進してきた。

 チッ、と彼女の舌打ちが聞こえたがそれどころではない。隣にいる僕も標的になっている!

 仕方ない。


使()()()かわからないけど──!)


 手元のリミッターのダイヤルに指をかけた途端、


「──だりゃああああああああああっ!!!!!」

「どわっ!?」


 彼女の怒号と共に、男達がその場でぶっ倒れた。

 今の一瞬で、生成した武器を鉄の鞭に作り替え、彼らの脛目掛け振り回したのだ。


(痛そう!)


 というか、男の足元吹っ飛ばすってどんだけ怪力なんだ⁉︎


「よし、逃げるわよ!」

「えっ⁉︎」


 バシッ! と僕の手を引っ掴み走り出す彼女。

 思わず口を開いた。


「ななんで逃げるの⁉︎」

「安全な場所から警備隊に通報するのよ! あいつらのやってることは立派な犯罪行為! "島"の法律で裁いてもらうわ!」

「な、るほど……⁉︎」

「目標は学園の敷地に入ること! 正門に警備隊がいるから、そこまで行けばこっちの勝ちよ! 全力で走りなさい!」


 走り出した地点から学園正門までは約十分。そこまでをほぼ全力疾走で駆け抜けるのはかなり厳しいことを言っている気がするし、何より相手はバイクを持っている。すぐに追いつかれるのが関の山だ。

 もっと言えば、彼女はさっきバイクに撥ね飛ばされたばかりだ。ここまでピンピンしているのだから怪我はそこまでひどくないのだろうが、ダメージは決してゼロではないはず。そんな状態でこの距離を走らせるのはあまりにも……


「──僕に考えがある!」

「は⁉︎ なによ!」

「話は後だ!近くのマンションに入る!」

「入れないわよ、知ってるでしょ、オートロックが──」

「君の力で入れるだろ!」

「な──」


 言葉を失ったように息を呑む彼女。

 構わず続ける。


「どこからでもいい、入れさえすれば!」

「──あ、アンタねえ、自分が何言ってんのかわかってんのかしら⁉︎」

「もちろん!」

「……しょうがないわねッ!」


 ぎらりと蒼の右目を光らせた彼女はその場で立ち止まると、手近なマンションの1階の格子に手を伸ばし、ぐいっと引っ張るように動かした。

 ぐにゃりと格子が歪み、人が入れるくらいの隙間ができあがる。

 そこに駆け寄って、


「先に!」

「っ!」


 隙間の目の前にしゃがみ、両手を組む。すぐに察した彼女はその組んだ両手に躊躇なく足を掛け、


「よい、しょおっ!」


 僕の掛け声と一緒に飛び上がり、隙間にするりと入り込んだ。

 続いて僕も登ろうとして、


「──待ちやがれえッ!」

「まずっ──」


 バイクの駆動音が響き、相手が追いついてきたことを知らせてくる。

 慌てて登ろうとするが、ずる、ずるっ、と足が壁に滑る。焦りが冷静さを失わせていく。

 そこに、


「何やってんの! ほらっ!」

「うわっ──」


 ふわっ、と腰が浮いて、僕の体がマンション内に引き込まれた。腰のベルトに引っ掛かっていたのは格子の一部と思われる針金。彼女が手伝ってくれたのだ。


「あ、ありが」

「悠長なこと言ってんじゃないわよ! 次はどうすんの!」

「あ、えと、エレベーターに──」

「急ぐわよ!」


 最後まで聞かずにずんずんとエレベーターに向かう彼女を慌てて追いかける。


「てめえら! ──クッソ! おい、こじ開けるぞッ!」


 背中にかかる声に肝を冷やしつつエレベーターに乗り込む。

 押すボタンは最上階である30階。

 "島"の居住区にあるマンションは全て30階建てで統一されている。

 そのエレベーターの中。


「で、次の狙いは?」


 腕を組んだ彼女に問われ、僕は遠慮なく答える。


「屋上だ」

「それで?」

「"能力"を使う」

「適した能力って訳? 空でも飛べるの?」

()()()()()

「……はぁあ?」


 今まで聞いた中で一番気の抜けた声だった。


「何言ってんの? 自分の能力でしょ?」

「うん、だからわからないんだ。僕の能力は──いや」


 首を振る。そして隣の彼女を見る。


「?」


 怪訝そうに首を傾げる彼女。

 その表情を見ながら考える。

 僕の能力には、ルールがある。

 発動させるには条件の達成が必須であり、達成しなければデメリットが現れる。

 そういう面倒な能力。

 だからこれから言うことは慎重にならなければならない。


「君にお願いがある」


 手元の深紫色のリミッターに手をかける。


「……なによ」

「この局面、乗り越えたら」


 そしてレベルダイヤルをキチリ、キチリと上げていく。


()に、()()の名前を教えてくれ」

「……‼︎」


 彼女が目を見張る。

 今、俺の瞳はリミッターと同じ色に染まっているだろう。

 能力が十全に発動している証拠だ。

 後は、エレベーターを降り、屋上へ登り──


「待っていたぞ」

『ッ⁉︎』


 屋上。周囲にフェンスが張られているだけのシンプルなその場所に、一人の男が立っていた。

 がっしりとした体躯。歳は俺や彼女より上のように感じる。

 先程までのメンバーの中にはいなかった。そして、その立ち姿は自信に満ち溢れ、他のメンバーのように得物も持っていない。つまり、


「アンタが本当のリーダー……それに、しっかり能力、持ってるみたいね」

「部下が世話になったようだからな。その礼をしにきたって訳だ」


 手を差し出すと、その中にボッ、と音を立てて炎が現れた。太陽の下でもメラメラと燃え、それが偽物ではない、本物の炎であることを知らせてくる。


「自然系……あたしの記憶にはないわ。アンタ、普段隠してるわね」

「こちらにも事情があるもんでね。詳しくは話せないが、君らにはここでくたばってもらおう」


 彼は今にも炎を放ちそうなオーラを放っている。もし本当に炎を放たれて制服に引火などしてしまえば、いくら"鋼鉄の姫"と言えどもひとたまりもないだろう。

 歯噛みした彼女はこちらを一瞥して、


「ちょっと、どうすんの、これ」

「そうだな──」


 ふ、と彼女の耳元に口を寄せると、彼女はいきなりビクンッ! と肩を跳ねさせた。


「ひゃいっ⁉︎」

「静かに。いいか──」


 そこから一言、二言、囁き──


「おっと、作戦会議はそこまでだ」


 ボウッ──! と男の炎が勢いを増した瞬間、バーナーのように炎が放たれた。それは一直線にこちらへ向かってきて──


「──もうっ、好きにしなさいっ‼︎」


 じゃらららららっ! と屋上を囲っていたフェンスが千切れ、宙を舞い、俺と彼女の前に盾を形成した。

 放たれた炎は一塊になったフェンスに防がれてこちらには近付けない。

 この隙に、


「ちょいと失礼」

「え? ちょっと、きゃっ!」


 彼女を抱える──いわゆるお姫様抱っこというやつ──そして、


「いくら"鋼鉄の姫"と言えど、そう長くは保たないだろう⁉︎ さあどうす──んべッ⁉︎」


 俺が次に踏んだのは、炎の男の顔面だった。

 そいつがくずおれる前に、さらにもう一歩、次はフェンスの外れた屋上の縁を踏む。

 そして、


「っきゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉︎」


 彼女の甲高い悲鳴が、朝の街に響き渡る。

 今、俺と彼女は、宙を舞っている。

 それも月の重力のように、ふんわりと柔らかな弧を描き、ゆっくりと目的地──南地区第二学園の正門の中に落ちていく。


(なるほど、今回の能力はこれか)


 穏やかな落下の中、冷静に自分の能力を分析していると、半泣きの声が聞こえてきた。


「ちょっと! 聞いてないわよ! こんな方法なんて!」

「言ってないからな」

「そうよ言われてないわよ! あたしはフェンスで盾を作れとしか言われなかった!」

「言う通り、やってくれただろ?」

「──っ! 何よ、なんかキャラも違うし……っ!」


 もにょもにょと口をもごつかせる彼女を不思議と可愛らしく思いつつ、俺は彼女をそっと地面に下ろした。

 制服をぱっぱっと整える彼女に、


「じゃあ、約束、果たしてくれるか?」

「……? ああ、名前ね」


 さら、と焦茶のミディアムヘアを払い、彼女は名乗った。


「桐原千紗姫(ちさき)。……間違っても、あっちの変な名前で呼ぶんじゃないわよ」


 それから、アンタは?と首を傾げるので、


「俺は長谷川夏生(なつお)。よろしく、千紗姫」

「……よ、呼び捨てェ……?」


 ひく、と彼女──千紗姫の頬が引き攣った。

 あれ? おかしいな。


「え? だって"鋼鉄の姫"の方は嫌って──」

「あああそうよわかったわよいいわよ呼び捨てで! それならあたしも夏生って呼ぶからね! ちなみに何年⁉︎」

「春から高二」

「同い年ね! オーケーわかった問題なし! じゃああたし行くから!」

「え、あ──」


 怒涛の如くまくしたて、バッ、背中を向けて駆け出す千紗姫。

 しかし途中でびた! と止まり、


「夏生、覚えてなさいよ」

「え」


 そう言い残すと、千紗姫の姿は瞬く間に小さくなって見えなくなってしまった。


「なんだったんだ……?」


 首を傾げながら手元のリミッターのレベルダイヤルを"1"に回す。

 体から能力が抜けていく独特の感覚が去った後、俺は──僕は──


「なんてことを、しちゃったんだ……‼︎」


 力無く、その場に崩れ落ちた。

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