拠点の変化と新たな視線
第8話です。宜しくお願いします。
翌朝、目が覚めた時、俺は一瞬だけ自分がどこにいるのか分からなくなった。
いや、正確には——昨日までの“いつもの部屋”じゃないと脳が錯覚した、という方が近い。
視界の端に、小さな寝息が聞こえたからだ。
「……」
枕から顔だけ少し動かして見る。
部屋の隅。昨夜、美咲が疲れ果ててそのまま眠ってしまった場所で、小さな体が毛布にくるまっていた。
その隣に座り込むようにして眠っているのは、陸斗だ。
最初は妹を抱き寄せたまま座っていたはずだが、途中で限界が来たらしい。
寝ている顔だけ見れば、ただの子供だ。
昨日あれだけ必死に妹を守ろうとしていたのと同じ人間には見えないくらい、年相応に幼かった。
「……」
俺はゆっくりと息を吐いて起き上がる。
まだ肩が少し痛い。
バールを何度も振り下ろした右腕も重い。
でも、思っていたほどじゃない。
環境維持の“健康改善”がまだ解放されていない状態でも、多少は疲労が抜けやすくなっているのかもしれない。
部屋の中は静かだった。
外の世界は終わっているのに、この家の中だけは妙に平穏だ。
電気もつく。
水も出る。
食料もある。
モンスターに壊されたはずの壁も、もう痕跡一つ残っていない。
「……ほんと、異常だな」
小さく呟く。
だが今は、その異常さに助けられている。
俺は顔を洗ってから、キッチンに立った。
朝食代わりに簡単なものを出すか、と商品生成を使おうとしたところで、後ろから小さな物音がした。
「……あ」
振り返ると、美咲が目をこすりながら起き上がっていた。
「……おはよう」
まだ眠そうな声だった。
「おはよう」
俺が返すと、美咲は少しだけきょろきょろと部屋を見回した。
そして、昨日のことを思い出したのか、ぱちっと目を開く。
「……ここ、お兄さんのおうち……」
「そうだ」
「……こわれてない」
「直ったからな」
「すごい……」
本気で感心したように呟く。
その声で陸斗も目を覚ましたらしい。
はっとしたように身を起こし、まず妹を見て、それから俺を見る。
「……おはようございます」
「おはよう」
ちゃんと敬語なのが、やっぱり陸斗らしい。
少ししてから、俺は簡単な朝食を出した。
パンと飲み物だけの軽いものだったが、二人とも昨日ほどではないにせよ、しっかり食べた。
食べ終わったところで、俺は部屋を見回した。
狭い。
改めて見ても、やっぱり狭い。
俺一人で暮らすなら十分だった。
でも今は違う。
子供二人がここに住むとなると、さすがに無理がある。
特に寝る場所だ。
昨日は疲れ切っていたからそのまま寝たが、毎回床で寝かせるわけにもいかない。
「……よし」
俺は小さく呟いた。
「ちょっと試すか」
「……何をですか?」
陸斗が首を傾げる。
「内装変更」
「ないそう……?」
「この家の中をいじれるっぽいんだよ」
言いながら、自分でもまだ半信半疑だった。
《テリトリー修復 Lv2》になった時に、“内装変更:一部解放”と表示されていた。
だが昨日まではそんな余裕はなかったし、実際にどう使うのかも詳しく確認していない。
ただ、今は試す価値がある。
子供二人をここに置くなら、最低限の生活空間は整えたい。
「少し離れてろ」
俺が言うと、二人は素直に部屋の隅へ移動した。
俺は深呼吸してから、ステータスを開く。
《テリトリー修復》の項目へ意識を向ける。
【テリトリー修復 Lv2】
・登録されたテリトリーを自動修復する
・同時登録数:1
・修復時間:約45秒
・内装変更:一部解放
・外装変更:未解放
・材質変更:未解放
「内装変更」
そう意識した瞬間、視界いっぱいに新しい画面が開いた。
「……は?」
思わず声が出る。
予想以上だった。
そこには、この家の立体的な見取り図が表示されていた。
壁の位置、扉、窓、家具の配置まで、かなり細かく可視化されている。
しかもそれぞれのパーツが、指先でつまんで動かせそうなほど明確だった。
「え……なにそれ……」
美咲がぽかんと口を開ける。
「……ゲームみたいだ」
陸斗も呟く。
いや、俺も同感だ。
もっとこう、ざっくりした“配置変更できます”くらいだと思っていた。
だが違う。
これはもう、完全に設計図だ。
壁を選択すると、表示が増える。
【壁面変更】
・位置調整
・長さ変更
・開閉扉追加
・削除
家具を選べば、
【家具配置変更】
・移動
・複製
・収納化
「……細かすぎるだろ」
呆れ半分、本気半分で呟く。
しかも、視界の中で壁が半透明の線に変わり、ドラッグするみたいに位置を動かせる。
「お兄さん……すごい……」
美咲が目を輝かせている。
すごいのは俺じゃなくてスキルなんだけどな、と思いつつ、俺は試しに今のワンルームの一角へ仕切りを作るように壁の位置を調整してみた。
画面上で確定を押す。
その瞬間——
部屋の中の空気が、ぶわっと震えた。
「っ!?」
陸斗が思わず身構える。
無理もない。
俺も驚いた。
床に淡い光の線が走る。
そこが新しい壁の境界線らしい。
線は一気に伸びて、部屋の一角を四角く囲った。
次の瞬間、その線の上から半透明の壁がせり上がるように現れる。
最初は光だけの枠だったものが、少しずつ質量を持ち、白い壁紙の貼られた普通の内壁へと変わっていく。
「……うわ」
思わず漏れた。
派手だ。
想像以上に派手だ。
魔法みたいだった。
いや、実際そうなんだろうけど。
新しくできた空間には、引き戸も追加した。
これも設定画面で位置を選ぶだけだったのに、現実側ではちゃんと枠が組まれ、ドアがはめ込まれていく。
俺はさらに家具の項目へ意識を向けた。
「……ベッド、増やせるのか?」
元々この家には俺のベッドが一つあるだけだ。
だが商品生成で“物は増やせる”。
ということは、家具そのものも追加できるのかもしれない。
画面を操作すると、予想通りベッドの複製が候補に出た。
「よし」
新しく仕切った空間に、小さめのベッドを二つ並べるイメージで配置する。
確定。
また光が走る。
床の上に輪郭だけのベッドが二つ現れ、それが徐々に形を取り、ちゃんとした寝具付きのベッドへと変わっていく。
「……おぉ……!」
今度は陸斗が素直に声を上げた。
「本当に、部屋が……」
「かわった……!」
美咲はもう完全に目をキラキラさせていた。
俺はついでに、テーブルの位置も少し変えた。
導線を広くし、食事用のスペースと寝るスペースを分ける。
収納も一つ追加して、今後増えていく物資を置きやすくする。
全部終えたあと、俺は少し離れて部屋を見渡した。
昨日までの“大学生の一人暮らしの部屋”とはかなり違う。
まだ広くはない。豪華でもない。
でも、三人で生活するための最低限の形にはなった。
「……すごい」
陸斗がもう一度呟く。
「ここまで変えられるなんて……」
「俺も思ってなかった」
正直な感想だった。
もっと制限が多いと思っていたし、せいぜい家具の位置を少し変えるくらいかと思っていた。
まさか新しく区切りを作って寝室みたいなものまで増やせるとは。
「今日から二人はそこで寝ろ」
俺が言うと、美咲はぱっと顔を明るくした。
「ほんとに……?」
「床よりマシだろ」
「やったぁ……!」
ベッドに駆け寄って、ぽふっと手で触る。
ふかふかだと分かると、そのまま嬉しそうに笑った。
陸斗もその様子を見て、ようやく少しだけ肩の力を抜いたように見えた。
「……ありがとうございます」
「礼はいい」
俺は軽く言ってから、窓際に置いてあった双眼鏡を取る。
「次だ」
「……外、ですか?」
「ああ。状況確認と、お前のスキルの練習」
陸斗が表情を引き締める。
美咲もベッドから顔を上げた。
「練習するの?」
「する」
俺は双眼鏡を覗きながら答える。
「今のままだとバリア頼りだ。
昨日みたいに最後まで守りきれる保証はない」
少し離れた道路の先に、異形の影を見つける。
一体。
少し間を置いて、さらにもう一体。
「……いたな」
「見えるんですか?」
「二体いる。距離はある」
陸斗を呼び、窓際に立たせる。
「まず、準備ってやつを使ってみろ」
「はい……」
陸斗は緊張した顔で頷き、両手を胸の前へ持っていく。
次の瞬間、視界にステータスの一部が浮かんだ。
【準備 Lv2】
・1秒ごとの威力倍率:1.5倍
・最大蓄積:100秒相当
・現在最大到達時間:約67秒
「……なるほど」
俺は小さく呟く。
Lv1の頃は1秒ごとに1倍だった。
今は1.5倍になっている。
だから100秒分まで溜めるのに必要な時間が約67秒まで短縮されているわけか。
「焦るな。できるだけ溜めろ」
「……はい」
陸斗が目を閉じる。
両手の間に、淡い光が集まり始める。
最初は小さな粒みたいなものだった。
それが少しずつ濃くなり、強くなり、熱を持っていくような感覚が部屋の中に広がる。
10秒。
20秒。
30秒。
陸斗の額に汗が滲む。
無防備になるっていうのは、こういうことか。
溜めている間、本人は完全に集中している。
もしこの最中に敵が来たら危険だ。
でも今は家の中だ。
監視システムもある。
やるなら今しかない。
「まだいけるか?」
「……っ、はい」
40秒。
50秒。
光が強くなる。
両手の間に集まった光が、もはや球体みたいな密度になっていた。
美咲が目を丸くしている。
「お兄ちゃん、すご……」
60秒。
そして、ほぼ最大に達したらしいところで、陸斗が小さく息を呑んだ。
「……今です!」
「撃て」
陸斗が前に向かって手を突き出す。
瞬間、二本の光線が走った。
ドンッ!!
低い衝撃音と共に、窓の外の空気が震える。
一本は一体目へ。
もう一本は同じ個体に重なるように収束した。
つまり、二本を分けず、あえて一体に集中させた形だ。
その威力は凄まじかった。
道路を歩いていた犬型の異形の上半身が、光に飲まれる。
次の瞬間には、そこだけぽっかりと消し飛んでいた。
「……っ!?」
俺も思わず息を呑む。
強い。
想像以上だ。
「や、やった……!」
陸斗が驚いたように呟く。
「今度は分けて撃ってみろ」
「はい!」
さっきの成功で少し自信がついたらしい。
陸斗はもう一体、少し離れた位置にいたモンスターへ狙いを定めた。
今度は二本を別方向へ散らすイメージで手を動かす。
放たれた光が、一本ずつ別の角度で走る。
片方は狙った個体の脚を焼き、もう片方は胴体を貫いた。
そいつもよろめきながら倒れ、そのまま動かなくなる。
「……分けてもいけるのか」
「す、すごい、お兄ちゃん!」
美咲がぴょんと跳ねるように喜ぶ。
陸斗はまだ信じられないような顔で、自分の手を見ていた。
「……僕、こんなことできたんだ……」
その言葉には、喜びと戸惑いが半分ずつ混ざっていた。
視界に表示が出る。
【モンスターを討伐しました】
スキルポイントを獲得しました
+2
「ポイント入ったな」
「本当だ……!」
陸斗が少し興奮したように言う。
まあ、それも当然か。
昨日まではただ妹を守るために必死で、バリアしかまともに使えなかったんだ。
それが今、自分のスキルを理解して、ちゃんと敵を倒せた。
たぶん、かなり大きいはずだ。
「……よし」
俺は双眼鏡を置く。
「今後もこのやり方でいく。家の中から確認して、狙えるやつを狙う」
「はい!」
返事が昨日より明るい。
それを聞いて、少しだけ口元が緩みそうになった。
窓の外、少し離れた電柱の根元。
コンクリートのひび割れの隙間に、黒い影が動いた。
小さな影。
それは、ヤモリだった。
だが、普通のヤモリとはどこか違う。
目だけが、不自然なほどに“意思”を宿していた。
じっと、家の中を見つめている。
——陸斗の光線が放たれた瞬間。
その光景を、ヤモリの瞳は一切逃さなかった。
そして——
その“視界”は、別の場所へと繋がっている。
瓦礫の陰。
崩れた建物の中。
そこに、一人の彼女が座り込んでいた。
無表情に近い顔で、ただ一点を見つめている。
だがその瞳には、確かな興味の色が浮かんでいた。
「……見つけた」
ぽつり、と呟く。
「私以外にも……いたんだ」
彼女の視線の先には、直接の景色はない。
だが——
彼女には見えている。
ヤモリを通して。
あの家の中の様子が。
光線でモンスターを倒した少年も。
その隣に立つ青年も。
「……面白い」
彼女は小さく口元を歪める。
その瞬間、外にいたヤモリは、何事もなかったかのように静かに物陰へと消えていった。
家の中では、誰一人としてそれに気付くことはない。
だが確かに——
この場所は、誰かに“見つけられた”。
今更ですが、瀬川陸斗のスキル「手遊び」は、
昔流行った手を交差させたり放ったりするゲームがモチーフになっています。
あの遊びの名前はわからないんですけどね。




