新たな仲間とスキルの進化
第7話です。よろしくお願いします。
しばらくの間、誰も口を開かなかった。
さっきまで七体もの異形に襲われていた家の中とは思えないほど、今は静かだった。
壁も、扉も、窓も——少しずつ、何事もなかったみたいに元通りになっていく。
ひしゃげた玄関扉は真っ直ぐな形を取り戻し、割れた窓は透明なガラスへと戻り、床や壁に飛び散っていた黒い体液も、環境維持の作用なのかじわじわと薄れて消えていった。
「……相変わらず、徹底してるな」
思わずそう呟く。
慣れたわけじゃない。
むしろ、見るたびに異常だと思う。
でも、その異常さのおかげで俺たちは今こうして生きている。
俺はゆっくりと息を吐いた。
さっきまで全身を突き動かしていた緊張が、一気に抜けていく。
腕が重い。
肩が痛い。
手のひらも、ずっとバールを握っていたせいか痺れるようにじんじんしていた。
正直、かなりきつい。
でも俺以上にきついのは、目の前の二人だろう。
さっき助けた兄妹——
まだ名前も聞いていないが部屋の隅に寄るようにして座り込んでいた。
兄の方は妹を庇うように肩を抱いている。
息はまだ荒く、顔色も悪い。
それでも必死に平静を保とうとしているのが分かった。
妹の方は、もう限界らしかった。
小さな肩がずっと震えていて、泣き止んだかと思えばまた目尻に涙が滲んでいる。
……無理もない。
こんな世界になって、化け物に追いかけられて、知らない家に飛び込んで、今度は異空間から出てきた武装兵がそれを撃ち殺したんだ。
頭が追いつかなくて当然だ。
「……腹、減ってるだろ」
俺はなるべく何でもないことみたいに言った。
二人が同時に顔を上げる。
「え……?」
妹の方がまず小さく声を漏らし、兄の方が遠慮がちに口を開いた。
「ご飯、あるんですか……?」
その声には、期待と不安が入り混じっていた。
あると言われたい。
でも、この状況でそんな都合のいいことがあるのか信じきれない。
そんな感じだ。
「……まあ、一応な」
俺は軽く肩をすくめた。
本当は“ある”というより“出す”なんだけど、細かい説明は後でいい。
今はまず、この二人を落ち着かせる方が先だ。
空腹は人を不安定にする。
特に極限状態の後ならなおさらだ。
温かいものを食わせれば、それだけで少しは思考も感情も落ち着く。
◇
俺はテーブルの前に立ち、意識を集中させる。
商品生成。
頭に思い浮かべるのは、この家に元々あったカップ麺だ。
次の瞬間、テーブルの上にカップ麺が二つ現れる。
「……っ!?」
「え……」
二人の目が見開かれる。
そりゃ驚くよな。
何もないところから突然カップ麺が現れたんだから。
続けて、電気ケトルとペットボトルの水も用意する。
ケトルは前に生成していたものだし、水もこの家の中にある。
今の《商品生成》なら、こういう日用品を出すのにほとんど時間はかからない。
「細かいことは後だ。今は食え」
そう言いながら、電気ケトルのスイッチを入れる。
湯が沸くまでの時間が、やけに長く感じた。
静かな部屋の中で、小さな沸騰音だけが妙に耳につく。
兄妹はじっとカップ麺を見ていた。
その表情を見れば分かる。
相当腹が減っている。
でも、すぐに飛びつかないところが、この兄の性格なんだろうなと思った。
妹の前でしっかりしようとしてるのか、あるいは人の家で勝手な真似をするのを躊躇っているのか。
たぶん、その両方だ。
やがて、カチッと音が鳴る。
「よし」
俺は手早く蓋を開け、湯を注いだ。
カップ麺独特の匂いが広がる。
その瞬間、妹の喉が小さく鳴った。
それが聞こえてしまったのか、兄の方が少しだけ気まずそうに視線を逸らす。
「……別に笑わないから気にすんな」
俺が言うと、兄は少しだけ目を丸くしてから、困ったように小さく頭を下げた。
数分待つ。
その数分が、二人にはかなり長かったらしい。
特に妹は何度もカップ麺と俺の顔を見比べていた。
「……もういいぞ」
蓋を開けると、湯気と一緒に強い匂いが立ちのぼった。
たぶん普段なら、こんなものを“ご馳走”だとは思わない。
でも今の世界じゃ、十分すぎるほどありがたい食事だ。
「……食っていいんですか?」
兄が念を押すように聞く。
「そのために出した」
短く答える。
「……いただきます」
兄が小さくそう言い、割り箸を手に取る。
続いて妹も、少し遅れて「いただきます……」と呟いた。
一口。
兄の表情が変わる。
「……っ」
少し俯いたまま、噛み締めるように食べていたが、やがてぽつりと漏らした。
「……うまい……」
妹も夢中で麺をすすり、それから目を輝かせる。
「おいしい……!」
そのまま二人は、がっつくように食べ始めた。
兄は最初こそ少し遠慮していたが、途中からそんな余裕はなくなったらしい。
妹の方は最初から全力だった。
俺はその様子を見ながら、少しだけ肩の力を抜く。
よかった、と思った。
変な話だけど、ここで食欲があるならまだ大丈夫だ。
本当に限界を超えてると、人間は食うことすらできなくなる。
しばらくして、二人はようやく食べ終えた。
「……ごちそうさまでした」
兄がきちんと頭を下げる。
妹も真似をするように小さく頭を下げた。
「……ありがとう」
「……どういたしまして」
俺は軽く返す。
それから少し間を置いて、ようやく本題に入った。
◇
「……そういや、まだ名前聞いてなかったな」
兄は姿勢を正した。
食事をして少し落ち着いたのか、さっきよりは声が安定している。
「はい。僕は瀬川陸斗、14歳です」
やっぱり丁寧だな、と思う。
こういう状況でも敬語が崩れない辺り、本当に真面目なんだろう。
妹の方も、少しだけ緊張した顔で前に出た。
「みさき……7歳……」
小さな声だったが、ちゃんと名乗った。
「黒瀬悠真。大学生だ」
俺も簡単に名乗る。
「……で、あの状況はどうなってた? 家族は?」
俺が聞くと、陸斗の表情が曇った。
「……母とショッピングモールに行っていたんです」
言葉を探すように、一度息をつく。
「それで、買い物してる途中で急に外が騒がしくなって……最初は事故かと思ったんです。でも、人が叫びながら逃げてきて……」
陸斗の声が少し震える。
「外を見たら、空が変で……化け物がいて……」
そこで一度、言葉が途切れた。
横で美咲が兄の服をぎゅっと掴む。
陸斗は妹の手に自分の手を重ねてから、続けた。
「そのまま、店の中も一気にパニックになって……母とはぐれました」
「……父は?」
「父は仕事です。たぶん、別の場所にいて……」
そこまで言って、陸斗は唇を噛んだ。
「……無事かどうか、分かりません」
沈黙が落ちる。
重い空気だった。
でも、たぶんこれはこの兄妹に限った話じゃない。
今の世界じゃ、似たようなことがあちこちで起きてるんだろう。
家族と離れた奴。
逃げ遅れた奴。
どこに行けばいいかも分からず彷徨ってる奴。
そして、もう二度と会えない奴も。
「……とりあえず」
俺は言った。
「行くとこないなら、ここにいろ」
二人が同時に顔を上げる。
「今の外を二人だけで動くのは無理だ。さっき見ただろ」
「……いいんですか?」
陸斗が確認するように聞いてくる。
「外に出ても危ないだけだ。だったら、ここにいた方がマシだろ」
少しだけ言葉を選んで続ける。
「親のことが心配なのは分かる。でも、今すぐ探しに出ても死ぬ可能性の方が高い」
「……はい」
陸斗は真面目な顔で頷いた。
分かってるんだろう。
無茶をしてもどうにもならないってことを。
「しばらくはここで様子を見る。それで、状況が分かってから動く」
「……ありがとうございます!」
陸斗が深く頭を下げる。
美咲も嬉しそうに笑って、「やった……」と小さく呟いた。
……これで完全に一人じゃなくなったな。
その事実に少しだけ妙な感覚を覚えながら、俺は話題を変えた。
◇
「で、さっきの力だ」
陸斗が顔を上げる。
「透明な壁と、最後の光。あれ、お前のスキルだろ?」
「……はい。でも、僕もよく分かってなくて……」
「ステータス、見れるか?」
「やってみます」
陸斗が意識を集中させる。
次の瞬間、俺の視界にも半透明の画面が浮かんだ。
俺の時とほとんど同じ形式だ。
【ステータス】
名前:瀬川陸斗
年齢:14
種族:超人族
Lv:1
スキルポイント:3
【メインスキル】
《手遊び Lv1》
【サブスキル】
なし
「……手遊び?」
思わず呟く。
なんだその名前、子供の頃に手をパンパンして遊んだあの名前……?
と思ったが、内容を見て少し納得した。
表示はさらに細かく展開される。
《手遊び Lv1》
・準備 Lv1
・バリア Lv1
・光線 Lv1
各項目に意識を向けると、詳細も見えた。
【準備 Lv1】
・攻撃の溜めを行う
・1秒ごとに威力倍率上昇(1秒=1倍)
・発動中は無防備
・発動中はバリア、光線を使用不可
【バリア Lv1】
・自分または対象を物理攻撃から完全防御
・持続時間:25秒
・クールタイム:30秒
・発動中は準備、光線を使用不可
【光線 Lv1】
・対象へ強力な光線を放つ
・威力、持続時間は準備量に依存
・発動中はバリア、準備を使用不可
「……なるほどな」
かなり分かりやすい。
防御と攻撃、それからチャージか。
「さっきの光、これだな」
俺が光線を指すように言うと、陸斗が小さく頷く。
「はい……多分」
「で、準備が必要なタイプか」
「……あ」
陸斗が目を見開く。
「さっき、いきなり撃ったから弱かったんだろ」
「……そういうこと、だったんですね……」
今までバリアしかまともに使ってこなかったらしいから、たぶん準備と光線の繋がりを理解してなかったんだろう。
でも逆に言えば、まだ伸びしろしかない。
「スキルポイント3あるな」
「……本当だ」
陸斗が少し驚いたように言う。
「使ってなかったのか?」
「はい……見る余裕もなくて……」
「まあ、普通そうだろ」
俺は少し考えてから言った。
「とりあえず、全部1ずつ振るのが無難だな」
準備もバリアも光線も、全部使い道がある。
だったら、まずは全体を底上げした方がいい。
「……やってみます」
陸斗が画面を操作する。
その瞬間、表示が光った。
《スキル強化完了》
そして、更新されたステータスが表示される。
【ステータス】
名前:瀬川陸斗
年齢:14
種族:超人族
Lv:1
スキルポイント:0
【メインスキル】
《手遊び Lv2》
【サブスキル】
なし
《手遊び Lv2》
・準備 Lv2
・バリア Lv2
・光線 Lv2
【準備 Lv2】
・攻撃の溜めを行う
・溜め効率上昇
・1秒ごとの威力倍率:1倍 → 1.5倍
・発動中は無防備
・発動中はバリア、光線を使用不可
【バリア Lv2】
・自分または対象を物理攻撃から完全防御
・持続時間:25秒 → 40秒
・クールタイム:30秒 → 20秒
・発動中は準備、光線を使用不可
【光線 Lv2】
・対象へ強力な光線を放つ
・威力、持続時間は準備量に依存
・光線数:1本 → 2本
・発動中はバリア、準備を使用不可
「……すごい」
陸斗がぽつりと呟く。
自分の手を見つめながら、少し興奮したような声だった。
「分かる……強くなってる」
「そりゃ分かりやすい強化だな」
特にバリアがでかい。
40秒持って、クールタイムが20秒なら、かなり守りやすくなる。
まだ子供だから使いこなせるかは別としても、単純性能はだいぶ上がった。
「準備も強くなってる……」
陸斗は画面を見ながら呟く。
「1秒で1.5倍……」
「ってことは、溜めれば溜めるほど光線の威力も上がるわけか」
「多分……そうだと思います」
「面白いな」
素直にそう思った。
防御も攻撃もある。
しかも、まだ理解しきれてないだけで成長の余地がかなり大きい。
◇
それから俺も自分のステータスを開く。
ポイントは7。
今回、七体倒した分がそのまま入っている。
「……こっちも使うか」
まずは警備だ。
前回、最後の一体を取り逃がしかけたことを考えれば、ここを強化する価値は高い。
「警備に2ポイント」
表示が更新される。
【サブスキル】
《警備 Lv3》
【警備 Lv3】
・テリトリーが外敵から一定以上の損傷を受けた際に発動
・警備隊を召喚し、対象を排除する
・召喚人数:3人 → 4人
・会話機能:なし
・活動時間:3分
・発動条件:侵入危険度 中 → 小
新機能:《監視システム》解放
「……おお」
これはでかい。
人数が四人になるだけでも純粋に火力が増す。
しかも発動条件が“中”から“小”になったということは、前より早い段階で警備が動くってことだ。
さらに新機能まで増えている。
「監視システム……?」
その項目を開く。
【監視システム】
・登録されたテリトリーの周囲10メートル以内に、登録済み対象者以外が侵入した場合にアラームを鳴らす
「……便利だな」
本気でそう思った。
今までみたいに、外で気づかないうちに近づかれるのが一番怖かった。
でもこれがあれば、少なくとも“誰か何かが近づいてきた”ことは事前に分かる。
防衛性能としてかなり大きい。
残りは5ポイント。
それをそのまま商品生成へ回す。
「商品生成に5ポイント」
表示が再び光る。
《商品生成 Lv4》
・テリトリー内の物品を複製可能
・生成速度:高速
・ネットショッピング Lv2
【ネットショッピング Lv2】
・1日の使用回数:1回 → 2回
・取得した商品は以降《商品生成》で複製可能
「……これも強いな」
一日二回。
単純にできることが倍になる。
新しい物資を取り込む速度が上がるってことは、そのまま拠点強化の速度が上がるってことだ。
医療品、武器、工具、家具、防犯用品。
欲しいものはいくらでもある。
その候補を、これから毎日二つずつ増やせる。
「いい強化だな……」
思わずそう呟く。
陸斗が少し遠慮がちに聞いてきた。
「あの……黒瀬さんの方も、強くなったんですか?」
「まあな」
俺は画面を軽く見せる。
「警備が強くなった。あと、物を増やす力も」
陸斗は真剣な顔で頷いた。
「……さっきの兵隊さんみたいな人たちですよね」
「そういうことだ」
「すごいです……」
美咲も横でこくこくと頷いていた。
「お兄さんのおうち、すごい……」
「……そう見えるだけだ」
本当は、かなり綱渡りだけどな。
でも、今この二人の前でそれを言う必要はない。
少なくとも、この家は外より圧倒的に安全だ。
それは間違っていない。
◇
俺は息を吐いてから、二人を見た。
「……今日はもう休め」
二人とも疲労が顔に出ている。
美咲なんかもう瞼が重そうだし、陸斗も気を張ってるだけでかなり限界に近いだろう。
「はい……」
「うん……」
二人が素直に頷く。
その様子を見ながら、俺はふと思った。
今までは、自分が生き残ることだけを考えていた。
家を守る。
物資を確保する。
スキルを理解して、強くしていく。
全部、自分のためだった。
でも——
この兄妹がここにいるなら、話は少し変わる。
守る相手がいる。
この家は、俺一人の避難所じゃなくなる。
「……」
悪くない、と思った。
面倒事は確実に増える。
食事も寝る場所も、今までよりちゃんと考えないといけない。
それでも、たった一人で静まり返った家にいるよりは——少しだけ、人間らしい。
外はまだ危険だ。
世界は崩壊したままだ。
でも、この家の中だけは違う。
ここには温かい食事があって、雨風を防ぐ壁があって、少なくとも今は命を脅かすものがない。
そして俺には、それを維持できる力がある。
「……この力は」
小さく呟く。
生き残るためだけのものだと思っていた。
でも、違うのかもしれない。
守るためにも使える。
そんな気がした。
兄妹は寄り添うように並んで座り、少しずつまぶたを重くしている。
その様子を見ながら、俺は静かにステータス画面を閉じた。
たぶん、ここから先はもっと面倒になる。
もっと危険になる。
それでも——
俺はもう、一人じゃない。




