救済と審判
第32話です。宜しくお願いいたします。
あれから、数週間が経った。
「――そろそろ行くか」
俺がそう言うと、隣にいた陸斗が頷く。
「はい」
リビングにはすでに全員が集まっていた。
未来、浮田、チャン爺、そして――ルドルフ。
ルドルフの顔色はもう完全に戻っている。
傷も問題なさそうだし、動きにも違和感はない。
むしろ。
「……相変わらずでかいな」
「……それ、褒めてますか?」
「まあな」
軽く肩をすくめると、ルドルフは少しだけ苦笑した。
この数週間で、こいつもだいぶ馴染んできた。
真面目で、礼儀正しくて、思ってたより話も通じる。
……あと、普通にいいやつだ。
「今日は初めてだな、ルドルフ」
「はい」
少しだけ、表情が引き締まる。
「避難民の探索、ですよね」
「あぁ」
俺は頷いた。
「これから、実際に人を連れて帰る可能性もある」
「その時は――」
一瞬だけ視線をルドルフに向ける。
「お前の出番だ」
ルドルフは、静かに頷いた。
「分かっています」
その目は、もう迷っていない。
前に進む覚悟はできている顔だった。
ミニバンに乗り込み、エンジンをかける。
今回のメンバーは五人。
俺、陸斗、未来、浮田、そしてルドルフ。
チャン爺や美咲たちは留守番だ。
「じゃ、行くぞ」
アクセルを踏み込む。
エンジン音と共に、車はゆっくりと動き出した。
窓の外には、変わらない荒れた街の景色が広がっている。
壊れた建物。
放置された車。
人の気配のない道。
……この世界が終わってるってことを、嫌でも思い出させてくる光景だ。
「未来」
「もうやってる」
俺が言う前に、未来が答えた。
目は閉じている。
意識を別のところに飛ばしてる状態だ。
「カラスは上空、犬は地上、ヤモリは建物内部」
「いつも通りね」
「頼む」
「任せなさい」
短いやり取り。
でも、この連携はもう慣れたもんだ。
ふと、隣を見る。
ルドルフが窓の外を見ていた。
その表情は、どこか硬い。
「緊張してるか?」
声をかけると、ルドルフは少しだけ視線をこちらに向けた。
「……正直に言えば、はい」
「まあ、初めてだしな」
「それもありますが……」
一瞬だけ言葉を止める。
「自分のスキルにまだ慣れて居ないので……。」
あぁ、なるほど。
それは確かにそうだ。
あの能力は、使い方を間違えれば“暴力”に近い。
「大丈夫だ」
俺は軽く言った。
「必要な時だけ使えばいい」
「それだけだ」
ルドルフは、少しだけ考えるような顔をした後――
「……はい」
小さく頷いた。
しばらく走ったところで、未来が目を開いた。
「……見つけた」
その一言で、車内の空気が変わる。
陸斗が姿勢を正す。
浮田も視線を前に向けた。
「どこだ?」
「ここから車で五分くらい」
「学校」
「バリケードあり。集団で立てこもってる」
「人数は?」
「……ざっと見て、四十前後」
思ったより多い。
「状態は?」
「衰弱してる人もいるけど、全体的にはまだ動けるレベル」
「……なるほどな」
ちゃんと生き延びてる集団ってわけだ。
「行くぞ」
ハンドルを切る。
車はそのまま、未来の示した方向へと向かった。
数分後。
目的の学校が見えてきた。
「……あれか」
校門の前には、簡易的だがしっかりしたバリケードが作られている。
机や棚、鉄パイプなんかを組み合わせて作ったんだろう。
素人にしては、よくできてる。
「ちゃんと考えてるな」
陸斗が呟く。
「あぁ」
無策で生き残れる世界じゃないからな、今は。
車を少し離れた位置に止める。
「未来」
「分かってる」
再び目を閉じる。
「ヤモリ、侵入させる」
数秒後。
「……入った」
体育館の中。
未来の視界を共有しているわけじゃないが、何となく分かる。
人が集まってる。
緊張してる空気。
その中で――
「……すみません」
未来の声が、そこに響いた。
「私は黒川未来と言います」
当然、パニックになる。
見えない場所から声が聞こえてくるんだからな。
ざわめき。
誰かが武器を構える気配。
子供の怯えた声。
そして――
「……そこか」
誰かがヤモリを見つけた。
未来が続ける。
「驚かせてしまってすみません」
「私たちは敵ではありません」
落ち着いた声。
感情を乗せすぎず、でも冷たくもない。
「この集団の代表者の方はいらっしゃいますか?」
少しの間。
そして、一人の男が前に出た。
四十代くらいか。
疲れは見えるが、目はまだ死んでない。
「……俺だ」
低い声。
警戒は解いていない。
「何だ、お前たちは」
未来は一拍置いてから答える。
「少しだけ、外に出てお話をさせて頂きたいのです」
「もちろん、全員で来ていただいて構いません」
「武器を持ってきても大丈夫です」
その言葉に、ざわつきが広がる。
当然だ。
普通なら罠を疑う。
だが――
「……分かった」
代表者の男が、そう言った。
少しの間を置いてから。
覚悟を決めた顔で。
「行こう」
その一言で、空気が動く。
避難民たちは顔を見合わせながらも、それぞれ武器を手に取った。
……来るな。
ちゃんと、生きようとしてる。
バリケードが、ゆっくりと外されていく。
ギギ……と、擦れる音。
完全に開け切ることはせず、すぐ閉じられるような状態を保っているあたり、警戒は解いていない。
やがて。
中から人が出てきた。
最初に出てきたのは、さっき未来と話していた男。
その後ろに、ぞろぞろと人が続く。
……多いな。
(ざっと四十人か)
年齢もバラバラだ。
老人、若者、子供。
男も女もいる。
ただ、一つ共通しているのは――
全員、疲れている。
それでも。
手には、バットや鉄パイプ、包丁なんかを持っている。
生きるために、必死でここまで来たのが分かる。
代表者の男が、俺たちを見て言った。
「……で、何の用だ」
敵意まではない。
だが、警戒は強い。
当然だ。
俺は一歩前に出た。
「すまない、単刀直入に言う」
回りくどい話をしてる時間はない。
「食料や飲料はあるか?」
一瞬、空気が止まる。
そして。
「……あるわけないだろ」
男が吐き捨てるように言った。
「もし、分けてくれって話なら――悪いが他を当たってくれ」
「こっちも、もう限界なんだ」
後ろの人間たちも、苦い顔をしている。
……そりゃそうだ。
この状況で余裕なんてあるわけがない。
「いや」
俺は首を振る。
「そういう話じゃない」
そして。
「出してくれ」
後ろにいるルドルフたちに言う。
次の瞬間。
車の扉が開く。
――ドサッ
――ドサドサッ
大量の食料。
ペットボトルの水。
保存食。
それが、一気に地面に並べられていく。
その光景に。
「……は?」
誰かが、間の抜けた声を出した。
全員が、目を見開いている。
当然だ。
この世界で、こんな量の物資を見ることなんてまずない。
代表者の男も、完全に言葉を失っていた。
「超人族って、知ってるか?」
俺がそう聞くと、男はゆっくりと頷いた。
「あぁ……知ってる」
「都心に、SPМとかいうのがあるんだろ?」
「なんか、よく分からんが……能力が使えるとか」
「まぁ、そんなとこだ」
俺は軽く肩をすくめた。
「俺たちはSPМじゃないけどな」
「何人か、超人族がいる」
チラッと未来を見る。
「さっきの声も、その能力だ」
男はヤモリの方を見て、納得したように息を吐いた。
「……なるほどな」
「で?」
警戒はまだ残っている。
だが、さっきよりは確実に話を聞く姿勢になっている。
俺はそのまま続ける。
「俺たちは今、この能力を使って避難民を助けてる」
「食料、飲料、物資、住む場所」
「全部、提供してる」
ざわっ、と空気が揺れた。
後ろの人間たちがざわつく。
「……は?」
「そんな……」
「ありえないだろ……」
当然の反応だ。
俺だって最初はそう思った。
「この食料も、俺のスキルで出してる」
地面の物資を軽く指差す。
誰も、否定できない。
現実としてそこにあるからだ。
「だから」
一歩踏み込む。
「俺たちのところに来ないか?」
真っ直ぐに言う。
「避難させる」
沈黙。
重い沈黙が落ちる。
そして。
「……そんな都合のいい話があるか?」
代表者の男が、低く言った。
視線は鋭い。
「この世界で」
「そんな“天国みたいな場所”があるって言われて、はいそうですかって信じろってのか?」
いい質問だ。
むしろ、それを聞いてくれて助かる。
「あぁ」
俺は頷いた。
「その通りだ」
「だから、条件がある」
男の目が細くなる。
「……やっぱりな」
「三つだ」
指を立てる。
「一つ目」
「働けるやつは、働いてもらう」
「売店でも、管理でも、何でもいい」
「何もせずに食っていくだけってのは無しだ」
男は黙って聞いている。
「二つ目」
「揉め事は極力起こすな」
「助け合え」
「当たり前のことを、当たり前にやれ」
後ろの人間たちが顔を見合わせる。
そして――
「三つ目」
ルドルフを見る。
「入る前に、誓ってもらう」
「ここにいるこいつの前でな」
ざわっ、と再び空気が揺れる。
代表者の男が、少し驚いたような顔をした。
「……それだけか?」
「要は、普通に生きればいいだけなのか?」
「あぁ」
俺は笑った。
「その通りだ」
「俺たちは、それをやってるだけだ」
肩をすくめる。
「だから、日常生活のお裾分けだ」
一瞬。
沈黙。
そして――
「……はは」
男が、力なく笑った。
「なんだそれ……」
だが、その顔は少しだけ緩んでいた。
後ろの人間たちも、表情が変わっていく。
希望。
疑い。
でも、それ以上に――
“救われるかもしれない”という感情。
「……分かった」
男が言った。
「その条件なら、問題ない」
「住ませてくれ」
その言葉を皮切りに。
「お願いします!」
「助けてください!」
声が一気に上がる。
空気が変わる。
さっきまでの緊張が、希望に変わっていく。
――いい流れだ。
だが。
(ここからだ)
「じゃあ、並んでくれ」
俺が言うと、全員の視線が集まる。
「今言ったルールを守ると誓ってもらう」
「こいつの前でな」
ルドルフが一歩前に出る。
少しだけ、緊張しているのが分かる。
だが、逃げない。
「……やるぞ」
小さく呟き。
「――真実の口」
再び、あの空気が現れる。
ざわっ、と避難民たちがざわつく。
「な、なんだこれ……」
「怖……」
だが、逃げる者はいない。
むしろ――
順番に、前に出てくる。
一人目。
問題なし。
二人目。
問題なし。
三人目。
問題なし。
子供は少し怖がったが、親が手を握って一緒に誓った。
老人は静かに、迷いなく誓った。
全員が、通っていく。
空気が、少しずつ安心に変わっていく。
これなら――
(問題ないな)
そう思った、その時。
一人だけ。
動きが遅いやつがいた。
帽子を深く被っている。
顔が見えない。
そして。
手で、帽子を押さえている。
(……なんだ?)
違和感。
ほんのわずかなズレ。
だが、それが妙に引っかかる。
そいつが、最後だった。
「次だ」
ルドルフが言う。
男が、一歩前に出る。
そして――
吸い込まれるように、手が動いた。
「――っ!?」
驚いた拍子に。
帽子を押さえていた手が離れる。
そして。
帽子が、落ちた。
その顔が――露わになる。
次の瞬間。
ルドルフの目が、大きく見開かれた。
「……お前は……」
声が、震える。
「……俺をあの時に刺した――」
一拍。
空気が凍る。
「亮太だな……」
静寂。
誰も、動かない。
避難民たちも、状況を理解できていない。
ただ一人。
帽子を落とした男だけが、顔を歪めていた。
(……そういうことか)
俺は、ゆっくりと息を吐く。
視線を、そいつに向ける。
最近調子に乗って土日に3話ずつ投稿してしまって、
ストックが……。
今、せっせっと貯めていってます……。




