真実と信頼
第31話です。宜しくお願いいたします。
朝、目が覚めた時、妙に胸のあたりがすっきりしていた。
昨日までずっと慌ただしかったせいか、こうして穏やかな空気の中で朝を迎えると、逆に少し落ち着かない。
顔を洗ってリビングに向かう途中、ふと思い出した。
――あの外国人の男。
腹を刺されて倒れていた、ルドルフとかいう男だ。
浮田が「もう命に別状はない」と言っていたから大丈夫だとは思うが、やっぱり少し気になる。
階段を下りる前に、俺はそのまま客室のある廊下へ足を向けた。
すると、ちょうど扉の前に一葉が立っていた。
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう。どうだ、あいつ」
「先ほどお目覚めになられました。意識もはっきりしており、会話は問題なくできそうです」
「そうか」
思ったより回復が早い。
……いや、浮田のスキルが異常なんだよな、たぶん。
扉越しに中の気配を探る。
静かだが、確かに人の動く気配がある。
「食事は?」
「まだでございます。お身体の様子を見てからと考えておりました」
「分かった。じゃあ先に様子だけ見よう」
「かしこまりました」
一葉が静かに扉を開ける。
◇
中では、ルドルフがベッドの端に腰掛けていた。
上半身は起こしているが、まだ少し動きがぎこちない。
腹の傷のあたりを無意識に庇っているのが分かる。
だが、顔色は昨日よりずっといい。
窓から差し込む朝の光の中で、その顔立ちは昨日よりはっきり見えた。
整った目鼻立ち。
高い鼻。
短く整えられた髪。
何より、肩や腕の厚みがすごい。
明らかに鍛えてる体だ。
……こんな男が腹を刺されて路上に転がってたんだから、そりゃ目立つ。
ルドルフは俺に気づくと、すぐに立ち上がろうとした。
「いや、無理すんな」
「……すみません」
日本語だ。
しかもかなり自然。
昨日は混乱してて気にならなかったが、改めて聞くとちょっと驚く。
「体はどうだ?」
「少し重いですが……痛みは、ほとんどありません」
そう言って、自分の腹部に手を当てる。
「正直、まだ信じられません」
「それはこっちも同じだよ。浮田のスキル、見てて意味分からないし」
俺がそう言うと、ルドルフは少しだけ笑った。
昨日より表情が柔らかい。
少なくとも、今すぐ暴れたり逃げたりしそうな感じじゃない。
「とりあえず、飯にしよう。話はその後でいい」
「……ありがとうございます」
その声には、昨日よりずっと落ち着きがあった。
◇
ルドルフを連れてリビングへ行くと、みんな揃っていた。
チャン爺が朝食の仕上げをしていて、テーブルにはすでに皿が並び始めている。
未来はソファに腰掛けて本を閉じ、陸斗は姿勢よく席についていた。
浮田はコーヒー片手に気だるそうに座っている。
美咲は――案の定、ルドルフを見るなり目を輝かせた。
「わー! おっきい!」
「美咲」
「だってほんとに大きいんだもん!」
まあ、それはそうだ。
ルドルフは一瞬きょとんとした後、少し困ったように笑った。
「……ええと、こんにちは」
「こんにちはー!」
美咲は元気よく返事をして、それから未来の服の裾を引っ張った。
「未来お姉ちゃん、この人ほんとに外国の人なんだね!」
「見れば分かるでしょ」
未来はそう言いながらも、少し興味深そうにルドルフを見ていた。
ルドルフは視線をぐるりと巡らせ、少し驚いた顔をする。
「……改めて見ると、本当に……不思議な場所ですね」
「だろ?」
俺は椅子を引きながら言う。
「俺もたまにそう思う」
ルドルフが席につく。
その動作一つにも、まだ少し慎重さが残っていた。
無理もない。
つい昨日まで死にかけてたんだ。
「まずは食え。話はその後だ」
「……はい」
チャン爺がスープを置き、一礼する。
「ご安心ください。消化のよろしいものをご用意しております」
「ありがとうございます」
ルドルフは、やっぱり礼儀正しい。
見た目はゴリゴリの戦闘系なのに、中身はかなり理性的だな。
全員が席につき、いつものように朝食が始まる。
だが、今日の空気は少しいつもと違った。
新しい人間がいる。
しかも、ただの避難民じゃない。
俺もみんなも、それを何となく感じていた。
◇
食事の最中、ルドルフは驚くほど自然に箸を使っていた。
「……お前、日本語だけじゃなくて箸も使えるのか」
俺が聞くと、ルドルフは少しだけ得意そうな顔をした。
「来日して六年目ですから」
「六年?」
未来が反応する。
「そんなに日本にいたの?」
「はい。元々、日本の文化が好きで」
一瞬、言い淀んでから続ける。
「……特にアニメが」
その瞬間、俺は顔を上げた。
「アニメ?」
ルドルフもこっちを見る。
「はい」
「……どんな?」
「えっ」
未来が小さくため息をついた。
「そこ食いつくんだ」
いや、食いつくだろ。
食いつくしかないだろそんなの。
ルドルフは少し照れたように咳払いをした。
「ええと……ロボットものや、バトルものをよく見ます」
「分かる」
思わず即答した。
「いいよな」
「はい……とても」
なんだろう。
急に親近感が湧いてきた。
◇
食事が終わり、少し落ち着いたところで、ルドルフが姿勢を正した。
「黒瀬さん」
「悠真でいい」
「……では、悠真さん」
ちゃんと呼び直してくるあたり、真面目だなほんと。
「一つ、説明しておきたいことがあります」
その声音で、空気が少し変わった。
さっきまでの和んだ空気が、静かに引き締まる。
浮田もコーヒーカップを置き、未来は本を脇に退かした。
陸斗も自然と背筋を伸ばす。
俺は頷いた。
「聞く」
ルドルフは一度、自分の手を見た。
あの手が、死にかけた直後に“覚醒”したのか。
「昨日……俺は、自分が超人族になったと言いました」
「あぁ」
「その時に発現したスキルについて、先に話しておくべきだと思いました」
そう言って、ゆっくりとこちらを見る。
その目は真剣だった。
仲間になるかどうか以前に、自分が何を持っているかを明かす。
それは、ある意味で“誠意”なんだろう。
「俺のスキルは――『真実の口』です」
その名前だけで、何となく嫌な予感がした。
……いや、嫌な予感というより、“厄介そう”というのが近いか。
「対象が真実を言っているかどうか、確かめることができます」
未来が眉を上げる。
「……それだけでも十分厄介ね」
「いや、それだけじゃありません」
ルドルフは静かに続けた。
「スキルを発動すると、“真実の口”が召喚されます」
「対象者は、その場から逃げられません」
「自分の意思で体を動かすこともできません」
「そして、発動者――つまり俺の質問には、必ず答えなければならない」
リビングが静まり返る。
説明だけで分かる。
これはかなり、重いスキルだ。
「……まるで尋問だな」
浮田が呟く。
「はい。そう言っていいと思います」
ルドルフは肯定した。
「対象者は真実の口に手を入れた状態で、俺の質問全てに答える必要があります」
「全てが真実なら、そのまま解放されます」
「ですが」
一瞬だけ、その声が重くなった。
「もし嘘をついた場合――」
「幻覚を見せられます」
「真実の口に、手を噛みちぎられるという幻覚を」
……うわ。
思わず顔をしかめる。
美咲は内容を完全に理解していないのか、きょとんとしていたが、未来は明らかに引いていた。
「怖っ……」
素直な感想だった。
「実際に怪我はしません」
ルドルフは補足する。
「ですが、恐怖は本物です」
「強いショックを受けると思います」
「……十分だな」
俺は正直、そう思った。
肉体的な傷がなくても、精神的にはかなりきつい。
だが――
同時に、ものすごく使い道のある能力でもある。
それを、俺はすぐに理解した。
◇
「……それ、すごいな」
俺がそう言うと、ルドルフは少し意外そうな顔をした。
「怖い、ではなく?」
「怖いのもある」
素直にそう返す。
「でも、それ以上に“使える”と思った」
未来がちらっとこっちを見る。
浮田は呆れたように息を吐いた。
だが、俺は本気だった。
「ルドルフ」
「はい」
「俺たちと一緒に来てくれないか」
真正面から言う。
変に濁す意味はない。
「避難民を助けたい」
「そのために、お前の力を貸してほしい」
ルドルフはすぐには答えなかった。
ただ、俺の顔をじっと見ている。
少し警戒しているようにも見えるし、言葉の意味を慎重に測っているようにも見える。
「……避難民を助ける?」
「あぁ」
「どういうことですか?」
そこからは、順番に説明した。
マンションのこと。
住民を受け入れていること。
働いてもらう代わりに、食料や住む場所を保証すること。
これからもっと多くの避難民を受け入れたいと思っていること。
途中で商品生成も見せた。
食料、飲料、生活用品。
目の前に次々と出してみせると、ルドルフはさすがに目を見開いた。
「……これは」
「俺のスキルだ」
「相当おかしいだろ?」
「……はい」
そこは否定しないらしい。
「で、今後避難民が増えれば、当然問題も増える」
「ルールを守らないやつも出るかもしれない」
「暴れるやつ、盗むやつ、嘘をつくやつ――色々な」
俺は一度言葉を切り、ルドルフを見る。
「その時、お前の力が必要になる」
「本当に守る気があるのか」
「本当にルールを守るのか」
「それを見極めることができる」
リビングに静かな空気が流れる。
ルドルフはまだ黙っていた。
考えている。
いや、違うな。
踏み切るための何かが足りていない顔だ。
しばらくして、ルドルフがゆっくりと口を開いた。
「……まだ」
一言だけで、十分だった。
彼が何を引きずっているのかは。
「俺はまだ……人に裏切られたという衝撃を、拭いきれていません」
その言葉に、誰も軽々しく返事はしなかった。
当然だ。
昨日、あんな話を聞いたばかりなんだから。
「だから……」
ルドルフは俺を真っ直ぐ見た。
「本当に、悠真さんがそう思っているのか」
「この話が本当なのか」
「俺自身のスキルで……確認させてください」
空気が、一気に緊張する。
未来が不安そうな顔をした。
陸斗も、少しだけ表情を強張らせる。
浮田は何も言わないが、眉間に皺を寄せていた。
チャン爺だけは静かに立っている。
その沈黙の中で、俺はルドルフを見る。
……なるほどな。
そうきたか。
でも、分からなくはない。
こいつにとって今、人を信じるっていうのは“怖いこと”なんだろう。
なら。
「分かった」
俺は即答した。
未来がこっちを見る。
陸斗も少し驚いた顔をした。
だが、俺はそのまま続ける。
「ルドルフが納得するまで、やってくれていい」
ルドルフの目が、わずかに揺れた。
信じられない、という顔だ。
けど、俺は別に揺らがない。
嘘はついてないんだから。
◇
ルドルフは、ゆっくりと一歩前に出た。
その表情は、先ほどまでとは明らかに違う。
迷いはある。
だが、それでも踏み込むと決めた顔だ。
「……分かりました」
短く息を吐く。
そして、静かに告げた。
「――真実の口」
その瞬間だった。
空気が、変わる。
ピリ、と肌に刺さるような圧。
次の瞬間、床――いや、空間そのものが歪んだ。
黒い影のようなものが広がり、そこからゆっくりと“それ”が現れる。
巨大な口。
石で出来ているような、無機質な質感。
だが、確かに“生きている”と感じさせる、不気味な存在感。
「……これが」
未来が小さく呟く。
誰も動けない。
視線は全て、その口に吸い寄せられていた。
その時だ。
俺の右手が、勝手に動いた。
「――っ」
抗おうとしても無理だ。
引き寄せられる。
強制的に。
そして――
そのまま、“真実の口”の中へと、手を突っ込まれた。
冷たい。
いや、冷たいというより、“何も感じない”感覚。
存在しているのに、触れている実感がない。
妙に気持ちが悪い。
だが、それ以上に。
――逃げられない。
それだけは、はっきりと分かった。
◇
ルドルフが口を開く。
その声は、さっきよりも低く、重かった。
「まず……」
「今までの説明に、相違点はありますか?」
シンプルな質問だ。
俺は迷わない。
「いいえ」
即答だった。
次の瞬間。
――何も起きない。
痛みも、違和感も、変化もない。
ただ、静寂だけが残る。
未来が小さく息を吐いたのが分かった。
ルドルフの目が、少しだけ鋭くなる。
「次の質問です」
「俺を助けたのは――協力を仰ぐためですか?」
核心に近い質問。
だが、これも答えは変わらない。
「いいえ」
また、即答。
――何も起きない。
その事実が、逆に重みを持って空間に残る。
浮田が腕を組み直した。
陸斗は、じっと俺を見ている。
疑ってるわけじゃない。
ただ、見届けようとしている。
ルドルフが、一瞬だけ目を閉じた。
そして、ゆっくり開く。
その瞳は、震えていた。
「……最後の質問です」
声が、ほんの少しだけ揺れる。
「俺のスキルが……仮に無くなったとしても」
「俺のことを、裏切るつもりはありませんか?」
重い質問だ。
でも――
だからこそ、答えは一つしかない。
「もちろん、はいだ」
迷いはない。
言い切った。
その瞬間。
――沈黙。
誰も動かない。
時間が止まったみたいな感覚。
だが――
何も起きない。
噛みちぎられる感覚も、幻覚も。
何一つ。
ただ。
“真実”だけが、そこにあった。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと、“真実の口”が沈んでいく。
まるで、役目を終えたかのように。
空間の歪みも、圧も、すべてが静かに消えていく。
そして――
俺の手が、解放された。
自由に動く。
問題ない。
つまり。
全部、通ったってことだ。
◇
「……」
ルドルフが、何も言わない。
ただ、立ち尽くしている。
そして。
ぽたり、と。
床に雫が落ちた。
涙だ。
「……本当に」
声が震えている。
「……信じて、いいんだよな……?」
その一言で、全部伝わる。
どれだけ怖かったのか。
どれだけ疑ってしまっていたのか。
どれだけ――信じたかったのか。
「あぁ」
俺は、即答した。
「もちろんだ」
少しだけ、息を吐く。
「昔の俺はさ」
自然と、言葉が出た。
「人を信じるなんて、馬鹿なことだと思ってた」
「裏切られるだけだって」
「合理的に動く方が、正しいってな」
一度、視線をずらす。
そして――みんなを見る。
陸斗。
未来。
浮田。
チャン爺。
そして、奥にいる美咲。
「でも」
「こいつらと出会って、変わった」
ルドルフを見る。
「人って、案外悪くない」
「ちゃんと、信じていいやつもいる」
少しだけ笑う。
「まぁ、全員じゃないけどな」
「俺たちは、ルドルフを裏切らない」
はっきり言う。
「もしルドルフがピンチになったら」
「絶対助ける」
言い切る。
「それだけは、約束する」
ルドルフは、しばらく何も言わなかった。
ただ、涙を拭って。
そして――
笑った。
「……ありがとう」
深く、息を吸う。
「グラッツィエ」
その言葉には、ちゃんと感情が乗っていた。
「俺は――協力します」
はっきりと。
迷いなく。
そう言った。
◇
空気が、ふっと緩む。
未来が小さく微笑んだ。
浮田は「やれやれ」と肩をすくめる。
陸斗は、どこか安心したように頷いていた。
美咲はよく分かってないまま、
「やったー! 仲間増えたー!」
と元気に言っている。
……まあ、それでいいか。
俺はルドルフを見た。
さっきまでとは違う顔。
迷いはあるだろう。
でも、それでも前を向いてる顔だ。
(これで、また一歩だな)
避難民を助ける。
そのための仲間が、また一人増えた。
しかも――
嘘を見抜く力を持つ、強力な仲間が。
結構、中2感溢れるルドルフのスキル。
個人的には好きなんですよね。
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