日常を創る者たち
第27話です。宜しくお願いいたします。
翌朝——。
リビングにはいつものように人が集まっていた。
だが、その空気はほんの少しだけ違っていた。
昨日の出来事——SPМとの接触。
それが、確実に何かを変えていた。
テーブルにはチャン爺が用意した朝食が並んでいる。
焼きたてのパンに、スクランブルエッグ、スープ。
いつも通りの、穏やかな朝のはずだった。
しかし——
「……昨日の人達、ちょっと怖かったですね」
陸斗がぽつりと呟く。
その声は、どこか緊張を含んでいた。
「うーん、確かにね。悪い人って感じじゃなかったけど……」
未来はコーヒーを一口飲みながら、視線を少しだけ落とす。
何かを考えている顔だった。
「でも、すごい人達だったよね!」
美咲だけはいつも通りだ。
パンを頬張りながら、キラキラした目で話している。
この空気の違いに気付いていないのか、それとも気にしていないのか。
どちらにしても、その無邪気さが少しだけ場を和ませていた。
そんな中——
「……みんな、ちょっといいか」
悠真が静かに口を開いた。
全員の視線が悠真へと集まる。
少しだけ間を置いてから、悠真は続けた。
「今後のことなんだけどさ」
「俺のテリトリー、今4つまで登録できるんだ」
「今は——」
指を折りながら説明する。
「元々の俺の家」
「コンビニ」
「総合病院」
「この3つを登録して、今のこの建物になってる」
リビングを見渡す。
豪華な内装、広い空間、全てが融合されたこの拠点。
「つまり、あと1つ登録できるってわけだ」
その言葉に、未来が少しだけ顔を上げた。
「……それで?」
促すように聞く。
悠真は頷いた。
「昨日も言ったけどさ」
「俺は、避難してる人達を助けたいと思ってる」
その言葉に、全員が黙って耳を傾ける。
「だから——」
一度、言葉を切る。
「新しく、マンションをテリトリー登録しようと思う」
「そこに、避難してる人達を匿う」
少しだけ空気が動いた。
「……マンション?」
未来が小さく呟く。
「あぁ」
「この拠点とは別で運用する」
「俺のスキルなら、物資も食料も問題ない」
「警備もできる」
淡々とした説明。
だが、その中には確かな意志があった。
「つまり——」
「安全な避難場所を、もう一つ作るってことだ」
少しの沈黙。
最初に口を開いたのは未来だった。
「……いいと思う」
はっきりとした声。
「避難してる人達を助けるって意味でもそうだし」
「拠点を分けるのは正解ね」
腕を組み、冷静に続ける。
「ここに全員集めるより、管理もしやすい」
「リスク分散にもなるし」
完全に“分析”としての意見だった。
感情ではなく、理屈。
それが逆に、この案の現実味を強めていた。
悠真は軽く頷く。
「だよな」
——その時だった。
「……少し待ってくれ」
低く、落ち着いた声。
浮田だった。
その一言で、空気が少し引き締まる。
「避難民を助けるのは賛成だ」
「それ自体に異論はない」
ゆっくりと、言葉を選びながら続ける。
「だが——」
一度、全員を見渡す。
「タダで全てを与えるのか?」
その問いに、誰もすぐには答えられなかった。
「それは……甘やかしすぎだと思う」
はっきりとした否定。
だが、感情的ではない。
あくまで“現実”としての言葉だった。
「体裁の問題でもある」
「秩序の問題でもある」
少しだけ、息を吐く。
「人はな——」
「与えられるだけの環境にいると、崩れる」
リビングが静まり返る。
「この世界がこうなる前、人は皆それぞれ役割を持っていた」
「働いて、学んで、支え合っていた」
浮田の視線が悠真に向く。
「お前が言ってる“日常”ってのは、そういうもんだろ?」
その言葉に、悠真は黙って聞いていた。
「だから俺はこう思った」
「ただ助けるんじゃない」
「——協力してもらうべきだ」
そこで一度、言葉が止まる。
「協力……?」
悠真が聞き返す。
浮田は小さく頷いた。
「あぁ」
「例えばだ——」
指を立てて、一つずつ言葉を並べていく。
「マンションの一階を改造して、物資や食料を扱う店にする」
「そこに住む人間に、店番や管理を任せる」
未来が少しだけ目を細める。
「……なるほど」
浮田は続ける。
「それだけじゃない」
「小さな医療施設を作る」
「住民の健康管理を行う」
「人が増えれば、マンションの管理も必要になる」
「さらに——」
一瞬、間を置く。
「子供がいれば、学ぶ場所も必要だ」
「学校や託児所も作るべきだろう」
静かだが、確実に現実を見据えた言葉だった。
「つまり——」
「物資や住む場所を提供する代わりに、働いてもらう」
そして、最後に付け加える。
「超人族がいれば、スキルに応じた役割も与えられる」
「戦闘、補助、医療、何でもな」
その言葉に、リビングの空気が変わった。
ただの避難所ではない。
“機能する場所”のイメージが、一気に広がる。
数秒間、誰も言葉を発しなかった。
考えている。
全員が、それぞれの立場でこの案を咀嚼していた。
「……確かに」
最初に口を開いたのは陸斗だった。
「その方が、現実的ですね」
少しだけ考えた後の言葉。
納得の色がはっきりと出ている。
「ただ守るだけじゃ、続かないですもんね」
未来も静かに頷く。
「管理もしやすくなるし、秩序も保てる」
「……いい案ね」
チャン爺も、顎に手を当てながら口を開いた。
「社会の再構築……でございますか」
「興味深いお話でございます」
一葉たちメイドは揃って頭を下げる。
「ご主人様のご意志、承知致しました」
その言葉に迷いはない。
ただ従うのではなく、理解した上での応答だった。
「えーっと……」
美咲が少し困った顔で首を傾げる。
「みんなで暮らすってこと?」
その問いに、悠真は少しだけ笑った。
「あぁ、そうだな」
「ただ住むだけじゃなくて、ちゃんと生活する場所だ」
優しく説明する。
美咲は「そっかぁ…!」と小さく頷いた。
悠真はゆっくりと息を吐いた。
「……いいな、それ」
浮田の方を見る。
「ただ守るだけじゃ意味がない、か」
少しだけ考えるように目を細める。
「日常ってのは——」
小さく笑う。
「作るもんだよな」
そして、はっきりと言った。
「その案、採用だ」
その一言で、全てが決まった。
「じゃあ、次は場所だな」
悠真はテーブルに地図を広げた。
崩壊した街の中で、まだ形を保っているエリアを指でなぞる。
「……ここだな」
指が止まる。
都心部にある、高層マンション。
未来がすぐに覗き込む。
「……かなり大きいわね」
「住居スペースも十分ある」
「出入口も限られてるから、防衛もしやすい」
分析は即座に終わる。
悠真は頷いた。
「だからいい」
「ここを使う」
「じゃあ、行くか」
悠真が立ち上がる。
それに合わせて、他のメンバーも動き出す。
「今回は探索ですね」
陸斗が確認するように言う。
「あぁ」
悠真は軽く答える。
「まずは下見だ」
「使えるかどうか見てからだな」
「ドライブだー!」
美咲だけはテンションが上がっていた。
「いや目的違いますよ!」と陸斗がツッコむ。
少しだけ、笑いが生まれる。
張り詰めていた空気が、自然と和らいでいく。
ミニバンが発進する。
崩壊した街を、静かに走り抜けていく。
割れたガラス、崩れた建物、放置された車。
かつての日常の残骸が、そこかしこに転がっていた。
その中を——
悠真達は進む。
(誰かに与えられる日常じゃない)
ハンドルを握りながら、悠真は思う。
(俺達が——)
前を見据える。
(作る)
その瞳には、迷いはなかった。
かなり規模が大きくなってきましたね。




