訪問者
第25話です。宜しくお願いいたします。
――コンコン。
軽やかなノックの音で、目が覚めた。
「ご主人様、朝でございます」
扉の向こうから聞こえてくる、落ち着いた声。
ゆっくりと身体を起こす。
「……ん」
まだ少し重たい頭を振りながら、ベッドから降りる。
扉を開けると――
「おはようございます、ご主人様」
一葉、二葉、三葉が、綺麗に並んで頭を下げた。
赤、青、黄色のリボン。
見分けはそれだけなのに、不思議と誰が誰か分かるようになってきている。
「おはよう」
軽く返すと、三人は揃って一歩下がる。
「朝食の準備が整っております」
その言葉に頷き、廊下を歩き出す。
廊下は今日も、無駄がないほど綺麗だ。
足音がやけに響く。
この建物に来てから、もう何日経っただろうか。
最初は違和感しかなかったこの空間も、今では“日常”になりつつある。
◇
階段を降りると、リビングの扉が開いていた。
中から、いい匂いが漂ってくる。
「おはようございます」
チャン爺が、深く一礼する。
「朝食をご用意しております」
テーブルに目を向ける。
「……おお」
思わず声が漏れた。
銀食器。
綺麗に磨き上げられた皿の上に、料理が並んでいる。
こんがりと焼かれたベーコン。
色とりどりのサラダ。
湯気の立つコーンスープ。
そして――
焼きたてのバケット。
さらに、見慣れない器が置かれていた。
「それは“ウフ・アラ・コック”でございます」
チャン爺が説明する。
「卵料理の一種でして」
専用の器に入った半熟の卵。
上部が割られ、中の黄身がとろりと揺れている。
「……へぇ」
バケットを手に取り、軽くちぎる。
それを、そっと卵へと差し込む。
じゅわり、と。
黄身が染み込む。
そのまま口に運ぶ。
「……うまっ」
思わず呟いた。
濃厚な卵のコクと、バケットの香ばしさが合わさる。
シンプルなのに、妙に満足感がある。
気付けば、自然と笑っていた。
(……こういうのも、悪くないな)
ふと、テーブルを見る。
この銀食器も、ネットショッピングで何となく買ったものだ。
正直、必要だったかと言われれば微妙だが――
(まぁ、雰囲気は大事だよな)
自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。
こんな状況なのに。
こんな生活をしている。
それでも――
(……悪くない)
むしろ。
少しだけ、“幸せ”だと思えた。
◇
「今日は、オフにするか」
食後、俺がそう言うと。
「やったー!」
美咲がすぐに反応する。
「じゃあ好きなことしよう!」
その一言で、各々が動き出した。
未来は、本棚の前に立っていた。
何冊か手に取り、静かにページをめくる。
やがて一冊を選び、ソファに腰掛けた。
そのまま、周囲の音が消えたかのように集中し始める。
相変わらず、落ち着いている。
「じゃあ歌おー!!」
美咲の元気な声が響く。
メイド三人を引き連れ、カラオケルームへと消えていく。
数分後。
部屋の外まで聞こえるほどの音量で、歌声が流れ始めた。
「いぇーい! 最高ー!!」
どうやら、盛り上がっているらしい。
……いや、ほぼ一人で盛り上がってる気がするが。
浮田は、大浴場へ。
「こういう時間も必要だからな」
そう言って、ゆっくりと湯に浸かっていた。
湯気の中で、肩の力を抜く。
戦いとは無縁の時間。
その表情は、どこか穏やかだった。
◇
「お願いします!」
「こちらこそ宜しくお願いいたします」
外では、陸斗とチャン爺が向かい合っていた。
キャッチボール。
ボールが空を切る音が響く。
陸斗の動きは、慣れている。
綺麗なフォーム。
力強い投球。
「お上手ですね」
少し離れた場所からチャン爺が声をかけると。
「はい! 部活で!」
笑顔で答える。
「昔、父とよくやってたんです」
その一言に、少しだけ間が空いた。
だがすぐに、またボールが投げられる。
その背中は、どこか楽しそうだった。
そして、俺は――
自室に戻っていた。
◇
「さてと……」
ベッドに腰を下ろし、端末を手に取る。
画面を操作する。
そして――
「きた」
思わず口元が緩む。
アニメ。
これだけは、昔から変わらない趣味だ。
戦いだの、スキルだの。
現実の方がよっぽど非現実的になってる今でも。
やっぱり、これが好きだ。
再生ボタンを押す。
画面の中で、物語が動き出す。
キャラが叫び。
戦い。
ぶつかり合う。
(……やっぱこういうのいいよな)
ふっと、息を抜く。
ほんの少しだけ、現実を忘れる時間。
だが――
その時間は、突然終わった。
◇
――ピピピピピピッ!!
無機質な警報音が、建物全体に響き渡る。
「……っ!」
反射的に立ち上がる。
「またか……!」
さっきのとは違う。
今度は――
はっきりとした“接近”の気配。
俺はすぐに部屋を飛び出した。
リビングに駆け込むと、すでに全員が集まっていた。
「今の音……」
未来が静かに言う。
「ああ、外だな」
俺は頷く。
すぐに窓の方へ歩く。
カーテンを少しだけ開け、外を見る。
「……来てるな」
門の前。
そこには――
十人ほどの集団が立っていた。
全員、同じような装備。
黒を基調としたマント。
胸元には、十字を思わせるエンブレム。
まるで軍隊のように、整然と並んでいる。
無駄な動きが一切ない。
ただ立っているだけなのに、圧がある。
「すいませーん!!」
その中の一人が、大きな声で呼びかけてきた。
「ちょっといいですかー!!」
やけに軽い声。
だが、それが逆に不気味だった。
(……普通の連中じゃないな)
空気で分かる。
戦ってきた奴らの雰囲気だ。
◇
「未来」
「うん」
未来は小さく頷き、手をかざす。
「――“動植物図鑑”」
空間が揺らぎ、一匹の犬が現れる。
地面に降り立ち、低く唸る。
警戒している。
「共有」
未来の視線が、犬と繋がる。
「行ってくる」
犬は静かに門へと向かった。
足音を殺しながら、ゆっくりと近づく。
そして――
門の前で止まる。
「……誰だ」
低い声で問いかける。
「お?」
声を上げたのは、さっきの軽い男だった。
「なんだこの犬……」
少ししゃがみ込む。
じっと見つめる。
そして――
「……あー」
ニヤッと笑った。
「もしかして、俺と同じ系統か?」
次の瞬間。
男の身体が歪む。
骨が軋み、形が崩れる。
肉が変形し、毛が生え――
一瞬で、“犬”へと変わった。
「ほらな」
同じ目線で、こちらを見てくる。
「やっぱそうだろ?」
軽い口調。
だが、その動きには無駄がない。
(……こいつ)
未来越しに、その違和感が伝わってくる。
(さっきの……)
走っていた“馬”。
あれと、同じ気配。
「犬飼」
低く、落ち着いた声が響く。
「遊ぶな」
「はい、すいません……」
犬飼は軽く返し、元の人間の姿へ戻った。
その隣から、一人の男が前に出る。
年齢は三十代半ばほど。
落ち着いた佇まい。
だが――
空気が変わる。
先程までの軽さが、一気に消えた。
「すまない」
男は静かに言う。
「こちらから声をかけておいて、名乗っていなかったな」
一歩、前へ出る。
視線が真っ直ぐこちらを捉える。
「私は――」
わずかに間を置いて。
「国の超人族部隊、SPМ」
「戦術隊隊長、門脇誠司だ」
その名前が、空気を引き締めた。
門脇は、そのまま続ける。
「単刀直入に言う」
一切の無駄がない言葉。
余計な前置きもない。
「君達を――」
わずかに、間。
全員の意識が、その言葉に集中する。
「SPМにスカウトしに来た」
静かに。
だが、はっきりと。
その言葉は告げられた。
リビングの空気が、一瞬止まる。
「……は?」
誰かが、小さく声を漏らした。
スカウト。
つまり――
(……仲間に、なれってことか?)
門の向こうでは、十人の隊員が微動だにせず立っている。
その中心にいる門脇は、こちらをじっと見ていた。
試すように。
値踏みするように。
そして――
“答え”を待っている。
最近何か登場人物増えていってますね。
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