訪問者
第25話です。宜しくお願いいたします。
朝の優雅な日常
――コンコン。
軽やかなノックの音で、目が覚めた。
「ご主人様、朝でございます」
扉の向こうから聞こえてくる、落ち着いた声。
ゆっくりと身体を起こす。
「……ん」
まだ少し重たい頭を振りながら、ベッドから降りる。
扉を開けると――
「おはようございます、ご主人様」
一葉、二葉、三葉が、綺麗に並んで頭を下げた。
赤、青、黄色のリボン。
見分けはそれだけなのに、不思議と誰が誰か分かるようになってきている。
「おはよう」
軽く返すと、三人は揃って一歩下がる。
「朝食の準備が整っております」
その言葉に頷き、廊下を歩き出す。
廊下は今日も、無駄がないほど綺麗だ。
足音がやけに響く。
この建物に来てから、もう何日経っただろうか。
最初は違和感しかなかったこの空間も、今では“日常”になりつつある。
階段を降りると、リビングの扉が開いていた。
中から、いい匂いが漂ってくる。
「おはようございます」
チャン爺が、深く一礼する。
「朝食をご用意しております」
テーブルに目を向ける。
「……おお」
思わず声が漏れた。
銀食器。
綺麗に磨き上げられた皿の上に、料理が並んでいる。
こんがりと焼かれたベーコン。
色とりどりのサラダ。
湯気の立つコーンスープ。
そして――
焼きたてのバケット。
さらに、見慣れない器が置かれていた。
「それは“ウフ・アラ・コック”でございます」
チャン爺が説明する。
「卵料理の一種でして」
専用の器に入った半熟の卵。
上部が割られ、中の黄身がとろりと揺れている。
「……へぇ」
バケットを手に取り、軽くちぎる。
それを、そっと卵へと差し込む。
じゅわり、と。
黄身が染み込む。
そのまま口に運ぶ。
「……うまっ」
思わず呟いた。
濃厚な卵のコクと、バケットの香ばしさが合わさる。
シンプルなのに、妙に満足感がある。
気付けば、自然と笑っていた。
(……こういうのも、悪くないな)
ふと、テーブルを見る。
この銀食器も、ネットショッピングで何となく買ったものだ。
正直、必要だったかと言われれば微妙だが――
(まぁ、雰囲気は大事だよな)
自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。
こんな状況なのに。
こんな生活をしている。
それでも――
(……悪くない)
むしろ。
少しだけ、“幸せ”だと思えた。
「今日は、オフにするか」
食後、俺がそう言うと。
「やったー!」
美咲がすぐに反応する。
「じゃあ好きなことしよう!」
その一言で、各々が動き出した。
未来は、本棚の前に立っていた。
何冊か手に取り、静かにページをめくる。
やがて一冊を選び、ソファに腰掛けた。
そのまま、周囲の音が消えたかのように集中し始める。
相変わらず、落ち着いている。
「じゃあ歌おー!!」
美咲の元気な声が響く。
メイド三人を引き連れ、カラオケルームへと消えていく。
数分後。
部屋の外まで聞こえるほどの音量で、歌声が流れ始めた。
「いぇーい!最高ー!!」
どうやら、盛り上がっているらしい。
……いや、ほぼ一人で盛り上がってる気がするが。
浮田は、大浴場へ。
「こういう時間も必要だからな」
そう言って、ゆっくりと湯に浸かっていた。
湯気の中で、肩の力を抜く。
戦いとは無縁の時間。
その表情は、どこか穏やかだった。
「お願いします!」
「こちらこそ宜しくお願いいたします」
外では、陸斗とチャン爺が向かい合っていた。
キャッチボール。
ボールが空を切る音が響く。
陸斗の動きは、慣れている。
綺麗なフォーム。
力強い投球。
「お上手ですね」
少し離れた場所からチャン爺が声をかけると。
「はい!部活で!」
笑顔で答える。
「昔、父とよくやってたんです」
その一言に、少しだけ間が空いた。
だがすぐに、またボールが投げられる。
その背中は、どこか楽しそうだった。
そして、俺は――
自室に戻っていた。
「さてと……」
ベッドに腰を下ろし、端末を手に取る。
画面を操作する。
そして――
「きた」
思わず口元が緩む。
アニメ。
これだけは、昔から変わらない趣味だ。
戦いだの、スキルだの。
現実の方がよっぽど非現実的になってる今でも。
やっぱり、これが好きだ。
再生ボタンを押す。
画面の中で、物語が動き出す。
キャラが叫び。
戦い。
ぶつかり合う。
(……やっぱこういうのいいよな)
ふっと、息を抜く。
ほんの少しだけ、現実を忘れる時間。
だが――
その時間は、突然終わった。
――ピピピピピピッ!!
無機質な警報音が、建物全体に響き渡る。
「……っ!」
反射的に立ち上がる。
「またか……!」
さっきのとは違う。
今度は――
はっきりとした“接近”の気配。
俺はすぐに部屋を飛び出した。
リビングに駆け込むと、すでに全員が集まっていた。
「今の音……」
未来が静かに言う。
「ああ、外だな」
俺は頷く。
すぐに窓の方へ歩く。
カーテンを少しだけ開け、外を見る。
「……来てるな」
門の前。
そこには――
十人ほどの集団が立っていた。
全員、同じような装備。
黒を基調としたマント。
胸元には、十字を思わせるエンブレム。
まるで軍隊のように、整然と並んでいる。
無駄な動きが一切ない。
ただ立っているだけなのに、圧がある。
「すいませーん!!」
その中の一人が、大きな声で呼びかけてきた。
「ちょっといいですかー!!」
やけに軽い声。
だが、それが逆に不気味だった。
(……普通の連中じゃないな)
空気で分かる。
戦ってきた奴らの雰囲気だ。
「未来」
「うん」
未来は小さく頷き、手をかざす。
「――“動植物図鑑”」
空間が揺らぎ、一匹の犬が現れる。
地面に降り立ち、低く唸る。
警戒している。
「共有」
未来の視線が、犬と繋がる。
「行ってくる」
犬は静かに門へと向かった。
足音を殺しながら、ゆっくりと近づく。
そして――
門の前で止まる。
「……誰だ」
低い声で問いかける。
「お?」
声を上げたのは、さっきの軽い男だった。
「なんだこの犬……」
少ししゃがみ込む。
じっと見つめる。
そして――
「……あー」
ニヤッと笑った。
「もしかして、俺と同じ系統か?」
次の瞬間。
男の身体が歪む。
骨が軋み、形が崩れる。
肉が変形し、毛が生え――
一瞬で、“犬”へと変わった。
「ほらな」
同じ目線で、こちらを見てくる。
「やっぱそうだろ?」
軽い口調。
だが、その動きには無駄がない。
(……こいつ)
未来越しに、その違和感が伝わってくる。
(さっきの……)
走っていた“馬”。
あれと、同じ気配。
「犬飼」
低く、落ち着いた声が響く。
「遊ぶな」
「はい、すいません……。」
犬飼は軽く返し、元の人間の姿へ戻った。
その隣から、一人の男が前に出る。
年齢は三十代半ばほど。
落ち着いた佇まい。
だが――
空気が変わる。
先程までの軽さが、一気に消えた。
「すまない」
男は静かに言う。
「こちらから声をかけておいて、名乗っていなかったな」
一歩、前へ出る。
視線が真っ直ぐこちらを捉える。
「私は――」
わずかに間を置いて。
「国の超人族部隊、SPМ」
「戦術隊隊長、門脇誠司だ」
その名前が、空気を引き締めた。
門脇は、そのまま続ける。
「単刀直入に言う」
一切の無駄がない言葉。
余計な前置きもない。
「君達を――」
わずかに、間。
全員の意識が、その言葉に集中する。
「SPМにスカウトしに来た」
静かに。
だが、はっきりと。
その言葉は告げられた。
リビングの空気が、一瞬止まる。
「……は?」
誰かが、小さく声を漏らした。
スカウト。
つまり――
(……仲間に、なれってことか?)
門の向こうでは、十人の隊員が微動だにせず立っている。
その中心にいる門脇は、こちらをじっと見ていた。
試すように。
値踏みするように。
そして――
“答え”を待っている。
最近何か登場人物増えていってますね。




