美容鍼ですわぁ!
第203話です。宜しくお願い致します。
一方、悠真とセイコも教会の通路を歩いていた。
真ん中の道。
左右に分かれた陸斗と夏山の気配は、もう近くにはない。
静かな廊下に響くのは、悠真とセイコの足音だけだった。
外では近藤達や警備隊達が《Monster》の隊員達を相手にしているはずだ。
だが、この通路まで来ると、その喧騒も遠く感じる。
磨かれた床。
壁に施された装飾。
等間隔に並ぶ灯り。
外の関西の街が荒れ果て、住民達が破れた服を着て祈りに来ていたことを思えば、この教会内部の綺麗さはあまりにも不自然だった。
悠真はその光景に眉をひそめながら進んでいた。
そして、ふと隣を歩くセイコへ視線を向ける。
「そう言えば、ちゃんと謝れてなかったな……!」
セイコは不思議そうに首を傾げた。
「……?」
悠真は少し足を止める。
そして、真剣な表情でセイコを見た。
「本当にあの時はすまなかった……」
セイコの表情が、わずかに変わる。
悠真は続けた。
「俺が油断して不甲斐なかったが為に、1度はお前達を失ってしまった……!」
それは、山梨での出来事だった。
神崎幸子達が開発した、超人族を一時的に人間へ戻す薬。
その薬を受けた悠真は、《日常生活》を失った。
そして、それに伴ってセイコ達も一時的に姿を消した。
セイコにアルやソックス、チャン爺や一葉、二葉、三葉。
それに、ガドラーや警備隊達。
悠真を支えてくれていた存在が、一瞬でいなくなった。
あの時の無力感は、今でもはっきり覚えている。
自分の油断が招いた結果だと、悠真はずっと悔やんでいた。
だが、セイコは穏やかに微笑んだ。
「その事ならわたくし、悠真様に怒ってなどいませんわ!」
悠真が顔を上げる。
セイコは、いつもの華やかな笑みではなく、少しだけ優しい表情をしていた。
「寧ろ、無事で居てくれて本当にありがとうございますわ……」
「セイコ……」
悠真が小さく呟く。
セイコは胸元に手を当て、静かに言葉を続けた。
「わたくし達はあの時、悠真様の中で全てを見ておりました」
悠真は目を見開く。
「無くなったとはいえ、一時的だった為、ずっと悠真様の中に居たのです……」
完全に消えていたわけではない。
表へ出ることができなかっただけ。
悠真の中で、セイコ達は全てを見ていた。
悠真が追い詰められていく姿を。
苦しむ姿を。
それでも必死に立とうとする姿を。
セイコの表情が、少しだけ曇る。
「わたくし達は悠真様の事を助ける事が出来ない歯がゆさ、そして悠真様が腕を失い、殺されそうになる瞬間、わたくし達は生きた心地がしませんでしたわ……」
その声には、普段の陽気さはなかった。
セイコ達は見ていた。
悠真が腕を失った瞬間を。
命を奪われかけた瞬間を。
だが、何もできなかった。
声も届かない。
手も伸ばせない。
ただ、悠真の中で見ていることしかできなかった。
それは、セイコ達にとっても苦痛だった。
悠真は言葉を失う。
自分だけが失ったと思っていた。
自分だけが無力だったと思っていた。
だが、セイコ達も同じように、苦しんでいたのだ。
セイコは、そこでふっと表情を和らげた。
「でも、悠真様はこうやって生きてらっしゃいます……」
そして、いつものように優雅に微笑む。
「悠真様が生きている事に感謝はすれど、怒る警備隊達なんて誰一人として居ませんことよ!」
セイコは悠真へウインクした。
その仕草は、いつものセイコらしかった。
明るくて、誇らしげで、どこか大げさ。
けれど、その言葉は本物だった。
悠真は胸の奥が少し軽くなるのを感じた。
「セイコ……」
そして、心から言う。
「ありがとう……」
◇
その瞬間、セイコの目がわずかに鋭くなった。
空気が変わる。
セイコは前方へ視線を向けた。
「感謝は後回しですわ……」
悠真もすぐに前を見る。
通路の先。
そこには、金髪でスタイルのいい女性が立っていた。
長い足に少し濃い化粧と整った顔立ち。
しかし、その表情には退屈そうな苛立ちが浮かんでいる。
女性は大きくあくびをした。
「ハァ〜!」
そして、悠真達を見て面倒くさそうに肩をすくめる。
「待ちくたびれたわ……ったく!」
悠真は警戒しながら問いかけた。
「お前はMonsterだな?」
女性は口元を吊り上げる。
「えぇ、そうよ」
そして、堂々と名乗った。
「アタシの名前はルーシー・タークス」
ルーシーは首を鳴らすように軽く動かし、ニヤリと笑う。
「さぁ、自己紹介はこのくらいにして早くやりましょうよ」
戦う気は十分。
むしろ、待たされていたことに苛立っているようだった。
悠真は一瞬だけルーシーを見据えた後、隣のセイコへ声をかける。
「セイコ頼んだぞっ!」
セイコは優雅に一歩前へ出る。
「お任せ下さいですわ!」
そして、その場でくるりと一回転し、美しくお辞儀をした。
それを見たルーシーが鼻で笑う。
「ふん!」
腕を組み、セイコを上から下まで見る。
「ふざけたポーズなんて取っちゃって!」
そして、挑発するように言った。
「如何にもお嬢ちゃんって感じね」
セイコは口元に手を添え、穏やかに笑う。
「淑女の嗜みが分かっていないようだから、教えて差し上げますわ!」
ルーシーの眉がぴくりと動く。
「あぁ、そうですか!」
そして、背中をわずかに反らせる。
「これでも、そんな事言ってられるかしら?」
ルーシーが叫んだ。
「スキル、《タイプBランク》で《ニードルハリネズミ》!」
その瞬間、ルーシーの背中が不気味に膨らんだ。
服の背中側が盛り上がり、そこから無数の針が生えてくる。
鋭く、太く、硬そうな針。
まるでハリネズミの背中を、そのまま巨大化させたようだった。
悠真はその能力に見覚えがあった。
以前、東京を襲撃してきた飯島茶々が使っていた、Bランクモンスター能力。
《ニードルハリネズミ》。
ルーシーは背中の針を広げるようにして笑った。
「発射!」
次の瞬間、無数の針が一斉に飛び出す。
空気を裂きながら、セイコへ襲いかかった。
「ハハハハハっ!!」
ルーシーが高笑いする。
「針山になりなさい!」
しかし、セイコはまったく慌てなかった。
両手に、いつもの魔法のステッキを召喚する。
そして、軽やかに足を動かした。
まるで舞踏会で踊るようなステップ。
だが、その動きはただ優雅なだけではない。
飛んでくる針を、左右のステッキで次々と弾き返していく。
キンッ。
カンッ。
鋭い金属音が通路に響く。
セイコの身体は、針の雨の中を舞うように動いていた。
「淑女はこうやって優雅な舞踊を身に着けますのよぉ〜!」
悠真はその光景を見ながら、静かに状況を整理していた。
あれは、凛堂の話にも出ていた銀武が付与したというBランクモンスターの能力。
ハリネズミのような細く鋭い針を飛ばす。
厄介な能力だ。
だが。
悠真は、華麗に針を捌くセイコを見た。
やっかいだが、うちのセイコの敵ではない……!
ルーシーの顔に苛立ちが浮かぶ。
「クソがっ!」
さらに針を放ちながら叫ぶ。
「ふざけるんじゃないわよ!」
セイコは手を口に添え、目を丸くした。
「まぁ、汚い言葉!」
そして、少し呆れたように言う。
「淑女が使う言葉ではありませんわ!」
セイコはステッキで針を弾きながら、優雅に続ける。
「言葉遣いの調教も必要ですわね!」
ルーシーのこめかみに青筋が浮かぶ。
「ごちゃごちゃうるさいわね!」
ルーシーはセイコを睨みつけた。
正面から針を撃っても弾かれる。
ならば。
ルーシーの視線が、セイコの後ろにいる悠真へ向く。
「なら、これはどうかしらね!」
次の瞬間、ルーシーは背中の針を、すかさず悠真めがけて発射した。
「うわっ!」
悠真は反射的に腕で顔を覆い、後ろに尻もちをつく。
無数の針が迫ってくる。
そう思った。
だが、痛みは来なかった。
代わりに、ルーシーの笑い声が通路に響く。
「ハハハハハッ!」
悠真は恐る恐る腕を下ろし、目を開けた。
目の前には、セイコが立っていた。
悠真を庇うように。
その全身に、ルーシーの針を受けた状態で。
「なぁ〜にが淑女よ!」
ルーシーは勝ち誇ったように笑う。
「本当にチョロいわね!」
さらに、悠真を見下すように言った。
「正義ぶってあんな草食男子庇うからそんな事になるのよ!」
悠真の顔色が変わる。
「セイコォ゙ォ゙!!」
通路に悠真の叫びが響く。
だが。
次の瞬間、セイコが高らかに笑い出した。
「オーッホッホッホ!」
ルーシーの笑みが止まる。
「わたくしは毎日美容鍼を施術してるから全くもって平気ですわぁ!」
ルーシーの表情が固まった。
「な……んだと……?」
悠真は思わず叫ぶ。
「いや、美容鍼の針の量じゃねぇだろ!」
セイコは顔中に針が刺さったまま、悠真の方を振り向いた。
そして、いつものようにウインクする。
その絵面は、助けられた悠真ですら少し引くほどだった。
だが、セイコは本当に平然としている。
ルーシーは信じられないという顔で叫んだ。
「あり得ないだろぉ!」
背中の針を震わせながら、声を荒げる。
「この針はかなり太いんだぞ!」
さらに、苛立ちを隠さず言う。
「注射針とかとは訳が違うんだ!」
だが、セイコはルーシーの言葉など気にしていなかった。
じっとルーシーの顔を見つめる。
そして、真剣な声で言った。
「貴方は若いはずなのに、ほうれい線やおでこのシワが目立ちますわね!」
「はぁ……?」
ルーシーの声が低くなる。
セイコはさらに続けた。
「わたくしみたいにこうやって毎日美容鍼をやると、淑女に近づきますわよ!」
通路に、妙な沈黙が落ちる。
ルーシーは顔を引きつらせた。
「貴方は、一体何を言ってるのよ……」
悠真もまったく同じ気持ちだった。
だが、セイコは満足そうに微笑む。
そして、その場で高速回転を始めた。
優雅なバレエの回転。
だが、速度は異常だった。
風が巻き起こり、セイコの身体に刺さっていた針が次々と抜けていく。
抜けた針は周囲へ弾き飛ばされ、床や壁へ突き刺さった。
やがて、全ての針が抜け落ちる。
セイコはぴたりと回転を止め、悠真へ振り向いた。
「悠真様、美容鍼でまた更に美しくなりましたか?」
悠真はセイコを見た。
針は抜けた。
だが、どう見ても普通ではない。
「……いや身体中穴だらけに見えるが……」
「そんなぁ!」
そして、悲しそうに眉を下げた。
「酷いですわ、悠真様っ!」
悠真は思わず額に手を当てる。
「時々、俺はセイコが怖いよ……」
だが、その表情はすぐに真剣なものへ変わった。
セイコが自分を庇ってくれたのは事実だ。
針を全身で受けても平然としていることには驚いたが、悠真を守ろうとしたことに変わりはない。
「でも、助けてくれてありがとう……!」
セイコは胸を張った。
「当然ですわ!」
その言葉に、悠真は小さく頷いた。
◇
一方、ルーシーは怒りに肩を震わせていた。
自分の針が通じなかった。
それどころか、美容鍼扱いされた。
さらには、顔のシワまで指摘された。
ルーシーのプライドは、完全に傷つけられていた。
「こうなったら奥の手だ……」
ルーシーの声が低くなる。
次の瞬間、彼女の周囲にいくつもの影が浮かび上がった。
それは、どこからともなく現れた人型の銅像だった。
無機質な表情。
硬そうな銅の身体。
まるで何かを守るように、ルーシーの周囲へ並んでいく。
悠真は警戒し、セイコの隣へ視線を向ける。
「……何だ?」
ルーシーは歪んだ笑みを浮かべた。
そして、はっきりと告げる。
「スキル、《自由の女神》!」
悠真は目を見開いた。
「え……?」
それは、先ほどの《タイプBランク》とは明らかに違う響きだった。
悠真の背筋に、嫌な予感が走る。
「2つ目のスキル……?!」
ルーシーは、勝ち誇るように笑っていた。
教会の奥の通路で、セイコとルーシーの戦いは、さらに不穏な形へ進もうとしていた。
久しぶりのセイコのホラー回です……。




