施し
第193話です。宜しくお願い致します。
会議室の扉が開いた。
そこから入ってきたのは、南警察署の警視長である川原具視だった。
いつものように穏やかな表情を浮かべている。
そして、その肩の上には、チョコという名前の猫がちょこんと乗っていた。
重々しい空気に包まれていた会議室の中で、その姿だけが妙に和やかだった。
浮田は川原の姿を見て、すぐに悠真の意図を察したように呟く。
「成る程な……彼だったら……」
川原は肩のチョコを軽く撫でながら、ゆっくりと会議室を見回した。
「こんな重々しい話し合いに呼ばれるなんて緊張しますねぇ……」
そう言う声は、相変わらず穏やかだった。
本当に緊張しているのか分からないほど、柔らかく、ゆっくりとした口調。
その雰囲気に、少しだけ場の空気が緩む。
◇
だが、鎖で繋がれた佐々木金次郎だけは違った。
腫れた顔で、必死に抵抗の意思を見せようとする。
「おでは話さないなんだなぁ……」
唇が腫れているせいで、言葉はひどく聞き取りづらかった。
しかし悠真は、その言葉をほとんど無視するように川原へ向き直る。
「来てもらって悪いな!」
川原はにこやかに首を振った。
「いえいえ!」
そして、肩のチョコが落ちないように少し姿勢を整える。
「私で良ければいつでも駆けつけますとも!」
悠真は頷き、次にルドルフへ視線を向けた。
「ルドルフ、先ずは用意を頼む!」
ルドルフは真剣な表情で頷く。
「はい、分かりました!」
そして、胸を張ってスキルを唱えた。
「スキル、《真実の口》で《真実の子供》!」
その瞬間、ぽんっと軽い音がした。
同時に、白い煙のようなものが会議室に広がる。
そして、煙の中からいつもの軽い声が響いた。
「オウオウオウオウ、小説で言うと30話くらいぶりの登場だぜぇ〜!」
会議室の空気が、一瞬止まる。
ルドルフがすぐに声を上げた。
「何で小説何かで例えるんだよ!」
真実の子供は、少し考えるように黙り込んだ。
そして、首を傾げるように答える。
「何でだろうなぁ……」
ルドルフは額に手を当てた。
相変わらず、自由すぎる。
そんなルドルフの苦労など気にせず、真実の子供はきょろきょろと会議室を見回した。
「それより、今日審査するのはどこのどいつだぁ〜?」
悠真が佐々木を見る。
真実の子供も、その視線を追って佐々木へ近づいた。
そして、つま先から頭まで、じろじろと眺める。
腫れ上がった顔。
片目は半分ほどしか開いていない。
唇も腫れ、まともに喋ることも難しそうだった。
真実の子供は、容赦なく言った。
「何だ、このブッサイクな腫れぼったい顔のやつは?」
佐々木は顔を歪める。
「うぐさいんだなぁ……」
真実の子供は目を丸くした。
「うぐさい?」
そして、すぐに腹を抱えるように笑い始める。
「こいつ、言葉もまともに話せてねぇじゃねぇか!」
佐々木の顔が悔しさで歪む。
だが、言い返してもまともに喋れない。
ルドルフは深くため息を吐いた。
「はぁ……」
そして、悠真へ申し訳なさそうに視線を向ける。
「悠真さん、もう始めましょう……」
このまま真実の子供に任せていると、尋問が始まる前に佐々木の精神が別の意味で削られてしまいそうだった。
悠真も苦笑しながら頷く。
「あぁ……分かった」
それから川原へ向き直る。
「じゃあ川原さん、頼む!」
◇
川原は穏やかに微笑んだ。
「承知致しました!」
そして、ゆっくりと手を前へ出す。
「スキル、《こたつ》」
ぽんっ、と軽い音が鳴った。
次の瞬間、会議室の中央に巨大なこたつが召喚された。
大きな天板。
ふかふかとした布団。
見た目だけなら、あまりにも平和な光景だった。
佐々木は身構える。
何が起こるのか分からない。
巨大なこたつを前にして警戒するという、妙な状況だった。
だが、次の瞬間。
佐々木の身体が、こたつの中へ吸い込まれた。
「なっ……?!」
抵抗する暇もない。
鎖で繋がれたまま、佐々木は強制的にこたつの中へ入れられる。
そして。
険しかった佐々木の顔から、すっと戦意が消えた。
先ほどまでの怒りや警戒が嘘のように薄れていく。
腫れた顔のまま、佐々木は幸せそうにぽやぽやとした表情になった。
川原が優しく声をかける。
「どうですか……?」
そして、にこりと笑う。
「このコタツの中は気持ちいいですよね?」
佐々木は、完全に力の抜けた声で答えた。
「はい……気持ちよすぎてもうここから出たくないんだなぁ……!」
会議室にいた何人かが、思わず顔を引きつらせる。
あの佐々木が。
ついさっきまで不気味に笑い、喋らないと抵抗していた男が。
こたつに入っただけで、こんな顔をしている。
川原は相変わらず穏やかだった。
「争いは疲れますからねぇ……」
その声は、まるで世間話でもしているかのようだった。
「ここに居れば何にも心配する事はありません」
佐々木は、こたつ布団に埋もれるようにして頷く。
川原は続けた。
「私達がこれから質問しますが、嘘偽りなく全て話してくれますね?」
佐々木は迷いなく答える。
「勿論なんだなぁ……」
そして、ふにゃりとした顔で呟いた。
「もう、味方とか敵とかどうでも良いんだなぁ……」
悠真はその様子を見て、思わず呟く。
「本当にこのスキルはある意味恐ろしいスキルだ……」
見た目はこたつ。
効果も、気持ち良くなるだけに見える。
だが、対象を強制的に中へ入れ、戦意を喪失させ、抵抗の意思を薄れさせる。
尋問にも、制圧にも使える。
平和そうな見た目とは裏腹に、とんでもなく強力なスキルだった。
川原は穏やかに説明する。
「効果は1時間で切れるので、その間に質問をお願いしますね」
悠真はすぐに頷いた。
「分かった!」
そして、真剣な表情で川原へ言う。
「本当に助かる!」
◇
川原具視のスキル《こたつ》。
それは、大きなこたつを召喚し、対象をその中へ強制的に入れるスキルだった。
こたつの中に入った対象は、身体も心も気持ち良くなり、戦意を喪失する。
さらに、わずかながら体力を回復する効果もある。
そのため、凛堂に殴られて腫れていた佐々木の顔も、少しずつ回復し始めていた。
腫れた唇も徐々に引いていき、先ほどよりは普通に喋れるようになっていく。
悠真はルドルフへ視線を向けた。
「ルドルフも佐々木が嘘をついていないか、念の為確認をしていてくれ!」
ルドルフは頷く。
「分かりました!」
真実の子供は、佐々木の近くでにやにやしながら構えている。
川原の《こたつ》で戦意を奪い、ルドルフの《真実の子供》で嘘を見抜く。
尋問の準備は整った。
◇
悠真は佐々木を見た。
「先ず、佐々木金次郎……」
会議室の空気が少しだけ重くなる。
「お前は何という組織に所属している?」
佐々木はこたつの中で、ぽやぽやした顔のまま答えた。
「Monsterという組織に所属しているんだなぁ」
悠真は眉を寄せる。
「Monster?」
聞いたことのない名前だった。
悠真は周囲を見回す。
「誰か、聞いたことあるやついるか?」
凛堂も、門脇も、犬飼も、柿原も、影山兄弟も反応しない。
警察関係者や自衛隊関係者も、首を横に振る。
少なくとも東京側で、その名を知る者はいなかった。
悠真は再び佐々木を見る。
「Monsterとはどんな組織だ?」
佐々木は、気持ちよさそうにこたつ布団へ手を置いたまま答える。
「Monsterは大坂を拠点に関西を支配している組織なんだなぁ」
その言葉に、会議室の空気が変わった。
関西を支配している。
ただの集団ではない。
東京に攻め込むだけの戦力を持ち、さらに広い地域を支配している組織。
悠真は目を細める。
佐々木は続けた。
「でも、表向きはただの教会という事になっているんだなぁ」
「教会……?」
悠真の声には、困惑が混じっていた。
関西を支配する組織。
だが、表向きは教会。
その組み合わせが、妙に不気味だった。
佐々木は頷く。
「そうなんだなぁ」
そして、さらに情報を話していく。
「Monsterのボスの名前は銀武尊」
悠真はその名を胸の内で繰り返す。
銀武尊。
大坂を拠点に、関西を支配している組織の頂点に立つ人物。
佐々木は続ける。
「銀武様は元々……今も牧師をしているんだなぁ」
悠真は目を見開いた。
「牧師だって?!」
会議室にもざわめきが広がる。
神に仕えるはずの牧師。
その人物が、関西を支配する組織のボス。
悠真は信じられないというように呟く。
「神に仕えるはずの牧師が何でそんな組織なんか……?」
佐々木は、こたつの中で気持ちよさそうにしながらも、淡々と答えた。
「元々、怪しい教会だったんだなぁ」
その言葉に、悠真の表情が険しくなる。
「信じる者は救われるというよく使われる言葉を謳い文句に、当時からたくさんの信者が教会で祈りを捧げてたんだなぁ」
佐々木の声は、少しずつ聞き取りやすくなっていた。
《こたつ》の体力回復効果で、唇の腫れが引き始めているのだ。
「信者は教会に毎月決して安くはない資金を支払っていたんだなぁ」
門脇が眉をひそめる。
凛堂も不快そうに舌打ちした。
世界が崩壊する前から、人々の不安や信仰心を利用していた可能性がある。
佐々木は、ぽつりと続けた。
「俺もその怪しい教会の信者だったんだなぁ」
その言葉で、佐々木と銀武尊の繋がりが見えた。
世界崩壊後に偶然出会ったわけではない。
佐々木は、元々その教会の信者だった。
悠真は静かに続きを促す。
「そして?」
佐々木は頷いた。
「そして、ある日世界が崩壊したんだなぁ」
会議室の誰もが、その日のことを知っている。
空にゲートが現れ、モンスターが溢れ、日常が壊れた日。
「その時に銀武様は超人族に覚醒したんだなぁ」
悠真の表情がさらに引き締まる。
銀武尊。
牧師。
怪しい教会。
そして、超人族。
嫌な予感が強くなっていく。
佐々木は、ゆっくりと告げた。
「銀武様のスキルの名前は《施し》」
その瞬間、会議室の空気が重く沈んだ。
佐々木は続ける。
「ゲートから出てきたモンスターの能力そのものを対象者に与える事が出来る能力なんだなぁ」
悠真の目が鋭くなる。
モンスターの能力を、人間に与える。
その意味を、悠真は即座に理解した。
「なに……?」
山梨で、幸子は超人族を一時的に人間へ戻す薬を作っていた。
そして今度は、大坂にいる銀武尊が、モンスターの力を人に与える能力を持っている。
もしそれが本当なら。
佐々木が連れてきた超人族達の力も、その多くが銀武によって与えられたものなのかもしれない。
悠真は、思わず声を上げた。
「という事は人工的に超人族を生み出せるって事か?!」




