黒川未来
第12話です。宜しくお願いします。
私の名前は、黒川未来。
十七歳。
親はいない。
——正確には、捨てられた。
物心がついた時には、もう施設にいた。
どこで生まれたのかも、どうしてそこにいたのかも知らない。
ただ、気づいた時には私は“黒川未来”って名前を与えられていて、同じようにいろんな事情を抱えた子供たちと一緒に暮らしていた。
だからといって、自分を不幸だと思ったことはあんまりない。
少なくとも、あの場所にいた頃の私は、ちゃんと笑えていた。
施設には、優しい園長先生がいた。
怒る時はちゃんと怒るけど、泣いてる子がいたら真っ先に駆けつけてくれるような人だった。
血が繋がってなくても、あそこにいたみんなは家族みたいなものだったと思う。
小さい子たちが走り回って、喧嘩して、泣いて、仲直りして。
私はどっちかというと騒ぐ方じゃなくて、少し離れたところから見てる方だったけど、それでもあの場所は好きだった。
施設は、中学生になると出て働く決まりだった。
最初は怖かった。
働くのも、一人で暮らすのも、不安しかなかった。
でも、園長先生は笑って背中を押してくれた。
『未来なら大丈夫よ。ちゃんと強い子だから』
その言葉が、今でも少しだけ胸に残っている。
働き始めてから、私は毎月、給料の一部を施設に寄付していた。
大した額じゃない。
でも、少しでも役に立ちたかった。
小さい子たちのご飯代になればいい。
服とか文房具とか、何かの足しになればいい。
そう思って、月に一度、施設へ顔を出していた。
あの日も、そのつもりだった。
バイトが終わって、封筒に入れたお金をバッグにしまって。
「今日もみんな元気かな」なんて、そんなことを考えながら歩いていた。
それなのに——
空が、裂けた。
◇
「……え?」
最初は、何が起きたのか分からなかった。
みんな空を見上げていて、誰かが悲鳴を上げて、遠くで何かが落ちる音がして。
次の瞬間には、黒い裂け目のような空間から、何かが這い出てきていた。
人間じゃない。
犬みたいな形をしているのに、脚の長さも、顔の裂け方も、何もかもがおかしい。
皮膚はぬめっていて、口の中には歯が何重にも並んでいた。
それが、人に飛びついた。
噛みついた。
血が飛んだ。
「っ……!」
息が止まりそうになった。
頭が真っ白になる。
意味が分からない。
意味が分からないのに、人は死ぬし、悲鳴は増えるし、周りは一気に地獄みたいに変わっていく。
私はただ、逃げた。
必死に走った。
誰かの肩にぶつかっても、転びそうになっても、とにかく足を止めたら終わるってことだけは本能で分かった。
でも、運は良くなかった。
路地に入った瞬間、目の前にいた。
あの犬みたいな化け物が、一体。
細長い脚をぐにゃりと曲げて、裂けた顔をこちらへ向けていた。
「……や、だ」
声が震えた。
後ろに下がろうとしても、足がうまく動かない。
逃げなきゃいけないのに、体が言うことを聞いてくれない。
死ぬ。
その言葉だけが、妙に冷たく頭に浮かんだ。
その時だった。
視界の前に、見慣れない画面が浮かんだ。
《ステータスを確認しました》
あなたは超人族に覚醒しました
《テリトリー圏内の動物を操作しますか?》
【はい/いいえ】
「……は?」
訳が分からない。
でも、目の前の化け物は待ってくれない。
犬型の異形が低く唸って、次の瞬間には飛びかかってこようとしていた。
私は反射で、画面の“はい”を押していた。
「何でもいいから助けて!!」
叫んだ瞬間。
横から、本当に何かが飛び出してきた。
「えっ!?」
茶色い犬だった。
どこから来たのか分からない。
野良犬なのか、誰かの飼い犬だったのかも分からない。
でもその犬は、迷いなく化け物の首元に噛みついた。
化け物が体勢を崩す。
その隙に——私は、走った。
何も考えず、ただ逃げた。
息が切れて、足がもつれて、それでも走って。
しばらくして、ようやく人気のない建物の陰に隠れた時には、心臓が痛いくらい速く鳴っていた。
「……なに……今の……」
壁に背中を預けて、震える指で画面を見る。
そこには、私の知らない言葉が並んでいた。
【ステータス】
名前:黒川未来
年齢:17
種族:超人族
Lv:1
スキルポイント:3
【メインスキル】
《動植物愛護 Lv1》
「……スキルポイント?」
意味は分からない。
でも、“強くなるための何か”だということだけは直感で理解できた。
私は恐る恐るスキルを開いた。
・操作 Lv1
・共有 Lv1
・強化 Lv1
私はこのステータスポイントを1ポイントずつ全てに振ってみた。
詳細を見て、私はさらに息を呑んだ。
【操作 Lv2】
・周囲100メートル圏内の動植物を1つ登録し、自分の手足のように操作できる
・操作可能対象:自分の身長以下の大きさ
・Lv2効果:身長+10cmまで操作可能
・同時操作可能数:2体
【共有 Lv2】
・登録した動植物と視覚、感覚を共有できる
・動植物を通して言葉を話すことも可能
・動植物に好かれやすくなる
・Lv2効果:視覚、感覚の同時共有が可能
【強化 Lv2】
・登録した動植物の身体能力を強化できる
・Lv2効果:身体能力1.2倍
・植物の材質変更は未解放
「……信じられない」
本気でそう思った。
でも、さっきのことを考えれば、否定もできない。
私は近くにいた猫で試した。
少し警戒していたその猫に意識を向けると、不思議なくらい自然に“繋がる”感覚があった。
次の瞬間、猫の視界が私の中に流れ込んでくる。
「……うそ」
気持ち悪いのに、すごい。
次は飛んでいた鳥で試した。
次は、建物の壁に張り付いていたヤモリ。
何度か試すうちに、私は理解し始めていた。
本当に使える。
この意味の分からない力は、本物だ。
◇
そして、次に頭に浮かんだのは施設のことだった。
「……園長先生」
嫌な予感しかしなかった。
でも、直接行くのは危険すぎる。
だから私は、近くにいたヤモリを登録した。
壁を這うように進ませる。
視覚を共有する。
まるで自分がその小さな体になったみたいな、不思議な感覚のまま、施設へ向かった。
そして——
見てしまった。
施設は、壊れていた。
窓ガラスは割れ、壁にはひびが入り、庭にも血の跡みたいなものが残っていた。
「……っ」
息が詰まる。
ヤモリをそっと建物の中へ入れる。
廊下。
静かすぎる部屋。
そして、一番奥の角。
園長先生がいた。
そのそばに、三人の子供。
五歳くらいの子が二人と、六歳くらいの子が一人。
それだけだった。
「……なんで」
十人はいたはずだった。
もっといた。
小さい子たちも、もう少し大きい子も。
でも、見える範囲にはその三人しかいない。
頭の中が冷たくなる。
想像したくないことばかり浮かんでくる。
胸が、引き裂かれそうだった。
「行かなきゃ……」
思わずそう呟いた。
でも、行けない。
施設の周囲にもモンスターはいた。
今の私が直接行っても、辿り着ける保証はない。
私まで捕まったら終わりだ。
それが分かるから、余計に苦しかった。
悔しい。
怖い。
でも、動けない。
私はその場でうずくまって、爪が食い込むくらい拳を握った。
そして、考えた。
私以外にも、こういう力を手に入れた人がいるかもしれない。
超人族。
そう呼ばれる存在が。
私みたいな“逃げるだけの力”じゃなくて、ちゃんとモンスターを倒せるような能力を持った人がいるかもしれない。
◇
私はヤモリを使って、周囲を探し始めた。
何体もは無理だ。
今の私が同時にしっかり操作できるのは二体まで。
それでも、必死に範囲を広げた。
その時だった。
遠くで、光が走った。
「……なに、あれ」
ヤモリ越しの視界で見えたのは、住宅街の中の一軒の家。
そこから、まっすぐな光線が放たれていた。
そして、モンスターが倒れた。
私はその家を見つけた。
そこからは、何日も観察を続けた。
最初は警戒していた。
どうせ強いだけの人間かもしれないと思った。
でも違った。
あの家の中にいたのは、黒髪でメガネをかけた男と、子供二人。
男は冷たそうに見えるのに、兄妹を追い払わなかった。
むしろ、助けた。
それも、無理に外へ出て戦うんじゃなくて、自分の家の中へ引き込んで守る形で。
「……助けるんだ」
それが、最初の驚きだった。
その後も見た。
家の中が変わっていく様子。
何もないところから食べ物が出ること。
内装が変わること。
少年——陸斗が、何度も戦って、少しずつ成長していくこと。
小さい子——美咲が、泣いて、笑って、安心していくこと。
そして、あの男が不器用なりに二人を守ろうとしていること。
最初は、どうせ利用してるだけだと思った。
でも、違った。
あの人たちは、一緒に生きていた。
その事実が、少しずつ私の中の何かを揺らした。
◇
やがて、家から車が出てきた。
「……車まであるの?」
驚いた。
私は急いでヤモリを車体に張り付かせ、そのまま追わせた。
車が向かった先は、コンビニだった。
崩れかけた、汚れた、腐った匂いのする建物。
なのに。
あの男が中へ入って何かをした瞬間、そこは一気に変わった。
壊れた壁が直る。
電気がつく。
腐った食べ物が消える。
異臭も、ハエも、全部なくなる。
「……ありえない」
本気でそう思った。
しかも、それだけじゃない。
今度は、その隣に家が現れた。
「……なに、それ」
理解できない。
理解できないのに、現実として起きている。
でも一つだけ分かった。
この人たちなら。
この人たちなら、施設のみんなを助けられるかもしれない。
怖かった。
裏切られるかもしれない。
拒絶されるかもしれない。
見つかった瞬間に敵扱いされるかもしれない。
でも、もう他に思いつかなかった。
私は決めた。
ヤモリを一匹、家の玄関前へ向かわせる。
壁を這わせて、静かに、気づかれないように。
そして——
「……行く」
小さく呟いた、その瞬間。
頭の中に、甲高い警告音が響いた。
ピ――――――――――――!!
ぞくりと全身が震える。
見つかった。
いや、正確には、ヤモリが“検知された”。
「……っ」
でも、もう後戻りはできない。
私はそのまま、意識をヤモリへ深く沈めた。
この先にいる人たちが、希望であることを願いながら。
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イレギュラーはあるかもですが、基本的に平日に1日1話ずつの投稿。土日に2話〜3話の投稿にしていきたいと思いますので、これからも是非宜しくお願いします。
彼女、構想段階では3話とかその辺りで出そうと思っていたキャラなんですが、どんどん先延ばしになってしまいました……。
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