黒川未来
第12話です。宜しくお願いします。
私の名前は、黒川未来。
十七歳。
親はいない。
——正確には、捨てられた。
物心がついた時には、もう施設にいた。
どこで生まれたのかも、どうしてそこにいたのかも知らない。
ただ、気づいた時には私は“黒川未来”って名前を与えられていて、同じようにいろんな事情を抱えた子供たちと一緒に暮らしていた。
だからといって、自分を不幸だと思ったことはあんまりない。
少なくとも、あの場所にいた頃の私は、ちゃんと笑えていた。
施設には、優しい園長先生がいた。
怒る時はちゃんと怒るけど、泣いてる子がいたら真っ先に駆けつけてくれるような人だった。
血が繋がってなくても、あそこにいたみんなは家族みたいなものだったと思う。
小さい子たちが走り回って、喧嘩して、泣いて、仲直りして。
私はどっちかというと騒ぐ方じゃなくて、少し離れたところから見てる方だったけど、それでもあの場所は好きだった。
施設は、中学生になると出て働く決まりだった。
最初は怖かった。働くのも、一人で暮らすのも、不安しかなかった。
でも、園長先生は笑って背中を押してくれた。
『未来なら大丈夫よ。ちゃんと強い子だから』
その言葉が、今でも少しだけ胸に残っている。
働き始めてから、私は毎月、給料の一部を施設に寄付していた。
大した額じゃない。でも、少しでも役に立ちたかった。
小さい子たちのご飯代になればいい。
服とか文房具とか、何かの足しになればいい。
そう思って、月に一度、施設へ顔を出していた。
あの日も、そのつもりだった。
バイトが終わって、封筒に入れたお金をバッグにしまって。
「今日もみんな元気かな」なんて、そんなことを考えながら歩いていた。
それなのに——
空が、裂けた。
「……え?」
最初は、何が起きたのか分からなかった。
みんな空を見上げていて、誰かが悲鳴を上げて、遠くで何かが落ちる音がして。
次の瞬間には、黒い裂け目のような空間から、何かが這い出てきていた。
人間じゃない。
犬みたいな形をしているのに、脚の長さも、顔の裂け方も、何もかもがおかしい。
皮膚はぬめっていて、口の中には歯が何重にも並んでいた。
それが、人に飛びついた。
噛みついた。
血が飛んだ。
「っ……!」
息が止まりそうになった。
頭が真っ白になる。
意味が分からない。
意味が分からないのに、人は死ぬし、悲鳴は増えるし、周りは一気に地獄みたいに変わっていく。
私はただ、逃げた。
必死に走った。
誰かの肩にぶつかっても、転びそうになっても、とにかく足を止めたら終わるってことだけは本能で分かった。
でも、運は良くなかった。
路地に入った瞬間、目の前にいた。
あの犬みたいな化け物が、一体。
細長い脚をぐにゃりと曲げて、裂けた顔をこちらへ向けていた。
「……や、だ」
声が震えた。
後ろに下がろうとしても、足がうまく動かない。
逃げなきゃいけないのに、体が言うことを聞いてくれない。
死ぬ。
その言葉だけが、妙に冷たく頭に浮かんだ。
その時だった。
視界の前に、見慣れない画面が浮かんだ。
《ステータスを確認しました》
あなたは超人族に覚醒しました
《テリトリー圏内の動物を操作しますか?》
【はい/いいえ】
「……は?」
訳が分からない。
でも、目の前の化け物は待ってくれない。
犬型の異形が低く唸って、次の瞬間には飛びかかってこようとしていた。
私は反射で、画面の“はい”を押していた。
「何でもいいから助けて!!」
叫んだ瞬間。
横から、本当に何かが飛び出してきた。
「えっ!?」
茶色い犬だった。
どこから来たのか分からない。
野良犬なのか、誰かの飼い犬だったのかも分からない。
でもその犬は、迷いなく化け物の首元に噛みついた。
化け物が体勢を崩す。
その隙に——私は、走った。
何も考えず、ただ逃げた。
息が切れて、足がもつれて、それでも走って。
しばらくして、ようやく人気のない建物の陰に隠れた時には、心臓が痛いくらい速く鳴っていた。
「……なに……今の……」
壁に背中を預けて、震える指で画面を見る。
そこには、私の知らない言葉が並んでいた。
【ステータス】
名前:黒川未来
年齢:17
種族:超人族
Lv:1
スキルポイント:3
【メインスキル】
《動植物愛護 Lv1》
「……スキルポイント?」
意味は分からない。
でも、“強くなるための何か”だということだけは直感で理解できた。
私は恐る恐るスキルを開いた。
・操作 Lv1
・共有 Lv1
・強化 Lv1
私はこのステータスポイントを1ポイントずつ全てに振ってみた。
詳細を見て、私はさらに息を呑んだ。
【操作 Lv2】
・周囲100メートル圏内の動植物を1つ登録し、自分の手足のように操作できる
・操作可能対象:自分の身長以下の大きさ
・Lv2効果:身長+10cmまで操作可能
・同時操作可能数:2体
【共有 Lv2】
・登録した動植物と視覚、感覚を共有できる
・動植物を通して言葉を話すことも可能
・動植物に好かれやすくなる
・Lv2効果:視覚、感覚の同時共有が可能
【強化 Lv2】
・登録した動植物の身体能力を強化できる
・Lv2効果:身体能力1.2倍
・植物の材質変更は未解放
「……信じられない」
本気でそう思った。
でも、さっきのことを考えれば、否定もできない。
私は近くにいた猫で試した。
少し警戒していたその猫に意識を向けると、不思議なくらい自然に“繋がる”感覚があった。
次の瞬間、猫の視界が私の中に流れ込んでくる。
「……うそ」
気持ち悪いのに、すごい。
次は飛んでいた鳥で試した。
次は、建物の壁に張り付いていたヤモリ。
何度か試すうちに、私は理解し始めていた。
本当に使える。
この意味の分からない力は、本物だ。
そして、次に頭に浮かんだのは施設のことだった。
「……園長先生」
嫌な予感しかしなかった。
でも、直接行くのは危険すぎる。
だから私は、近くにいたヤモリを登録した。
壁を這うように進ませる。
視覚を共有する。
まるで自分がその小さな体になったみたいな、不思議な感覚のまま、施設へ向かった。
そして——
見てしまった。
施設は、壊れていた。
窓ガラスは割れ、壁にはひびが入り、庭にも血の跡みたいなものが残っていた。
「……っ」
息が詰まる。
ヤモリをそっと建物の中へ入れる。
廊下。
静かすぎる部屋。
そして、一番奥の角。
園長先生がいた。
そのそばに、三人の子供。
五歳くらいの子が二人と、六歳くらいの子が一人。
それだけだった。
「……なんで」
十人はいたはずだった。
もっといた。
小さい子たちも、もう少し大きい子も。
でも、見える範囲にはその三人しかいない。
頭の中が冷たくなる。
想像したくないことばかり浮かんでくる。
胸が、引き裂かれそうだった。
「行かなきゃ……」
思わずそう呟いた。
でも、行けない。
施設の周囲にもモンスターはいた。
今の私が直接行っても、辿り着ける保証はない。
私まで捕まったら終わりだ。
それが分かるから、余計に苦しかった。
悔しい。
怖い。
でも、動けない。
私はその場でうずくまって、爪が食い込むくらい拳を握った。
そして、考えた。
私以外にも、こういう力を手に入れた人がいるかもしれない。
超人族。
そう呼ばれる存在が。
私みたいな“逃げるだけの力”じゃなくて、ちゃんとモンスターを倒せるような能力を持った人がいるかもしれない。
私はヤモリを使って、周囲を探し始めた。
何体もは無理だ。
今の私が同時にしっかり操作できるのは二体まで。
それでも、必死に範囲を広げた。
その時だった。
遠くで、光が走った。
「……なに、あれ」
ヤモリ越しの視界で見えたのは、住宅街の中の一軒の家。
そこから、まっすぐな光線が放たれていた。
そして、モンスターが倒れた。
私はその家を見つけた。
そこからは、何日も観察を続けた。
最初は警戒していた。
どうせ強いだけの人間かもしれないと思った。
でも違った。
あの家の中にいたのは、黒髪でメガネをかけた男と、子供二人。
男は冷たそうに見えるのに、兄妹を追い払わなかった。
むしろ、助けた。
それも、無理に外へ出て戦うんじゃなくて、自分の家の中へ引き込んで守る形で。
「……助けるんだ」
それが、最初の驚きだった。
その後も見た。
家の中が変わっていく様子。
何もないところから食べ物が出ること。
内装が変わること。
少年——陸斗が、何度も戦って、少しずつ成長していくこと。
小さい子——美咲が、泣いて、笑って、安心していくこと。
そして、あの男が不器用なりに二人を守ろうとしていること。
最初は、どうせ利用してるだけだと思った。
でも、違った。
あの人たちは、一緒に生きていた。
その事実が、少しずつ私の中の何かを揺らした。
やがて、家から車が出てきた。
「……車まであるの?」
驚いた。
私は急いでヤモリを車体に張り付かせ、そのまま追わせた。
車が向かった先は、コンビニだった。
崩れかけた、汚れた、腐った匂いのする建物。
なのに。
あの男が中へ入って何かをした瞬間、そこは一気に変わった。
壊れた壁が直る。
電気がつく。
腐った食べ物が消える。
異臭も、ハエも、全部なくなる。
「……ありえない」
本気でそう思った。
しかも、それだけじゃない。
今度は、その隣に家が現れた。
「……なに、それ」
理解できない。
理解できないのに、現実として起きている。
でも一つだけ分かった。
この人たちなら。
この人たちなら、施設のみんなを助けられるかもしれない。
怖かった。
裏切られるかもしれない。
拒絶されるかもしれない。
見つかった瞬間に敵扱いされるかもしれない。
でも、もう他に思いつかなかった。
私は決めた。
ヤモリを一匹、家の玄関前へ向かわせる。
壁を這わせて、静かに、気づかれないように。
そして——
「……行く」
小さく呟いた、その瞬間。
頭の中に、甲高い警告音が響いた。
ピ――――――――――――!!
ぞくりと全身が震える。
見つかった。
いや、正確には、ヤモリが“検知された”。
「……っ」
でも、もう後戻りはできない。
私はそのまま、意識をヤモリへ深く沈めた。
この先にいる人たちが、希望であることを願いながら。
投稿頻度についてお知らせです。
イレギュラーはあるかもですが、基本的に平日に1日1話ずつの投稿。土日に2話〜3話の投稿にしていきたいと思いますので、これからも是非宜しくお願い致します。
彼女、構想段階では3話とかその辺りで出そうと思っていたキャラなんですが、どんどん先延ばしになってしまいました……。




