第八話 出生
「それじゃ、今日から修行開始だな。アリナは今までの修行を基に、色々と教わると良いな。」
「わかった。皆、お願いね。」
「おうよ!」
「はーい。」
「分かったよ。」
朝食を食べ終え、街の修錬場に来ていた五人。
アリナに基礎的な修行は付けてきた、一週間という短い時間だったが、ディンにとってはそれはじっくりと修行を付けた方になるだろう。
これからは、仲間にそれを担ってもらう、仲間として生きていく上で、連携や修行を一緒にやる事で、絆を深めてもらおう、というディンの考えだった。
「魔法は使った事はあるのー?」
「ううん、無いんだ。お母さんの魔導書はあるけど、あれは精霊言葉で記されたものだったから……。読めるんだけど、読んじゃいけませんってずっと言われてて、魔法って今まで使った事が無いんだ。」
「じゃあ、初級の魔法から教えていこうかなー。ジンは近接戦闘の方法を教えてあげてー?」
「おう、わかった。どっちが先にやる?」
「じゃあー、ジンの方から先にやってもらおうかなー。私は魔法の整理をしないとー、急に上位魔法を使うって言っても、出来ないでしょー?」
魔法と近接戦闘の両方を一気に教えられれば一挙両得、ではあったが、生憎とそこまで皆器用では無い、まずはジンが、アリナに身体的な能力の向上に関する知識、そして実戦を教える、という形に落ち着いた。
「アリナ、武器は持ってねぇんか?」
「え?うん、あるよ。」
ジンに言われ、アリナはライトリュミエールを出現させる。
それを傍で見ていたモートは、確かにアリナの母アリサの魂が宿っている武器だ、と認識して、改めてアリナが守護者に選ばれた事を確認した。
「でけぇ武器なんだな、鞘はねぇのか?」
「うん、この武器、私の意思で出したりしまったりする事が出来るから、鞘は必要ないんだって。お母さんがここにいる、お母さんが生きた証は、ここにあるんだ、ってディンが言ってたよ。」
「母ちゃんが生きた証?」
「うん、そう言ってた。」
ジンにはわからない言葉だったのだろう、母親が剣になって娘を守ろうとした、という事実は、モートとディン以外にはわからない事だろう。
ただ、アリナは、剣を握るとアリサが傍にいてくれる様な気がしていた、暖かい感情、それを母がいると認識していた。
「基本的な構え方、何てのはわかるか?」
「うん、ディンに教えてもらったよ。」
「じゃ、実践だな。軽く行くから、剣で受け止めてみろよ。」
「わかった。」
ジンは、腰に差したブロードソードを抜くと、人間としては瞬発力の高い方な運動能力で、アリナに攻撃を仕掛けた。
アリナは、それに反応しきる事は出来なかったが、何とかという所で攻撃を防ぐ。
ジンはそれを見て、アリナの今のレベルを確認する、それだけの知性があるという事なのだろうが、十五歳という年齢の割に、ジンは人に何かを教える事に長けていた。
アリナがぎりぎり反応出来る速度で攻撃を繰り出し、そしてアリナはそれを大剣で防ぐ。
魔力を膂力に変える能力、それはまだ実戦で使える程鍛錬はしていない、だから、今のアリナの戦闘能力は、ジンより下だという事になるだろう。
それはアリナも理解していた、魔力を持たないというジンにさえ、勝つ事が出来ない、それが今の自分の実力だ、と認識していた。
「まだまだ行くぜ!」
「わかった!」
だが、伊達に一週間とはいえディンに鍛えられてきた訳ではない。
根性も、気合も、十分にある、とアリナは自分を鼓舞して、ジンの攻撃を必死になっていなす。
ジンが基準、という訳では無いが、ディンを基準に強さを測ってはいけない、と言われていた為、今の所ジンが強さの基準であり、それを超えるのが現状の目標と言えるだろう。
ただ、ディンは知っていた、ジンは魔力を持たないと言っていたが、それは間違いなのだと。
ジンは、体外的に魔力を発していない、それは事実だ。
しかし、魔力を持っていないのか、と言われると違う、ジンの魔力自体が、体内で膂力に変える事に特化した魔力の生成方法だった、だから、ジンは十五歳という年齢で、一般のレンジャーの大人以上の力を有していた。
今は手加減をして稽古を付けているが、本気のジンは、今のアリナでは到底太刀打ち出来ないだろう、そして、この世界の人間の殆どが、ジンに敵わないだろう。
それをジン本人は知らない、本気の出し方を知らない、そしてそれは、これから覚えて貰わないといけない事だ、とディンは考えていた。
人間として強者に入るジンだが、その優しさ故に、その力の三割を本気だと錯覚している、残りの七割は、甘さを捨てなければ発揮出来ないだろう。
「うーん……。」
「ソーラ、どうかしたのかい?」
「えーっとねー、初級魔法って、どれだったかなーって。私、魔法には詳しいつもりだったけど、研究してた時間が長かったし、今では使わないからねー。忘れちゃってるのかなーって。モートの使う魔法は精霊の魔法でしょー?その本にはなんて書いてあるのー?」
ジンとアリナの修業を眺めながら、ソーラは複数の魔導書を周囲に展開し、どれからアリナに教えればいいのか、と悩んでいた。
モートは、アリナが持ってきた魔導書を眺めていて、精霊言葉は人間には読めない、という事を思い出し、何から伝えたものか、と一瞬考える。
「これはね、アリナのお母さんが残した、精霊の魔法の真髄だよ。僕みたいな若輩者じゃ、読む事すら許されてなかった、そんな真髄。アリサは、精霊としては異端とされていたけれど、真髄を理解するだけの力を持っていた、そう言う事だね。これは僕にも使えるかはわからない、こんな魔法、見た事も聞いた事もないんだ。意味は理解出来る、読めはするんだ。ただ、これだけの大規模な魔法を、僕は使いこなせるかがわからないんだよ、ソーラ。人間である君にはもちろん使えない、そして僕も使いこなせない、こんな魔法があるだなんて、知らなかったよ。」
アリサの残した手記、魔導書には、モートも知らない魔法の使い方が書かれていた。
それは、天変地異と呼ばれる現象に近い、そんな威力を誇る魔法だ、と書いてある。
モートは、精霊の中でも、特に魔法に長けている存在がいる事は知っていた、そんな存在達が、世界の運営に携わっていて、いつかは自分もそこに混ざって、世界を良い方向に持っていきたい、それがかつてのモートの夢だった。
ただ、精霊は人間の営みに干渉しない、人間と魔王の在り方、人間とモンスターの在り方、それに疑問を持ったモートは、それに嫌気がさし、人間の住まうこの街に来たのだ。
将来、その立ち位置に行けた場合、個の魔法達を覚える機会があったかもしれないが、今現状のモートでは、発動すら出来ないだろう、そう直感させるだけの魔法達、それがこの魔導書には書かれていた。
「人間と精霊の魔法って、根本的に違うって聞いた事あるよー。精霊の使う魔法は、世界の為の魔法なんだって、誰かが言ってたなー。それで、人間の魔法は、魔王とか、モンスターを相手にするのに特化してるんだってー。じゃあ、アリナは精霊なのー?」
「……。アリナは、精霊と人間の混血なんだよ。君には言っても問題ないだろう、そう言った差別や糾弾の対象として見ないだろうから話しておくけれど、アリナのお母さんであるアリサは精霊、そしてお父さんであるデュオは人間なんだ。」
「デュオって、あの伝説のー?」
「そうだね、ウィッチの中では有名人だったね、彼は。君はまだ、三歳か四歳位だったと思う、ただ、それでも知っているって事は、それだけ彼の事は語り継がれているって事だね。」
アリナの父デュオ、彼は、ウィッチやウィザードの中では有名人だった。
ウィザードとしては最上位、グランウィザードという立ち位置にいたデュオは、ある日突然、研究所から姿を消した。
噂では精霊によって消された、人間と精霊の魔法を解明し、それを使う事が出来るだけの力を持っていて、それによって、世界を運営する精霊にとっては不都合であり、人間にとっては畏怖の対象であった、そんな人間だ、という伝説があった。
結果として、デュオは消息不明、とされていたのだが、精霊であるアリサと子を成して、そして人間に殺された、それが真実だった。
人間と精霊の決定的な違いである、魔力の質、つまるところ使える魔法の種類、その壁を越えてしまいそうになった、それがデュオだった、とソーラは研究時代に聞いていた。
それが悪い事なのか、と問われると、ソーラとしては違うと思っていたのだが、人間にとってそれは、他種族の言語を理解し、そして自分達とは異なる魔力の出力が出来てしまう、それは異質だったのだろう。
「混血かー……。だから、アリナは森で生きてたんだねー。って言われても、私達は仲間なのは変わらないよー。だって、アリナも世界を守りたいって願う人でしょー?その考えに、混血も純血も関係ないと思うんだー。モートはその事、知ってたんでしょー?でも、それでも仲間だって、そう思ったんじゃないのー?」
「僕の場合は、アリナのお母さんにお世話になったからね。その恩返しの意味も含めてるけど、確かにそうだ、混血であるか純血であるか、それは守護者である事に関係はない、ディンもそう言っていたしね。ただ、この事は秘密にしておいてね?基本的に、人間はそう言うのに敏感だから。ジンがどうとらえるか、それもわからない以上は、まだ言わない方が良いかもしれないね。」
「そうだねー。人間にとって、混血は忌避するべき存在だ、なんてお馬鹿な話があるもんねー。人間と精霊は交わってはいけない、だっけー?私、もっとお互いに寄り添っても良いと思うんだけどねー。だって、モートは人間と生活が出来てるでしょー?だから、精霊だったとしても、人間と変わらないと思うんだー。勿論、寿命は違うよー?精霊の方が長生きだし、精霊からしたら人間って短命な生き物だろうしねー。でも、そう言う事じゃないと思うんだー。」
ソーラは、アリナが森で生活していた、という疑問に対する答えを得た、と納得していて、逆にあのデュオの娘なのか、と驚いていた。
伝説のグランウィザード娘、そして精霊の中でも、守護者として数百年前に戦った精霊の末裔、そんなアリナに、興味が尽きない、と言った風だ。
研究から離れた、もうあんな鬱屈とした環境に戻るつもりはない、と思っていたが、アリナの事は探求心が湧いてくる、何処までの魔法が使えて、そして何処までの力を有しているのか、今はまだ見ている限り、ジンより弱いアリナが、何処まで強くなるのか、それに興味がある、といった感覚だろう。
モートも、これだけの魔法を全て使いこなせる様になったら、アリナは人間と精霊の混血という、差別と糾弾の対象という枠組みから、混血を外す事が出来るかもしれない、と考えていた。
守護者として世界を守り、精霊と人間の魔法の真髄に至り、そして世界を変えるだけの説得力を持つ、そんなアリナに、少し期待をしている、とも言い換えても良いだろう。
「ふー……。ジンって強いんだね……。」
「そうか?って言っても、俺よりつえぇ奴なんて沢山いると思うぞ?」
三十分程修行をしていたアリナは、休憩をしながらソーラとモートの方を眺めていた。
二人とも、魔導書を熱心に読んでいて、どれを自分に教えるのかを悩んだいる、そう見えた。
「ディンはもっと強いんでしょ?最終的に、ディンに全員で修行して貰う事になるのかな?」
「ん?そうだな、俺の役割はそこにある。ジンの秘めた魔力だったり、アリナの能力だったり、ソーラの能力の向上だったり、モートの回復魔法の強化だったりな。今はまだそこまで考えなくて良い、まずは、基本をジンに教わる事に集中するんだ。」
ディンに水を渡され、それを飲みながら、アリナはこれからの事を考える。
世界を守る、それが途方もない事だとは知っている、理解している、魂が、そう訴えている。
ただ、それをしなければ、世界が滅ぶ、魔王に世界を征服されても世界が滅ぶ訳ではないが、魔物を打倒しなければ、世界は滅んでしまう。
それを理解していたから、焦っている、そうアリナは自分の事を分析していた。
人間の中では強い部類に入るジンについて行くのに精一杯、むしろ手を抜いてもらっている状態の自分が、世界を守らなければならない、それは途方もない偉業だろう。
ただ、それでも守りたいと願った、母の為に、そしてディンの為に、仲間の為に。
世界を守りたい、そう願ったのだから、やらなければならない、それはアリナにしか出来ない事だ、と。