第六話 精霊の少年モート
「飯は食ったし、どうすっか。守護者って、魔物ってのと戦うんだろ?その魔物ってのは、現れてんのか?」
「いや、まだだな。だから、もう少し修行の時間が続くかな。ソーラに魔法を教えてもらったり、ジンに基礎的な戦い方を教わったり、って感じだ。後は……、後方支援が出来る仲間が欲しい所かな。」
「ディンは戦わないのー?竜神王様って事は、相当強いんでしょー?」
「そうだな、俺は最終的には戦わない、守護者を育み、そして旅立たせるのが俺の役割だ。だから、途中までは一緒に旅をする予定だけど、最終的にはアリナ達に戦って貰う事になるかな。」
食堂で食事を終えた四人は、これからの事を話していた。
ディンの役割、それは、守護者を育てる事であって、世界の営みに干渉する事ではない。
アリナ達が最終的に魔物の脅威から世界を守れるだけの力になる様に、手を貸すというのが役割であって、それ以上の人間や世界の営みには不干渉、がディンの基本的なスタンスだ。
それは、先代竜神王が世界を分けて以降、竜神達が掟としてきた事でもある、基本的には、竜神は表立って戦うものではない、それは、守護者の意味を失わせてしまう事になるから、という話だ。
そもそも、ディンは竜神王であって竜神ではない、役割が異なる存在だ。
今は竜神達がいない為、その役割を兼任している、というだけで、元来ディンの役割は、セスティアの守護だ。
「後方支援が出来る仲間……、誰か心当たりはない?」
「そうだねー。精霊から選んでも良いのー?」
「ん、種族は問わないよ。精霊でも人間でも、そう言う役目をきっちりこなせる存在であれば、それで良い。」
「んー、なら、モートを推薦しようかなー。モートは回復魔法に長けてるし、精霊として生きてる時間も長いし、私達より世界を知ってると思うんだー。」
ソーラは、一人の少年を思い浮かべながら、その話をする。
モート、ディンにとっては懐かしい名前だ、精霊の少年で、まだまだ若輩者ではあるが、回復魔法に長けている仲間だった、それは変わらない様だ。
それに安心しつつ、しかし、それも変わらないのか、と心に澱を溜める感覚に陥る、ディンの記憶が正しければ、モートは精霊としては異端とされていて、この街に暮らしている唯一の精霊だ。
精霊は基本的に、精霊の湖畔と呼ばれる湖の近くに居を構えていて、人間に干渉する事も、接触する事も殆どない。
では、アリナの母アリサはどうなのか、と問われると、アリサはその精霊の在り方に嫌気がさしていて、精霊の湖畔を一度出た、という経緯があった。
ただ、人間として生活しようにも、精霊はよく言えば統治者として上位世界の存在として、そして人間の元にやってくると、厄介者として扱われる事が多い。
三つの大陸からなるこの世界のうち、二つの大陸では、精霊の湖畔が存在し、そして精霊達は基本的にそこで生活をしている、もう一つの大陸は、魔王によって支配されていて、魔王はモンスターを召喚し、そして勇者がそれと戦っている、それがこの世界の現状だ。
「そのモートって言う子は、精霊なのに街で暮らしてるの?」
「そうだよー。精霊の在り方に疑問をもって、人間の街に降りて来たんだ、って言ってたなぁ。私が小さい頃から、お世話になってるんだよー?」
「ジンは知ってる人なの?」
「モートの事は知ってるぜ?街じゃ有名人だし、俺も友達だしな。確かに、後方支援ならモートがピッタリだな!あいつ、この街から出ようか、なんて言ってたしよ、俺達がいるうちはこの街にいるって言ってたけど、その後は旅でもしようか、なんて話してたな。じゃ、行こうぜ!」
食事代を席に置くと、ジンが先頭に立って店を出る。
大将はそれを受け取り、少しだけ聞いていた話の内容から、ジン達の旅立ちを予想していた。
レンジャーとしてはもう引退して長いが、五年前、ソーラがここにジンを連れて来た時、育てたのは大将だった。
そんな弟子のジンが、世界を守るという大役に選ばれた事、それを喜び、そして憂いながら、その背中を見送った。
「モートー!いるー?」
「はーい、ソーラ?」
街の郊外にある、とある一軒家、そこにモートは住んでいる様子だった。
ドアをコンコンとノックし、ソーラが声をかけると、中から少年が出て来る。
少年の見た目は糸目に刈り上げの短髪な金髪、少しぽっちゃりとしていて見た目の年齢的には、ジンと同い年位だ。
洋服はこの街で流行しているカーキ色のズボンに、白いひざ丈のローブと、くるぶし丈のローブを羽織っているソーラとは少し違う様子が伺える。
ジンの服装はと言うと、動きやすい様にと麻布のハーフパンツに綿の白いシャツ、という簡素な格好で、この中で一番それらしく見えるのは、ソーラだろう。
「あれ、アリナだ!アリナ、人の街に来て良かったの?」
「え?私の事知ってるの?」
「君のお母さんから聞いた、って位だけどね、あと、生まれた頃に一回だけ顔を出しに行ったかな?でも、それから十六年位経ってるのかなぁ。アリサは元気?」
「お母さんは……。お母さんは、私の傍にいてくれる、いてくれてる、ディンがそう言ってたんだ。いなくなっちゃったと思ったけど、でも、剣を握ってると思うんだ、お母さんは、ここにいるんだって。」
アリナは、ソーラとジンにとっては、訳の分からない事を言っているだろう。
ただ、精霊のモートには、それが何を言っているのか、どういう意味なのか、それは通じるかもしれない、とその言葉を選んでいた。
「……。そっか、アリサは、最期の役目を果たしたんだね。アリナ、君が守護者に選ばれた事は、そちらの竜神様を見ればわかるよ。そっか、アリナが……。それで、僕に用事って事は、何かあるの?」
「えっとねー、後方支援が出来る仲間がいてくれたら良いな、てディンが言ってたのー。だから、回復魔法に長けてるモートが、適任かなってー。」
「仲間になってほしい、って事?」
「うん、モートにも、仲間になってほしいんだ。お母さんの事、教えて欲しいのもあるけど、私一人で世界を守るって言うのは、難しそうなんだ。」
「分かったよ、アリナ。他でもない君の頼みだ、聞かない訳にはいかないね。それで、竜神様、貴方は何と仰るのです?」
「ディンだ。竜神様だの竜神王様だの、そう言うのは無しにしてくれ、モート。ディンって呼んでくれれば、それで良いよ。」
モートはアリサがどうなったのか、どういう末路を迎えたのか、それを理解していた様子だ。
アリナが守護者として選ばれた事も、ディンの事もある程度把握している様子で、すんなりとそれを受け入れている。
ただ、精霊と人間の混血である事に関しては、他の二人が知っているかどうか、と言わなかった、ディンにはそう読み取れた。
「さ、入っておいで。これからの事を考えないといけないし、魔物に対抗するのであれば、それなりに修行もしなきゃならないだろう?ソーラはアパートがあるから良いとして、ジンは野宿したままって言うのも、仲間としては悲しい。幸い、この家は部屋が多いから、皆で暫く暮らすには丁度良いと思うよ。」
「俺まで良いんか?モートって優しい奴だとは思ってたけどよ、そこまでしてもらうんは違うくないか?」
「仲間、って言うのは、寝食を共にして、そして一緒に戦うんだよ、ジン。僕達は知り合いだけど、アリナとディンはまだどういう人なのかもわからないからね。一緒に暮らして、って言うのが、一番相手の事を理解するのに良いと思うんだ。ジン、君はテントに何か置き残してる物はあるかい?」
「うーん、あ、そだ、剣置きっぱだわ。じゃあ、取ってくる!」
「私も着替えを持ってこないとねー。後、魔導書も持ち込んでいいー?」
「部屋を空けておくから、自由に使うと良いよ。」
そう言うと、ジンとソーラは一旦解散、と言ってそれぞれの住まいに物を取りに行く。
「……。精霊と人間の混血である事、それはあの子達には伝えていないんだよね?」
「え?うん。でも、なんで?」
「君は有名人なんだよ、アリナ。数十年ぶりに現れた、精霊と人間の混血、精霊の血を穢した存在として、精霊の中では知れ渡っているんだよ。ただ、なんでそんな君が守護者に選ばれたのか……。ディンは何か知っている?」
「守護者は、その魂の在り方によって選ばれる、混血である事は関係ないんだよ、モート。それに、アリナが選んだ君達仲間もまた、その魂の在り方をしている、って事だ。」
「精霊の外れ者の僕が、守護者の仲間になるとは、流石に思えなかったな。アリナの事は気にかけていたけれど、アリサに会わないでほしいと言われてたから。そっか、そうだったんだ。これも運命、なのかな。」
モートは、何か含みのある言い方をする、それにアリナは気付いた。
ディンはその含みの意味合いを知っていた、ただ、それをアリナに伝えるかどうかを悩んでいて、モートが言い出してくれたら僥倖、という風に考えていた。
「アリナの一族、精霊の一族の中でも、特に強い力を持った一族、数百年前の守護者は、アリナのおじい様だったんだそうだよ。その頃はまだ混血ではなかったらしいけど、でも、そんなおじい様の元に生まれたアリナが守護者に選ばれたって言うのは、少し納得がいく部分があるかな。伝説の守護者、そしてその娘であるアリサが、人間と契りを交わした事、それが精霊達にとっては、信じられない出来事だった、って言うのは、十八年前の思い出かな。」
「私の、おじいちゃんが?」
「うん。僕も記録としてしか知らない、僕は五十年位しか生きてないから、それは記録として知っていただけだけれど、精霊でありながら、人間を愛したおじい様は、守護者として世界を守って、そして死んでいった。僕は、それを知ってから、人間を愛そうと決めたんだ。世界を守った偉大な精霊がそう言ったのであれば、それが正しいんじゃないか、って。ただ、精霊達は、世界を運営していくつもりはあっても、人間と交わるつもりはない、っていうスタンスでね。アリサは、それを悲しんでた、僕がまだ小さかった頃、そんな話をしていたんだ。そして、君のお父さん、デュオと子を成した、それが君なんだよ、アリナ。」
それは、数百年前の話。
モートでさえ、記録としてしか知らない、アリサがまだ小さかった少女だった頃の話。
守護者として選ばれたアリナの祖父は、人間を愛していた、という精霊としては異端の存在だった、そして、守護者としての役目を終えた後、アリサに別れの言葉をつげ、消えてしまった、と。
その時、精霊の中でアリナの祖父の武器に変容したのが、その妻、アリナの祖母だった、と記録にはあった。
「アリナのおばあ様は、アリサと同じで、魂を武器に変えて、おじい様に託した、そう言っていたかな。だから、幼かったアリサは、一族の中でも歪な存在として扱われて、独りで生きていた、って。僕が小さかった頃、乳母だったアリサはね、僕に冒険譚を沢山教えてくれたんだ。守護者の役割、そしてその在り方、そんな話をね。だから、そんなアリサの娘である君が、守護者に選ばれたのは、きっと偶然じゃない。そうでしょう?ディン。」
「アリナの祖父に関しては、俺はノータッチだからあまり知らないんだ。その時は、まだ世界を管轄する竜神達が生きていた頃だったから。ただ、アリナの祖父が守護者だった、っていうのは、伝わってたな。」
「ディンはこの世界を管轄する竜神様じゃないのかい?そう言えば、竜神王だのはなしだ、って言っていたけれど。」
「そうだな。俺は十代目竜神王、他の竜神達は、殆ど残ってないんだ。だから、今は俺が全ての世界の守護者を育てて回ってるんだよ。」
モートは、ディンの言葉を聞いて、頷いている。
ほとんど残っていない理由、については後に言及するとして、と考え、ひとまずはその話を信じる事にした様子だ。
「それで、世界に魔物は現れ始めているのかな?」
「まだだな。その気配はあるけど、まだ時間は残されてる。だから、その間にありったけの修行をする予定だよ。」
「わかった。僕に出来る事があるのであれば、それは運命だったんだろうね。一緒に世界を守ろう、アリナ。」
「ありがとう、モート。」
アリナは、自分が知られている存在だという事に驚いていたが、ひとまず仲間が集まった事にホッとしていた。
独りきりで戦え、と言われても、きっと出来なかっただろう、きっと、世界を守れなかっただろう、と考えていたアリナは、こんなにも早く仲間が集まるとは思っていなかった。
人間達の中では、それだけ守護者と竜神の伝説は有名だった、そして、精霊であるモートは過去の歴史を知っていた、確かにそれは、運命めいた物を感じる、と考えていたが、それよりも、交わってはいけないと言われていた、精霊と人間の混血である自分の元に、それを知っていても仲間になってくれる精霊がいた、それに感謝していた。