四十一話 輪廻の先
「……。ここは……。」
「アリナ、お帰り。」
「ディン……。皆は?」
「まだ試練を終えてないよ。」
アリナが意識を取り戻すと、そこは精霊の試練を受けた場所の付近、ディンの元だった。
まだジン達は試練を終えていない、精霊の試練はそれぞれによって内容が異なる、それをアリナは知らなかったが、なんとなくそんな気がしていた。
ソーラ達が勇者の末路を聴いたらどんな反応をするか、それを想像するだけでも、苦しくなってくる、と。
特にジンとソーラは、勇者の仲間になりたいと願っていた時期があった、そんな二人に、その事実は堪えるだろう、と。
「……。ディンは知っていたの?勇者の末路、その成れの果てが、魔王デモスだ、って。」
「そうだな、知ってた。ただ、知ってたからって、何が出来たわけでもない、それが正解かな。……。アリナは、戦う道を選んだ、それでも、解放する為に戦う道を選んだ。それは、正しい事だと思う。魔王になってしまった勇者の魂を救えるのは、守護者だけだから。だから、アリナが戦う道、救う道を選んだ事、それは間違いじゃないと思うな。」
アリナが無事に精霊の試練を終えた事、それはディンにはわかっていた。
アリナ自身、まだそれを実感していなかったが、アリナの魔力が、膨大とも言える量に増えている、それがアリナの潜在能力をフルで生かした時の元来の魔力、アリナが数十年と修行をして、初めて到達出来るはずだった境地、そして、人間に向ける事はないのだろうが、グランの座にいる人間達と同等か、それ以上な魔力。
精霊と人間の混血である事、アリナの父デュオがグランウィザードだった事、アリナの祖父であり、魂の所在だった祖父ドーガンが守護者だった事、を加味しても、それは膨大と言える量の魔力だ。
アリナの素質、それは先代守護者を超えるものであり、この世界において、アリナに勝てる存在は殆どいない、と言える程に、アリナの潜在能力は高かった。
それを殆ど代償無しに、と言えば代償もなく、アリナからすれば、ただ事実を聞いただけで得られた、それは不思議な感覚だろう。
「皆はどういう選択をするんだろう?」
「……、わからない。ただ、俺は戦う道を選ぶと信じてる、皆は、勇者達の魂を救う道を選んでくれる、そう信じてる。」
信じている、それはアリナも一緒だ、と頷く。
アリナも、自分がその道を選んだ様に、魔王を打倒するのではなく、勇者を救おうと感じた様に、ジン達もまた、その道を選んでくれると信じていた。
そうでなかったら、それはそれで仕方がない、その時はアリナ独りで戦う事になってしまうが、その時はその意見を尊重しよう、と。
「……。精霊の在り方、それは醜いものなんだね……。」
「モート、大丈夫だった?」
「アリナ……。そうだね、概ね大丈夫だった、という感じかな。ただ、ショックではあるよ。……。精霊が、世界を運営していく為とは言っても、魔王を生み出していた、その仕組みを作った者達の末裔だ、というのは少しショックかな。ディンは、この事を知っていたんだろう?どう感じていたんだい?」
「それは、世界の在り方でもある。世界の営み、在り方に、竜神は口を挟めない。世界がどんな運営をされて、どんな発展をしていって、それを竜神は見守る事しか許されていない。……。ただ、悲しいとは感じるな。世界を守った行く末、末路が、新たなる魔王への転生、それはとても悲しい。ただ、俺にはそれに口出しをする権利が無い。あるとしたら、皆だけだな。」
「僕達が……。そうか、だから僕達は精霊の試練を受けるかどうかを聞かれたんだね?世界の運営側に立つかもしれない、だから、それをしても良いのかと問われたんだね。」
そんな事を言っていると、今度はジンが扉から出てくる。
ジンは死にそうな顔をしていて、何か後悔でもしている様子が伺える。
「まさかよ……。世界を守ったすげぇ人達が……。」
「ジン、それでも戦わないと。私達にしか、あの人達を救う事は出来ないんだよ。」
ジンの見たヴィジョン、それは勇者が魔王へと変貌する様子、繰り返し輪廻の中で生きているとされていた魔王が、人間から変貌した存在だという事、そして、その変貌の中で闇に堕ち、人間や世界を憎む様になってしまう事、魔王になって最初にする事が、仲間だった者達への報復や、その血族を殺す事、それらをみせられて、ジンは絶望していた。
かつて、魔王を打倒すると言われていた勇者、そして、勇者は世界を守る、守護者もまた世界を守る存在、そんな勇者と守護者が、対立しなければ行けない理由、そこまではジンは知らされていなかった、ただ、それをしなければならない事に絶望していた。
それもそうだろう、羨望の果てにあるのが魔王への変貌、そんな事を知らされて、ショックを受けないわけが無いだろう。
ただ、それでも戦うと決めたから、ジンは精霊の試練を終えた、それは事実だ、事実なのだが、些かショックが大きすぎる様子だ。
「俺達にしか助けらんねぇ、って言われたからよ、やるっちゃやるんだけどよ……。でもよ、また繰り返すんだろ……?俺達が勇者の魂を救ったとしてもよ、また新しい勇者が魔王になって、を繰り返すんだろ……?」
「……。今は誰もいないね?ディン、この会話は誰かに聞かれているかい?」
「いや、誰も。必要なら認識阻害の結界を張ろうか?」
「お願いしても良いかな。」
モートは、ショックを受けているジンに説明をしようとしたが、それを精霊達に聞かれてしまってはいけない、とディンに認識阻害の結界を張る様に頼む。
ディンは言われた通りに認識阻害の結界を張る、それは、何者も盗聴や盗み聞きの類が出来なくなる、ある意味秘め事を話すにはもってこいの魔法だった。
「……。話す前に、ソーラの意見も聞きたいね。ディン、ソーラはまだ出てこないのかい?」
「もう出てくると思うぞ?」
「あらー、私の話ー?」
「ソーラ、悲しくないの?いつもと変わらない様に見えるけど……。」
モートがソーラの意見を聞きたい、と言った直後、ソーラが試練の間から出てくる。
ソーラは普段と変わらない様子を見せていた、それは何故なのか、とアリナは疑問を持った。
ソーラも勇者の仲間になりたいと願っていた、と聞いた事があった、だからこそ、ジンと同じ程度にはショックを受けているのではないか、と考えていたのだ、だから、ソーラの平静然とした様子に、逆に驚く。
「……。グランウィッチだったお母さんはねー、この事に気づいてたのよー。なんとなくだけど、グラン達の中で代々伝わってきた、伝承って言うのかしらねー?それをどういった所で、精霊が世界の在り方を変えるとは思えないからー、だから、グラン達の中だけの話にしておいた、って話だったかしらねー。私が勇者の仲間になりたい!って言った時に、その一部だけを言ってたのよー。だから、確証は無かったけどー、そうなのかもー、位には思ってたわよー?」
「そっか……。でも、それでもソーラは、勇者の仲間になりたいって思い続けていたの?」
「そうよー?魔王になってしまうのだとしても、世界を守りたいと願う心は間違って無いと思うのよー。だから、私はその為に生きていきたいなって。もしも、私と一緒に戦った勇者がねー、魔王になってしまったら、それを止めるのも私の役割かなってねー。」
「ソーラは強いんだね、私、そこまで考えてなかったな。ただ、世界を守るうえで、勇者の人達を救えたら、って思って……。」
ソーラは、知っていた、というよりは憶測を立てていた、それが事実だろう。
グランウィッチだった母親から聞いた事、勇者の魂と魔王の魂は似通っている、そして、魔王は復活してからまず最初に、勇者の仲間の血族を殺しに行く。
それは、魔王としては当然の感情かも知れない、とソーラの母親は前置きをした上で、ソーラに忠告をしていたのだ。
それを元に、ソーラが事実関係をギルドを通じて調べていった結果、母親の言っていた事は事実で、勇者だった者の末路が魔王なのだろう、という推測を立てていた。
ただ、それが世界の運営に必要だから、という理由で精霊が仕組んでいた事、とまではわからなかったが、という感覚だ。
「ソーラはその事に気づいていたんだね。なら話は早いかな。ジンにも、アリナにも、協力して欲しい事なんだ。……。それは、今の在り方に反対をする、ある意味革命の様になってしまうのかもしれない。ただ、僕達は精霊の試練を受けた、という事は、精霊に対して意見を出せる様になった、という事になるね。これから魔王を倒して、ディンのいう多いなる闇の脅威から世界を守れば、更に発言力は高まる、と言える。だから、僕達が訴えるんだ。今の世界の在り方、それを変える為に。その為に何が出来て、新たな法や秩序に対して、どんな代償が必要なのか、それまではわからないけれど……。でも、訴える事、考えさせる事は出来ると思うんだ。」
「モート、それってー。」
「僕達が、魔王と勇者の歴史を終わらせる、その為に、説得力が必要だ、と言えるね。」
「って事はあれか?俺達が精霊様に意見して、そんで……。」
「世界の在り方を変える事が出来るかもしれない、って事だよね?」
モートの言いたい事、それは伝わった様子だ。
ディンは、それは以前の時間軸でもモートが言っていたな、と思い出し、その結果がどうなったか、までは知らなかった。
アリナの死によって平和が訪れた世界、それ以降はディンは関わりを持っていなかった、だから、その結果を知る由もなかった。
ただ、世界は存続していた、それは記憶に残っている、ジンやソーラ、モートがその後どうやって生きていったのか、については知らない事だったが、世界自体は存続していた、と。
「ディンの意見を聞きたいわねー。竜神王として、やっちゃいけない事とか、そう言うのもあるんじゃないー?」
「そうだな……。その世界にいる限り、その営みについては言及されてないな。精霊達がどうやって世界を運営してきたのか、ならばアリナ達が口を出す事によって、世界が揺らいだり、滅んだりする事はない、とも言えるな。世界を守る事に集中してもらわないと困ると言えば困るけど、それ以降の事に関しては、アリナ達の自由だ。」
「それじゃあ、世界を守った後であれば、何をしたとしても自由だ、という事だね?」
「そう言う事になるかな。世界の営みから外れなければ、何をした所で俺は咎めない。俺が咎めないのであれば、竜神は咎めないという意味でもあるな。ただ、そは困難な道のりだ、とてもとても、困難な道のりだ。五千年続いた精霊の支配、そして、現在では重鎮しか知らされていない、お飾りの王ですら知らない、精霊の業、それを変えるって言うのは、一代限りで出来るって言う話でもない、と思う。それでもやりたいのであれば、俺は止めないよ。」
モートとソーラが確認をすると、ディンは自由にしろと話をする。
竜神、竜神王は、世界の営みに干渉を許されていない、それはどんな形であったとしても、今ある世界を守るのが竜神としての役割だからだ、と聞いていた。
だから、その世界の中にいる人間や存在が、どうやって世界を運営して行くか、までは言及されていない、つまり、それは自由であるべきだ、とディンは解釈をした。
だから、自分から何かをいう事はなかった、ディンがこうしろ、と言っていたのは、世界を守る事に関してだけであって、世界の運営については、ディンは何も一言すらも言った事が無い。
それをアルファスとの交渉に用いたのも、脅すのが目的であって、世界を云々しようというのが目的ではなかった。
「話はまとまったか?なら、ここにいる用事もないな。」
「うん、行こう。最初に、世界を守らないと、何も出来ないもんね。」
「そだな、行こうぜ。」
「そうねー。」
「そうだね、その通りだ。」
何時までも認識阻害の結界を張っていたら、それこそ何かを企んでいるのではないか、と精霊達を無駄に警戒させてしまう、その話は後でも出来るだろう、とディンが声をかけて、一行は精霊の湖畔を離れた。
精霊の試練、それを受けて、四人の力は今出来る限界まで引き出された、儀式と言い換えても良いのだろう、この世界の在り方に向き合い、そして守護者としてそれを救う覚悟をする、それが精霊の試練を守護者が受ける意味だ、とディンは聞いた覚えがあった。
精霊が受けるのではまた違う意味合いになってくる、それこそ、世界の運営に携わる為の試練や儀式、という面が強いのだが、守護者達にとっては、ある種鎮魂の旅に出る為の儀式だ。
アリナ達は真実を知った、世界の在り方、それを変える為にも、それを成す為にも、まずは世界を守らなければならない。
それを知ったからこそ、出来る事があるはずだ、と。