四十話 精霊の試練
「さ、こちらへ。」
「ここが……。そうか、そう言う事だったんだね。」
「モート、なんか知ってんのか?」
精霊の試練、それは湖畔の最深部で行われる、儀式めいた事柄だ。
モートは、かつて自分が受けるか受けないかを問われた時、ここに連れてこられた覚えがある、と思い出す、その時には精霊の試練が何なのか、までは知らされていなかったが、この門の前で問答をして、そして止めた覚えがある、と。
その時の問答は、精霊の中でも、意見を出す側になるかどうか、将来的な話だが、世界を運営する方に立つかどうか、という話だった覚えがある。
そういった事に興味が無かったモートは、それに否と答えた、それでその場は終わったのだが、精霊の試練を受けるという事は、精霊の中でも発言力を持つ、という事になる、とは想像がつかなかったのだろう。
「ディン、確認がしたいのだけれど、本当に僕達も精霊の試練を受けて構わないんだね?」
「そうだな、そう言う事になる。」
「……。それじゃあ、精霊の試練を受ける事が、精霊にとってどんなデメリットがあるのか、そしてどんなメリットがあるのか、それは理解しているんだね?」
「そうなるって話になるかな。そう言う話を込みにして、俺は精霊の試練を受けさせる様に交渉をしたんだ。」
「モート、どういう事ー?」
モートは難しい顔をしている、そして、アリナ達は困惑している。
ディンは、モートが言いたい事を理解していた、理解した上で、そう言った返答を返していた。
精霊にとってのメリット、そしてそれに付随するデメリット。
それを、ディンは理解した上で交渉をしたのだ、と。
「モート、怖い顔してどうしたの?」
「……。ディン、話をしても構わないね?僕が気付いたという事は、それに関して話す準備をしていた、という解釈をするけれど。」
「そうだな、話してもらって構わないよ。」
「どゆことだ?」
モートは、アリナ達に渡す情報を整理している、アルファスがいる手前、アリナ達に何処まで伝えて良いのか、何処までなら情報を得ても危害を加えられないか、それを熟考している様子だった。
しかし、あまり考えている時間はない、とモートは結論を出して、話を整理する。
「精霊の試練、それは、精霊の中でも重鎮と呼ばれる存在達が受ける儀式、であっているね?それを僕達に受けさせるという事は、僕達も精霊に対して意見を言える側の存在になる、という事でもある。それは間違いが無いかな?」
「そうだな。それに関しては間違いじゃないだろう。そうだろう?アルファス。」
「左様でございます、竜神王様。」
「って事はよ、俺達なんか言っても良い事になるって事か?」
意見を言える様になる、その意味がわかっていないジンとアリナ、そして何かに気づいたソーラ、知っているディンと苦い顔をしているアルファスと、それぞれが異なった表情をしている。
モートは、意見が言えるという事は、と考えを纏めていた、それは、アリナに対する処遇に関係する事だ、と。
「言える、という事はね、ジン。僕達がアリナの処遇に関して意見を出しても良い、という事になるんだよ。それを、ある程度は精霊達も尊重しなければならない、という意味でもある。……。僕達、特に僕は、昔アリナの扱いについて意見を出した事があったんだ、アリナを混血だからと冷遇するのはおかしい、と。それに対して、精霊達の意見は一つだった。あの頃は、僕もアリナが精霊の王の血族だという事は知らなかったけれど、今はそれを知っている。王の血族をそのままにしておいても良いのか、と意見を出す事だって可能になる、という事だね。」
「モートが言いたいのは、そう言う発言力を人間や混血に持たせていいのか、って事よねー?人間が精霊に意見を出す事なんて、殆ど無いものねー。だから、それを許す代わりに何を払ったのか、って言う話でしょー?」
ソーラは、アリナとジンにもわかる様に、と話を噛み砕いて言葉にする。
何か代償が無ければ、否、元来代償があったとしても、そんな事を精霊が許すはずが無い、精霊は自分達の事を上位世界の存在だと認識している、それを混血や人間に意見出来る様にする、それが信じられないのだろう、と。
「ディン、君はどうやってアルファスと交渉を?」
「それは、俺と彼の秘め事だ。ただ、世界を守る為には必要な事だから、とだけ言っておくよ。俺も、約束を破るのは気が引けるし、ここで言ってしまって、やっぱり精霊の試練を受けさせない、なんて事を言い出されたら困るからな。」
アルファスの苦い顔を見ていたディンは、それが現実になってしまったら困るから、と言って口を閉ざす道を選んだ。
モートは、それだけの厳重な秘め事、にするべき事は何か、と考えるが、そこまでは答えが出てこない。
それはソーラ達も同じで、ソーラはなんとなく理由を見つけた様子だったが、アリナとジンは訳が分からない、という顔をしていて、ディンが言わないのであればわからない、が正解なのだろう、と感じていた。
「……。わかった。それは確かに、ここにいる全員にとって困る事だ。……。アリナ、ジン、ごめんよ。僕の個人的疑問で、ここを混乱させてしまったね。」
「ううん、大丈夫だよ、モート。私達にはわからない事でも、モートは何かを感じ取った、って言う事だもんね。私には何が何なのかはわからない、ディンが秘密に知る事も、アルファスさんとのやり取りも知らない。ただ、私は、ディンのいう事に間違いはないと思う。世界を守る為に必要な事なら、私達はそれをするしかない。……。本当は、ディンに秘密にはされたくない、ただ、それは私達を守る為、でもあると思うんだ。だから、今は聞かないでおこうよ。いつか、ディンが話しても良いって思える日が来たら、その時に教えてほしいな。」
アリナはそう言って、ディンの方を見る。
ディンは、話さないと決めたら話さないだろう、ディンと関わっていた時間は短かったが、ディンという男を正しく評価している、とも言えるだろう。
ディンは、言わないと決めた事は絶対に言わない、それ程度の口の軽さだったら、そもそも精霊の重鎮であるアルファスは納得しないだろう、と何処かで感じていた、恐らく、アリナが王の血族である事も知っていたのだろう、ただ、精霊達が何かを言ってこない限りは、何も言えなかったのだろう、と。
ただ、アリナはディンを信じていた。
それは、アリナ達を守る為の行動でもある、そして、世界を守る為には必要な行動なのだ、と。
「では、守護者御一行はこの中へ。」
「はい。」
厳重に警備されている扉の前、モートの記憶にも残っていない、精霊の試練を受ける事が決まった者にのみ入室を許可される部屋の入り口、そこまでアルファスはついてきて、そしてアリナ達に中に入る様にと促した。
扉の中は神聖な空気が漂っている、というのが正しいのだろうか、ソーラやアリナは感じ取った事が無い魔力に包まれていて、不思議とそれを暖かいと感じていた。
モートはこの魔力に覚えがあった、それはまるで、母に抱かれている様な、そんな魔力だった。
モートは小さい頃から母を知らない、知っているのは魔力の残滓だけ、という特殊な生まれで、乳母としてアリサが育ててくれた、という話があるのだが、そんなモートが、母を感じる事、それは生まれた時に感じた魔力を覚えているから、だった。
「入ろっか。」
「そうねー、何が待ってるのかしらねー?」
四人は、重々しい扉を開けて、中に入る。
そこから先、それに関しては、精霊の重鎮しか知らない世界、ディンは内容を知っていたが、精霊の中でも重鎮と呼ばれている、精鋭しか知り得ない世界。
そして、歴代の守護者が必ず通る世界、それは。
「……。」
扉が閉まる、ディンはそれを見送ると、アルファスの心を読む。
アルファスの心、その内側を知っていた、知っていたが、それをしないと世界が守れない、だから、仕方がないのだ、と。
「アリナ……。」
アリナの未来、それは決まってしまった様なものだ。
ただ、ディンはそれでも、何もせずにアリナが死んでしまうよりはマシな結果になるかもしれない、とそれを諦観していた。
「……。」
「……リナ……、アリナ……。」
「お母さん?」
光に包まれ、足元が何処かすらわからない感覚に陥っていたアリナは、懐かしい声を聞いた気がする、と振り向く。
それは母アリサの声、確かに、アリナはアリサの声を聞いた。
懐かしい、もう二度と聴けないと思っていた母の声、それに涙を流しそうになる。
「アリナ……。貴女は……。」
「お母さん、これで良かったんだよね。私が世界を守ろうとした事、間違ってないよね?」
「……。貴女は、知らなければなりません……。世界が、どうやって運営をされてきたのかを……。人間の守護者の、その末路を……。」
「末路……?」
白い空間から、景色が歪む。
それは、誰かの記憶で、誰かはわからない記憶。
「魔王デモス、討ち取ったぞ!」
「ククク……。貴様は何も知らぬのだな……!我を打倒した所で、世界は変わらんよ!」
幾代か前の勇者、少しミルトに似ているだろうか、そんな勇者が、魔王デモスと呼んでいる禍々しい巨人を倒した所だった。
魔王は崩れ落ち、塵になって消える前に、何かを言い残した、それが何かは聞こえなかったが、アリナは、魔王が何かを言った、そう感じた。
「これは……?」
「これは勇者の記憶、守護者には与えられる、この世界の仕組み……。」
「この世界の、仕組み……?」
場面が変わる、それは、勇者が魔王を倒して、数十年後の世界だ、と周囲が言っていた。
もう少ししたら、魔王が復活してしまうだろう、そして、勇者は老衰していて、そろそろ息絶えてしまうだろう、という話が聞こえてくる。
「そこに、いるのは……、守護者、か……?」
「私……?私の事が見えるの?貴方は勇者でしょう?」
「……。儂の、最期の言葉……。それを……、聞いては、くれませぬか……?」
床に臥せっている勇者、今にも死に絶えてしまいそうな、か細い腕が、確かにアリナの手を掴もうとしていた。
幻、記憶、そういった類のものなのだろう、とアリナは心の何処かで感じていたが、それは幻ではなく、実際にアリナの姿が見えているのだろう、と感じた。
アリナの手を掴む老人、そのか細い手と、弱弱しい力、それをアリナは確かに感じていた。
「魔王……、デモス……。それは……。」
「それは……?」
「それは……、勇者、の……、成れの、果て……。勇……、者は……。いつか……。魔王に……、生まれ、変わり……。」
勇者はいつか魔王に生まれ変わり、確かにそう言った。
今にも息絶えてしまいそうな、か細い老人は、確かにそう言った。
「守護者、よ……。儂達、の……、たま、しいを……。」
アリナは黙って聞いている、それは、今際の言葉なのだろう、そして、これから先、アリナが対峙するべき魂の話なのだろう。
「我らが……、魂を……、救い……、たもう……。」
「魂を、救う……。」
それは、精霊達が見ている物とは違うのだろう。
これは、守護者にのみ見る事を許されているヴィジョン、過去の話。
ある意味、今のアリナは、過去に飛んでいる、と言い換えても良いのだろう、過去に確かに存在した、勇者の末路を見ているのだろう。
「……。守護、者よ……。あぁ、ちいさい……、魂よ……。」
こと切れる。
老人に握られていた手、だらりと垂れて、静かにベッドに落ちた手。
それを握って、アリナは勇者の今際の言葉を心に刻む。
「……。貴方達が願った平和、その結果が、そうなんだね……。守護者しか知らない事実、ディンは……。この世界は、そうやって繰り返して来たんだね……。」
試練の意味、それは精霊と守護者では趣が変わる、精霊は世界の運営に携わる存在として、そして守護者は魔王を打ち倒し、世界を闇の脅威から守る為、見える物も違うのだろう。
アルファス達重鎮は、この事を知っていて、そして世界を運営してきた、そうやって、世界は繰り返してきた。
それをアリナは知った、知ってしまった、知りたくなかったとしても、それは知らなければならない事だった。
「アリナ……。貴女は、世界を呪う存在と戦うのです……。勇者の成れの果て、魔王デモス……。魔王は、勇者が呪いの果てに行きついた姿……。世界の、運営には必要な存在……。それを、守護者は解放するのです……。」
「解放……?倒して、また私が魔王になってしまうんじゃなくて?」
「……。守護者は、魔王にはなり得ない……。守護者は、その光を持って……。積もってしまった呪い、勇者に掛けられた呪いを……、解き放つのです……。」
「解き放つ……。それって、呪いを解除するって事?」
「……。それは、世界の理……。貴女は、今までに積もった、世界の闇を解き放つ……。」
世界の理、それは変えようのない事実なのだろう、アリサと話をしていて、アリナはそう感じた。
ただ、積もった闇を解き放つという事は、今までに魔王になってしまった魂は救えるのではないか、とも感じた。
守護者の役割、それは、大いなる闇に立ち向かうだけではなく、この世界においては、魔王になり果ててしまった勇者達の魂を、鎮める役割があるのではないか、と。
「お母さん、お母さんはこの事を知っていたの?」
「……。私は、貴女の武器となる事で……、世界の、理を知ったのです……。私の父、ドーガンがそうだった、様に……。私の母、マリナが、そうした様に……。貴女は、また……。」
そこで、アリサの声が聞こえなくなってしまう。
アリナは、もう母と会話する事は出来ないのだろう、そう直感でわかった。
これが最期の会話、そして、アリサはこれ以上を語る事はないのだろう、と。
「……。確かに、試練かも知れない。勇者だった人達、世界を守ってくれていた人達と、戦わないといけない、それを知るって言うのは、苦しいよ。でも……。でも、私は世界を守りたい。私は、私に出来る事をしたい。おじいちゃんがそうだった様に、捕われた勇者の人達の魂を、救ってあげたい。……。ディンは、この事を知ってたんだろうね。私が守護者に選ばれた時から、ずっとこの事を知っていたんだろうね。でも何だろう、ディンを恨む気にもならないんだ。だって、ディンは私を育ててくれた、世界を守る為って言いながら、でも私達が生きて帰れる様に、修行をしてくれた。だから、ディンには感謝してるんだ。」
……。
「お母さん、ありがとう。私に、世界を守る為の力をくれて。私、勇者達を解放する為にも、世界を守る為にも、戦うね。お母さんが誇りに思える様に、おじいちゃん達の守った世界を、素敵だって思える様に。誰が何を言ったとしても、誰が何を思ったとしても、世界を守る事を誇れる様に。ディンは、その為に私達を育ててくれたんだって、今ならわかるから。」
光が溢れる、光がアリナを包む。
体の底から力が湧いてくるのを感じる、精霊の試練、それが身体的試練ではなく、精神的試練だ、というモートの言葉、それはその通りだとアリナは考えた。
ここで心が折れてしまったら、憐憫に身を任せて、可愛そうだから戦えない、と言っていたら、そこで終わりなのだろう、と。
守護者が守護者足る所以、それは、世界を守る事だけではなく、魔に侵された勇者を救う素質が必要なのだろう、と理解出来る。
守護者はその魂の在り方を継承する、それは、祖父ドーガンから受け継がれた、そしてアリナの魂の先祖達が遺した、大切な在り方なのだろう。
受け継がれてきた魂の素養、在り方、そして素質。
アリナは、この代でそれを最期にしたいと願った、後世にそれを残すのではなく、魔王と勇者という形、そしてこの世界の運営方法を、変えていきたい、と。
「じゃあお母さん、行ってくるね。私が世界を変えられるか、それはわからないけど……。でも、精一杯やってみる。」
アリナは、試練の間を出る。
試練の間、それを必要とする存在が今後いなくなる様に、この先、輪廻が繰り返したとしても、守護者という在り方、そして勇者と魔王の在り方、それを変えられる、きっとそうだ、と信じて。




