エピローグ 託されたもの
6冊目の『ひでんのしょ』。
それは、リッタが私に託してくれたものの一つ。
まだ空白のページが多い本なんだけど、とても沢山の想いが詰まってるんだと、私は思ってる。
特に化身っていう術は、他の術とは比べ物にならないほどに重要な術だったみたいです。
だって、この術が私の常識を全部塗り替えちゃったんだもん。
ううん、私だけじゃないね。
ネリネで一緒に旅してた皆も、その他の人たちも。
言っちゃえば、世界中の人の常識を変えちゃったんだよ。
初めに起きた変化は、リッタが言ってた通り別れた日の翌日の朝にやってきたのです。
「おはよう、ハナちゃん」
リッタとのお別れをした後、目が腫れるまで泣いてた私が目覚めた時。
枕元に座ってた小っこいリッタが、そう呼び掛けてきたんだよね。
寝ぼけちゃってるのかと思ったのを覚えてるよ。
でも、夢でも幻でもなかったんだ。
間違いなく、リッタは私の化身として帰ってきてくれた。
手のひらサイズの可愛い姿だけど、間違いなくリッタだもんね。
そして、そんな化身が、私だけじゃなく沢山の人の元に現れ始めたのです。
姿は人それぞれみたいだけど、どの化身もリッタなんだ。
世界中に、リッタが溢れてるんだ!
そう考えると、嬉しいよね。
でも、嬉しいことだけってワケでもなかったみたい。
というのも、ホリー君が予想してたみたいに、色んな所で混乱が広がり始めたんです。
突然現れた化身を、多くの人が怖がり始めたんだって。
恐がる必要なんてないのにね。
ホリー君にそう言ったら、そう言えるのはリグレッタのことを知ってるボクらくらいだよって言われちゃった。
リッタも、ホリー君の言うとおりだって言ってるから、きっとそうなんだよね。
だから私は、もう一度旅に出なくちゃいけないのです。
化身との付き合い方を、教えて回るために。
リッタの話では、化身が現れた人はリッタや私と同じように、解放者の術を使うことができるんだって。
でも、使い方と使うときのルールを知らない人が沢山いるから、管理者として私が教える必要があるのです!
一応、化身としてのリッタからも説明するみたいだけど。
全員が信じてくれるかは分からないもんね。
もし、ルールを破るような人がいたら、リッタはその人に力を貸すのをやめるみたい。
人を傷つけてはいけない。
人の選択肢を故意に奪ってはいけない。
人に不本意な選択を強いてはいけない。
それが、術を使うときのルール。
当たり前のはずなのに、守られてこなかったルール。
リッタらしいよね。
まずは手始めに、王都アゲルの人たちに教えることになってるんだ。
ホリー君とかハリエットちゃんとか、カルミアさんにベルザークさんも。
きっともう、化身と対面してるはずだよね。
そういえば、クイトさんも王都に行ってるんだっけ?
リッタが事前に化身について説明してたからね。
きっと彼女も、早い段階で化身を手に入れてるはずです。
だって、愛の強さが影響してるってリッタが言ってたもん。
それは必ずしも、リッタに対する愛だけじゃないのです。
クイトさんの化身がどんな姿をしてるのか。
それは、会ってみないと分からないけど。
なんとなく、彼女が誰を思い浮かべるのかは、想像できるよね。
「ハナちゃん、ボーっと空を眺めちゃってるけど、どうかしたの?」
「ううん。なんでもないよ」
王都に向かって進んでるネリネのテラスから外を眺めてたら、フワフワとリッタが飛んできたよ。
白くて長い三つ編みのおさげが、可愛いね。
そんな彼女は、私の右肩に腰を降ろして、穏やかな笑みを向けてきました。
「どうしたの? リッタ」
「ううん。なんでもないよ。そういえば、キルストンさんとシルビアさんが鍛錬場で術の練習をしてるみたいだから、あとで行ってあげたら? 纏いに関しては、ハナちゃんの方が上手だしさ」
「うん、分かった。ところでリッタ、やっぱり私が皆に教えて回らないと、ダメなの?」
「当然でしょ? 私は体が小さいんだから、説明を受ける人たちから見えにくいじゃん」
「そうかなぁ?」
「そうだよ。それに、化身の管理はハナちゃんがやってるんだからね。そこんとこ、忘れちゃだめだよ?」
「はーい」
「あっ、いま、面倒くさいって思ったでしょ!」
「思ってないよぉ~」
「思ってるじゃん! 今の私はハナちゃんの化身でもあるんだからね! 考えてることとか、うっすらと分かっちゃうんだから!」
「むぅ。そんなのやっぱりズルいよぉ」
「ふふふ。そうでもしなきゃ、ルールを守ってもらうことなんかできないでしょ?」
得意げな表情で胸を張るリッタ。
それもまた可愛いから、憎めないよね。
そんな風に思う私を見て、ニヤっと頬を緩める彼女の頭を、私は乱暴に撫でました。
「あっ!! ちょっとハナちゃん!! せっかくの三つ編みが崩れちゃうってばぁ!!」
「良いよ。あとで私が直してあげるから」
「むぅぅ!! 私は嫌なのっ! もう少し、大切に扱ってよねっ」
「うんうん。やっぱり、リッタは可愛いなぁ」
「ちょっと! なんか、私の方が子供みたいじゃん! 忘れちゃったのかもしれないけど、私の方がお姉さんなんだからねっ!」
「忘れてなんかないよ。でも、可愛いものはしょーがないよね」
照れつつムクれるリッタを掌に載せた私は、彼女を鼻先に運びます。
そうして、キョトンとした表情でこちらを見てくるリッタ。
「ど、どうしたの? ハナちゃん」
「リッタこそ忘れてないよね?」
「え? な、何を?」
「私の方が、ずっとずっと一緒に居たいって願い続けてたんだから」
それこそ、800年近くね。
「それはそうだけど」
「だから、私の方がお姉さんだと、私は思うんだぁ」
「いやいや、え、そうなの? いいや、そんなことないってハナちゃん!」
「むふふ。冗談だよぉ、リッタ」
「ホントに冗談と思ってる!?」
「思ってるよ。だって、私にとってのリッタは、大好きなお母さんなんだもん」
「ハナちゃん……」
もちろん、母たんと父たんのことも大好きです。
「だからね。私、頑張るよ」
大好きなリッタが託してくれたんだから。
その託されたものを、沢山の人に愛してもらわないと、寂しいよね。
改めて、そんな決意を胸に抱いた私。
不安はちょっとあるけど、きっと大丈夫。
だって私には、いつだってリッタが付いててくれるんだから。
それに……。
「おぉーーい!!」
突然頭上から聞こえてきたその声は、フレイ君みたいです。
何事かと空を見上げると、グリフィンの背に乗ったフレイ君が大きく手を振ってました。
よく見たら、グリフィンの背中には大きな荷物も積まれてるみたい。
荷物運びでもしてるのかな?
「あれがフレイ君の化身なのかな!? ってことは、あの荷物が、カッツさんがやりたいって言ってたヤツだね!」
興奮気味に告げるリッタ。
グリフィン、かっこいいもんね。
でも私は、もっと別の意味で胸が高鳴るのを感じていました。
だってそうでしょ?
私の傍にリッタが付いててくれるのと同じように、世界中のみんなが、リッタと一緒に居れるんだよ?
死神って言われて恐れられてたのがウソみたい。
きっとこんな世界なら、リッタは寂しい思いをしなくて済むはずだよ。
そんな世界なら、みんな愛せるんじゃないかな。
そうだといいな。
テラスに降り立つフレイ君。
そんな彼を迎えながら、私はネリネの進む先に目を向けました。
目的地はまだ少し先だけど、きっと進む方向は間違って無いはずだよね。
もし間違ってても、その時は皆で考えよう。
リッタやネリネの皆と、お茶でも飲みながらね。
それが後悔との、上手な付き合い方なのかもしれません。
「はぐれ死神リグレッタ、終の棲家で母になる」
これにて完結です。
終盤、更新頻度が落ちてしまって申し訳ありません。
プライベートの方がゴタついており、書く時間を捻出できませんでした。
それにしても、約1年と2か月くらいの連載。
長いはずなのですが、体感ではかなり短く感じてます。
あっという間だったなぁ。
私は書いてて楽しかったですが、読んでくださった方は楽しんでいただけたでしょうか。
この後、ハナちゃんの物語を展開していこうかとも考えましたが、あまりにも長くなりそうなので、一旦区切らせていただきます。
需要があれば書こうかなとも思いますが、次回作では考えてないです。
次のお話は年明けあたりに更新を開始できればと考えていますが、まだまだプロットも整理できていないので、未定って感じですね。
あまり長々と書いてもあれなので、とりあえずここまで読んでくださった皆様。
本当にありがとうございました。
出来れば最後に、評価やブックマーク、いいねだけでもいただけると活動の励みになりますので、よろしくお願いします。
以上、内村一樹でした。