第207話 化身
私がプルウェアさんとレヴィアタンさんに提案したのは、新たな術を発動させることです。
一応、プルウェアさんたちの協力は得られそうでよかった。
レヴィアタンさんは、とりあえず様子を見守るって感じだったけどね。
明確に邪魔をするとかじゃないなら、構わないかな。
そうと決まれば、すぐにでも始めよう!
と言いたいところなんだけど。
その術の発動はかなり難しいからね、たぶん、沢山の人に手伝って貰わなくちゃダメなんだよ。
当然、準備も必要ってわけで、私はあれからかなり忙しくなっちゃったな。
おかげで、未だに術の内容を『ひでんのしょ』の6冊目に遺せてないのです。
あれからもう、1か月もたったのにね。
この1か月、色んなことがあったなぁ。
聖都オーデュ・スルスから北に行ったところにある、終の棲家に、デシレさんのお墓を作ったり。
プル姉が海底から持ってきた都市イゼルを、オーデュ・スルスと合体させたり。
ライラックさんの身体を返してもらう代わりに、レヴィアタンさんの新しい体を作ってあげたり。
そんな、諸々が終わった後、私たちは一度死神の森に戻ったんだ。
ソラリス母さんとイージス父さん、それからハナちゃんのご両親や獣人たちのお墓を作るためにね。
お墓に関しては、ハナちゃんと約束してたからさ。
正直なことを言っちゃうと、この旅を経験して無かったら、私はお墓を作る意味を一生理解できなかったと思います。
だって、死んじゃった人の魂は、大切に思ってくれてる人の傍にいてくれるもん。
でも、それだけじゃ足りないよね。
父さんや母さんが、ここで生きてた証を、遺したいんだ。
そういう意味では、終の棲家って呼び方は言い得て妙なのかもしれません。
なんてね。
死神の森でお墓を作った私たちは、その足でブッシュ王国に向かいました。
さすがに、ホリー君とハリエットちゃんを帰してあげないとマズいのです。
無事に帰った二人を、ペンドルトンさんがぎゅって抱きしめてる姿には、ちょっと感動したよ。
カルミアさんなんか、ちょっと泣いてたしね。
カッツさんと盗賊団のみんなも、ここで降りるのかなと思ってたんだけど、どうやら違うみたい。
代わりに、ベルザークさんが王都アゲルに残ったのです。
ペンドルトンさんは迷惑そうな顔してたけど、ハリエットちゃんの圧に負けちゃったらしいよ。
そんな王都アゲルを出発する直前、ホリー君がネリネを尋ねてきました。
なんでも、あたらしい術の注意点とか懸念点をまとめてくれたらしいね。
うん、かなり助かります。
そんな彼にお礼を言って、私たちが次に目指したのはラズガード鉱山です。
ここでは、主に2つのことがあったよ。
1つはね、クイトさんに新しい術のことを説明したんだ。
きっとそれが、私が彼女にしてあげられる唯一のことだったから。
私はただ、判断材料を提案することしかできないからね。
それを手にして、彼女がどんな選択をするのかは、彼女にしかわかりません。
まぁ、久しぶりに会った彼女は前とは違って少し明るくなってた気がするから、きっと大丈夫だよね。
何が彼女を変えたのか、少し気になって様子を見てたけど、たぶん、ミノタウロスさんのお世話を任されたのが大きな理由かもしれません。
見事に手懐けてたし、相性もいいみたい。
私がそんなことを観察してる間に、もう1つの出来事が密かに進行していました。
それは、カッツさんとラフ爺の対決です!
なんてね。
実際は、カッツさんがラフ爺に久しぶりの拳骨を食らってただけだけど。
どうしてそんなことになったのか聞いたら、カッツさんが盗賊団を解散するって言いだしたんだって。
団長としての重責に耐え切れず、逃げ出そうとした。
そう感じたラフ爺が、思わず拳骨しちゃったらしいけど。
どうやらそういうわけじゃないみたい。
やりたいことができた、だから、盗賊団は廃業するっス。
そういうカッツさんの話を、ラフ爺や盗賊団のみんなは真剣に聞く気になったみたい。
その先を私が聞いちゃうのは、ちょっと野暮に感じたので、そのままラズガード鉱山を出発することにしたよ。
そして次に向かったのは、神樹ハーベストです。
念のために、クラインさんにはこれからやろうとしてることを説明しておかないとだからね。
てっきり、反対とかされるかなって思ってたけど、彼の反応は想像より穏やかなものでした。
お守り役には慣れてるからな。
そうしたいと思ったのなら、思う存分やってみるがいい。妹よ。
そんな言葉とともに背中を押してくれるクラインさん。
まだ何か言いたげに見えたけど、結局彼は何も言わなかったよ。
押し黙りつつ、やけにハナちゃんの様子を伺ってたように見えたけど、気のせいかな?
まぁ、絶対に反対ってワケじゃないみたいだから、彼の言うとおり、思う存分やってみてもいいはずだよね。
そんなこんなで、クラインさんとの話を終えた私は、ハナちゃんと二人、ネリネで慟哭の岬にやってきました。
セイレーンたちの襲撃もなく、無事に浜辺にたどり着いた私たちは、二人で静かに海を眺めます。
どうしてなんだろうね。
ここに来たら、もっと沢山話したいって思ってたのに。
ぜんぜん、言葉が出てこないや。
静かなせいかな、遠くで轟音を立ててる大渦が、だんだん近づいてきてる気がするよ。
やっぱり、ダメだよね。
このまま、何も話さずにいたら、きっと私は後悔することになっちゃう。
それも、全然納得できない後悔だ。
そう思った私が、意を決して隣に座ってるハナちゃんに視線を向けた瞬間。
ハナちゃんも同じように私を見つめてきました。
「リッタ」
「ハナちゃん」
「あ、リッタから、いいよ」
「ううん。ハナちゃんこそ、話したいことがあるんじゃない?」
「ん。あるけど、リッタもあるんでしょ?」
「うん。あるけどさ、ちょっと重たい話になっちゃうかもだから、まずはハナちゃんの話を聞きたいな」
「そっか……そういえばハナ達、この砂浜で喧嘩しちゃったよね」
「そういえばそんなこともあったね。ふふふ。なんか、懐かしいや」
「うん。あの時、海の水が目に入って、ちょっと痛かったもん」
「それはごめん! ほんとにゴメンね! まさか、フレイ君がハナちゃんを盾にするなんて思わなかったからさ」
「うん。私も焦ったもん。だからあのあと、二人でフレイ君に仕返ししたよね」
「あったあった」
「面白かったよね」
「うん。そういえば、この砂浜っていえば、母さんと父さんもこんな感じで話をしてたよね」
「あったね」
「あの後って、どうなったの? ハナちゃんはあの場にいたんでしょ?」
「そうだよ。ふふっ。イージスさんね、ソラリスさんに告白したってことを後から思い返して、毎日、夜になると一人で悶えてたんだよ」
「ホント!? 見てみたかったなぁ」
「それにね、ソラリスさんも、あのあと数日間は、夜になると嬉しそうにニヤニヤしてた」
「ふふふっ! それはちょっと想像できるかも」
「リッタも、私が解放者になった後、毎日夜、ニヤニヤしてたもんね」
「そ、それは当然でしょ!! 嬉しかったんだもん! そういうハナちゃんこそ、そばに居たら尻尾をバタバタさせてたじゃん」
「だって、尻尾は勝手に動いちゃうんだもん! 不可抗力だよっ!」
「ふふっ。勝手に動く尻尾、かわいいから私は好きだけどね」
「うぅ……ずるいよ。私だって、リッタのフワフワな髪の毛とか、大好きだもん」
「ほんと!? 私的には、ちょっと邪魔に感じることもあったんだけど。やっぱり、ハリエットちゃんみたいに、整えた方がいいかなとか思ってたんだけどねぇ」
「ダメだよっ!」
「なんでっ!?」
思わずツッコミを入れてしまった私。
そんな私の言葉に、すぐに返事をしようと口を開いたハナちゃんは、何を思ったのか口を閉じちゃった。
ううん。違うね。
唇を噛み締めて、何かを耐えてるんだ。
でもね、ハナちゃん。
そうやって耐えてても、少しずつ漏れ出してきちゃうものなんだよ?
ほら、ボタボタって涙が……。
「リッタァ」
「どうしたの? ハナちゃん」
「私ね、リッタの髪が伸びたら、髪の毛を整えてあげたいって思ってたんだよ?」
「そっか。それは絶対楽しいよね」
「うん。他にも、香水とか洋服とか、一緒に試したり作ったりしたかったんだよ?」
「うん。私もしたいな」
「それから、それからね……」
嗚咽とともに俯いちゃうハナちゃん。
そんな彼女の姿を見落としたりしないように、私は溢れてくる涙を風で吹き飛ばしました。
直後、ハナちゃんが顔を上げて告げるのです。
「ホントに……本当に、また、会えるんだよね?」
「うん。絶対に。私はハナちゃんのもとに戻ってくるよ」
「絶対だよ!!」
「うん。ハナちゃんが私のことを想ってくれるなら、絶対に戻れるから。だって、私はハナちゃんのこと、大好きだもん」
「うん。私も、リッタのこと大好き。だから、絶対に帰ってきて!」
「うん。ありがとう。そう言って貰えて、私も安心したよ。もしかしたら、明日の朝にはもう帰ってきてるかもしれないね」
「ほんと!?」
「うん。きっとそうなるんじゃないかなって、思ってるよ。あ、それから、ハナちゃんに託さないといけないことがあるんだ」
「託す?」
「うん。前に説明したみたいに、この術は私が発動するけど、これから先、管理していくのはハナちゃんになるからね。術の名前くらいは伝えておかなくちゃと思って」
「名前……決めたの?」
「いろいろと考えたんだけどね、これがいいかなって思ったんだ。魂宿りの術を応用した術、化身。どうかな?」
「リッタの、化身。うん、いいと思う」
「よかった」
これで、ハナちゃんに術を託すことができたよね。
ホントは私が『ひでんのしょ』6冊目を更新しようと思ってたけど、この際、ハナちゃんに任せちゃいましょう。
それから、ハナちゃんと長い間話をした私は、すっかり日も暮れちゃった冷たい海に、向かって歩き出しました。
何度も振り返って、ハナちゃんに別れを告げ続けちゃったけどね。
でも大丈夫。
きっと私は、すぐに彼女のもとに戻ることができるんだから。
私にとっての、終の棲家はどこ?
そんな疑問から生まれた術、化身。
その術を発動するために私は、今から水を介して全世界の人々に自分の魂を配るのです。
大渦を使って海水に混ぜ込めば、プルウェアさんが世界中に広げてくれるはずだよね。
それは当然、ハナちゃんの元にも届くはずで、彼女が私のことを受け入れてくれれば、発動します。
これが、私の選んだ答え。
世界中のどこにでも、私は宿ることができるのです。
どこにだって住める。誰とだって、生きていける。
だって私は、この世界を愛してるんだから。
受け入れてくれた人に、私の持ってる力のすべてを貸してあげましょう。
なんて言ったら、恩着せがましいって言われちゃうかな?
でも、いいんだ。
そもそも私は死神なんだから。
死にたくないなら、ちょっとくらい我儘を聞いてもらわなくちゃだよね。
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