第205話 生き抜くための術
レヴィアタンの大きな尻尾を掴んで踏ん張ってる氷の巨人。
その足元にたどり着いた私は、キルストンさん達をネリネのテラスに残して、飛び立ちました。
目指すは、プル姉とプル婆がいる巨人の頭部だね。
さすがにネリネでそこまで登るのは手間だし、氷の巨人がサラマンダーの熱で溶けちゃったら、マズいもん。
「プル姉!! プル婆!! 手伝いに来たよ!!」
「それはありがたいのデスがっ!! 話している余裕はあまりないのデス!!」
巨人の頭の上にしゃがみこんだプル姉は、必死な形相で巨人を操ってる。
今にも振り下ろされようとしてる尻尾を掴んで拘束し続けるのは、ほんとに大変みたいだね。
もし尻尾が1本でも増えたら、きっと抑えきれてなかったでしょう。
「せめて、私が空に上がれたら、よかったんデスがねぇ」
「プル婆、それはどういう意味!?」
穏やかな表情で空を見上げるプル婆。
いや、のんきにそんなこと言ってる場合じゃないからねっ!?
「どういう意味って、そのままの意味さぁ。私なら、あの嵐をなんとかできると思うんだけど」
「ホント!? それじゃあ、私が空に運んであげるよ!」
「本当かい? そいつは助かるねぇ。ちなみに、もひとつお願いしてもいいのかしら?」
「もう一つ? まぁ、とりあえず言ってみてよ」
「できるなら、大量の蒸気が欲しいんだけど、用意できるかしら?」
蒸気?
それはつまり、湯気ってことでいいのかな?
大量の湯気なんて、今からお風呂を沸かすわけにもいかないし……。
そうだ!
サラマンダーに頼んじゃえばいいじゃん!!
「分かったよ、プル婆。すぐに持ってくるから、準備しててよね!!」
そう言った私は、一転してネリネに戻りました。
もちろん、沢山の湯気を作るためだよ。
とはいえ、お風呂を沸かすくらいじゃ足りないよね?
私たちの目の前には海が広がってるんだし、そっちを使っちゃいましょう!
「サラマンダー!! さっき吸収してたやつ、全部ぶっ放していいよ!! 海に向かってね!!」
私がそう言うや否や、波打ち際に立ったサラマンダーが、海に向かって熱線を放ったのです。
ブクブクと泡立つ海面から、大量の蒸気が発生する。
泳いでた魚たちや、これから上陸しようとしてた魔物たちが茹で上がっちゃったかもだね。
ちょっとだけ申し訳ないなぁと思いつつ、私は発生した蒸気を風で集めて、プル婆のもとに運びます!
「プル婆!! これでいい?」
「上出来デス!!」
「ちょっと!! 熱い蒸気を近づけすぎないでくださいね!!」
「ごめんプル姉!!」
氷の巨人を蒸気で溶かしちゃまずいからね。
でも、プル婆を拾わないといけないんだけど。
どうしよう。
そう思った時、巨人の頭の上にいたプル婆が、突然宙に身を投げたんだよ!!
「プル婆っ!?」
「そのまま、私ごと蒸気を空に打ち上げるのデス!!」
「熱いよ!? 火傷しちゃうよっ!?」
「やるのデス!!」
そういわれたら、やるしかないよね?
まぁ、プル婆相手に心配しすぎだったっていうのが、結論なんだけどさ。
ジュッって音を立てて蒸気に取り囲まれたプル婆は、姿を消しました。
一瞬焦った私だけど、次の瞬間には安心したのです。
だって、風で操ってたはずの蒸気が、おぼろげながらもプル婆の姿を模し始めたんだからね。
「さぁ!! 久しぶりに暴れてあげましょう!!」
「プル婆!! ほどほどに自重をお願いしますよ!!」
「こんなに熱くなるのは久し振りだからねぇ!! 約束はできないかもしれないよ」
なんか、プル婆の性格が変わってる気がするんだけど。
プル姉の“お願い”も、聞く気なさそうだし。
ホントに大丈夫なのかな?
そんな私の心配を他所に、風に乗って空に舞い上がっていったプル婆。
直後、空に轟いていた雷が一斉に鳴りを潜めたのです。
不穏な静寂。
すると、まるで雷鳴のようなプル婆の声が、響き渡りました。
「今だよ!! レヴィアタンの尻尾を海に漬けてやりな!!」
そんな声とともに、プル姉の操っていた氷の巨人が瓦解して、レヴィアタンの尻尾が海面に打ち付けられたのです。
轟く地響き。
でも今回は、それに加えて雷鳴までもが空を震撼させました。
尻尾が海面に接触した瞬間に、プル婆がレヴィアタンの頭に雷を落としたみたいです。
これにはさすがのレヴィアタンも耐えられなかったのかな?
3つの口から煙を吐きながら、落下を始めたよ。
……落下を始めた!?
マズいじゃん!!
真下には、オーデュ・スルスがあるのに!!
すぐに風で海の方に押し出そう!!
私がそう思った時、すでにハナちゃんも動き始めてたみたいだね。
大きな翼を纏ってる彼女が、レヴィアタンの体を海の方に押し出そうとしてる。
そんな彼女を手伝うように、プル子ちゃんも街の上から大量の水をぶつけて加勢してくれてるみたいだよ。
「私も!! 手伝うからね!!」
すぐにハナちゃんのもとに向かって、作れる限りの突風を放ちます。
そうしてようやく、レヴィアタンを海の方に落とすことに成功した私たちは、互いに視線を交わして安堵したのです。
ちなみに、レヴィアタンが海に落ちたことで、あり得ないくらいの高波が発生したんだけど、サラマンダーが熱線で消し飛ばしてくれたよ。
気が利くよね。
「すこしは頭を冷やせたかしら?」
空からゆっくりと降りてくるプル婆。
彼女の視線の先では、レヴィアタンが海面とともに氷漬けにされてく様子が映ってるみたいです。
それにしても容赦ないよね。
まぁ、いろいろと溜まってたんだろうけど。
何はともあれ、これで一件落着かな?
あとは、話ができればいいよね。
この場合、レヴィアタンとライラックさん、どっちとお話しすることになるんだろ?
まぁ、その辺も含めて、ゆっくりとお茶でも飲みながら考えましょう。
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今しがた私たちが目にしたものを、何も知らない人が聞いたとしたら、どう思うことでしょう。
きっと、ホラ吹きの与太話だと思われるに違いありませんわ。
私がその立場でも、そう思うに違いないのですから。
まさに、神と神の戦い。
普通の人間である私たちに、分け入る余地などなかったのです。
いまこうして、ぎゅっと握りしめられているキルストンの拳と同じくらい。
隙間なんて、無いのです。
とても悔しそうな表情の彼。
やっぱり、ステキですわね。
でも、それを言えばきっと怒らせてしまうから、そっとしておきましょう。
そう思い、せめて腕に抱き着こうとにじり寄ったところで、彼がおもむろに口を開いたのです。
「結局俺は、今回も、何も出来ねぇってことかよ」
ボソッと呟いた彼は、まさかその言葉を私が聞いているとは思っていないのでしょう。
ふふふ。
珍しく弱音を吐いてる彼は、とても愛らしいですわね。
いつもなら、聞いていないことにしてあげるところですが。
今回は、そうもいかないかもしれません。
だって、彼が弱音を吐いている時こそ、支えてあげられるのがいい女というものでしょう?
「私たち、の間違いじゃないですか?」
「……聞いてんじゃねぇよ」
「聞かせてくださいまし」
そう言って腕に抱き着くと、彼は大きなため息をつきました。
それっきり、何も言ってはくれません。
ですが、別にいいのです。
聞かなくても、私には分かるのですからね。
「私たち、また生かされたのですね」
「っ!?」
「ふふふ。なぜ驚いているのですか? 分からないとでも?」
「……おちょくってんのか?」
「そのようなつもりはありませんわよ? ただ、私も同じことを考えている。それだけのことです」
強がることも、粋がることも、悪ぶることも。
着飾ることも、取り繕うことも、清楚ぶることも。
私たちに必要な、生き抜くための術。
そんなことをしなければ生きていけないような、矮小で愚かな人間。
それが私たちなのだから。
それが、私たちの生き方なのだから。
だからこそ、こうして今生きることができていることを、生かされたのだと理解することに、疑問の余地はないと思うのです。
「ありがたいことですわね」
「……だとしても、それがいつまでも続くなんざ考えるんじゃねぇぞ」
ありがたい。
それはすなわち、有り難い。
そう何度も恵まれることなど、ありはしないのです。
だけど、最近私は、それでいいと思うようになりました。
「そうね。でも、そろそろ私たちは、そのありがたいことをしっかりと受け取らなくちゃダメな気がするの」
「? おい、どうした」
「キルストン。私達は確かに愚かな人間だわ。そんな愚かな人間を導くことのできない神様に従う気になれる?」
「ならねぇな」
愚かだから裁く。
そう言ってる時点で、導けないと自白しているようなもの。
「だったら、どれだけ嫌いでも怖くても、一生ずっと離れたり避けたりすることができないものについていく方が、いい気がしない?」
「は?」
「私はそっちの方がいいと思うの。少なくとも、そばで一緒に悩んでくれそうだから」
そんな私の言葉を聞いたキルストンは、一瞬呆けた後、ニヤけて見せました。
「図々しいこと言うじゃねぇか」
「嫌いかしら?」
「いいや、嫌いじゃねぇ」
そう言ったあと、彼は再び呟きます。
「付き合い方次第ってことだろ? 図太くて良いじゃねぇか」
生き方を変えることなんて、そう簡単にはできないものです。
まぁ、変えるつもりは端から無いんですけどね。
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