第204話 一人一人が自分自身で
「きゃあ!!」
ハリエットちゃんの甲高い悲鳴が霞んでしまうほどの轟音が、辺りに響き渡ります。
それにしても、凄い雷だね。
直撃を受けた建物が、木っ端みじんになっちゃったよ。
そうこうしているうちにも、次から次に降り注いでくる雷。
ついにはプル姉が凍らせた大波さえも、砕いてしまったのです。
砕け散った氷の破片が街に降り注いでる。
誰も下敷きになったりしてないよね?
うん。
あの辺りには誰の魂も見えないから、大丈夫かな。
とはいえ、まだ雷が止まったわけじゃないから、安心はできない状態だ。
「あの雲をなんとかしないと」
具体的にどうすればいいのか、よくわかりません。
でも、ついさっきプル子ちゃんからヒントはもらえたんだよね。
「よし、サラマンダー! このままレヴィアタンの尻尾の辺りまで向かうよ!!」
「おい、そんなところに行って何をするつもりだ?」
「プルウェアさんたちと合流するんだよ。雷を止めるためには、それが一番だって教えてもらったからね」
そうして氷の巨人のもとに出発した私たちは、その道中、大勢の人が集まってる場所を見つけたんだよ。
ハナちゃん型のゴーレムが近づこうとしても、拒否してるみたいです。
あれじゃ、ゴーレムたちは何もできないね。
放っておいて大丈夫なのかな。
と、思ったその時。
群衆の中からひときわ大きな声が聞こえてきたんだ。
「見よ!! これこそが世界の終焉!! 神々が我ら人間の愚かさを見かねて裁きが下したのだ!! すべてはあの死神に屈してしまったことこそが原因!! 助かるためには、戦うのです!! 受け入れてはいけません!! 死に打ち勝つのです!!」
大手を振って演説をしてるのは……大司教さんだ。
大聖堂でおとなしくしててもらってたはずだけど。
あ、そうだ。
大聖堂はレヴィアタンに壊されちゃったんだったね。
死に打ち勝つ、かぁ。
ホントにそんなことできると思ってるのかな?
色々と言いたいことはあるけど、今は急いでるし……。
そう思って、あえて無視を決め込もうとした私だけど。
無視できないって顔のハリエットちゃんと、目が合っちゃったんだよね。
「リグレッタ。私をあそこに降ろしてもらえない?」
「え?」
「急いでるのはわかってるわ。でも、この先についていっても私にできることは少ないから。それなら、私にできることをした方がいいと思ったのよ」
ハリエットちゃんにできること。
それが何のことなのか、よくわかりません。
でも、それはきっとあそこに集まってる人たちに関わることなんだよね?
「気持ちは分かったけど、ハリエットちゃんだけを置いていくなんて、危なくてできないよ」
「そういうことでしたら、私が彼女に付き添いましょう」
そう言って姿を現したのは、ベルザークさんです。
テラスの手すりを乗り越えて、やってきた彼。
やたらとボロボロになってるけど、今までどこにいたんだろ?
「ベルザーク様!! 無事だったのですね!」
「えぇ。大聖堂の崩壊に呑み込まれてしまって、脱出に少し手こずりましたが。リグレッタ様の万能薬のおかげで無事ですよ。それより、ハリエット様。先ほどの話、ぜひ私にエスコートさせてほしいのですが」
「エ、エスコートだなんて」
「リグレッタ様。彼女のことは私にお任せください。必ず、お守りして見せますので」
そういうベルザークさんの顔が真剣だ。
彼にも、何か思う所があるのかな。
神妙な面持ちで私に視線を投げてくる二人。
そんな二人の顔が、空に轟いた雷の光に照らされる。
「分かった。それじゃあベルザークさん。ハリエットちゃんのことお願いするよ?」
「もちろんです。それではハリエット様。向かうとしましょう」
「へ? きゃあ!! ベルザーク様!?」
そう言ったベルザークさんが、ハリエットちゃんを抱きかかえちゃったよ。
軽々と抱えられたハリエットちゃんが赤面したのは、言うまでもないよね。
そうして、テラスから飛び降りていった彼らを見送って、私は先に進んだのでした。
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テラスから地面に飛び降りて、走り去っていくネリネを見送った後。
少しだけ頬を膨らませたハリエット様が、私を見上げながら告げたのです。
「少し強引ではありませんこと?」
「失礼しました。とはいえ、走り続けているネリネから降りるには、ああするしかないと思いましたので」
「それは、まぁ、そうかもしれませんわね」
そう言ったところで気持ちを入れ替えたのか、ハリエット様は集まっている群衆に視線を向けます。
「さぁ。向かいましょう」
「そうですね。瓦礫が転がっていますので、足元にはお気を付けください」
「転んでしまうわけには、いきませんものね」
そう言って歩くハリエット様の姿は、お世辞にも美しいものとは言えませんね。
それもそのはずでしょう。
綺麗なドレスなど着ておらず、庶民が身に着けるような古着を纏っているのですから。
おまけに、連日行っていたケガ人の治療や街の復興作業にも積極的に関わっていましたからね。
少し、痩せてしまったようにも見えます。
風呂には入れているから清潔感はありますが、それでも、ブッシュ王国の城にいた頃とは見間違えてしまうほどです。
誰も、彼女が王族だなんて、思いもしないことでしょう。
「死神に抗うのだ!! 死に打ち勝つことこそが、我らが助かる術なのです!!」
大司教の声が響きわたり、同時に、空に雷鳴がとどろく。
そんな騒がしい空気の中、ハリエット様は迷うことなく歩みを進めます。
まず初めに彼女に気が付いたのは、群衆に近づこうとしてたハナちゃん型のゴーレムたち。
彼女たちは何を思ったのか、ハリエット様を視界に収めた途端、ハリエット様の周囲に集まり始めました。
「ふふふ」
慕ってくるハナちゃん型ゴーレムたちを撫でつけながら笑ったハリエット様は、まだ歩みを止めません。
ぞろぞろと付き従い始めたハナちゃん達。
その様子に群衆が気づかないわけがなく、大司教の演説に沸いていた人々が静かになってゆきます。
そこでようやく、ハリエット様が口を開きました。
「皆様! 少しだけ耳をお貸しください!!」
その華奢な体から発せられたとは思えないほどに、彼女の声は響きますね。
そのまま彼女は続けます。
「大聖堂跡地で、多くのけが人が治療を受けています! ですが、まだまだ人手が足りていません。ですので、動ける方がいるのなら、今すぐ大聖堂前に向かってください!!」
「何を言い出すかと思えば、所詮は死神の信奉者。我らは今、そのようなことをしている場合ではないのだ!!」
そういいながら群衆をかき分けてきたのは、大司教ですね。
ハリエット様を睨むように姿を見せた彼は、私の姿を見つけた途端、慌てたように表情を曇らせました。
大方、女一人だけと侮っていたのでしょう。
そんな大司教の様子を見たハリエット様が、再び口を開きます。
「そのようなことをしている場合ではないとのことですが、それは別にするべきことがあるということでしょうか?」
「そ、そうだ!」
「では皆さまは、今ここで何をしているのでしょう?」
「プルウェア様への祈りをささげ、悪しき神の追放を祈願しているのだ!!」
「悪しき神。ですか? あなたの言っている悪しき神……リグレッタは、今も魔神レヴィアタンの企みを食い止めようと奮闘しています」
「だから何だというのだ? 悪しき神が共倒れしてくれるのであれば、よいことではないか!」
「なるほど、それで死に打ち勝つことができると? そういうことですね?」
「そうだ! その通りだ!」
大司教のそんな反応を聞いたハリエット様は、不意に視線を群衆に向けました。
そして、こう告げたのです。
「大司教は、こう言っていますが、皆さまはどう考えているのですか?」
「何を言っている? ここにいる全員が―――」
「死は全員に平等なのですよ!? 一人一人、誰一人として、逃れることができないものなのです! そんなものに打ち勝とうとするということは、たった一人で誰の協力も得ずに、戦うしかなくなってしまいます!! 皆様は、本当にそれを望んでいるのですか!?」
「っ!? そのようなことがあるわけがないであろう!!」
「いいえ、これは紛れもない事実ですわ!! 全ての人に平等な死。それはつまり、一人一人が自分自身で向き合うしかないことなのです!! それを、打ち勝とうとするのか、共に歩もうとするのかは、それぞれの選択になるはずです! 違いますか!!」
ハリエット様の叫びが、周囲に静寂をもたらす。
そんな静寂を破ったのもまた、ハリエット様自身でした。
「もう一度、告げます。大聖堂前に向かってください。そこで治療のお手伝いをお願いします。祈るだけでなく、誰かを生かすのです。それが唯一、力を合わせて生きることだと、私は思いますから」
ハリエット様の演説は、思ったよりも群衆の心に響いたようでした。
それにしても、見違えるほどに美しくなられたと思いますね。
大聖堂跡地への道すがら、それとなく彼女に感想を述べたところ、ハリエット様は小さくはにかみながら告げたのです。
「リグレッタやハナちゃんや、一緒に旅してきた皆のおかげです。なによりも、ベルザーク様。あなた様から教わったのですよ?」
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