第201話 三人の神様
ところ変わって、聖都オーデュ・スルスの大聖堂。
その地下にある叡智の間で、邪龍ベルガスクと対峙していたハナは、強烈な悪寒に襲われたのです。
「おいたん!! 逃げてっ!!」
目の前で膨れ上がっていく悪い予感の元凶は、言うまでもなくベルガスク。
ううん。
これはもう、ベルガスクじゃないよ。
床を隆起させることで、おいたんが叡智の間から逃げ出せる道を作ります。
天井の階段跡に飛び込んでいくおいたん。
すぐに後を追った私は、背後から響いてきた怒号に、思わず耳をふさいじゃった。
大聖堂が、その怒号の響きで小刻みに揺れてる。
逃げなくちゃ!
でも、大聖堂の中には人が沢山いるんだよっ!
怪我して動けない人も多いから、私がなんとかしなくちゃだよねっ!!
リッタから、任されたんだから。
「逃げてぇぇぇぇ!! 今すぐ、大聖堂の外に出てぇぇ!」
叫び声を風に乗せて、大聖堂の中に浸透させる。
それと同時に、私は壁や床の岩を即席のゴーレムに作り替えます。
この子たちなら、動けない人たちを担いで逃げることができるからね。
私の姿に似せてるから、動きも速いはずだし。
あとは、私にできることをするだけ。
この大聖堂は広いからね。
できるだけ逃げ出しやすい道を作ってあげるべきだよ。
礼拝堂から地上に出た私は、そのまま近くの壁に両手を着く。
地鳴りとともに激しくなっていく揺れのせいで、大聖堂にいた人たちは慌てて逃げだしてくれてるね。
そんな彼らが転んだりしないように、それから、壁とか天井が壊れたりしないように。
逃げ道を確保しなくちゃ!
「大丈夫! 私ならできるもん!」
逃げ遅れてる人がいないか、周囲の魂を確認してみる。
うん、あともう少しだね。
いま、2階からの階段を駆け下りてる人が正門に着いたら―――
確認の途中。
私は、足元から響いてきていた揺れが一瞬、収まったのを感じた。
「っ!?」
直後、揺れの代わりに強烈な気配が足元に迫りくる。
思わずその場から飛びのいた瞬間、床ごと空気を突き上げるような衝撃が、視界を奪い去ったのです。
「ぅぎぃ……」
お腹と背中が痛い。
でも、そんな痛みは一瞬で消え去りました。
懐に万能薬を持っててよかったね。
でも、痛みが消えたのはそれだけが理由じゃありません。
私は、ううん違うね。
大聖堂が、建物ごと空高くに打ち上げられちゃったんだ。
その証拠に、礼拝堂にあった模様の床の奥に、青い空と白い雲が見えるんだよ。
「どこまで飛ばされたのっ!?」
瓦礫と成り果てた大聖堂に囲まれたまま、私は浮遊感と一緒に落下を続けます。
せめて、どっちが地面なのか確認した方がいいよね。
シルフィードを纏ったままでよかったよ。
水平感覚を取り戻した私は、落下してくる瓦礫をよけつつ状況を整理します。
そこでようやく、私は大聖堂を空高くに打ち上げた張本人の存在を認識したのです。
オーデュスルスを1周グルッと囲えそうなほどに長い体を持った、3つ首の龍。
合計6つの目がこちらを見上げてきてるその様子は、かなり怖いんだよ。
「もしかして、邪龍ベルガスクがもっと強くなっちゃったの!?」
首が3つもあるんだもんね。
翼はなくなっちゃったけど、体は前より大きいし。
顔も前より怖くなった気がするっ。
そんなことを考えてたら、嫌な光景を思い出しちゃうよ。
父さんと母さんに逃げなさいと言われて、森の中から村の方を振り返った時のこと。
燃え盛る村の中に聳え立ってた、邪龍ベルガスクの影。
いまだに、あの時のことを思い出したら胸が締め付けられるんだ。
怖い。
怖いけど、私はもう、沢山のことをリッタに教わってきたよね。
だから、この恐怖に立ち向かう方法を知ってるんだよ!
落ち着きを取り戻すために、大きく息を吸い込んで。
ありったけの声を、吐き出します。
「ちょっと!! いきなりこんなことするなんてひどいよ!!」
きっと、リッタならそう言うから。
彼女はいつだって、恐怖に目を向けないんだよ。
「綺麗な建物だったのに、壊しちゃったらダメでしょ! それに、打ち上げられた瓦礫が落ちたら、街にいる人たちが危ないじゃん!」
「なるほど、同じ解放者同士で似通った部分があるのだな」
「似てるっ!? えへへぇ、そうかなぁ」
「……」
「そ、そんなことより、あなたは誰!? どうしてこんなことするの!!」
「我が名はレヴィアタン。愚かな人間を裁く神である」
レヴィアタン?
知らない名前だね。
ベルガスクが叡智の水盆に入ってた魂を呑んだ時、なにか変だって思ったけど。
まさか、名前すら変わってるとは思わなかったよ。
ところで、愚かな人間って私たちのことだよね?
「私たち、何かした? 悪いところがあるなら治せるように頑張るよ!」
「人間は愚かだ。積み重ねた罪を清算するために魂を清めねばならない。さもなくば、愚かな人々の穢れた魂によって―――」
だめだぁ。
何言ってるかよくわかんないよ。
「えっと、もっと簡単に教えてよ!」
「……やはり似ている。そのような甘い考えの者に教えることなど何もない。おとなしく、そこですべてが葬り去られるのを見て居るがよい」
なんか、諦められちゃったよ!?
私のことは無視して、そのままオーデュ・スルスに視線を落としちゃった。
もう少し追求したいけど、まずは落ちてる瓦礫をなんとかしたほうがいいよね。
そう思って、瓦礫を海の方に吹き飛ばそうとしたんだけど、邪魔が入ったんだよ。
「ちょっと!! なにするの!!」
「おとなしく見ていろと言ったはずだ」
「うわぁっ!! 危ない!!」
真下から飛んでくる水弾を、私は間一髪のところで避けます。
水って言っても、空気を切り裂くような音を立てて飛んでくるのは、絶対に危ないよね。
その音のおかげで気づけたけど、当たってたら痛かったはずだよ。
まぁ、安心してる場合じゃないんだけど。
次から次に飛んでくる水弾は、私を狙い続けてきます。
どうにかして、やめさせなくちゃ。
そう思ってた私は、あたりがジワジワと暗くなり始めたことで、ようやく状況が悪化してることに気づいたのです。
「雲? もしかして、嵐を作ってるの!?」
頭上に生まれ始めている真っ黒な雲が、ゴロゴロと音を立て始めてるよ。
私を狙ってたように見えた無数の水弾は、嵐を作るためでもあったみたい。
おまけに、レヴィアタンの3つ首のうちの1本が、ものすごく熱そうな炎を吹き出し始めちゃった!!
でも、吐き出された炎はネリネを背負ってるサラマンダーが吸収しに行ってくれたみたい。
あっ!
今度は長い尻尾を地面に叩きつけようとしてる!
「もうっ!! どれか1つずつにしてよ!!」
そんな文句を言っても、聞いてくれるはずないのはわかってる。
レヴィアタンだけじゃなくて、蜃の群れとか魔物の群れも迫ってるんだから。
ここで私が選択を間違っちゃダメなんだ。
「まずは嵐を止めよう。前みたいに、全員眠らされるのが一番ダメだよね」
シルフィードを纏ってる私が真っ先にやるべきこと。
そう思って、頭上のどす黒い雲に向かって飛ぼうとした私は、視界の端で振り上げられたレヴィアタンの尾が、勢いよく地面に振り下ろされたのを見たのです。
直後、オーデュ・スルスを呑み込むほどの巨大な大波と地震が、空を揺さぶりました。
「ダメッ!!」
せめて大波だけでも止めなくちゃ!!
そう思い、進行方向を切り替えた私は見たのです。
地震で崩れ始めてたオーデュ・スルスの建物が、突如現れた無数の植物に支えられ始めたのを。
そして、街に迫っていた大波が、瞬く間に凍り付いてしまったのを。
もしかして。
そう思ってすぐに探した私は、彼女の魂を大聖堂があった付近に見つけたのです。
「リッタ!!」
思わず叫んじゃった私。
でも、そんな声はきっと届いてないんだよ。
だって、ほぼ同時に凍り付いた大波がひび割れて、中から大きな氷の巨人が現れたんだもん!
そしてその巨人はこう言ったんだよ。
「神の名を騙る不届き者よ。水の主神プルウェアの名において、裁きを下さん!!」
神様が二人出てきちゃった。
あ、違うね。
リッタも神様だから、三人かな?
なんて、リッタに言ったら怒っちゃうかも?
でも私的にはリッタが一番好きな神様かなぁ。
だって、ずっと一緒にいてくれるもんね。
きっと、一緒に悩んで、一緒に挑戦してくれるから。
裁くとか、言わないと思うのです。
面白いと思ったらいいねとブックマークをお願いします。
更新の励みになります!!