第27話 結婚して以来、初めての登校
憂鬱な気分が拭えないまま、部屋の扉をゆっくりと閉める。
セルリアン王宮に連れてこられてから、初めて学校へ行けると、朝から胸を躍らせていた。学校へ向かう前に受けた礼儀作法の講義も、昨日までとは違い、別段楽しく講義を受けることができていたのである。けれど、朝食の席ですべてが変わってしまった。
それなのに……と心の中でぼやく。
ため息が一つ漏れた。
「またケンカ……」
結婚して夫となったアレスの姿が頭の中に思い描く。
(ムカつくほど、顔がいいけど、性格が信じられないほど、捻くれている)
どんな理由であれ、結婚したのだからケンカはしたくなかった。
できれば仲良くなりたいと願っていた。
何十年もこれから過ごすのだから。
どんどんと自分の理想と、かけ離れていく現実に、自分たちはどこへ行ってしまうだろうと言う不安だけが残ってしまう。
顔を合わせて、ケンカをしなかった回数を数える方が早いぐらいに、顔を合わせるたびにケンカをくり返していたのである。
先程の朝食の席の出来事を思い返す。
「嬉しかったのにな」
虚しく響くだけだ。
初めて朝食の席で、会話が成り立ち、心の底から喜んでいたのである。
それがいつものケンカになってしまい、落ち込んでいたのだ。
「大体、何なのよ……」
理解できないアレスに嘆息を吐く。
「結婚したのに、これじゃ……」
食事中に立ち去った姿が気になった。
「言ってくれなきゃ、わからないことだってあるのに! それを聞いただけなのに、どうして怒るのよ……、でも、悲しそうでもあったな。なぜなんだろう……」
行き場を失っていた視線が、きちんと用意され、掛けられている制服に止まる。
久しぶりに見る制服だ。
二日前から掛けてある。
嬉しいはずの制服なのに、嬉しい気持ちはどこか消え去り、ただ悲しくやりきれない気持ちだけがとめどなく湧いていた。
(いつになったら、笑ってくれるのだろう……)
「……着替えよう」
訳のわからないアレスのことを、いったん考えるのをやめた。
「久しぶりの学校なのに、楽しくいかなくちゃ」
制服に袖を通す。
無理に奮起した。
そうしないと、もっと落ち込みそうな気がしたからだ。
シュトラー王からの贈り物のピンク色のカバンを背中に背負う。昨日の夜から十二色もある色の中から決め、テキストやノートなどを詰め込んでおいたのである。
部屋を出ると、同じように制服に着替えたアレスの姿が飛び込んでくる。
「……」
二人の間に沈黙が流れた。
制服に着替えている時に、学生なんだなと気分を味わっていたが、アレスの姿を見た途端に現実に引き戻された。
自分は目の前にいる人と、結婚したんだと思い知らされたのだ。
部屋のドアを閉めるのも忘れ、その場に立ち尽くしている。
アレスはリーシャに声をかけようとはしなかった。
そのまま廊下を歩いて、停車している車の元へ歩みを進める。
(無視しないでよね)
ある程度アレスとの距離を置き、後をついていった。
アレスに声をかけることもしなかった。
護衛付きの黒い車で登校。
その車内、二人の会話がない。
何度か隣に座っているアレスの様子を窺っただけだ。
なぜか、気になるリーシャは口を開きかけたが、結局何も話すこともなく閉じてしまった。
ただ、アレスは窓の外を眺めているだけだ。
二人が通うクラージュアカデミーに近づく。
学校の建物が見えてくると、アレスとのわだかまりはどこかへ消えていた。
「がっこうだぁ」
楽しげに弾む声に、アレスは目を細める。
前へ乗り出してフロントガラスから、目をキラキラと輝かせて嬉しそうに学校の校舎を眺めていたのである。
(ただの学校なのに、なぜ? そんなにはしゃぐ?)
しばらく、はしゃぐ姿を眺めていたら、面白い女だと僅かに口角が上がる。
三台連なって走っていた車が、学校の校門を抜けた先で止まった。
車から降りると、校長たちの姿があった。
その周囲を囲むように、登校する二人を、ひと目見ようと集まった生徒の群れに驚愕する。何事なのよと目を丸くしているリーシャに対し、アレスは慣れていて飄々と対応している。
見知った顔を見つけると、リーシャが手を振ってみせた。
冷たい視線と、咳払いを一つした。
近づこうとしたが、その場に立ち止まる。
ゆっくりと、蔑む顔を見てから、アレスの隣にスルスルと戻っていった。
それを見計らって、校長たちが挨拶を始めた。
しゅんとしているリーシャは、その後をついていく。
校長は結婚祝いを述べている長い間、気が散漫となって、あちらこちらに視線を巡らせていた。遅刻魔だったので、アレスが毎朝こうして騒がれていることを知らなかったのである。
担任の姿を見つけ、思わずニタと笑った。
入学式以来、着ていなかったスーツ姿だったからだ。
普段は絵の具がついたTシャツに、黒のパンツと言う格好だった。
リーシャたちの担任の男性教師は、伏せていた視線を少し上げ、同じようにニタと笑い返した。その表情に照れ臭さが滲んでいる。
気づかれないように、担任との距離をつめる。
「結婚、おめでとう」
担任はできるだけリーシャだけ聞こえる程度の小声で話しかけた。
周囲にいる先生は聞こえないふりを決め込む。
「ありがとう」
「俺より、先に行くなよ」
「先生が遅いのよ」
「お前が早いんだろうが」
「そうだけど。でも、三十半ばなんだから、先生だって、どうかって思うわよ」
「……そうだな。そう考えると、お互い様だな」
「そうだよ」
校長たちに気づかれないように、何度も校長たちの方へ視線を傾けて、何気ない普通の会話を続けていく。
「どうしたの? その格好」
担任は改めて、自らの姿を見る。
「格好いいだろう。惚れ直したか」
「惚れる訳ないでしょ、先生。誰かと、思っただけよ。いつもの方が先生らしい」
クスッと笑う。
「俺もそう思う。早く戻りたい。これきついし」
ネクタイを少し緩めた。
校長たちに気づかれないように、担任はさらに話を進める。
「そうだ。二時間潰して、パーティーだ」
「パーティー?」
「ようはバカ騒ぎだ。結婚祝いのな」
「……楽しみ」
ちょうど校長の話が終わり、そっと担任から離れていった。
アレスとリーシャはボディーガードの人たちと離れて、靴箱のとこへ向かう。
それぞれのクラスがある校舎へと分かれていったのだ。
騒ぎの中を潜り抜けて、数分とはかからない距離を長い時間をかけてクラスの中へ入っていく。動くたびに声が掛かり、歩くだけでひと苦労だった。
「おはよう」
第一声をかけた。
すると、クラッカーがあちらこちらから鳴った。
リボンまみれで、無造作に頭からかぶっているリボンを取り払う。
「驚かないわね」
「驚けよ」
リアクションが薄いので、不満の声が飛び交っている。
「だって、パーティーがあるって、先生が言っていたもん」
「ばらすか、普通」
「先生に言ったのが、いけなかったのよ」
「抜けているもん、あの担任」
「誰だよ、しゃべったのは」
「許可が必要だったんだ。あれでも一応担任だからな」
変わらない雰囲気に、顔が綻びまくりだった。
中学から一緒のナタリー、イル、ルカが近づく。
三人の後ろから、ラルムが近づいてきたのである。
さらにリーシャの顔が綻んだ。
「凄いウェディングドレスだったわね。テレビで言っていたけど、数億だって?」
テレビで見知った情報をイルは口にした。
「そうなの?」
「どうして? 着た本人が知らないのよ」
「テレビで、どんなこと言っていた」
ルカがテレビで放送されていた情報をいくつか連ねた。
当人の結婚式なのに、リーシャが知らないことばかりだ。
「だって、陛下が用意してくださったものなんだもん。ラルム、知っている?」
振られたラルムは動じることもなく答える。
「詳しく金額まで知らないけど、たぶんそれぐらいじゃないのかな」
「そうなんだ……」
さらに目を丸くして驚く。
ナタリーたちは、逆に呆れてしまう。
「抜けているわね、相変わらず、少しはしっかりしたのかと思ったけど?」
しっかり者のナタリーの言葉に、口を尖らせる。
「酷い、ナタリー」
「抜けている方が悪い」
「普通、いくらか考えるでしょ」
イルとルカがヤジを入れた。
「ま、結婚して、すぐしっかりする訳ないか」
ナタリーは艶のある亜麻色のリーシャの髪を撫でた。
元気そうな様子に、三人はそれぞれに安堵していたのだ。
慣れない生活で、戸惑っているだろうと心配してしたのである。
「艶はいいみたい」
リーシャの頬を、イルが両手で思いっきり掴んだ。
「いしゃい」
(痛い)
頬を引っ張られて、上手くしゃべれない。
「何言っているのか、わかんなーい」
惚けて、さらに横に掴んだ頬を引っ張った。
その脇ではルカが私もやらせてと同調していった。
「しょうがない。片方ね」
片方の頬をルカに明け渡した。
リーシャの頬はイルとルカに掴まれ、引っ張られていた。
「どんなコスメ使ったら、こんな艶やかな頬になるのかしら」
「私も知りたぁーい。教えて、リーシャ」
ルカの興味津々の顔を、弄ばれているリーシャの顔に近づけていった。
「リーシャ、化粧しているでしょ?」
朝の出来事で、落とすのを忘れていたことに気づく。
「しゅこし」
(少し)
グリグリと掴まれている頬を回される。
弄ばれても、楽しそうな姿にクスクスとラルムが笑っていた。
クラスメートが祝ってくれたお祝いのパーティーは、瞬く間に終わってしまった。
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