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輪廻転生  作者: 香月薫
第2章
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第25話  王妃エレナ主催のお茶会

 穏やかな陽射しが差し込む午前中、王妃エレナ主催のお茶会が開かれている。そのお茶会に王太子妃リーシャ、アレスの母親セリシア、王妃エレナの親しい貴族の夫人やその息女が招かれていた。

 一見、和やかな雰囲気を漂わせているが、夫人、息女たちの一部の目が新参者のリーシャを影でほくそ笑んでいたのである。


 お茶会の規模は小さかった。

 上級社会に慣れてないリーシャの瞳に、とても宮殿のサロンに集まっている夫人や息女の人数を数えても、規模の小さいものとは映っていない。


(これが小規模なお茶会なの! 極々身近なお茶会だと聞いていたのに……。嘘でしょ。こんなにいるとは聞いてない)


 嘆息を吐きたい気持ちを押し殺した。

 連日のパーティーよりも少ないが、貴族たちの好奇の目は王族の身分としては、未熟なリーシャに注がれていたのである。

 醜態をみせられないと、頑張ろうと思えば思うほど、空回りしてしまうのだ。


 刺すような視線に、居た堪れなさを感じつつも、懸命に刺すような視線を無視することが最良の選択だと決め込んでいた。

 頬の筋肉が痛いのを我慢し、できるだけ笑顔を保つように心掛ける。


 ぎこちない笑顔だとバレバレである。

 それでも一生懸命に、笑顔をキープした。

 誰一人として、それを言う者はいない。


「まぁ、綺麗なドレスで。さすがシャルルですわね」

 可愛らしく着飾っているリーシャの周囲に、数人の貴族の息女たちがいた。

 その中の一人が、ラベンダー色のドレスを褒め称える。

 次々に身につけている装飾品を褒めていった。


「一流のものは、どなたが身につけられても、良いものは良いものですわね」

 高級ブランドのおかげで、綺麗に見えるだけよと息女たちが暗に言っているのだ。

「……そうですね」

 愛想笑いで、その場を取り繕った。

 対処する術を知らないので、愛想笑いで逃げ切るしかないと心に言い聞かせる。


(悪かったわね。私が一流じゃなくって!)


「そのブレスレット、どこのものですの?」

 いやらしい笑みをリーシャに見せつけてきた。

 自分の着ているドレスのラベンダー色に合わせ、アメジストとピンクサファイアがあしらっているブレスレットに視線を注ぐ。


 美しい輝きを放っている。

 シュトラー王から、プレゼントされたものだ。

 それ以外のドレスや靴などは王妃エレナのお茶会と言うこともあり、すべて王妃エレナからプレゼントされたものから選んだものだった。


 思考しているリーシャをほっとき、息女たちがいくつかのブランド名を出した。

 きょとんとした顔で、少し首を傾げる。

 聞いたことがあるブランド名もあったが、中には聞いたこともないブランド名を出す人たちもいた。つい最近まで庶民に過ぎなかったので、セレブな人間が買うブランドは程遠かったのである。


「陛下からプレゼントなので、私には……」

 陛下と言う言葉に、息女たちがざわめく。そして、刺すような視線を送ってきた。

 話題を変えようと、別な息女がリーシャに尋ねる。

「王太子妃殿下は、どちらのものがお好きですの?」

 きょとんと目を丸くする。

 返答するのは質問を把握するよりも、遥かに難しかったのである。

「……」


 今時の女の子であるから、ファッションや可愛いアクセサリーには興味があった。けれど、ケタが違い過ぎたのだ。数日前まで庶民だったリーシャに、高級ブランドは高嶺の花で、まったく未知の領域だった。

「これと言って、ないです。……どこも、いいものばかりですから」

 無難に言葉を選びながら答えていった。


 笑顔のリーシャの背後は、ずっと冷や汗が流れている。

 パーティーでの会話は、今のリーシャにとって、綱渡り的な状況だった。

 庶民の生活とセレブの生活が、あまりにも違い過ぎた。

「そうですか。私は、アウラーが好きですけど?」


(聞いたことない!)


「そうですか」

 ぎこちない愛想笑いを浮かべる。

 パーティーの時間は、いつも長く感じていた。

 お茶会は、さらに時間が長いような気がしていたのである。


(疲れる。何だって、いいじゃん)


 息女たちの質問に、曖昧に受け答えをしていく。


(早く終わってよ。もう、限界よ。……ナタリーたちと話したい)


 その場に疲れたと座り込みたい衝動を押し止める。

「王太子妃殿下」

 侍女の一人が耳打ちをしてきた。

「王妃様がお呼びです」

 疲労が滲む視線を傾けると、優しい微笑みを浮かべていた。


 今まで話していた息女たちに、丁重に別れの挨拶をしてから、王妃エレナの輪の中へ入っていった。急な呼び出しに、何か失敗したかと暗い気持ちになっていく。

 王妃エレナたちの会話の中へ、なかなか入っていけない。

 先程の息女たちよりも、難解な話題だったからだ。

 会話している夫人たちが、理解不能な宇宙語を話しているように聞こえていたのだ。


「……」

 穏やかな笑みで、周囲にいる夫人たちと和やかな会話をこなす王妃エレナの近くで、控えめに後ろに下がる。できるだけ目立たないように必死である。

 意味不明な会話でも、ぎこちない笑みで、ひたすら相槌を打っていた。

「……ですわ」

「そうなの」

 王妃エレナが微かに頷き答えた。


 愛想笑いをしているリーシャの方へ、陽だまりのような温かな笑顔を注いだ。

 柔らかなラルムと同じで、どこか癒される笑顔だ。

「リーシャは?」

 夫人の話に、ほぼ理解できず、唐突な王妃エレナから意見を求められ、どう返答していいか頭の中が真っ白になってしまう。


 しどろもどろになって、困ってしまったリーシャ。

「えっ……、あ……」

 はいと答えるべきか、いいえと答えるべきか、それとも別な答えなのか、焦る気持ちと戦いながら思案する。相槌を打つことに精いっぱいで、会話の内容を把握する余裕もなかったのである。


 なかなか答えない姿に、夫人たちが訝しげ始めた。

 怒ったり、失望した様子もなく、王妃エレナは陽だまりのような温かな笑顔のままだ。

「若い人には、向いていない話だったようですね」

「いえ。あの……」

「リーシャ。あちらに美味しいケーキが来たようです」


 王妃エレナが指し示した先に視線を傾ける。

 侍女が新しいケーキをテーブルに置いていた。

「いってらっしゃい」

「……はい」

 苦痛の輪から静かに離れていく。


 王妃エレナに恥をかかせてしまったと思い、顔を上げることができない。

 離れていく中で、気疲れの見えるリーシャの耳に、楽しそうに談笑する王妃エレナたちの声が流れてきた。

 禁じられていた嘆息を吐く。

 癖になりつつある嘆息を、人前で決してしないようにと、ユマによって禁じられていた。


「アレス、今は何しているのかな。何で傍にいないんだろう……」

 女性限定のお茶会に、アレスの姿がなく、心細い気分を味わっていた。

「! 私、何考えていたんだろう」

 連日のパーティーでは近くにアレスの姿があり、いつも目で捜して追っていた自分に気づかされる。パーティーは夫婦同席が決まっていたから、常に傍らにはアレスの姿があった。


(何で、あんなやつなんか見ていたんだろう? バカバカしい。……でも……。……助けてくれないけど、アレスがいるだけで違うんだ)


 不機嫌でもいいから、ここにいてほしいと願ってしまう。

 心が寂しさで、萎んでいくのを感じている。


(顔が見たいな。そして、話したいな)


 ケンカの最中は顔も見たくないと思うのに、どうしても側にいてほしいと願ってしまうのだった。

 新しいケーキに目もくれず、近くにいた侍女から新しい飲み物を受け取った。


 食べる気分ではなかった。

 早く終わらないかなと願っていたら、手に持っていたグラスを落としてしまう。

 ドレスにつくと、咄嗟に後ろに退いた。

 グラスが砕け散った音が、サロン中に響き渡る。

 焦るリーシャに注目が集まる。


(ヤバい。どうしよう……)


 恥ずかしく、その場から取り繕うと、しゃがみ込んで、砕け散った欠片を拾い集める。

 拾い集めているリーシャの元へ、動じることなく、いつものペースで王妃エレナが足を進めた。

「リーシャ、大丈夫ですよ。立ち上がりなさい」

「えっ? でも……」

 恥ずかしさがあったが、恐る恐る王妃エレナを見上げる。


「大丈夫です」

 王妃エレナが視線で侍従に傾け、無言で次の指示を出していった。

 侍従たちはオロオロするリーシャに成り代わり、砕け散った欠片を拾い集めたのである。

 その様子を立ち上がって、呆然と眺めている。


「さぁ、新しくおいしいケーキも来たようです。一緒に召し上がりましょう」

「そのようでございます」

「いただきましょう」

 王妃エレナの言葉で、何事もなかったかのように、夫人や息女たちは新しく届いたケーキに視線を傾けていった。

 すっかりさっきまでの騒動がなかったように、誰もが振舞っている。


「リーシャも行きましょう」

「……はい」

 抑揚のない声で落とした。

 優雅な微笑みに促される。


 ふと、見た先にアレスの母親でリーシャのお義母様になったセリシアの顔がある。

 それは静かな表情の中に、失態を怒るような顔を覗かせていた。

「……」


 ユマに言葉が脳裏に響き渡る。

『落ちたものは拾わずにいてください。侍従たちがやることです』

 やっちゃったと肩を落とした。




 王妃エレナが主催するお茶会も終わり、部屋に戻って夕方から始まる次のパーティーまでの時間をのんびり過ごそうと思っていた。けれど、自分が起こした騒動が心の片隅に払拭されずに、重く乗りかかっていたのだ。


 少しでも気分を変えようと、思考を振り払った。

 貴重な時間を昼寝で過ごそうか、それともナタリーたちにメールでも送ろうかと期待に胸を高鳴らせる。

 パーティーが終わると、すぐに殿下は?と控えている侍従に問いかけたが、執務中と言う答えに微かに落胆を憶える。


 バネッサたちに手伝って貰い、着替えているとリーシャの元へユマが近づいてくる。

 一礼しているユマの姿に、何事だろうと過らせた。

 いつもに増して、表情が厳しかったからだ。

 いやな何かを感じ、緊張が走る。


「……どうか、したの?」

「リーシャ様。セリシア様がお越しくださいとのことです」

「お義母様が?」

「はい」

 いい予感がしない。

 脳裏にお茶会での失敗が連想されている。


(騒動のことか……。怒られる……。行きたくないな……)


「行かないと、まずいわよね」

「はい」

「……今すぐ参りますと伝えて」

 力ない返答を受け取り、伝言をセリシア付きの侍女に知らせるために、ユマが下がっていった。

「急がないと」

「わかりました」


 バネッサたちが急ピッチで、着替えを済ませる。

 その間、リーシャは憂鬱そのものだった。

 ふと、着替えが終わらなければ……と脳裏にとんでもないことを巡らせてしまった。

 頭を振り、気持ちを切り替える。

 けれど、重たい気分しか残らない。


 気落ちしているままで、いろいろと悪い思いが次から次へと襲っていた。そして、いつの間にか着替えが終わっていた。

 質のいいブラウスとスカートだ。

 失礼がないために、鏡で身だしなみの再度チェックを行う。


(完璧。……それにしても、何で人に会うだけなのに、会う人によって服装を変えなきゃいけないんだろう)


「ありがとう」

 待たせるのは悪いと思い、急ぎセリシアが待つ部屋へ急いだ。

 その途中にユマが控えていて、合流して向かった。


 部屋へ入ると、バネッサとセリシア付きの侍女たちがセリシアの命で下がっていく。

 バネッサを下がらせる時に、まず下がらせてよろしいですか?と目が定まっていないリーシャの承諾を得てから下がらせたので、何で自分にそんなことを尋ねてから下がらせたのだろうと首を傾げるばかりだった。


(何で、そんなことを聞くの?)


 部屋の中にはセリシアとリーシャ、そしてユマの三人となった。

 セリシアが上座を指し示す。

 きょとんとしているリーシャ。


「こちらへ、どうぞ」

 ユマの講義で、上座と下座に気をつけるようにと、散々講義を受けていた。

 なぜ、自分が上座なのかと面を喰らってしまう。


(こっちが下座? あそこは確か上座じゃないの?)


「でも……」

 彷徨うような目で、いつも冷静で頼れる存在であるユマに答えを求める。

 珍しくユマも、動揺している目をしていた。


 コクリと頷くユマ。

 どうして?と訴えるような瞳で、ただ立ち尽くしているユマを凝視していた。

「どうかなさいましたか?」

 言葉は丁寧だが、雰囲気から静かな威圧感を感じる。


(この威圧感、アレスのお母さんだ……)


「……はい」

 訳もわからずに、とにかく上座の位置に立つ。


(正解なの? 大丈夫?)


「どうぞ、腰掛けてください」

「……はい」

 頷くユマを確認してから、静かに椅子に腰を掛ける。

 一つ一つ間違いないかと、常に連れ添っているユマを見て、確認するのが日常化になっていた。アレスが一緒の時は、アレスの真似をし、その場を取り繕っていたのである。


 腰掛けると、セリシアが静かに、そして優雅に腰掛けた。

 その仕草に、これが模範例なんだろうなと、唐突に違う思考が舞い降りた。

 ソワソワと落ち着きがない。

 用意されている茶器を使い、お茶を注ぎ淹れ、セリシアが挙動不審なリーシャの前にゆっくりと置いた。


「ありがとうございます」

 お礼の言葉に、一瞬だけセリシアの動きが止まる。

 何かまずいことでも言ったかと考え込んだ。


「王太子妃殿下」

「は、はい」

 急に呼ばれ、意識が現実に引き戻された。

 背筋がピーンと伸びる。


「王太子殿下と結婚されて、王太子妃殿下となられました。そして、私はただの妃でしかありません。私と王太子妃殿下とでは、立場に違いがあるのです。王太子妃殿下の方が格が上なのです、おわかりでしょうか? 席も私よりも上座ですし、それに王太子妃殿下が座られないと、私は座ることもできません。何事においても、王太子妃殿下の方が先なのです。おわかりいただけたでしょうか」

「は……はい」

 息もつけぬような言葉に、圧倒してしまい、さらに萎縮してしまう。


(ややこしい。何なのよ、これは。どっちでもいいじゃない)


「どうぞ」

 セリシアは厳しい顔を崩さず、お茶を指し示した。

「ありがとうございます」

 セリシアが嘆息を吐きたい気持ちを、グッと堪える。

 一瞬、冷気を醸し出していたが、リーシャは気づかない。


「……私には敬語は必要ありません」

「は、はい」

「冷めてしまいます」

「いただきます」

 目を伏せ目がちに、微かに嘆息を零した。

 緊張で渇ききった喉を、お茶で湿らせる。

 リーシャがお茶のカップを置く。


 ひと息つくために、セリシアもお茶を飲んだ。

「失礼ですが、先程の王妃様主催のお茶会のことです」

 背筋が、さらにピーンと伸びる。


(やっぱり、そのことですか……)


「落としたものを拾うことはよくありません。教育係でもあり、王太子妃殿下の筆頭侍女でもあるユマから聞いていませんでしたか? それに話に身が入っていなかったように見受けます。きちんとお話を聞きませんと。みなに侮れます、よろしいですか?」

 少し強い口調で諭した。

「……すいません」

 視線の行き場を失い、しゅんと俯いてしまう。


 落ち込むリーシャとは対照的に、セリシアは頭を抱えた。

 自分の話をちゃんと聞いていたのかと心の中で嘆息してしまう。リーシャが宮殿にきてからと言うもの、いつもに増して神経がピリピリして、心の休まる時間がなかった。


 セリシア自身、気苦労の多さで疲れていたのだ。

 まして結婚し、貴族たちが主催するパーティーに出席するたびに、セリシアの神経は、さらに研ぎ澄まされ、何か間違いはないかと心配るばかりだったのである。


 きちんとした令嬢を嫁にすべきだったと嘆く。

 品性も教養も王族としての威厳、高貴さ、全てにおいて欠けていると、沈んでいるリーシャを前にして思ってしまったのだ。

 どこから手をつけていいものかと、これから先のことを案じる。


「指導が足りぬようです。もう少し時間を増やします」

 俯いていた顔を上げ、厳しいセリシアの顔を窺った。

「えっ」

 厳しい顔に、異論を述べることができない。

 抑揚のない声で、はいと返事することしかできなかったのである。


 お茶会での話が終わり、連日のパーティーの注意を受けることになった。

 重く乗りかかる心にどうすればいいと巡らせ、逃げ出したい気持ちを止めていた。


 注意事項が終わると、一人でセリシアの部屋を出てきた。ユマは今後のリーシャの講義の進み具合を話し、検討するために残されたのである。

「増えるのか……」

 勉強する時間が増えると思うだけで、部屋まで帰る道のりが遠のく。


「最悪……、今だって目いっぱいなのに、これ以上、増えたら、私……死んじゃう」

 暗い道のりに、嘆きしか出てこない。

 いったん立ち止まり、高い天井を見上げる。


「マイナスばっかり考えていても、しょうがないか。とにかく前に行かなきゃ。頑張れ、リーシャ。負けるな、リーシャ」

 気持ちを震え立たせ、自分自身に気合いを入れる。


「深く考えるのは私らしくないか。帰ろう。とにかく、戻ったら、メールしよう」

 家族と友達の温もりを感じたかった。

 メールに何を書こうかと考え、部屋までの残りの岐路を歩いていった。

 別なことを考えていないと、真っ暗な暗闇に捕らわれてしまう気がしたからだ。



読んでいただき、ありがとうございます。

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