まだまだ話し合う必要がありそうなあたしと彼の話
お昼ご飯のために、駅前のファーストフードのチェーン店に入ったあたしたちは、ポテトを摘まみながらアルバイトの話をしていた。
何でそんな話になったかというと、しーちゃんのバイト先がここと同じチェーン店だから。もちろん彼女が働いてるのは地元の店舗だけどね。
そして高田君もどこかの派遣でバイトをしてるらしい。といっても彼の場合は在宅で、パソコンを使ってデータ入力をする仕事なんだそうだ。
時間に自由がきくし、拘束時間に対して割がいいって話だけど、仕事がコンスタントに来ないのが難点なのだそう。
あたしにも出来るかな?って訊いたら、暇な時もあればオールしないと終わらない量がくる事もあって、一度断ると次の仕事を減らされたりするので断りにくいし、締め切りもあるからお勧めはしない、って言われた。
因みに今は、日曜日に遊びに出られる程度には暇なんだってさ。
あたし的には夜寝られない可能性があるのは困るので諦めた。
夜しっかり寝ないと、次の日フラフラするでしょ?猫の時なら、夜更かしの次の朝は好き放題に寝てられたけどね。
でも、クラブに入ってない人は大抵何かのバイトをしてるみたいだし、帰宅部でバイトの1つもしてないのはあたしくらいなのかも。
かといって、しーちゃんみたいな接客業なんて、人見知りのあたしには絶対無理。
こんなあたしにできるバイトなんてあるのかな、って考えるとため息しか出なかった。
「なに?宮野、バイト考えてるの?」
「うん、いつまでも親からお小遣い貰ってるのもねぇ。でも何が出来るか、って考えたら何も出来る気がしないんだ」
眉を寄せるあたしの眉間を指先でつつき、彼は言った。
「飛び込んでみたら、意外とどうにかなったりもするけどな。考え込んでたって一歩も進めないぞ」
正論だ。でも仕事だけじゃなくて、新しい人間関係に飛び込むのも怖いんだもん。なんであたしってこんなかなぁ。
ため息と共にジュースを飲み干し、憂鬱な考えは隅っこへ追いやって、あたしたちは再び徒歩3分の遊園地に舞い戻った。
お昼どきはやっぱり少し人が少なかったみたいだ。
戻ってみるとあちこちのアトラクションは朝みたいに列が伸びていて、通路を歩いてても人と人との距離が近く感じられた。
あたしの視線は、いつも通り足元と高田君だけ。
極力周りの人と目を合わさないように、その二ヶ所だけを往復しながら手を引かれて歩いてたら、急に手を離されグッと身体を引き寄せられた。
「へ!?」
「なんかフラフラしてて危なっかしいな、ここ持ってろよ」
と、握らされたのは高田君のパーカー。そして彼の腕はそのままあたしの腰に回される。
距離…近くない?
焦ったあたしが辺りに視線を彷徨わせると、あれあれ?
全然気づかなかった!
その辺を歩いてるカップルさんたちの半分くらいは、そんな感じで歩いてるよ。
そして、違う事にも気づいてしまった。
あたしたち、なんか注目されてない!?
正確には高田君が、だけど。
行き交う女の子たちはみんな目を瞠り、腕をつつきあって高田君をチラチラ見ている。
うん、分かるよ。格好いいもんね!
綺麗にお化粧したカップルのお姉さんたちは彼氏に遠慮しつつのチラ見。でも中には彼氏そっちのけで露骨に眺めてる人もいた。
そしてどちら様の視線も、最後にはあたしをチラッと見て通りすぎていく。
もしかして、朝からずっとこんなだった?
ここまであからさまな視線に、なんで今まで気づかなかったかな?と考えたら、どうやらここ暫く学校で注目され続けたせいで、スルー機能が発動してたらしい。
人間って進化する生き物なんだな。進化で合ってるかどうかは分かんないけど、少なくとも退化じゃないよね。
あれ?それとも察知能力が退化したと言うべき?
ぼんやりと辺りを見回し、そんなどうでもいいことを考えてたら、
「どうした?」
って、高田君が顔を覗き込んできた。
その途端、卑屈な考えが頭をよぎる。
「あのさ…、高田君てさ、期間限定とか最後の一個とかに弱いタイプ?」
「いきなり何の話が始まってるんだ?」
首を傾げる彼に、違う表現で訊いてみる。
「じゃあ、仔猫が4匹いたとしてさ。3匹は超可愛い美猫なんだけど、あとの一匹は不細工なんだよね。どれか一匹をもらうとしたら、どの仔を選ぶタイプ?」
その質問に少し考えた彼は、あたしがさっき眺めてた方を流し見た。
その視線は、あたしに向けるのとは全く違う温度の低いものでーーー。
その辺でチラチラ見ながら囁きあったりしてたお嬢さんやお姉さんたちは、一瞬で顔色をなくし、気まずげにそそくさと立ち去っていく。
なんだ。一瞬で顔色を変える人なんて、結構たくさんいるんじゃん。
虚ろな気分で考えてたら、顔をしかめた彼にそのまま誘導され、端っこの邪魔にならない所に連れていかれた。
自販機が幾つかとベンチが並ぶだけの人気のないそこで、ミルクティーの缶を1本買った彼は、おもむろにあたしの首筋にピトリと押しつける。
「目は醒めたか?」
ひゃ!と首を竦めるあたしに缶を渡し、彼は言った。
「さっきの話。いきなり何の例え話かしらないけど、もしお前の事だとしたら、俺はお前のことは超可愛い美猫だと思ってるんだけどな」
冷たい缶を握りしめたまま、ええっ!?っと目を剥くあたしに、更に追い打ちがやってくる。
「でも3匹の中のどれでもいい訳じゃなくて、お前でないと嫌だ。俺の気持ちはもう向こうで伝えたし、伝わってると思ってたけど?」
ああ、うん。そうなんだけど。
なんか急に色々自信がなくなってきたというか。
観覧車で高田君が機嫌悪そうだと思った時の事やさっきのバイトの話、たった今きれいな女の子たちが高田君に向けてた熱のこもった視線だったり。
そういうのを考えると、あたしたちって全然釣り合ってないんじゃない?…って思いが募ってきて、一気に喫水線を越えてしまった。
ポツリポツリと纏まりなく話すあたしに高田君は目を見開き、眉間を指で押さえる。
「観覧車?さっき、やたらお前が挙動不審だったアレか?」
大きくため息をついた彼は、一度視線を逸らし、また嘆息した。
「なぁ宮野。前に中庭でさ、俺の膝に乗るだけでもういっぱいいっぱい…って言ってたよな?俺はお前を怯えさせたい訳じゃないし、観覧車ではかなりの自制心を発揮したつもりなんだけど…」
あたしを見つめ、言葉を紡ぐ高田君の瞳が熱を帯びて甘く揺らめく。
「それとも何か期待した?それであんなにそわそわしてたのか?」
見透かされてカッと赤くなったあたしの頬を、彼の指がそっと撫であげ、撫でおろした。
「お前の気持ちが追いつくまでちゃんと待つつもりでいたんだ。でも、それを理由に俺の気持ちを疑われたくはない」
「疑うとかそんなんじゃなくてさ!……自分に自信が持てないんだよ」
勢い込んだ言葉は尻すぼみに小さくなった。
「俺の言う事は信用できない?」
静かに問われた言葉には、ただかぶりを振る事で答えた。
「ならいい、俺の言葉を信じろ。あんな異世界で、安藤や俺の心を癒してくれたのは間違いなくお前だ。優しくて、それに勇気もあるって言ったよな?ほら、あの近衛師団長から俺を助けるために戻って来てくれただろう?可愛いのも俺の保証つきだし、宮野はもっと自信を持っていい」
……高田君って、本当に不思議だ。あんなに落ち込んでいたあたしの心をあっという間に救いあげてくれる彼の言葉は、まるで魔法の呪文みたい。
人見知りとかさ、他にも色々悩みはあるけど…今はもういいや。
俯いたままコクコクと頷いたら、彼はその顎に指をかけ強引に仰向かせた。目を瞠るあたしに顔を近づけ、頬に頬を擦り寄せる。
そのまま、耳元に吐息で囁いた。
「お前に覚悟があるなら、もう一度観覧車に乗る?今度は我慢してやれないけど」
あたしが真っ赤な顔で即座に飛び退いたのは言うまでもない。
そうしてまたもや揶揄われたと知ってぶんむくれたあたしが、火照った頬をミルクティーで冷やしてる間中、高田君はずっと横でクツクツと笑い続けていたのだった。
それからのあたしたちはまた手を繋いで、最初に乗ったコースターと幾つかのアトラクションを再訪し、すっかり満足した。
もちろん観覧車には乗ってないともさ。
時間はまだ4時前だったから、そのまま遊園地を出て駅前に広がるショッピングモールを冷やかして歩き、一通り見て回ったところでそろそろ帰ろうかってなって、また電車に揺られ地元の駅まで戻ってきた。
お昼代も帰りの電車賃も、結局全部彼が奢ってくれた。
思ったより早い時間に帰って来る事になったのには、ちゃんと理由がある。
高田君が、あたしを家まで送りがてら家族に挨拶したいって言ってくれたからだ。
あたしがまだ入院してたとき毎日のように病院に来てくれてた高田君は、あたしのお母さんともミナちゃんとも顔を合わせてるけど、実はまだちゃんとした形では親に紹介できてないんだよね。
前にミナちゃんや看護婦さんにも、親には紹介しときなさいって怒られたし、考えてはいたんだけどさ。あたしから、親に挨拶して欲しいって頼むのはなんか重すぎない?
一度そう思ってしまうと、大袈裟過ぎる気がして言い出しにくくなってしまったのと、学校でしか会ってなかったからそんな機会もなかったし…で、結局それきりになってたから、高田君から言いだしてくれてホッとした。
あたしが二つ返事でOKしたからかな?彼も何だかホッとしてるように思えた。
「そういえば、高田君の家ってどの辺り?しーちゃんちの近くなんだよね?駅まで自転車で来たんなら、自転車を押して来た方がよくなかった?」
駅から家までの道を歩きながら、ふと思いついて訊いてみた。
あたしんちからまた駅まで歩いて戻るより、そのまま自転車に乗って帰った方が早いんじゃないかな、と思ったからだ。
そしたら高田君からは、駅の駐輪場にバイクを停めてるって返事が返ってくる。
「えっ!?バイクの免許持ってるの?」
驚くあたしに彼は笑って言った。
「そりゃ無免許で乗ったら不味いだろう?異世界に行く前に、もう免許は取ってたんだ。殆ど乗らないうちに向こうで何ヶ月も過ごしたから、こっちに戻ってきて久しぶりに乗った時は少し緊張したけど」
「そうなんだ。バイクにも乗れるなんて凄いねっ!高田君って何にでも乗れちゃうんだねっ!」
感心したあたしは、キラキラ目で彼を見上げた。
あたしの頭にあるのは、もちろん異世界を旅したときの馬もどきだ。更には後半の冒険を共にしたあの黒い馬。
特に黒い馬に至っては、高田君は鞍もつけていない裸の馬に颯爽と跨がり、自由自在に空中を駆け巡っていた。
「何でも…って、取り合えずバイクだけだけど?まさか自転車は数に入ってないだろ?」
ピンとこない様子の彼に、馬だよ馬!って教えてあげる。馬もどきはともかく、黒い馬のことを忘れるなんて、ちょっと気の毒だよ?
「ほら!鞍もつけずにさ、裸の馬に乗れるなんて凄いじゃんっ!」
そしたら高田君は目を見開いた。
「え!?乗馬は異世界で必要にかられて練習したけど、裸馬なんて乗れる筈がないだろう?」
「え?だって完璧に乗りこなしてたよね?」
意味が分からず首を傾げるあたしに、彼は納得したように頷いた。
「やっぱり解ってなかったんだな。お前、やけに怯えてたもんな」
「どういうこと?」
「黒い馬は俺だって事だよ。何度も言ったろう?馬は絶対にお前を落とさない、って」
それは確かに何度も聞いた。
そういえばあたしも最後は、奴は高田君なんだ…って納得してたような気も?
呆然とするあたしに、彼は苦笑する。
「別れてた間は意識は別物だったけど、俺にしてみたらアイツに乗るのは自分の足で走るようなものだな。馬っていう感覚じゃない」
なんてこったい…と、あたしは内心呟く。
どうやらあたしたちには、話し合うべき事がまだまだたくさんありそうだった。
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