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摩天の剣(5)


「これは……さすがに限界が……近いですね……」

息を荒げたレリアが言う。


同じく、

息を荒げたレティシアは無言。


ただ共通しているのは、


どちらもすでにガス欠寸前であるという点である。


ここまでで倒した敵の数は、すべて合わせて四十人ほど。

まだ半分。


それも、その四十人のうち二十人程度は、紅葉と楓、撫子によるものである。

初手こそ相手も不慣れだったレリア、レティシアの西洋剣術も、次第に相手も慣れてきたようで、攻撃はかわされる頻度が上がっている。


さすがに素人ではない。


「ごめん……もしかするとこの先、言えなくなるかもしれないから、早めに言っとくわ。今度もまた足引っ張って、ごめん……」

ひどく意気消沈した撫子が、自分と純花を守るように戦うレリアとレティシアへ力無く言う。


「そんなこと言わないでください佐々さん。足手まといは私のことです。佐々さんは見事に、十人以上も切り伏せたじゃないですか」

「その通りですわ撫子さん。確かにひとり頭の担当人数には足りていませんけど、仕事はしたと胸を張っていい出来です。それに、純花さんも気になさらないでください。貴女を守ることも含めて、わたくしたちの役目なんですから」

「レリアさん……」


レリアの気遣いからくる言葉が純花の胸を打ったのか、

もしくは、自分の不甲斐無さに嫌気が差したのか、


レリア、レティシアの背後に位置する撫子のさらに後ろへいた純花が、急に前へ出ようと身を乗り出してきた。


「もう……我慢できません。戦わせてください。私だって色宮の人間。この程度の修羅場では臆したりしません!」

そんな純花を、押された撫子が押し返す形で制する。


「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ純花。気持ちは分かるけど、丸腰のあんたにこの場の戦いはきついっての!」

「大丈夫です。私には剣は無くとも体術があります。これしきの相手のひとりやふたりに遅れは取りません!」

「だから、そのひとりふたりなら問題は無いだろうけど、十人単位の相手じゃあ囲まれる危険があるでしょうが。そうなったら、さすがのあんたでも関井の時のあたしみたいになっちゃうわよ!」

「……」


言い返せない、道理である。


いくら体術に優れていても、得物を持った複数人の敵に囲まれればひとたまりもない。

せいぜい、純花の実力から考えれば一度に相手できる敵の数は三、四人。

仮に戦いへ加わるとしても、現段階では時期尚早と言わざるを得ない。


ただただ守られ、味方の足を引っ張る苦痛は撫子も純花も同じように感じていたが、解決方法が浮かばないのもまたふたり共通だった。


ジリ貧の現状を打開する策が思いつかない。

苦しさの種類は違うが、四人がともに苦しんでいることには違い無い。


精神的苦痛と肉体的苦痛。

どちらがマシということは無いだろう。


「まあ……どうにかなりますわ。紅葉さんと楓さんがあの小娘を倒すのが先か。わたくしたちが残りの敵を倒すのが先か。賭けとしてはなかなか面白いじゃありませんか……」

ここまで追い詰められながらも、不敵な口はいまだ健在のようで、レリアはそう言って、再び構えを正した。


そこへ、待っていたように固まった敵が突っ込んでくる。

息が切れているのも問題だが、両腕もすでに鈍ってきている。


鎧通は、もう放てない。

一撃必殺が不可能となると、なおのこと敵を倒してゆくのが困難だ。


無意識に唇を噛む。

苛立ちもあるが、気を入れ直す意味で。


まだ倒れるわけにはいかない。

頬を伝う汗を感じつつ、突撃してきた敵へ残った力を振り絞り、立ち向かう。


と、

その時、


「ぐうっ!」


向かってきていた敵のうちひとりが、突然その場へ倒れた。


それに動揺したのか、他の相手も動きが止まる。


思考がリンクする。

レリアも敵も、同じ疑問を抱いていた。


何が起きた?

急にひとりが倒れたのはどうしたことだ?


一時の混乱に近い思考に支配された双方だったが、答えはすぐさま届いた。


「どうです、いい不意打ちだったでしょ?」

倒れた敵の横から、聞き慣れた少女の声が響く。


「ほんとに……敵の死角を狙う戦法は徹底してるな、お前は……」

今度もまた、聞き慣れた声。


自然、

四人の目がそちらへ向くと……、


「すまんな、遅れた」

「遅くなりましたー♪」


声の時点で完全に予測していた人物。

東真と葵の姿がそこにはあった。


敵はレリアに集中していたため、横から忍び寄ってきていた葵の不意打ちを、もろに喰らって倒れたのである。


しかし、

気になる事実はそこではない。


急に現れたふたりを見ながら、撫子は、ともすると飲み込みそうになる息を吹き、言葉を無理に吐き出す。


「……お、遅れたって……あんた、なんでここに来てんのよっ!」

「ご挨拶だな。もしも来なければ、相当危なかったように見えてたが?」

「あたしが言ってるのはそんなとこじゃないわよベニアズマッ!」


少しばかり事態に慣れたのか、撫子の口も滑らかになる。

そこで、今度は質問の矛先を変えた。


「葵、あんたがついていながら、なんで手負いの東真までこんなとこに連れて来てんのよ!」

言われたが、葵は相も変わらず飄々とした態度で、


「いやー、楓さんからは東真さんが無理してみんなのところへ行かないように見張ってろって言われてたんですけどねえ」

などと言う。


矛盾している。

それもひどく。


そしてそこは、撫子がきちんと詰問してくれた。


「だったら、余計なんで東真がここにいんのっ!」

「だあって東真さん、案内しなかったらもうお前らとは絶交だとか言って、脅すんですもん」

「……って、絶交ぐらいの脅しで口割ってんじゃないわよ、このボケナスッ!」


緊迫していたはずの場が、撫子の怒声で不思議なムードになる。


思えばこんな馬鹿馬鹿しいやり取りを相手がしている隙に、敵も攻めてくればよいのに、何故また親切なことに揉め事の推移を見守っているのか。


よほどにお人好しなのか、

などと、思う人もあろうが、実際はそう優しいことではなかった。


襲い掛かる暇が無かったのだ。

さらに、もうひとりの乱入者のせいで。


「おい、そっち!」

またしても聞き覚えのある声。


それも男の。


「人が一生懸命、こいつらの相手してる時に、何をのんきにくっちゃべってんだよっ!」

腹立たしげな声につられてそっちを見ると、いる。


草樹が。


周囲に早くも十人ほどの敵を倒れ伏させ、苛立った様子で東真たちを見ていた。


「え……草樹?」

撫子は加えて混乱する。


来るなと念押ししておいた東真が来た。

呼んでもいない草樹も来ている。


何事だ?

というより、自分たちの知らないところで一体どういう話になっていたんだ?


「その顔だと、草樹さんが来てるのが不思議で仕方ないって感じだな」

「や……あんたがいるだけでも十分にそうなんだけど……でも、なんで?」

「今回は関井道場の時と違って、道場間のしがらみは無い。だから、私たちだけに危険な思いをさせないようにと、気を配ってくださったんだ」

「……」


意外であった。


いつもはちゃらんぽらんを絵に描いたような性格のくせに、まさかこんなところで助勢に来てくれるとは……。


少しばかり、見直した。

草樹という男を。


が、


「さあ、こっからラストスパートだ。めんどくせぇザコ叩きは早目で仕舞いにしようぜ!」

「はい!」

はっきりと草樹の言葉へ答える東真を見て、即座に思考が切り替わる。


「違う、あんたは数に入ってないわよっ!」

「黙れ、お前こそ手負いの私よりよほどボロボロだろう。見ろ、手がプルプルしている!」

「う、うるさいわね、何か、妙に恥ずかしいから、変な表現の仕方すんじゃないわよっ!」


そうこうと、まだ懲りずに下らない言い争いをしていると、


「はい、東真さん後ろっ!」

急に葵が声を飛ばす。


それへすぐさま反応し、振り向きざまに抜刀した東真は、振り下ろされてきた相手の剣を即座に横へ払った。


だが、


「……ちぃっ!」

短い悪態。


もしくは苦鳴に近かっただろうか。


そんな声を上げたかと思うや、東真は地面に剣を突いてしまった。


ただ敵の剣を払っただけなのに、東真はその場で地面に剣を突き、杖にでもよりかかるようにして苦悶の表情を浮かべる。


瞬間、

すぐに撫子は悟った。


今の、わずか一合の攻防で、東真の傷口が開いたのだと。


「バカッ、だから無理してくるなってあれほど……」

言い止し、撫子は蒼ざめた。


敵は剣を弾かれただけ。

早くも二度目の攻撃へと転じている。


それに対し、東真はまだ剣を杖代わりに突いたまま。


「あ、東真、早く逃げてっ!」

声にするのももどかしく言った言葉も、東真を動かせない。


振り上げられた敵の剣は迫る。


万事休す!


そう、

思った瞬間、


敵が、

倒れた。


ばったりと、膝から落ちるようにして。


見れば、

東真は剣を……振り上げている。


「……柳生新陰流、老剣おいのけん!」


地面に突き立てた剣を高速で切り上げて攻撃するという、柳生新陰流の剣技。


成り行き上でとることになった姿勢を利用し、攻撃に転ずる。

あらゆる流派の剣技を体得した東真ならではの対応であった。


「さっすが技の百貨店、紅一刀流。手負いでも品数は豊富ですねえ」

実際の緊迫感を一切感じさせずに、葵が東真へ声をかけると、


「無駄口はいいから、さっさとこいつら全員、片付けるぞ!」

「了解でーす♪」

東真は言い、葵が答える。


「……わたくしたちも、あともう少し、気合いを入れますよレティシア!」

「……はい……」

限界の見えかけていてたレリアにレティシアも、もうひと振るい我が身に鞭打ち、構える。


敵は残り三十。

先はもう、見えた。



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