73話 最終話
カチッ……。
「おや、お早い登場だね……ヴィクトルくん」
レオンは私から手を離すと、両手を上げてゆっくりと離れた。
「嫌がるレディに無理やりキスするのが、あなたの趣味なんですか?」
いつの間にか来ていたヴィクトルは、レオンの首に人狼の鋭利な爪を当てている。
「ぶすいだねぇ、君も。うぐみ嬢は嫌がってなんかないよ? まあ、君がこなかったらもっと先に進めたかもしれないけど」
その言葉にヴィクトルが目の色を変えた。
「前にも言ったはずだ。ミア様から離れろ!」
爪の先がますますつきさりそうになり、レオンはようやく軽口をやめた。
「おお怖い! ミアいえ、うぐみ嬢のことになると血相を変えて。森で王子を殺しそうになった時は止めるのに一苦労したんですよ」
「あんな奴は死んで当然だ」
「王子に向かってあんな奴とは、不敬だねぇ」
レオンはヴィクトルとのやり取りを楽しんでいるみたい。
「ヴィクトル、助けてくれてありがとう」
改めてヴィクトルにお礼を言った。
彼とは婚礼の準備で1ヶ月ほど会っていなかった。その間にこんなにやつれるとは思いもしなかった。
「ごめんなさい。心配かけて」
素直な気持ちで彼に謝った。
彼は静かに首を横にふる。
「謝るのはこちらです。自分のせいでこんなことになってしまい、すみませんでした……」
「ううん、これは私が勝手にしたことよ」
「ミア様……」
ヴィクトルの金色の瞳が潤んでいる。
彼の瞳は格別だ。金色の稲穂の大地が広がっているみたいな美しい瞳に吸い込まれそうになる。
はぁ、こんな状況でも彼の瞳に釘付けになるなんて。
「もうー、皇太子の前でのろけとは、いいご身分なことで……」
レオンは盛大なため息をついた。
ふいに懐から何かを取り出すと、ポンと私に投げてきた。
それは高級な羊皮紙が丸められ、赤いリボンでとめられている。
「これは?」
「餞別です。この書状があれば、ヴィクトルくんは無罪放免」
私はすぐにリボンをほどいて中身を確認した。
確かにレオンの字でヴィクトルの無罪が記されている。
「でも、どうして?」
「言ったでしょう? 今の私は、皇太子。これから国を納める者が、スキャンダルまみれの令嬢と結婚するわけにはいかない」
「スキャンダル?」
「もちろん、あなたとヴィクトルくんのことです」
レオンはそれだけ言うと、スタスタと部屋から出て行ってしまった。
「なんだったのかしら……」
「さあ?」
まるで嵐のような人だ。
でも、腹黒くて、賢くて、それでも人に優しく寄り添えるレオンなら、きっと将来はいい王様になるかもしれない。
少なくとも、ミアに異常なほど執着しすぎて、あやめてしまうような前の王子よりずっといい。
私はベッドの上でうーん、と伸びをした。すると、お腹がぐぅ~と鳴った。
「キッチンをお借りして何か食べ物を作りましょうか?」
「ご、ごめん。ありがとう……」
なんでこんな時にお腹が鳴るんだろう。
まぁ、健康な証拠なんだけど。
ヴィクトルの前だと照れちゃうな。
「あ、ヴィクトル、ちょっと待って!」
私はベッドから飛び出すと、ヴィクトルを止めようとした。すると、着ていたドレスが長すぎて裾を踏んでしまう。
「わぁ!」
そのまんま私はヴィクトルにぶつかった。
「……あいたた……。ヴィクトル?」
「ずっと、あなたに会いたかった」
ヴィクトルは私をギュッと抱きしめた。我慢していた何かがはじけたような、強い抱擁に私の心臓も激しく脈打つ。
「ヴィクトル……私、あなたと一緒にこの世界で生きていきたい……」
会えなかった1ヶ月の間、私はずっとそのことを考えていた。
レオンと結婚してでも守りたかった。
あなたのことを……。
「私もです……うぐみと一緒に生きていきたい」
ヴィクトルは、腕をとくと、そうっと私の頬にキスをした。
優しくいたわるようなキスに、顔が熱くなる。
「ほっぺにキスだけでいいの?」
イタズラっぽく彼を挑発してみる。
それにヴィクトルは目を大きく見開いた。
「どうかした?」
「会わない間に、少し悪役令嬢に近づきましたね……」
「ほんと?」
私が驚いていると、隙をみてヴィクトルが唇に軽くキスをした。
「ミアをちゃんと埋葬したら、私は、中身はうぐみ。外見はミア・フォルトナーとして生きていくわ」
「はい……」
今度はしっかりとお互いの唇を重ねて、ヴィクトルと私は見つめあった。
明るい日差しが窓から差し込んできて、私たち2人を祝福するみたいに、優しく包み込んでくれていた。
―― 完 ――




