没落令嬢vs変人の噂
「この前の依頼、改めて助かったよ」
そんな風に感謝を述べるのはフィニー。
お礼のために個室を用意してくれているのはVIP待遇感があっていいですわねえ。
と、いうわけでわたくしたちは休みを利用してアドルインへ。
リオとアルシュカは馴染みの冒険者たちと食事に行っておりますわ。
なのでわたくしはこうしてフィニーと一対一。
ヒョルド絡みの依頼については報告も終わっていますわ。
支払いに関してはまだまだ先であるとのこと。どうやらヒョルドとそのお仲間たちが随分な札付きだったようで、その背景を調べて依頼やら賞金首との照合やらでなかなか大変そうですわ。
それだけ調べないとならないとは……銭の支払いの日が楽しみですわよねえ。ホーッホッホ!
「あの一件で、そちらに聞き忘れがないかを確認に来たというのもございますけれど、本命としては別にありましてよ」
「君のことだからどうせ厄介な内容なんでしょうね」
「厄介かを判断するために聞きにきた、ってところですわよ。現状は」
「絶対厄介な方向に転がるじゃない。
君はそういう星のもとに生まれている人なんだから。で、なに?」
素晴らしい星ですわよね。目立てますし。
「パラクタって人間、ご存知でしょう?」
「アルケミストの?」
「ええ。超帝国の変人パラクタ・パシウス卿ですわ」
「そりゃあ、まあ。終の住処として選んだのがこの街だしね」
「あら、そうなんですのね。わたくし、彼について知りたくって」
「知ってることありったけ教えろってことね。賊みたいよ、あなた」
「よく言われますわ、ホホホ」
勿論、わたくしだって相手を選ぶし、求める情報も選びますわよ。
少なくとも彼女も『全て(話せる範囲のこと)』であることをわたくしが理解している上での返事でしょう。
「彼が流れ着いてきたのはあなたがこの街を追い出されてから割とすぐのことだったかな。
市長が放逐されたお陰で一時は人の出入りが活発になったし、それに引っ張られて商業的にもそこそこに美味しい季節になってたの」
人の出入りが激しく、利益も多かったから不意に入ってきたパラクタのことを当初知るものはいなかったらしいですわね。
他にも貴族や、ちょっとした集団で移住した方々も少なくなかったからこそ従者やら騎士やらを連れたパラクタ卿の到着はニュースにならなかった、と。
彼の存在に町の人間が気がついたのはゴミ屋敷ができあがってからだそうですわよ。
「勿論、問題にはなったんだよ。ゴミ屋敷っていったって、生ゴミが山になっているとかじゃなくって、用途不明の何かが壁になってたりする感じで」
「ああ。放置してて大丈夫なの? って感じでみんな怖がっていた感じなんですわね」
そういうこと、と彼女は返事をし、
「家は彼お手製のゴーレムやお付きの騎士たちが守っているし、呼びかけにも応じないし。
でもある日、彼がギルドにやってきたの」
フィニーが思い出すようにしながら、言葉を続けてくださいますわ。
✘✘✘
「依頼を頼む」
身なりのいい青年だった。表情に影はあるものの、顔立ちは美形と言って差し支えない。
彼が依頼の発注者の欄に変人、パラクタ・パシウスと書かなければ誰もが彼を都市外からやってきた有力貴族の継嗣か何かだと思っていただろう。
「え、あなたが」
「内容を確認してくれ。不備があったらここで修正する」
「はい、失礼いたしました」
フィニーも思わず『こいつが噂のゴミ屋敷の主人かあ』という声を上げそうになったのを相手の言葉と自制心で飲み下した。
彼が住み始めて数年経っているはずだったが、いまだにその実存を確認した人間はこの街にはいなかった。
「内容は──自分の死後、その研究を発展をせず、しかし現状状態で使用してくれる人間を求めること?」
「そうだ」
「ええと、具体的には」
「そのままだ。最高傑作ができた。この技術をこれ以上発達させようとすると人族社会の構造が変わる。だから発展を許してはならん。
だが、せっかくの最高傑作。何かに使って欲しい、そういうことだ」
具体的にされた具体的ではない依頼。
とはいえ、フィニーもこの仕事に慣れ始めた頃合い。ライヒと話している時間に跳べばさらに上手くやれるとしても、この段階でも十分に受付業務は進めることができる。
なにせ彼のみならずあやふやであったり胡乱であったりする依頼内容は数多く寄せられる。
●犬の背泳ぎの真実。その探究。
だとか、
●山と三百。どうするの。
だとか、
●先祖の子孫の新たな探究について。
だとか。
とにかく意味不明な依頼を持ち込まれることは少なくない。
大抵説明させれば依頼書として書き直せるものが多く、受付業務はそうした『説明させぢから』のようなものが重要であった。
その上で、パラクタ・パシウスの返答は完璧だった。
完璧に具体的ではなかった。
だが、当人もそれを理解したようで、少し悩んでから、
「最高傑作が何かは伝えられない。それを説明しすぎることが問題だからだ。
だから、形状だけを伝える。
私は鍵と称しているが、人から見ればそれは剣のようにも見えるだろう。
刀身は果てない空色の宝石を使っている。
ここまではいいか」
よろしくはないのだが、
「つまり、鍵と呼ばれる剣の死後の引き取り手を探して欲しいということですね?」
纏めた。
纏めきった。
フィニーはデキる受付だった。
パラクタも静かにそうだと頷く。内心で綺麗に纏められたことを驚いていた。
「そして、その引き取り手はアルケミストまたはそうした技術を持たないか、あなたの遺品を技術の発展に使わないことを確約できるか、第三者的に判断できるものである必要がある。
お間違いありませんか?」
「ああ。そうだ」
「報酬は」
「私の家と土地、そしてそこにあるもの全てだ」
そう言って彼は書類や金庫の鍵であろうものを机の上に無造作に、無警戒に置いた。
「ちょちょちょちょっと待ってくださいね!」
フィニーも焦る。
変人とはいえ超帝国でそれなり以上に重用された人物の資産だ。
下手を打って何かを失くしてしまえば、ここの冒険者ギルドが消し飛んだとしても賄えないほどの金額かもしれない。
「あとは頼む」
焦っているフィニーを背にして彼は去ってしまう。
ギルドは彼のことを探したが、見つかったのは数日後。そして見つかったのはアドルインの外壁で暴漢に刺された彼の死体であった。
✘✘✘
「それで依頼は?」
「出せなかったの」
「それまたどうしてですの。財産ガッポだったんじゃあございませんの?」
「屋敷と土地はあったけれど、そこにあった資産と呼べるものはなかった。
何もかも奪われたあとだったの」
守っていたゴーレムや騎士の多くも殺された。
あの怪我をしていた騎士は生き残りで、それからずっと主を殺した相手を必死に探し回っていたのですわね。
「なにより、彼が引き取って欲しいと言っていた剣もなかったから」
今、わたくしの腰にありますけれど──とは言えませんわよねえ。
でも、こりゃ上手くいけば屋敷と土地をもらえるかもしれませんわね。そうなりゃそれを売り払ってまたちょっとした財産になりそうですわよ。ウッシッシ。
「じゃあその依頼──」
「ダメよ」
「まだ何も言ってないじゃありませんの」
「ダメ。とにかくダメ。
いい、よく聞いて。
依頼者を殺したのはおそらく、ドラルディン・ファミリーよ」
「またその名前ですのね」
以前の祠ダンジョンでのことは報告していますから、わたくしとドラルディンの間にあることも彼女は理解していますのよね。
それにヒョルドもまた、彼らとの関係があった。
だからこそ止めてくださっているのでしょう。
これ以上、都市の裏側に関係するのは危険だ、と。
「いい? あなたが考えているよりドラルディンは危険なの。
折角、領地の経営が軌道に乗ってきたところなんだから下手なことを考えずにいてちょうだい」
「それが無理な相談なんですわよねえ」
「どうして」
フィニーもここまで話してくださったんですから、この件に関しては話すべきでしょうね。
「そのパラクタの遺産、それ今わたくしの腰に帯びられてますわよ」
「……え?」
「アルシュカが助けた人間がパラクタの最後の家臣で、仇を討ってほしい。その謝礼としてこれを、って」
複雑な表情を浮かべるフィニー。そりゃあそうですわよね。
貴族や騎士の誓いがそこにあったことは予想できるでしょうし、そうなれば誰も口を差し挟める問題ではなくなりますもの。
「ごめんなさいね、フィニー。けれど、必要なことは十分に聞けましたわ」
立ち上がった私の腕を掴む彼女。
ここまで強引なのは本当に珍しいことですわね。それこそ、市長をぶん殴りに行こうとしたとき以来かもしれませんわね。
「どうせ私じゃ止められないし、やれることもないから、……だから、忠告だけさせて」
キレイな瞳がわたくしを貫くように見据えますわ。
あの日、わたくしが市長をぶん殴った日には逸らさせてしまった彼女の瞳。
けれど、今はまっすぐにわたくしを射抜いている。
「早晩、その剣──卿が鍵と呼んでいたものがあなたの手に渡ったことは知られると思う。
そうなればドラルディンの人間も何か動きを見せるのは間違いない。
先手必勝だなんて考えないで、無策でだけは突っ込まないで。それと、相手の出方を見て。
出方次第なら」
「この街が守ってくださる?」
フィニーが悔しそうに表情を歪ませましたわね。
「意地悪を言ってしまいましたわね」
「ほんと、意地悪だね」
裏社会の組織が大きくなるということはつまり、それだけ摘発もされていない。
いえ、摘発する側とベッタリになってしまっているということを示しているわけですわね。
勿論、街ぐるみ、守るものも善なるものもみんなってわけではないでしょう。
おそらくは街の運営に多少なりとも口を出せるものが後ろ盾。
であれば、わたくしが訴え出たところでクシャリと握りつぶされる、ですわね。
納税をしていない身分では親分に泣きつくこともできない。
息を整え直すフィニー。
睨むようにしたまま、
「出方を見て。相手の動きが見えれば返し手なんて幾らでも思いつけるでしょ、『性格の悪いあなた』なんだから」
「過分な評価ですわね」
「それに、社会に揉まれて私だって少しは性格が悪くなったんだから」
そういってから真面目な表情で視線をこちらに向けなおして、
「少しでも被害者であることがわかれば、大義名分があれば、私も動けるから。
あのときと違うの。
今の私であればこそ、できる戦い方がある。だから──」
もう置いていかないで。
昔馴染みの友人の泣き声のような言葉が聞こえるようですわね。
ええ。市長をぶん殴ったときは置いていってしまいましたもの。
「そのときが来たらイヤでも手伝わせますわよ。
だから、そんな顔しないで」
あやすような言い方をしてしまったのは失礼でしたわね。
けれど、それで彼女が思っているよりもわたくしが冷静であることは伝わったのか、彼女の溜飲は下がったようですわね。
「約束だからね」
そう言ってから、ちょっと待っていて、と彼女。
暫くして箱を一つ抱えて現れる。
「これはパラクタ氏があの日置いていったものの全て。一応見聞したけど金目のものは残ってもいなかった。けれど言葉らしきもので書かれたノートなんかもあった。
一応ってことで残しておいたの」
本来であれば期限が定められていて廃棄されるこうした預かり物。
けれど、依頼を受けつつも、そもそも依頼が遂行できないなど幾つかの条項で矛盾が生じたらしく、そのままにしていたものだそうですわ。
長く受付をやっていれば裏社会の連中と揉めることは一度二度では済まないでしょう。
彼女もまたドラルディンに一泡吹かせてやりたいとできる限りの準備をしていたのかもしれませんわね。
たとえば、そういうことにして証拠になるかもしれないものを残しておく──とか。
「それじゃ、預かりますわね。
何かあったらすぐに知らせますから、あなたも何かあればすぐに」
「伝えに行くなら逃げ込みに行くよ、そのときは」
「ええ。ジャガイモくらいしかないけれど、もてなしますわよ」
箱はずしりと思い。
超帝国の変人などと呼ばれていた人間ではあっても死後の無念は遺すのか。そう思えてしまう重さがありましたわ。




