没落令嬢vs夜逃げ
ごきげんよう。
わたくしは貴族令嬢。つまりお嬢様ですわ。
どこに出しても恥ずかしくないパーフェクトな貴族令嬢なのですわよ。
「ぐぎぎぎぎ……! せっかく用意したゴブリン軍団が散らされていく……!!
これでは収支が合いませんわ!!
あ、赤字……? わたくしの計算が…、コスト管理が……!?」
そんなわたくしは現在、執務室で叫んでいますわ。
「い、いえ、まだですわ。ゴブリン軍団を倒すことができて、調子に乗ったところを。ふひ、ふひひ……!!」
なるほど。
ダンジョンの奥に潜む悪党が半笑いで描かれる理由がよくわかりましたわ。
今のわたくしはまさしく、ダンジョンの主として邪悪な存在そのものとして楽しんでいるのですから。
どこに出しても恥ずかしくない(自認・自称)貴族令嬢であるわたくしがどうしてそんなことをしているかを語るには、少々過去を振り返る必要がございますの。
お忙しくなければお時間を少々いただきたいわ。
✘✘✘
わたくしの名前はライヒ・グレイトキャピタル。
血の源流を辿ればさる救国の英雄にも繋がると噂の貴族令嬢なのですわよ。
わたくしの中に流れるアツい血潮が貴族令嬢だけであることを良しとせず、衝動に突き動かされ、冒険者になるべく実家を飛び出しましたの。
いつかは悪しき魔王を倒す勇者になれる日を目指して、日々冒険者としてブイブイ言わしていましたの。
ですが、残念ながらわたくしの冒険はあっさりと終わってしまいました。
実家からの強制帰還命令。
まあ……、まあ……、実家からの仕送りで生活していた頃もあるわたくしですので命令には従わざるを得ません。義理と人情を欠かしては冒険者として生きてはいけませんもの。
冒険者の懐事情というのは大抵の場合は火の車。宵越しの金は持たないって具合のことになりがち。
例に漏れずわたくしもきらびやかなマイ馬車など持つような身分ではなく、公共交通機関を乗り継いでようやく故郷への凱旋ですわ。
とはいっても、故郷は大きな国家の外れにある忘れられているんじゃないのかしらってレベルの荘園。
大した税も命じられなけりゃ、大した名産品もございませんわ。
ですので逆に平和ですのよ。
馬車から降りてしばらく歩きますの。
歩く度にがしゃがしゃと鎧がやかましいけれど、バラして持ち運ぶと余計かさばるから仕方ありませんわね。
見た目が軍からの落伍者か、その発展型の野伏りですって? おだまり!
✘✘✘
しばらく歩いて、ようやく到着した実家。
お屋敷だけは古い時代の遺跡を流用したとかで、なかなか立派なのですわよ。
「ホーッホッホッホ! ライヒが今! 戻りましたわよ~~~」
扉を開けて高笑い。
これくらいしなければ冒険者としてもお嬢様としても無礼られますのよ。
「ホーホホホホ! ホ……ホ?」
……ん?
誰も来ないですわ。
これだけ高笑いすれば誰かしら来ると思っていたのですが。
一応最低限、給仕やら何やらがいたはずですのに、来ませんわ。
我が実家は前述の通り、遺跡を流用しているのでリビングには用途も意図も不明なバカデカアーチが存在していますの。
一応、来客があったらアーチの頂点に吊るされた鈴が鳴ったりするんですけれど、それは取り去られていましたわ。便利でしたのに、どうしたのかしら。
そのうえで、感じられる範囲で人の気配の一つもありゃしないですわ。
まさか、何かあったのかしら。
肩に担いでいた剣を鞘から抜いて、構える。気配。感じない。暗殺者。いや、こんなショボい貴族に? 押し入り……。もないでしょう。
襲って得るものなんてありゃしませんわ。
せいぜい来年の種芋くらいですわよ。ここにありそうなものなんて。いえ、勿論種芋は超大事ですけども。さておき。
それでも警戒しながら屋敷を進む。
一応備えられている応接室に入る。
金目のものがあるように見える部屋はここくらいですものね。
ぎぃ、と油が差し足りないのか、歪んでいるのかもわからない悲鳴のような音とともに扉が開く。
いない。
誰もいない。
ただ、目を引くものは一つあった。
机の上に置かれた小箱と紙片。
剣を収め、まずは紙片を見る。
『我が娘、ライヒであればこの小箱を開けよう。
第三者がこれを見つけたのなら──』
第三者じゃないからどうでもいいですわね。
小箱は、っと、魔力で認証するってよくある奴ですわね。
正直、古くてショボいセキュリティですわ。初心者用ダンジョンの宝箱のほうがもう少し手応えがあるレベルですわよ。
旅の中で培ったわたくしの盗っンン。……斥候技術であればちょちょいのちょいですけれど、まあ、大人しく魔力を流しましょう。
……。
あら? 開かない。
ああ。相当な安物ですのね、これ。こういうエラーよくあるんですのよねえ。
結局、鍵開けの技術が役に立つってわけですわね。
冒険者の手並み、ご照覧あれといったところですわ。行きますわよ。
ちょちょいのちょいっと。
〝カチャリ〟
解錠音まで軽くてお安いですわね。
ともかく余裕の爆チョロで開けましたわ。ホホホ。
開いてみれば中には手紙と……指輪。
なになに。
『我が娘、ライヒよ。
この手紙を呼んでいる頃には我々はもう他国に亡命している。
すまないが好条件だったんだ。
妻も、給仕二人も一緒だ。彼女たちも喜んでいる』
ンン?
『我々は死んだことにしてほしい。ライヒよ。この領地とその未来を託す。
お前には経営やら貴族としてのアレコレは幼少の頃に叩き込んでいる。
大丈夫、ライヒはやれる子だから。大丈夫だ。ファイト。ファイト&ガッツ』
急いでいるのかしら。
凄まじく投げやりな文章に見えますけれど。
『同梱している指輪は代々この地の持ち主であることを示すマジックアイテムだ。
効果はよくわからんが、権威というやつは一応ある。
残すべきことは色々あるが時間がない。出発が急遽決まってしまってね』
それは仕方ありませんわね~……とはなりませんわよ?
え?
一枚の手紙で終わらせる気ですの?
『では、ライヒよ。お前の未来に栄光と繁栄がありますように』
ハア?
え?
なに?
内容が終わったけど?
確かに荘園は限界だし、仕送りも一年前から滞っていたし、出た頃は少額ながらも頂戴していて、でもすぐに何故かジャガイモが現物支給で送られてきたりしてたけど、
そんなに困窮していたなら早く言いなさいよ!!
アホなんですの!?
アホなんでしょうね。我が親ながら。それが嫌で逃げ出したのもありますもの。
……それにしたって、全てを置いて任せて逃げるとか。
いや、やっぱり逃げ出したわたくしが言えることなどどこにもありませんわね。
最初の頃は仕送りで何とかなっていたのも事実ですもの。
経営。
領地。
運営。
貴族。
責任。
立場。
わ、わたくしにそんなことができるんですの……?
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ライヒ・グレイトキャピタル
編み込みとポニーテールで長い髪を纏めているのが特徴的な、活発過ぎる貴族令嬢。髪型は貴族としての嗜みであり、冒険者時代も変わらずそうしていた。
高身長。出るところが出ている。
その美しさはまさしく貴族令嬢。
だが、戦法と戦術が脳筋すぎることも手伝って、
『政治的な手腕のない家であり、
貴族の立場に何かがあって冒険者に零落したのだろう』
……と言われている。
冒険者時代の二つ名は『没落令嬢』、または『雑思考』。




