EP-009 SYNC ERROR: 託されたもの
あの後、母が来て一緒に帰った。
祐の親御さんよりも、うちの母の方が先に来たのは意外だった。
祐がまだ目が覚めていないのに、保健室に置き去りにするのは後ろ髪引かれたけど、此処でずっと母を待たせる訳にもいかないので、諦めて帰る事にした。
わたしの家には車は無かったので、母と一緒に徒歩で帰路についた。
その間、母は何も言わず、何も聞かなかった。
だからこそ、いつもと違っていた。母は、わたしに明るく何でも話してくる人だ。こんなふうに静かに押し黙るなんて事はない。特に、わたしに何かあったのならばなおさら事情を聞くはずだ。
しかし、家に着くまで母は一言も話さなかったし、目も合わせなかった。
「ねえ、シンクロア」
部屋に独りになってすぐに、シンクロアと話す。待ちに待った瞬間だ。
「わたし、どうしたらいい? 明日もまた、アイツが来ると思うの。ううん。たぶんずっと毎日来ると思うの」
『愛衣様は、どうしたいのですか? あの男が二度と来ないようにするには、倒す必要があります。その覚悟はお有りですか?』
「倒すって、影崎君みたいに?」
『そうです。そして、恐らく、次の来訪者が来る事が予想されます。あの男は、ただの手先だと思われます。バックに何らかの組織だったものが存在すると考えられます。そうなると、その組織そのものを倒さないと、今日のような事が続くと考えて間違いないでしょう』
シンクロアに言われるまでもなく、その事は薄っすらと感じていた。アイツの、あの力。わたしは、自分の能力を越えた力で叩きつけた。それこそ地面にぶつかったアイツの骨が折れるぐらいに。大怪我をさせたのではないか? ひょっとして殺してないだろうかと心配になった。
でもアイツは、恐らく自力で立ち上がり、あの場を逃げ去ったのだ。それは、影崎君と同じ様な、人間離れした力を持っているからだ。
アイツと戦う? 影崎君のときのように? アイツは狂ってなかった。いや、性格的には狂ってるのかもしれないけど、正常な判断力を持っている。影崎君のときは、ただ暴れている人と戦っただけだった。戦って相手を打ち負かそうという意志や知能を感じなかった。けれどアイツは違う。アイツはあの力をコントロールして、戦って来るに違いない。そんな相手とわたし、戦えるの?
とてもじゃないけど、戦える気がしない。
ましてや、シンクロアの言うとおり、バックに組織が付いてて、それを倒すなんて絶対できると思えない。
「無理だよお。シンクロア。わたし、ううん、シンクロアと一緒に戦ったとしても、アイツには勝てるって思えない。それに組織とか、そんなのと戦うなんて無理」
『愛衣様、ご謙遜を。組織については、解りかねますが、あの男については、愛衣様は、勝るとも劣りません。ワタシが保証します』
いやいやいや、どう考えたって無理でしょうよ? アイツむっちゃ強そうじゃん。
『しかしながら、戦う以外に選択肢は無いと思います。それに愛衣様が望まなくとも、あの男は愛衣様と戦う事を望んでいるように思われます。あの男の行動を分析しますと、愛衣様の力を測ろうとしているように感じます』
「試す? 試してどうするのよ? それにそれなら、わたしアイツ投げ飛ばしたからもういいんじゃないの?」
『愛衣様が、あの男を投げ飛ばした事によって、あの男は確信したと思います』
「確信した? って何を確信したっていうの?」
シンクロアの物言いに、嫌な汗が流れる。
考えないわけではなかった。アイツはしつこく聞いていた。それは何についてだっただろうか?
『愛衣様が、特殊な力を使っている事です。つまり、ワタシの存在です』
「なんでアイツが、シンクロアの事を探っているのよ? そもそも何で知ってるのよ? シンクロアは父が作ったものでしょう? 他にもシンクロアみたいなのがあるの? そう言えば、影崎君も似たようなものを使ってるって言ってたよね? どういう事よ?」
『ワタシは愛衣様のお父様に作られたもの、そのようにプロパティーデータには記載されています。お父様が他にも作られていたかの記録はありません。影崎翔太や、あの男から感じるものは、ワタシと似たようなものですが、その記録もデータ上にはありません。彼らの身体能力を計測した結果として、ワタシと同程度の機能を持つデバイスを使っていると考えられます』
「結局、シンクロアも何も知らないっていうことなの?」
『申し訳ありません。愛衣様。推測することは可能ですが、現時点において、取得できる情報からは、何も確定することはできません』
そうだよね。シンクロアといえども、何でも知ってるわけじゃないよね。
とはいえ、シンクロアの言うように、アイツと戦う? またその先にあるアイツみたいなのが居る組織と戦う? なんで? そもそもの話、どうしてこうなったのか解らない。
コンコンと、わたしの部屋のドアが叩かれた。お母さんだ。
「愛衣、ちょっといい?」
いつになく神妙な声音だった。
「いいよ」と、わたしも落ち着いた声で応える。
今日の帰りの母の様子から、きっと大事な話があるのだと予感した。
母はドア開けて入って来た。
その顔は、どこかやつれて見えた。
母は、絨毯に座っているわたしの隣に、静かに座った。
「あなたに、渡すものがあるの。ずっと渡すかどうか迷っていたんだけど。できれば、渡さないで済むならと思っていたんだけどね。それももう無理そうだから」
そう言って、銀色の薄く平べったい金属をわたしに手渡した。
「これは?」
裏向けたりして、これが何かを判別しようとしたけど、ただの金属の板にしか見えなかった。
「それは、愛衣に渡すようにって。お父さんの遺品よ」
「お父さんの? でも、これっていったい」
お父さんの遺品だと言われれば、大切なものだと思うけど、こんなの、渡されても意味がわからないよ。
「それはね、あなたが持っているのは、シンクロアの外部記憶装置なの」