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気弱な私をAIシンクロアが最強に変えるけど使いこなせない件  作者: 杉乃 葵
第一章 SYNC ERROR

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EP-002 SYNC ERROR: 教室のノイズ

「愛衣! 今日は重役出勤ですなー」


 ドンと背中を叩かれる。

 叩かれた衝撃が背骨から手足の先の方まで、瞬時に痛みとなって伝わる。動けるようになったとはいえ、転倒した際の全身打撲の痛みは取れていなかったので、わたしは、「きゃぁ!」と教室中に響くような大きな悲鳴を上げてしまった。

 休み時間の教室がサァっと静まり返り、クラスメイトの視線が一斉にわたしに集まった。

 わたしの顔は真っ赤に染まっていることだろう。その顔を見られていることが、また恥ずかしさを倍増させてしまう。


(ゆう)、背中、痛い。ちょっと、叩くの、やめて」


 元気なショートカットの同級生、祐が両手を腰に当てて「どうだ?」と言わんばかりのポーズで立っていた。

 このまま祐に何も言わないままだと、またどうせ何度もバンバン叩いてくる。祐はそういう子だということを、わたしは知っている。彼女は、わたしの幼馴染で親友だから、その行動パターンはよくわかっている。幼い日、祐はよく家に遊びに来てはわたしを外へ連れ出し、話をするたびに、身体をぶつけて来ていた。「ねえねえ」と言っては肩を叩き、「あっちに行ってみよう!」と言っては背中を叩いていたのだ。その辺りは、昔と今も大差ない。


「どうしたー? そんなに強く叩いてないよ? 怪我でもした?」

 祐が心配そうにわたしの様子を窺ってきた。


「あ、うん。そう。ちょっとさっき転んで、全身が痛いの。だから、やめて、ね」

 実は結構ひどい怪我だったんだけど、シンクロアが治してくれたのだ。それがなかったら今頃病院のベッドで寝ていたにちがいない。


「そうなんだ。なになに? それで遅刻したってわけ?」

「うん。まあ、そんな感じ。ちょっと寝坊して、急いで走ってたら、盛大に転んじゃって……」

「まじかー。大丈夫なの? 保健室行く? ついて行くよ?」


 心配してくれるのはありがたいのだけど、大声で話されると周りのクラスメイトたちに聞かれるのが恥ずかしいので、やめて欲しい。


「あ、うん。大丈夫。身体が痛いだけだから」


 この上さらに保健室に行くとかなったら、目立ちすぎる。ただでさえ、さっき授業中に途中から遅刻で入ってきて恥ずかしい思いをしたばかりなのだ。

 そして問題はそれだけではなかった。祐の声はよく通る上に大きい。わたしの声はともかく、祐の声は教室中に響き渡っていた。

 教室がにわかにざわつく。

 前の方で、女子たちが顔を見合わせて、「あの子また転んだの?」と、わたしをチラチラ見ながら笑い合っている。

 まあ、たしかによく転びますけど、なにか?

 横の方で男子たちが「高校生にもなって、そんなに転ぶことあるか? 普通」とか言って呆れている。

 うるさいなあ……、放っといてよ。

「前にさあ、あの子、課題発表のときさあ――」

 話題がどんどん変質し別の話になって拡散して行き、終わる様子がない。わたしをネタにして楽しんでいるんだ。

 いつもの事とはいえ、慣れるものでもなく、彼らの言葉はわたしの心に突き刺さる。早くこの時間が過ぎ去って欲しいと、じっと耐える事しかできない。


 その一方で、「祐がまるで保護者ね」と、からかっている集団がいる。

 祐までわたしのせいで、馬鹿にされているようで悔しいし、辛い。祐に申し訳なかった。


 昔から、わたしは人前で話すのが苦手だった。だから授業でみんなの前で課題発表とか、とても無理だった。教卓の前に立ったとき、頭が真っ白になったのを覚えている。

 わたしが話せるのは祐だけだ。みんなみたいにいろんな事を、わたしは上手くやれない。わかってる。わかってるから、そっとしておいてくれないかしら。


「あー、なんか悪かったな愛衣。気にすんな」

 祐は笑って、わたしの肩を叩こうとして手を止める。


「まあ、無理すんな。愛衣は、愛衣でいいんだから」

 と肩をすくめて、自分の席へ帰っていった。


 祐が去ると、わたしの近くには誰も居なくなった。

 その方が、わたしには落ち着いた。


「ねえ、シンクロア。わたしどうしたらいい?」

 周りから見られないように注意しながら、左耳にそっとシンクロアを掛けて、尋ねた。


『愛衣様は、どうされたいのですか?』


 わたしはどうしたいか?

 わたしはどうしたいのだろうか……。


「そうね……わたしは、みんなに馬鹿にされたくない。みんなと同じようになりたい」

 みんなと同じ事ができれば、みんなにとやかく言われる事はなくなるはずだ。


『人はそれぞれ違うものです。同じではありません』

「そーいう事じゃなくってさー。もういいよ」

 シンクロアは所詮はAIだ。人の心なんてわからないんだわ。


 みんなから離れるために、教室を出たかった。しかし、黒板の上の時計は、もうすぐ二時限目が始まる時間を見せていたので、断念した。


「ねえ、シンクロア。じゃあさぁ、わたし、みんなと一緒じゃなくてもいいからさあ、せめて馬鹿にされないようになりたいの。どうしたらいい?」

『それは、一度付いてしまったイメージを払拭するという事ですね。それには、愛衣様の日々の努力と行動が必要です』

 痛い。正論を突きつけてくる。


「シンクロアの力でなんとかできないの?」

『ワタシの力は、愛衣様の力なので、愛衣様次第となります』

「はぁ~。上手く行かないのねぇ」

 それはつまり、わたしの力が足りないと無理ってことじゃん……。


 隣の方で、「なんかぼそぼそ独り言、言ってる」とヒソヒソ声が聞こえた。


『愛衣様、教室での会話は、控えた方がよいですね。不審がられてイメージ低下に繋がります』

「わかってるわよ」

 不貞腐れているうちに、チャイムが鳴った。シンクロアとの会話を打ち切り、授業の準備をする。

 二時限目は国語だ。国語の教科書とノートを机の天板の下にある物入れから取り出して、机の上に重ねた。

 そう言えば、シンクロアって国語出来るのかな? 数学とか情報とか得意そうだけど。機械だし。

 わたしは、勉強は全般的に不得意だけど。

 国語の担当教員の林先生がすぐに教室に入ってきた。もうちょっとゆっくり来てもいいのになあ。

 林先生は、小太りでいつも白いシャツを着ている黒メガネを掛けた男性だ。三十歳ぐらいだろうか? よくは知らない。


 授業が始まった。

「今日は、中島敦の『山月記』な。安藤、読んでくれ」

「はい。えーっと、隴西の李徴は博学才穎、――」


 安藤君が指名されて、起立し、教科書を読み始める。

 国語の音読って意味が分からない。

 みんなの前で読み上げる事に、なんの意味があるんだろう。

 わたしが読むと、みんな笑うから嫌だ。決しておかしな読み方している訳じゃないので、もう笑うこと前提でみんな準備している気配がする。僅かなおかしさも聞き逃すまいといった意志まで感じるわ。

 あれはとっても嫌だ。


 そして、『山月記』。たしか、才能があるけど傲慢で、最後は虎になっちゃう話だっけ? 才能があるだけ羨ましいのに……

 

「よし、次。影崎」

「ぅ……あ、え。ごふっ」

「おい、影崎、どうした? 大丈夫か?」


 音読していた影崎君が急に咳き込み始め、身体がふらふらと揺れ始めた。

 手にしていた教科書を床に落とし、立っているのが無理な状態で、机に片手を付いて身体を支えている。


『愛衣様、彼、影崎翔太から、激しい波長の乱れを感じます。警戒してください』

「え? なに? シンクロア? なんて?」

 そういえばシンクロアを左耳に掛けっぱなしだった。髪の毛で隠れているからバレないんだけど。


「おい影崎、具合悪いなら、保健室だ。保健委員は誰か?」

「ぐっ、あ、あ、頭が、、があっ――!」


 苦しんでいた影崎君が、急に両腕を上げて吠え始めた。そして頭を両手で抱え、苦しそうにブンブン振った。

 彼の事は、よく知らない。大人しそうで、誰とも話しているところは見たことがない。痩せていて眼鏡を掛けた秀才というイメージがぴったりの男の子だった。だから暴れる姿なんて想像できなかった。他の人も、彼に同じ印象を持っていたのだろう。あまりの事に、皆唖然としていた。


「どうした?」と声を掛けた隣の男子生徒が影崎君に殴り飛ばされ、隣に居た女子生徒を巻き込んで、吹き飛んだ。

「きゃぁー!」

 教室中に女子生徒たちの叫び声が響き渡り、この空間が凍りついた。


「おい! 大丈夫か?!」


 林先生が、影崎君に駆け寄るが、あの重そうな先生も、軽々と影崎君に弾き飛ばされてしまった。先生は、黒板に激突した後、前のめりに倒れて動かなくなった。影崎君のパワーは、人間離れしていた。


 林先生が倒れたのをきっかけとして、教室全体にパニックが走った。

 女子生徒たちが方々でさらに悲鳴を上げその場で座り込む子や、男子生徒たちは、影崎君の周りを距離を取りながら取り囲んで押さえつけようとする者、教室から逃げようとする者で混乱状態になった。


「がぁ――死ねえぇ死んじまえぇぇ!」


 影崎君が自分を取り囲む男子生徒に向かって吠える。彼の前にいる男子生徒に右腕を伸ばすと、その生徒は弾き飛ばされて、壁に激突した。


「なに? なんなの? ねえ、どうしたの?」


 女子生徒たちが周りで震えている。


「おい! どうした!?」


 隣のクラスから、教員が騒ぎを聞きつけてやってきた。そして、他クラスの生徒たちも野次馬で覗きに来て、廊下が埋め尽くされていった。

「こら! お前たちは教室に戻れ!」

 他クラスの教員が、生徒たちを戻そうとするが、聞く者は居なかった。


「翔太が暴れてます!」


 男子生徒の誰かが、教員に告げる。


『愛衣様、愛衣様、聞こえていますか? お気を確かに』


 シンクロアの声で、ハッとした。

 わたしは、目の前で起こった事に呆然とし、それをずっと眺めていたようだ。


「えっと、シンクロア。ど、どうしよう?」


 できるだけ周りに聞こえないように教室の隅へ場所を移動して、シンクロアと話す。


『恐らく彼の力はワタシと同様に、人間の持つ力を増幅されていると思われます。逃げるなら、今すぐ逃げた方がよいです。彼の様子から、目に見えるもの全てを無差別に攻撃していると考えられます。ここに居れば、いずれ愛衣様にも害が及びます。彼と戦うなら、現状では愛衣様に勝ち目はありません』


「勝ち目がないって、どうして? シンクロアでわたし強くなれるんでしょ?」


『影崎はワタシと同じ様な力でその能力を増幅しています。従ってお二人とも同じだけ増幅したなら差は埋まらないということです』


「じゃ、じゃあ……どうすればいいの?」


『彼がワタシたちと同じであれば、彼のイヤホンを外せば、彼の力は弱まります。ですが、彼に近づくのは困難です』


 わたしがシンクロアと問答している間に、影崎君を取り囲んでいた生徒たちは次々と弾き飛ばされ、隣のクラスから来た教員もどこかに姿を消していた。警察でも呼びに行ったのか? あるいは人をたくさん集めに行ったとか?


『愛衣様、危険です。今すぐ逃げてください。影崎が愛衣様に狙いを定めました』


 影崎君の眼が赤く光り、ワタシを見据えていた。

 その眼は人間とは思えない、獣じみた獰猛さを感じた。わたしは恐怖で足が震えた。

 怖くて、彼から目を離せない。瞬きすることすら躊躇われる。

 

『愛衣様、呼吸が乱れてます。すぐに呼吸を――」

 

 息をゆっくり吸って、自分を落ち着かせようと必死になるも、身体が勝手にでたらめな激しい呼吸をしてしまう。

 自分の呼気でもたもたしているうちに、影崎君がわたしに向かって跳躍してきた。


『愛衣様、しゃがんでください』


「愛衣! 危ない! 逃げて!」

 ぶつかる間際のところで、祐が影崎君に体当たりして弾き飛ばす。しかし同時に、祐も弾き飛ばされて、後ろのロッカーに激しく身体を背中から打ちつけて落ち、そしてそのまま動かなくなった。


「祐!」


 慌てて祐に駆け寄り、倒れた彼女の呼吸を確かめる。


「シンクロア!」

『はい。愛衣様。祐様に生体スキャンを実行します。――祐様に命の別状はありません』


 良かった。無事なのね。でも、騒ぎが終わったらちゃんと病院で診てもらうように言わないとだね。


「ねえ、シンクロア。彼のイヤホンを取ればいいのね?」

『はい。ですが、成功率は低いです』

 成功率が低くても、祐を見捨てて逃げるなんてできない。

 ここでわたしだけ逃げたら、後で祐に顔向けできないじゃない。


「シンクロア。行くよ。影崎君を止めるよ」

『了解しました。呼吸を整えてください。ゾーンへ導きます』

 本当は怖い。逃げ出してしまいたい。でもここで逃げたら、この先わたしは後悔しながら生きていくことになる。だったら、少ない可能性もできる可能性に掛けた方がましだと思う。


 息をゆっくり吸い、ゆっくりと吐き出す。軽く眼を瞑ると、額が開くように意識が拡大する。

『いいですよ。そのまま、その波長に乗ってください』

 シンクロアの声に導かれて集中状態が加速する。雑念が消え、教室全体が360度カメラで見ているかのように手に取るように判る。

 影崎君がわたしの前でゆっくりと起き上がろうとしている。わたしの横に祐がうつ伏せで倒れている。教室の机が、めちゃめちゃな方向にズレて並び、また横倒しや反対になっている机もある。


『愛衣様、先手必勝です。おそらく彼は愛衣様の力を知らないでしょう。油断している今がチャンスです』

 シンクロアの助言に従って、起き上がってくる影崎君に向けて、最速でダッシュして蹴りを入れる。

「あっ?」

 しかし、彼はそれを軽々と躱した。わたしの蹴りは、彼の胸元を掠めただけに終わる。

「油断してても、躱せるの?!」


 力いっぱい蹴り上げたため、わたしに無防備になってしまった。彼は躱した身体をそのまま反転して、後ろ蹴りを浴びせてきた。


「きゃっ!」


 彼の蹴りが、まともに横っ腹に入り、そのまま後ろに倒れる。

 痛い。身体中が軋む。


『大丈夫です。骨は折れていません』

 それはよかったけど、痛いです。肋骨逝ったかと思ったぐらい。


『愛衣様、敵の動きが速い為、ワタシの音声指示では追いつきません。生体情報に直接信号を送ります』

「え? まって、それってどういうことぉぉぉ」


 会話中に突然、わたしの身体が勝手に動き出した。

 影崎君の腕から放った気のようなものが、わたしの頬を掠め、髪の毛が乱れる。

 まともに喰らっていたら、危なそうな気配がした。

 自分の身体が勝手に動くのは何か気持ち悪い感触だけど、シンクロアが動かしてくれなかったら、どうなっていたかわからないから、ひとまずよしとしよう。


『ワタシが愛衣様の神経に電気信号を送り、それによって愛衣様の身体を動かします。また、愛衣様は愛衣様で動く事ができます。ワタシが躱す事に専念しますので、愛衣様は、相手に隙が出来たら飛び込んでください』


「隙が出来たらって言っても……これ、隙あるの?」


 影崎君の拳を、シンクロアがわたしの身体を紙一重で躱させる。彼は前進してきて、拳で空気を斬りながら殴ってくる。頬とか髪とかが擦れて凄く怖いんですけど。シンクロアを信じてるからできるけど、こんな怖いアトラクションはごめんだわ。


「ねえ、シンクロア。もっとちゃんと躱せないの?」

『可能ですが、あまり速く躱すと、周りから不審がられます。必要最低限の動きで躱す必要があります』

「いや、それはわかるけどぉ――、そんなこと言ってる場合?」


 戦っている時点で不審がられてると思うけど……。

 眼の前で、男の子がブンブン殴ってくるのは怖すぎます。


『愛衣様、早く隙を見つけてください』

「そんな事言われてもー、わたし格ゲーとか苦手だしぃ」

 わたしはひたすらシンクロアに任せて、躱していることしかできない。


 影崎君のパンチが逸れて壁のコンクリートを打つ。血しぶきが上がり、彼の右腕が変な場所から曲がった。

 うわ……。あんなの見ちゃうと、わたしまで腕が痛くなってくる。

 しかし、これはチャンスなのでは?

 影崎君は、右腕の状態を確認しようとして、視線が右腕にそれた。

 今だ! そう考えた瞬間に、わたしは彼に飛びかかっていた。

 捕まえた!

 影崎君の胴に飛びつき、腕で腰を掴んでそのまま押し倒す。

 すぐさま、彼の耳に手を伸ばした。


 しかし、そこには何も無かった……。


「え? シンクロア。これって……」

『我々とは違うタイプのようです。ワタシのデータベースには、そんな情報は存在しません。あ、愛衣様――』


 次の瞬間、影崎君の左腕が見えると同時に意識が途絶えた。


 わたしは、どうなったんだろうか……


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