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EP-002 SYNC ERROR: 教室のノイズ

「愛依! 今日は重役出勤ですなー」


 ドンと背中を叩かれる。

 動けるようになったとはいえ、全身の痛みは取れていなかったので、大きな悲鳴を上げてしまった。

 わたしの悲鳴に、休み時間の教室が静まり返り、みんなから注目を集めてしまう。

 すごく恥ずかしい。全身が真っ赤になり、それがまた恥ずかしさを倍増してしまう。


(ゆう)、背中、痛い。ちょっと、叩くの、やめて」


 何も言わないでいると、バンバン叩いてくる。祐はそういう子だという事を昔から知っている。彼女は、わたしの幼馴染で親友だから、その行動パターンはよくわかっている。


「どうしたー? そんなに強く叩いてないよ? 怪我でもしたー?」


「あ、うん。そう。ちょっとさっき転んで、全身が痛いの。だから、やめて、ね」


「そうなんだ。なになに? それで遅刻したってわけ?」


「うん。まあ、そんな感じ。ちょっと寝坊して、急いで走ってたら、盛大に転んじゃって」


「まじかー。大丈夫なの? 保健室行く? ついて行くよ?」


「あ、うん。大丈夫。身体が痛いだけだから」


 この上さらに保健室に行くとかなったら、目立ちすぎる。ただでさえ、さっき授業中に途中から遅刻で入ってきて恥ずかしい思いをしたばかりだ。

 そして問題はそれだけではなかった。祐の声はよく通る上に大きい。わたしの声はともかく、祐の声は教室中に響き渡っていた。

 教室がにわかにざわつく。

 前の方で、女子たちが顔を見合わせて、「あの子また転んだんだって」と、わたしをチラチラ見ながら笑い合っている。

 後ろの方でも、「この前も、体育で転んでたよね」という呆れて馬鹿にした様な声が聞こえてくる。

 横の方で男子たちが「高校生にもなって、そんなに転ぶか? 普通」と、わざわざ聞こえるように言ってくる。

「あの子さあ、前に課題発表でさあ」と誰かが言い出し、

「知ってる知ってる。途中でわかんなくなってフリーズしてた話よね」と笑い声が弾ける。

 話題がどんどん変質し拡散して行き、終わる様子がない。わたしをネタにして楽しんでいるんだ。

 いつもの事とはいえ、慣れるものでもなく、彼らの言葉はわたしの心に突き刺さる。早くこの時間が過ぎ去って欲しいと、じっと耐える事しかできない。


 その一方で、「祐がまるで保護者ね」と、からかっている集団がいる。

 祐まで馬鹿にされているようで悔しいし、辛い。


 いたたまれない。人前でわたしは普通に話せない。だからみんなの前で発表とか無理だった。頭が真っ白になる。わたしが話せるのは祐だけ。なんでそんな前の話まで持ち出すの? 自分がみんなみたいにいろんな事を上手くやれないのは、わかってる。わかってるから、放って置いて欲しい。


「あー、なんか悪かったな愛依。気にすんな」


 祐は笑って、わたしの肩を叩こうとして手を止める。


「まあ、無理すんな。愛依は、愛依でいいんだから」


 と肩をすくめて、自分の席へ帰っていった。


「ねえ、シンクロア。わたしどうしたらいい?」


『愛依様は、どうされたいのですか?』


「わたしは、みんなに馬鹿にされたくない。みんなと一緒になりたい」


『人はそれぞれ違うものです。同じではありません』


「そーいう事じゃなくってさー。もういいよ」


 みんなから離れる為、教室を出たかったけど、もうすぐ二時限目が始まってしまう為、それも叶わなかった。


「ねえ、シンクロア。わたし、みんなと一緒じゃなくてもいいからさあ、馬鹿にされないようになりたいの。どうしたらいい?」


『それは、一度付いてしまったイメージを払拭する事ですね。それには、愛依様の日々の努力と行動が必要です』


「シンクロアの力でなんとかできないの?」


『ワタシの力は、愛依様の力なので、愛依様次第となります』


「はぁ~。上手く行かないのねぇ」


 隣の方で、「なんかぼそぼそ独り言、言ってる」とヒソヒソ声が聞こえた。


『愛依様、教室での会話は、控えた方がよいですね。不審がられてイメージ低下に繋がります』


「わかってるわよ」


 不貞腐れているうちに、チャイムが鳴り、二時限目の国語の授業が始まった。

 シンクロアって国語出来るのかな? 数学とか情報とか得意そうだけど。

 わたしは、勉強は全般的に不得意だし。

 

「よし、次。影崎」


 国語の音読って意味が解らない。

 みんなの前で読み上げる事になんの意味があるんだろう。

 わたしが読むとみんな笑うから嫌だ。


「ぅ……あ、え。ごふっ」


「おい、影崎、どうした?大丈夫か?」


 音読していた影崎君が急に咳き込み始め、身体がふらふらと揺れ始めた。

 ちゃんと立っているのが困難になったようで、机に片手を付いて身体を支えている。


『愛依様、彼、影崎翔太から、激しい波長の乱れを感じます。警戒してください』


「え? なに? シンクロア? なんて?」


「おい影崎、具合悪いなら、保健室だ。保健委員は誰か?」


「ぐっ、あ、あ、頭が、、があっ――!」


 苦しんでいた影崎君が、急に両腕を上げて吠え始めた。そして頭を両手で抱え、苦しそうにブンブン振った。

 彼の事は、よく知らない。大人しそうで、誰とも話しているところは見たことがない。痩せていて眼鏡を掛けた秀才というイメージがぴったりの男の子だった。それは他の人も、彼に同じ印象を持っていたのだろう。あまりの事に、皆唖然としていた。


「どうした?」と声を掛けた隣の男子生徒がぶん殴られ、その隣の女子生徒を巻き込んで吹き飛んだ。


「おい! 影崎! 大丈夫か?!」


 国語の担当教員の林先生が、影崎君に駆け寄るが、弾き飛ばされ、黒板に激突した後、倒れて動かなくなった。


 林先生が吹き飛ばされたのをきっかけとして、教室全体にパニックが走った。

 女子生徒たちが方方で悲鳴を上げ、男子生徒たちは、影崎君の周りを距離を取りながら取り囲んだ。


「がぁ――死ねえぇ死んじまえぇぇ!」


 影崎君が前にいる男子生徒に右腕を伸ばすと、その生徒は弾き飛ばされて、壁に激突した。


「なに? なんなの? ねえ、どうしたの?」


 女子生徒たちが周りで震えている。


「おい! どうした!?」


 隣のクラスから、教員が騒ぎを聞きつけてやってきた。そして、生徒たちも覗きに来て、廊下が埋め尽くされていった。


「翔太が暴れてます!」


 男子生徒の誰かが、教員に告げる。


『愛依様、お気を確かに。正気に戻りましたか?』


 シンクロアの声で、ハッとした。

 わたしは、目の前で起こった事に呆然とし、それをずっと眺めていたようだ。


「えっと、シンクロア。ど、どうしよう?」


 出来るだけ周りに聞こえないように場所を移動して、シンクロアと話す。


『恐らく彼の力はワタシと同様に、人間の持つ力を増幅されていると思われます。逃げる場合には、今すぐ逃げた方がよいです。彼の様子から、目に見えるもの全てを無差別に攻撃していると思われます。ここに居ればいずれ愛依様にも害が及びます。彼と戦う場合、現状では愛依様に勝ち目はありません』


「勝ち目がないって、どうして? シンクロアでわたし強くなれるんでしょ?」


『普通の人間相手なら、相手が男性でも愛依様は勝てます。しかし彼はワタシと同じ様な力でその能力を増幅しています。その場合、その力は本来その人が持つ力に依存します。つまり、本来の力でお二人が戦った場合と同じという事です』


「同じだけ増幅されていたら、勝てないという事?! じゃあ、どうすれば」


『彼がワタシたちと同じであれば、彼のイヤホンを外せば、彼の力は弱まります。しかし、彼に近づくのは困難です』


 わたしがシンクロアと問答している間に、影崎君を取り囲んでいた生徒たちは次々と弾き飛ばされ、隣のクラスから来た教員も何処かに姿を消していた。


『愛依様、今すぐ逃げてください。彼がこっちに狙いを定めました』


 影崎君の眼が赤く光り、ワタシを見据えていた。

 その眼は人間とは思えない、獣じみたものを感じ、恐怖が全身を覆った。彼は正気を失っている。そう直感した。


『愛依様、呼吸が乱れてます。すぐに呼吸を――」

 

 恐怖心のせいで、なかなか呼吸が落ち着かない。

 もたもたしているうちに、影崎君がわたしに向かって跳ねた。


『愛依様、しゃがんでください』


 ぶつかる間際のところで、祐が影崎君に体当たりして弾き飛ばす。しかし同時に、祐も弾き飛ばされて、後ろのロッカーに激しくぶつかって落ち、そして動かなくなった。


「祐!」


 祐に駆け寄り、彼女の状態を確かめる。


「シンクロア!」


『はい。愛依様。生体スキャン実行。祐様に命の別状はありません』


 良かった。無事なのね。でも、騒ぎが起こったらちゃんと病院で診てもらわないとね。


「シンクロア。行くよ。影崎君を止めるよ。祐は、いつもわたしを守ってくれていた。だから今度は、わたしが祐を守るんだ! シンクロアと一緒なら、わたしはできる。シンクロアが居てくれる。だから、怖くても大丈夫。わたしだってやれるんだ!」


『了解しました。呼吸を整えてください。ゾーンへ導きます』


 呼吸を整え、軽く眼を瞑ると、意識が拡大する。シンクロアの声に誘われて集中状態が加速する。そして心が透き通り、教室全体が手に取るように判る。ゾーンに入った。


 影崎君が起き上がってくるのに合わせて、最速でダッシュして蹴りを入れる。

 しかし、彼はそれを軽々と躱した。わたしの蹴りは彼の胸元を掠めただけに終わる。

 わたしの体勢が整う前に、彼はそのまま身体を反転して、後ろ蹴りを浴びせてきた。


「きゃっ!」


 彼の蹴りが、まともに横っ腹に入り、そのまま後ろに倒れる。

 痛い。身体中が軋む。


『大丈夫です。骨は折れていません』


 それはよかった。肋骨逝ったかと思ったわ。


「こ、このやろう! 絶対倒してやる!」


『愛依様、敵の動きが速い為、ワタシの音声指示では追いつきません。生体情報に直接信号を送ります』


「それってどういうことぉぉぉ」


 会話中に突然、わたしの身体が勝手に動き出した。

 影崎君の腕から放った気のようなものが、わたしの頬を掠め、髪の毛が乱れる。

 まともに喰らっていたら危なそうな気配がした。

 自分の身体が勝手に動くのは何か気持ち悪い感触だけど、シンクロアが動かしてくれなかったら、どうなっていたかわからない。


『つまり、ワタシが愛依様の神経に電気信号を送り、それによって愛依様の身体が反応します。ワタシが直接、愛依様を動かしているわけではありませんので、愛依様は愛依様で動く事ができます。なので、ワタシが躱す事に専念しますので、愛依様は、相手に隙が出来たら飛び込んでください』


「隙が出来たらって言ってもー」


 影崎君の拳を、シンクロアがわたしの身体を紙一重で躱させる。彼は前進してきて、拳で空気を斬りながら殴ってくる。頬とか髪とかが擦れて凄く怖いんですけど。


「ねえ、シンクロア。もっとちゃんと躱せないの?」


『可能ですが、あまり速く躱すと、周りから不審がられます。必要最低限の動きで躱す必要があります』


「いや、それはわかるけどぉー」


 眼の前で、男の子がブンブン殴ってくるのは怖すぎます。


『愛依様、速く隙を見つけてください』


「そんな事言われてもー、わたし格ゲーとか苦手だしぃ」


「死ねぇぇ!」


 影崎君のパンチが逸れて壁のコンクリートを打つ。血しぶきが上がり、彼の右腕が変な場所から曲がった。


 これはチャンスなのでは?

 影崎君は、右腕の状態を確認しようとして、視線が右腕にそれた。

 その一瞬に! そう考えた瞬間に、彼に飛びかかっていた。

 捕まえた!

 影崎君の胴に飛びつき、そのまま押し倒す。

 すぐさま、耳に手を伸ばした。しかし、何もそこには無かった。


「シンクロア。これって……」


『我々とは違うタイプのようです。ワタシのデータベースには、そんな情報は存在しません』


 次の瞬間、影崎君の左腕に殴られて――


 わたしは、どうなったんだろう。


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