EP-016 SYNC ERROR: 滲む日常
真堂に揺り起こされるまで、わたしは自分が寝ていたことに気がついていなかった。
「ぐっすり眠り込むとか、たいした胆力だ」
そう言われても仕方がない。でもきっと胆力なんかじゃなくて、単に疲れていただけなんだろう。
「さあ、降りるよ。車から出て」
後部座席のドアを開けて、真堂はさっさと降りた。そして、わたしに早くするように言った。
わたしは寝起きの重く軋む身体を無理やり動かして、車を降りた。
少しは降りるの手伝ってくれてもいいと思うんだけどー。こいつ、まったく知らんぷりだ。
車が停まっていた場所は、薄暗いコンクリートで囲まれた駐車場だった。地下にあるのかもしれない。
「ここはどこ?」
「ああ、ここはD-5の秘密基地。かっこいいだろう?」
「いえ……べつに」
D-5、この男によれば『内閣直属 特別公安対策部・第五分室』という組織だ。そこでわたしは保護されるんだろうか。
「付いてきて」
真堂に言われたまま付いていき、駐車場を後にする。
駐車場の壁にある扉から中に入り、狭い廊下を進んだ。
エレベータで五階へ上がる。現在地の表示を見るとBF2となっていた。やはり地下駐車場だったんだ。
エレベータを降りた後、しばらく狭い廊下を進んで通された部屋は、小さな会議室だった。
「お茶入れてくるから、適当に座ってて」
そう言って、真堂は部屋から出ていった。
適当って言われても……。
上座とか下座とかわかんないし……。
ホワイトボードがあるところはメインの人が座るところよね。
対面だと遠すぎるし——側面側に座っとこう。
パイプ椅子をひいて座る。椅子がギシギシと、嫌な音で軋んだ。随分使い込まれたパイプ椅子だった。パイプ部分のところどころが錆びている。
ほどなく、真堂がお盆の上に紙コップを2つ乗せて帰ってきた。
「こんなものしかないけど、ごめんね。ただのお茶。コーヒーとかの方がよかった?」
「いえ、お茶でいいです」
わたしの前に置かれたお茶入りの紙コップを手に取る。熱いお茶だった。触れた指が熱くなる。
「熱い方が、気持ちが落ち着くかと思ってね」
熱そうなので、慎重に少しだけ口を付ける。うん。熱い。これは冷まさないと飲めないわ。
わたしは猫舌なの。
真堂は、ホワイトボードの前の席に座った。
「さて、では、在田愛衣さん。いくつか確認しないといけないことがあるんだけど。こちら側でもいろいろと把握してるけど、念のため、情報の突き合わせが必要なんだよね。だから、協力してほしいんだ。あ、そうそう、決して悪いようにはしないから。我々はね、きみを助けるつもりだから」
つもりとは、なんとも微妙な言い回しだと思った。これから話す内容次第ってニュアンスが、伝わってくる。
シンクロアと相談できないのが辛いところだけど、シンクロアが沈黙するってことは、シンクロア絡みの話はしない方がいいってことよね。
「それでは最初の質問だ。彼らが来た目的について、心当たりはない?」
いきなり来た。まあ、当然よね。車の中で訊かれたのと同じ質問だった。
「わたしには、何もわかりません」
気取られないように、視線を伏せて目を見られないように、微かな抵抗をする。
「我々の調べでは、きみのお父様が開発されたAIデバイスもしくは、その設計図を奪いに来た。そう考えてるんだ。AIデバイスや、その設計図がどこにあるか知らない?」
「いえ、知りません」
堂々と嘘をつくのは、気持ちのいいものじゃない。でも、ここはなんとしても誤魔化して、乗り切らないといけない。きっと、シンクロアを持っていることを知られたらまずいに違いない。最悪の場合、取り上げられるかもだし……。
「知らないのか……」
真堂は、わたしがどう答えるか始めからわかっていたのか、特に興味もなさげにノートにペンを走らせている。
「——では次の質問。きみは彼らの車に乗って、教団のアジトへ行ったよね? それはどうして?」
「ふぇ? えっと……それは、彼らに従わないとひどい目にあわされると思ったので、大人しく従いました」
うんうん。これは嘘は言っていない。大丈夫。
やつらと戦って、これ以上は無理だとわかったからとか言えないしね。
「なるほど。それはさぞ、怖かっただろうねえ。それで、彼らとは何を話した?」
来たか。これは躱すのが難しい質問だわ。どうしよう……。
こういう知恵は働かない頭なんだけど、誠意いっぱい頭を回す。
「えっと、なんか教団に入れ的なー? そんな勧誘を受けました。あ、もちろん、入る気はないですよ?」
祭服を来た男から言われた言葉の中で、使えそうなものだけを抜粋する。
「じゃあ、彼らはあなたを教団に入れるために、連れ去ったと?」
「それは、わかりません」
余計な推測や考えを言っちゃだめよ、愛衣。そう心に念じて、手をぐっと握りしめる。
事実だけ。その中でも話してもいいやつだけ、話すのよ。
「そうですか。仕方ないですね。……特に得るものなしか」
真堂は、調書を書いていたノートを閉じて、スマホでどこかに連絡を取り始めた。
どうやら取り調べは終わったようだ。
なんとか乗り切れたと、ほっとする。
「あー、うんうん。第二会議室ね。よろしく」
通話を終えると、真堂は、わたしの方に向き直って、いたずらっぽい目をした。
なんなんだろう……この人。
コンコンと会議室のドアを叩く音がして、真堂が「どうぞ」と入室を促した。
ドアがわずかに開く。見慣れたシルエットに、心臓が一瞬止まるようだった。
「お母さん?!」
お母さんが立っていた。なんで? ここに? 疑問が一斉に押し寄せて詰まり、声にならなかった。
「実はね、きみのお母さんから連絡を受けてね、我々がきみを助けに行ったんだよ」
真堂が、わたしの疑問を見透かして説明してきた。
じゃあ、お母さんが真っ先に脱出したのって、D-5に連絡するためだったの?
お母さんは、やっぱり何かを知っている。そう確信した。
「愛衣、落ち着いて」
慌てて駆け寄ろうとするわたしを、お母さんは言葉で制した。
それから、お母さんはゆっくりとわたしに近づいてきた。
「無事でよかった」
わたしを抱きしめて、そう耳元で呟いた。
お母さんに抱きしめられて、初めて自分が震えていたことを自覚した。
そっか、わたし不安だったんだ。
なんかいろいろと麻痺しちゃってるのかな……。
頭を撫でられると、涙が勝手に流れた。
「詳しい話は帰ってから……ね」
母のその言葉で、ここでD-5に何も話してはいけないんだと悟った。
「では、お二人をご自宅にお送りします。もちろん、我々が常に護衛しておりますので、ご安心を」
え? 家に帰れるの? 学校は?
真堂の方を見る。
「ええ、学校にも通ってかまいません。何事も普段どおりに過ごしてください」
そうなんだ。もう日常に戻れないと思っていた。
でも、また戻れるんだ。祐にも会えるんだ。
「ただし、危険が去ったわけではありません。なので、行動にはご注意ください。
我々も全力で護りますが、完全とはいきませんので」
それもそうか。教団がどうなったのかわからない。あの場所も支部って言ってたから、本部は他にあるんだろうし。
——つまりは、仮初の日常ということなの?
再び駐車場まで案内され、黒い車の後部座席にわたしとお母さんは乗せられた。
「あ、すみません。もう少し詰めてもらえますか?」
そう言って、真堂も後部座席に乗ってきた。
「え? 真堂さんも乗るんですか?」
「ああ、言ってませんでしたっけ? 俺が護衛として一緒に住みますんで。よろしく」
えええ?! 聞いてないよ?
なんで、一緒に?!
それは、安全なの?
慌ててお母さんを見る。
「よろしくお願いします」
お母さんは、真堂に丁寧に頭を下げた。
え? お母さんは知ってたの?
なんだろう……
同じ屋根の下で、真堂さんと一緒に暮らすの?
身の危険を感じるのは、気の所為なのかしら……。




