EP-014 SYNC ERROR: 心の領域
地下へ向かう階段を降りると、暗く長い土の廊下を歩いた。
壁は石垣のようになっていて、水が滴り落ちている。
壁に沿って、等間隔に設置された灯籠が、黄白色のかすかな灯りを投げかけていた。
どこまで行くのかと、疑問に思い始めたところ、イジェクトと名乗った男が立ち止まった。
「これからここの支部長に会ってもらう。失礼のないようにねえ。まあ、僕には関係のないことだけどさぁ」
そう言って、あははっ――と、唐突に笑い出した。
何がそんなに可笑しいのだろう。
わたしには、あんたの方がよっぽど可笑しいんだけど。
行き止まりまで行くと、イジェクトが重々しい鉄の扉をゆっくりと開く。
耳障りな金属の擦れる音のせいで、わたしは思わず顔をしかめた。
地下の廊下中に、それは響き渡る。
「さあ、入って」
イジェクトに促されて、扉をくぐる。
そこは教会の礼拝堂を思わせた。机と一体化した長椅子が等間隔に配置され、中央は広い通路になっている。その通路の一番奥は、祭壇があり、そこに白い祭服を着た人が立っていた。顔はフードを深々と被っているため見えない。
「ご苦労であった。さがれ」
白い祭服の男は、イジェクトにそう命令して、手振りで追い払った。
イジェクトは舌打ちしながら踵を返し、背後の扉を重々しく閉ざした。
「お前が、在田の娘か?」
白い祭服の男が、無言で祭壇を降り、静かにこちらへと歩み寄ってくる。
「シンクロア、どう? わたしはもう戦えそう?」
『あまり無理は効きません。戦うより、逃げる方を考えてください』
「じゃあ、時間稼がないとね」
祭服の男は、わたしの目の前までやって来た。
「私の要件はシンプルだ。『SYNX-A05』を返してもらいたい。それは我々が君のお父さんに依頼して作ってもらったものだ。今、君が持っていることは、わかっている」
祭服の男が言ったことは、シンクロアから聞いたことと一致する。普通に考えれば、返すのが筋なのはわかる。でもこいつらは……。
「あなたたちは、何をしようとしているの?」
「それは君には関係あるまい? 我々は所有権を主張しているだけだ。用途をとやかく言われる筋合いはないと思うがね?」
「あなたたちが、良くないことをしようとしているなら、渡すわけにはいかない」
そう。きっと、父は命がけで守ったんだ。そのシンクロアを、手放すわけにはいかない。
「君のお父さんも勘違いしていたんだよ。我々は悪いことをしようとしているのではない。人類の未来の為を考えてのことだ。何を聞かされたのか知らないが、それは間違いだ。我々のことを知れば、君にはわかるはずだ。すでに体験しているだろう? 新人類が成し遂げる力を」
男が一歩近づいてきた。わたしは怖くなって、一歩後ろにさがる。
「いいかね、人類はいま停滞している。もう進化の限界に来ていると言っていいだろう。
環境の問題、人口の揺らぎ、思想の停滞――いずれも、今の人類には手に余る課題ばかりだ。
出来ることと言えば、せいぜい先送りが関の山だ。このままでは、人類は長く沈滞した暗黒時代を築き上げた後、静かに滅んで行くだけだ。
今なのだよ。今この時に、我々人類はさらなる進化遂げねばならない。人が生み出した叡智である、人工知能を取り込んで、新しい人類に産まれ代わる必要があるんだ」
さらに一歩、わたしとの距離を詰めて来る。
それは、まるでわたしの心の中に踏み込んで来ているようで、気持ち悪い。
本能が、この男との距離を離すように後ずさる。
「あなたたちだって、似たようなもの持ってるんでしょ? 影崎くんとか、イジェクトさんとか、何か使ってるんでしょ? じゃあ、別にシンクロアいらないんじゃないの?」
「ああ、シグマノードのことか……。あれは未完成なのだよ。君の父上が残されていた『SYNX-A05』の開発資料を元に、我々で作ったものだ。だが、あれには欠陥が多くてな。あのままではとても新人類にはなれん。とても完成品の『SYNX-A05』には、及ばん。
まあ、そいつを渡したくない気持ちもわかる。その力を体験したのだから。手放したくないだろう。だが、心配はいらん。その『SYNX-A05』を元に、量産化する予定だ。その中から、君にも使わせてやる。もちろん、我々に協力すればの話だが」
「ちがう……。わたしは——」
力なんて、欲しがってない。ただ、わたしは……。
シンクロアを渡したら、昔のわたしに戻っちゃう。誰よりも劣ったわたしに。
「さあ、渡したまえ」
いつの間にか、祭服の男は眼の前に来ていた。
右手を軽く伸ばして、掌にシンクロアを乗せろというつもりなんだろう。
「わ、わたしは、その、よくわからない。新人類とかに興味ないです。そんなのになりたくない。
わたしはただ、普通になりたい。みんなと同じようになりたかったの。
そのために、シンクロアが必要なの」
「ああ、わかる。わかるよ。ほんの少しの間だ。我々に一時的に預けてくれるだけでいい。そうしたら、君にちゃんと返してあげるよ。約束する。
ここで戦うのは、お互いに無益なことだ。君から『SYNX-A05』を奪うのは、我々には簡単なことだ。こちらの力は身を持って体験しただろう? ここには君のような力を持っている奴はたくさんいる。君一人捕らえるのは簡単なことだ。
だが、無駄にこちらも損害は出したくない。それに、君としては結果的に奪われるぐらいなら、素直に渡した方が、結果的に良い結果になると思うのだがね?」
イジェクトみたいな奴がたくさんいる。それはそう思っていた。
ここをなんとか逃げ切ったとしても、そいつらがずっと追いかけてくる。
それならば、いっそ、シンクロアを渡してしまった方がいいんじゃないか?
ちゃんと返してくれるなら。
左耳に手を伸ばして、シンクロアに触れる。
そして、シンクロアをそっと外そうとした。
『愛衣様、ワタシは、愛衣様以外では起動しないようになっています。また、無理やり起動させられる場合は、自動消去プログラムによりワタシは消滅します。したがって、ここで譲渡されますと、永遠のお別れとなります』
永遠のお別れ。その言葉にハッとする。
そうだ。そんな話を最初の頃に、シンクロアとしていた記憶がある。
ただ、そのときは、「他の人に知られたら、シンクロアが消去される」だった気がするけど。
いや、ちがう。重要なのはそこじゃない。
大事なのは——
「今、シンクロアが言った。シンクロアは、わたしにしか使えないように造られてるって。他の人が使ったら、自動消去されるって」
これで諦めてくれるとは思わないけど、少なくとも、いま手渡せとはならないだろう。
祭服の男は、しばし黙考していた。
「なんと、なるほど。厄介なことだ。君のお父さんときたら。まったく」
彼は、わたしから離れて、せわしなく礼拝堂の中央通路をぐるぐると回っている。
どうするのか考えてるのだろう。
やがて、考えがまとまったのか、ぴたりと止まって、わたしの方に向き直った。
「ならば、君ごと返してもらうしかないな」
その結論に背筋が寒くなる。
教団が、シンクロアごとわたしをもらう?
それは、わたしをいいように使う? または、わたしごと調べるという意味? それは人体実験的な何かだろうか? 想像するのが怖くなって途中で止めた。
祭服の男が右腕を上げた。
すると、礼拝堂の入口や、祭壇の裏側から、白い服を着た人間がたくさん出てきて、わたしの周りを取り囲んだ。
『愛衣様、ゾーンに入ってください。突破します』
「シンクロアの言う通りね。これはなんとしてでも突破しないとね」
呼吸を整え、集中する。額に涼感が走り、目で見ているかのように、周りの状況のイメージが浮かぶ。
出入り口は、一つ。でもその奥は長い地下通路。
これは一筋縄ではいかないわね。
「安心したまえ。『SYNX-A05』を奪ったりはしない。
ただ、君を捕らえるだけだ」
祭服の男が上げていた右腕を振り下ろす。
わたしを取り囲んでいた白服たちが、一斉に飛び込んできた。
『愛衣様、たった今、お伝えしたいことがあります』
「なに? こんなときに?!」
『脱出の準備が整いました。扉へ走ってください』




