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EP-012 SYNC ERROR: 目覚めた衝動

 逃げると言っても、いったい何処へ逃げればいいの?

 夜の街を、ひたすら真っすぐ走る。


「シンクロア、お母さんは何処に逃げたか知ってる?」


『お母様の行先は不明です。そして、いま合流するのは得策ではありません』


「なんで? 一緒に逃げた方がよくない?」


『最悪の場合、愛衣様と愛衣様のお母様の両方が捕らえられる可能性があります。別行動の方が、どちらか片方だけでも逃げ延びる可能性が高まります』


 どちらか片方だけでも?

 でも、逃げ延びてその先は?

 ずっと逃げ続ける?

 そんなの無理に決まってる。

 いつか捕まっちゃう。

 それにずっと、逃亡生活するなんて無理。


 敵の姿に怯えながら、毎日の生活を送る? そんなの嫌すぎる。

 自分の将来が暗く閉ざされていく。そんなイメージに、目の前が真っ暗になる。


『愛衣様、どうされました? なぜ立ち止まるのですか? 直ぐに追いつかれますよ?』


 シンクロアに言われるまで、自分が走るのを止めていた事に気が付かなかった。

 走っていたときに、涼しい夜風を心地良く感じていた肌は、今は汗でじっとりとして不快だった。


 そうよね。立ち止まってちゃ駄目だよね。


「シンクロア、逃げるのは、止めにしよう」


『愛衣様がそうおっしゃるのなら、構いません。ただちに迎え撃つ準備をいたしましょう』


 シンクロアは、追ってくる奴らをわたしが迎え撃とうと思っているのね。それはちがうわ。

 わたしは――。


「シンクロア、教えてちょうだい。どうしたら終わらせられる? どうすれば、いままで通りの生活に戻れる?」


『愛衣様、残念ながら、いままで通りの生活には戻れません。いままでに近い生活に戻る事は可能かと思われます。そちらでよろしいですか?』


 そっか。もう、いままで通りには、ならないのね。そうだという事は、薄々感じてた事だけど。

 でも、シンクロアに、はっきり言われると、どんよりとした気持ちに身体が重くなり、お腹が痛くなる。

 それでも、そうだとしても。


「わかったわ。それでいいから、教えて」


『方法は二つあります。一つは、ワタシを教団に渡し、愛衣様とお母様は、教団に協力する事です。ただし、これは、教団側がお二人をどう扱うのかの保証がない為、オススメはできません』


 そうよね。シンクロアさえ手に入れば、わたしなんて不要だろうしね。そもそも教団に協力するとか無いし。それに、それはもう、いままで通りの日常とは大きく異なるし、苦痛の毎日だわ。


「二つ目は?」


『二つ目は、教団を潰して、愛衣様がリーダーになる事です』


「は? リーダーってなに? なんでわたしが? シンクロア? 何言ってんの?」


 目が点になる。よくそういう表現を聞くけれども、その意味がわかる。本当に自分の目が点になったかと錯覚するぐらい驚いた。


『教団の追跡を断つには、それを主導している大元である教祖や幹部連中を倒すしかありません。しかしながら、その場合、残った教団の残党によって、いずれ教団が復活し、また愛衣様やお母様が狙われる事が予想されます。それを止める為には、愛衣様が教団を乗っ取り、残った信者たちを抑える必要があります。信者というのは、何か縋る対象が居ればよいので、それで問題は収まります』


「いや、教祖とか興味ないんだけど」


 追ってくる組織そのものを自分のモノにする以外に、終わらせる方法はないの?

 たしかに、敵が自分のものになれば、襲われないんだろうけど。 


「なんか、どうしてもハッピーエンドになりそうにないんだけど……。わたしは、ただ普通になりたいだけなのに」


 どう足掻いても、元の生活には戻れないのかしら?

 そうならいっその事、シンクロアの言う通りに教団ぶっ潰して、いやいや、むりむり。


『愛衣様、時間切れです。追手が来ます』


 まだ遠くだが、信じられない速度で走ってくる。まあ、わたしも傍から見たら、そう見えたんだろうけど。


『愛衣様、どうしますか? 戦いますか? 逃げますか? 既に逃げるのは難しい状態ですが』


「戦いましょう。ちょっと戦いたい気分になったわ」


『愛衣様?』


 シンクロアの声が遠くに聞こえる。


 しかし、何を言っているのか聞き取れない。

 今は、この集中を邪魔しないで欲しい。

 

 気分が高揚して、暴れたい気分だわ。こんな気持ちは始めて感じる。 


 つま先や指先に至るまで、高密度なエネルギーが行き渡るのを感じる。

 さらには、身体の外側までもエネルギーの波動が伝わる。


 追ってきた黒尽くめの集団は、わたしを三方で取り囲んだ。


「在田理厳(りげん)の娘だな?」


 正面に立つ男が尋ねてきた。在田理厳。父の名前だ。


 わたしは黙っていた。

 口を開く間も惜しい。

 一秒でも早く、日常を取り戻したかった。


 まずは目の前のこの男を。


 そう考えると同時に、相手は吹き飛び、民家のブロック塀に激しく激突し、そのまま倒れた。

 思考した瞬間に、身体が動き、敵に体当たりしていた。

 それはまるで、思った事が思った通りになる。そんな錯覚を呼び起こしそうだった。


 左側にいる奴が、地を蹴る音が微かに聞こえた。

 向かって来ると感じ、それを無意識に左手で払う。

 わたしの裏拳に打たれた相手は、身体を縦に回転させながら道路を転がった。


 後一人!


 辺りを見渡して、残った相手を探すが、何処にも居ない。

 慌てるな。気を静めて、音を聞くんだ。

 さっきと同じように、相手が動くときに出す音を捉えるんだ。


「凄いね。君。それで影崎を倒したのかい?」


 声のした方に飛ぶが、塀に阻まれる。

 こいつ。この塀に向こう側に。


「おや? 冷静だねえ。てっきり塀をぶち壊して入って来ると思ったのに」


 この気持ち悪い喋り方には、覚えがある。アイツだ。わたしをストーカーしてた奴だ。


「傷つくなぁ。少しは会話してくれてもいいんじゃないかなー。数時間前は、ちゃんと会話してくれたじゃないかー」


 塀の向こうから、嫌な声が聞こえ続ける。

 一刻も早くその口を封じたかった。

 でもアイツは、民家の中に居る。ここで戦うと、誰のか知らないけど、この家の人に迷惑になっちゃうし。


「しかし、きみぃ、ぼくの想像以上だったよ。正直、ここまでとは思わなかった。ぼくも痛いのは嫌いでねえ。そもそも争うつもりなんかないんだ。きみを案内したい場所があるだけなんだよ。一緒に来てくれないかなあ。ああ、そうそう、きみに用があるのは、ぼくじゃない。ぼくはただ頼まれただけなんだよ。だからさー、ぼくに酷いことしないでくれるかなあ。大人しく来てくれたら、ぼくの仕事は終わりさ。ぼくも早く家に帰りたいし。その方が、ここで睨み合ってるより有意義だと思うんだよね。だってさー、このままだと時間の浪費だろう? お互いにとってさー」


 たしかに、このままだと拉致があかない。

 大人しくついて行くふりをして、戦える場所まで待つか?

 こいつが連れて行く先が、教団だとしたら。


 そこでケリをつけるか――


 わたしが全部終わらせてやる。

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