第33話 魔法使いカイ2
"相変わらず、フロリアにつっけんどんな態度をとってしまった"
「野獣の牙」のエッカルトは自分で自分の言動が情けない。
"俺だって早く結婚していたら、フロリアと同じぐらいの年令の娘が居てもおかしくはない。現に、あの時に死んじまった、幼なじみのドレイクの娘のうち姉の方のリコは、フロリアと年齢が変わらないってのに"
不思議と、リコやその妹のミナとは何の意識もしないで普通に話せる。
彼女たちがごく幼い頃から知っているから、という点もあるが、他の見習い冒険者や、フロリアよりももっと年長で年頃である、宿屋の娘のリタとだって、別に隔意なく話すことが出来るのだ。
それなのに、フロリアを相手にすると――その神秘的な瞳で見られると、エッカルトは意識してしまい、態度が必要以上につっけんどんになるのだった。
そして、仕事をしている時には、そちらに集中して忘れていても、何かの加減でふと暇ができた時など、今頃あの娘は何をしているのかな、などと考えている。
先日もそんな調子で、護衛依頼の目的地でフロリアの噂話をしたのだった。
この世界の暦で、2週間と3日(15日間)の間、酒好きのエッカルト達は一滴も飲まなかった。
別に不思議はない。交易隊の護衛依頼のときには、町に着いた時以外はずっと野営が続くのだが、まともな冒険者ならそうした時に飲酒などしない。
エッカルド達はようやく目的地になっていた町についた初日の夜、その町の冒険者ギルドのすぐとなりの酒場に飛び込んで乾いた喉に大ジョッキを3杯流し込んだところで、大声で魔法使いのカイの悪口を言い始めたのだ。
今回の交易隊は、荷主の要望で魔法使いの護衛を付けることになり、カイと合同受注していた。その最初の顔合わせのときから、既にカイの態度は気に食わなかった。
もちろん、もともとカイが嫌なヤツだというのはエッカルトも知っていたので、こんな合同受注など普通なら受けない。
しかし、荷馬車を手配した商人というのが、エッカルトにとってはお得意さんであり、そのお得意さんに頭を下げて「どうか我慢してくれ。荷がけっこう貴重なものなので、どうしても荷主が魔法使いの護衛を欲しがっているんだ」と頼まれてしまったのだ。
そして最初の顔合わせのときから、カイはやる気の無さそうな態度を露骨に示し、依頼料も半分よこせ、と主張してきた。
合同受注なのだから、折半というのは理屈にあっているようで合っていない。なぜなら、食事の準備や野営の見張り当番なども「野獣の牙」が負担することを要求されたからである。
旅の途中の雑用も、人数の多い「野獣の牙」が負担することになるし、それで依頼料は折半というのはさすがに理屈に合わない。
そうエッカルトは主張したが、「戦闘になれば、俺のほうがお前ら3人の数倍は戦える。本来なら、俺のほうが6割や7割貰ったっておかしくないはずだ。それを折半にしてやっているんだ。それが嫌なら、この仕事はここで終わりだ」
結局、エッカルトは言いたいことは飲み込んで、カイの要求を聞いたのだが、実際に旅が始まると、ものの見事にカイは何もしない。
ずっと、荷馬車の商品の上に寝転んで、揺すられているだけであった。途中で水の補給をしたり、食事の支度をしたり、といったところまですべて「野獣の牙」の仕事。
挙げ句には、荷馬車の車輪が轍に落ちても、知らんぷりであった。
それでエッカルト達に、荷馬車の御者達まで動員して、1時間ほど掛けてどうにか荷馬車を救いだし、肩で息をしていると、「遅れちまったじゃねえか。さっさと出発しろよ」と言い放つほど。
それやこれやがあったせいで、「あの野郎と旅なんざ、金輪際ごめんだ。幾ら、頼まれても、もう二度と一緒に仕事しねえよ。まったく、おんなじ魔法使いでもフロリアとは全然違うぜ」
誰が聞いているか判らない酒場で、彼らは大声でそんなことを話す。
次第に興が乗ってきて、「カイの野郎、実は土魔法なんかまともに使えなくて、それがバレるの嫌さにあんな調子なんじゃねえのか」などと言い始める。
「ああ、あの娘っ子の方が、よっぽど凄えぜ。収納スキルはあるし、水樽1個ぐらいなら平気で一杯にするし、土魔法じゃあ荷物を目一杯積み込んだ、クソ重てえ荷馬車が轍にハマっても、あっさり脱出出来るんだからな」
アルコールで湿った舌はよく回るのであった。
***
フロリアは森から出て、街道の方に向かう。森の奥に採取に行くのは諦めたのだ。いくら人格面で問題がある人物でも、さすがにひと目のあるところに行けば、魔法攻撃はしてこないだろう。
「おい、フロリア! 今日はそれで良いとしても、あんな風に害意をむき出しにしているような奴は諦めんぞ。また、森に行けばつけてくるだけだ。ずっとつきまとわれるのが嫌なら、力で判らせるしか無いのだぞ」
「そんな簡単に言わないでよ。怪我をさせたら、こちらが悪いことにされるかも知れないんだよ」
「ふん。そう言えば、アシュレイもそんなことを言って、逃げていたが、たいがいはどこかで決着をつけなきゃならん羽目になっていたぞ。
長くもたつくよりも、さっさとやってしまったほうが良い」
「わかったよ。私だって、こんな風に跡を付けられたら気分は悪いよ。薬草欲しさに跡を付ける見習いとは違うもの。
やっつけちゃおう。
でも、せめてギルマスやジャックさんに相談して、話を通してからにしたいんだよ。後で相手が一方的にやられたって嘘を言ってきたら、すぐに代官様のところに鑑定の魔道具で真偽の水晶というのがあるから、互いにそれを使って白黒をつけられるようにね」
これはアシュレイが生前、フロリアが将来、こうしたトラブルに巻き込まれた時には、そうしろと教えた方法である。
弱い魔法使いほどプライドが高く、女子供の魔法使いを見かけると突っかかってくる事が多いのだという。そういう連中ほど返り討ちにあうと、平気で讒言してくる。
「私もそれで何度も面倒に巻き込まれました」とアシュレイは言っていた。
「それで、こうした魔法使いに目をつけられたら、前もって、ギルドの偉い人に話を通しておいて、わざと対決してから相手が讒言したら、即座に鑑定水晶の真偽の水晶を持ち出すのです。
もちろん、高レベルの闇属性を持つ魔法使いだと、鑑定水晶が通用しないことも多いのですが、高レベルの魔法使いというのは女子供に絡むような真似はしません」
自分の実力に自信があれば、他人が何をしていてもあまり興味が無いのでしょうね、とアシュレイは付け加えた。
トパーズはなおも、「面倒なことを。どうせ、仲間なぞいないんだから、人が居ないところで"片付けて"埋めてしまえば簡単なのに」と言っていたが、アシュレイに教えてもらったやり方で行くのだとわかると、それ以上はもう何も言わなかった。
しばらく、街道を歩いていると、反対側から町に向けて数人の男性が歩いてきた。
1人だけ平服だが、その他の男たちは武器を持って武装もしている。
そのうちの1人に見覚えがある。以前に大門のところでフロリアに「困ったことがあれば言え」と言っていた。
確か、コーエンという名前であった。
向こうもフロリアに気がついて、こんな街道沿いを1人で歩いている少女を不審げな様子で見ている。
近づいた時点で、フロリアは「あの、すいません」と声を掛ける。
「おう、この前の嬢ちゃんだな。こんなところじゃ薬草は採れないだろう。何をしているんだ?」
コーエンが応えてくれた。
「コーエンさん。……実はちょっと変な人に町を出たところから付けられていて」
途端に男たち――ビルネンベルクの衛士達であった――は、緊張を顔に浮かべる。
「何だと。どんな奴だ。この町には人さらいなぞは居ねえ筈なんだがな」
このゴンドワナ大陸の各国々では、誘拐はかなりポピュラーな犯罪である。だが、ビルネンベルクは今の代官ファルケになってから、かなり力を入れて治安維持に努めていて、この2~3年はそうした話は聞かなくなっていた。
「多分、冒険者ギルドの魔法使いのカイという人です」
「カイだと」
年嵩で、コーエンの上官らしい人が口にした。
「そう言えば、代官様から話があったな。お前が、フロリアなのか?」
いつも読んでくださってありがとうございます。




