第22話 ビルネンベルクの生活1
ヴァルターランド暦556年2月30日。
フロリアはビルネンベルクの町に到着した。
この世界では、1ヶ月は全て30日で12月まである。そして、12月が終わり、1月が始まる間に5日間の月外の休みがあり、その3日目が新年の年明けに当たる。
なので、2月30日という日付が存在し、前世の記憶が蘇った当初はフロリアは少し混乱したものであった。
「閏年は無いの?」とアシュレイに聞いたが、特に閏年を作らなくても、季節がずれていくということは無いようなので、この世界は太陽の周りを回る公転周期が地球とは少し違うのかも知れない。いや、何しろ魔法が現実に存在している世界である。ひょっとしたら天動説が正しいのかも知れない、とフロリアは密かに考えていた。
ともあれ、フロリアは居合わせることが出来なかったが、アシュレイが死去したのが2月1日。その時には、アオモリの奥で採取行を行っていたのだから、これまでの7年間に比べると嘘のように目まぐるしい。
フロリアの運命は転がり始めたのかも知れない。
大門をくぐるのは何も問題は無かった。
フロリアの身分については、ニアデスヴァルト町で作った冒険者ギルドのギルド証でこともなく通過できた。
王国直轄地の町では、冒険者は町を出ても当日中に戻ると入城税が免除になるという規則があり、ほとんどお領地貴族の町であってもそれを踏襲している。
それがこのビルネンベルクの場合は、無料期間が3日と長い。チカモリでの薬草採取が町の大きな財源であり、チカモリが近森の割りに広大であることから期限が伸ばされたのだ。
ニアデスヴァルドの町の近場の森もチカモリと呼ばれていたが、このビルネンベルクと偶然同じ名であった、ということではない。
昔の日本で農村の集落の裏山が「里山」と呼ばれ、そこでの収穫物はある程度共有されていた。
それと同じく、この大陸の多くの国では町の側に森が広がることが多く(というか森の恩恵を享受し易い場所に町が作られることが多く)、その森はチカモリという一般名詞で呼ばれることが多かったのだ。
ビルネンベルクは特にチカモリの恩恵が大きな町という訳である。
今回の一行は、採取ではなく護衛であるし、3日は遥かに過ぎているので規定の入城税である1銅貨を支払うこととなった。
そして、入城税の他に、鑑定魔法を付与された水晶で「他の町、または町の外で、法に触れる行いをしていないか」を問われる。
交易隊の商人や御者、冒険者達は皆、門番と顔見知りで「デレク、久しぶりだな」などと軽口を叩きながら、簡単に鑑定魔法を通り抜ける。
初入城のフロリアは他の者と比べると念入りであったが、ハンスが「旅の途中で拾ったんだが、良い娘ですよ」と口添えしてくれたし、特に悪いことをしていないのだから、水晶が反応するはずもない。フロリアもあっさり、通過できた。
そして、ハンスの商会の裏手で交易隊は解散となる。商会の裏手は広い裏庭があって、荷馬車4台程度なら置くことができるのだ。残り2台は連れの商人のものである。
商会からはハンスの家族や店の従業員が出てきて、無事を喜ぶ。定期的な仕入れと販売の旅であるとは言え、この世界では21世紀の日本のような安全は約束されていないのである。
ハンスは最後に軽く挨拶をすると、それで解散。
連れの商人は荷馬車にのって、それぞれの店に戻っていく。
「明日にでもまた顔を出します」「その時に計算して精算しますよ」
御者も、仕事を終えて、賃金とは別のご祝儀を貰って、馬を牽いて帰っていく。馬は商会で持っている訳ではなく、御者達が所属する運送業者の持ち馬で、馬だけ、または御者ごと、貸し出すという契約になっているのだそうだ(小さな商人だと荷馬車まで借りるケースもある)。
「それじゃあ、リタ。馬を戻したら「渡り鳥亭」に顔を出すわい。マクシムによろしく言っておいてくれ」
とクリフ爺さん。
「うん、お父さんに伝えておくよ」
マクシムはリタの父親で、クリフ爺さんの息子。現在は「渡り鳥亭」の大将である。
「剣のきらめき」と「野獣の牙」はハンスに依頼完了のサインを貰ったので、ギルドに提出に行くとのことであった。
「それで、フロリアはどうするの?」
とイルゼ。
「とりあえず、安い宿を探します」
実際には宿をとるつもりはなくて、町の中で何処かひと目につかないところから亜空間に入って、久々にのんびりするつもりである。
「あ、それじゃあ、私のうちにおいでよ。知らない人と相部屋は嫌だろうけど、1人部屋もあるからさ。――まあ、小さいんだけど。お母さんに安くなるように頼んでみるからさ」
リタが厄介なことを言い出す。
「ああ、そりゃあ良いな。だが、エッカルト達が手を出すんじゃないか?」
「剣のきらめき」のリーダー、ジャックが軽口をたたき、「野獣の牙」のエッカルトは「俺は小娘は趣味じゃねえ」と横を向く。
手を出されても困るが、この言い方も失礼じゃないか、とフロリアは思う。
「フロリアさん。少し待ってくださいな。旅をしてたのでは、お金が心もとないでしょう。今ここで、旅の途中で色々とお世話になった分を精算しますよ」
ハンスはそう言って、フロリアを店内に招。
「うん、それじゃあ、私は出口で待ってるね」
リタはあくまでフロリアを逃すつもりはないようであった。
「リタ。あの娘の面倒をしっかり見てあげてね」
そんなことを言いながら、冒険者達は立ち去っていった。
フロリアの轍から荷馬車を救い出し、樽を水で満たし、皆にお湯や食事を提供した代金は、トータルすると2銀貨と5銀銭になった。
"ええと、だいたい25万円位かな"
前世と物価の比較が出来ないのでなかなか判断が難しいが、1銀銭が1万円、1銀貨を10万円で換算することにしているので、それを適用すると25万円になる。
魔法を使った仕事に対する報酬としては高いのか安いのか、いまいちフロリアには判断ができなかった。
だが、ここに来るまでにあちこちの町の市場で買い物したり、食事したりした時の価格帯を考えれば、まだ未成年の少女であるフロリアにとっては大金であった。
嬉しくなって、にっこりと笑って礼を言う。
「ところでフロリアさん。あなたは魔法使いで、この町にはハオマを探しに来たという。だとしたら、もしかして魔法薬を作れるのでは無いですか?」
ポーションについては、レソト村には定期的に持っていっていたのだが、アシュレイからは「あの村以外の場所では出来るだけ作れることは知られないようにしないといけないですよ」と釘を刺されている。
なんと答えようか迷っていたところ、なにかを察したらしいハンスは笑った。
「ああ、なかなか簡単に口にできることじゃないですから、返答は良いですよ。でも、もしポーションを作れるのであれば、ぜひとも私のところに卸してはくれませんか。もちろん、秘密は厳守しますし、あなたの手元に残るお金も、薬草採取とは桁違いですよ」
ポーションにかぎらず、なにか困りごとや相談があれば遠慮なく訪ねてきてくれ、とハンスは口にする。
それで、報酬の精算は終わり、フロリアはリタが待つ商会の裏庭に戻っていった。
"なんとも、まだ頼りない少女ですが、魔法の腕は大したもの。収納スキルに薬師ともなれば、引く手数多。うまくうちで面倒見られるようになれば、商会の飛躍のチャンスなのだが。……気になるのは、アリステア訛りだな。本人も気をつけているようだが、時々、出てしまっていた"
ハンスは独り言ちた。
フロリアが外に出ると、逃げる間もなく、リタに手をひかれて、「渡り鳥亭」に連れて行かれてしまった。
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