「神龍族と変身族」
31話「神龍族と変身族」
「つまり…アガレス様が御一緒していない間に女性の体になった訳ではなく、ソフィー様が眼を継承され、アガレス様の魔力を手に入れられたという認識で良いのでしょうか?」
「はい…それで合ってます…」
4人は場所を変えて、住処の中に入り、食卓テーブルに向かい合って座り、2人はソフィーの説明を聞いていた。テーブルの上には、レイが村で買ってきた紅茶の注がれたカップが置かれ、気持ちが落ち着く心地よい香りを放っていた。
ソフィーは2人にアガレスの眼を継承した経緯をかいつまんで話していた。
「なるほど…」
ソフィーの説明を受け、アズラエルは必死に頭の中で思い巡らしている様子だった。
「つまり…アガレス様はもう…」
「あひぅ?!!」
突然部屋の床に伏せていた狼が喋ったのでソフィーは、驚いてしまい、自身も生まれて初めて聞く声を発してしまった。外に居た時よりも、体は半分近くに縮んでいた。
「し、し、しゃ、喋った…」
「我は、変身族のトレイス、アガレス様の使い魔として数百年仕えてきた者です。」
(つまり、2人はアガレスの部下だったということ?)
“あぁ…その認識で合っている。”
「だからさっき、鳥から狼に…」
「いかにも。我は、血液等の体液を吸収した魔物に魔力を用いて変身が出来る。おかげで、人にはバレにくく、諜報員としてアガレス様の役に立つ事が出来た。72柱の悪魔達の多くは魔物や亜人の配下を従えている。悪魔の中には兄や姉の下に付いている者もいる。」
“主よ、2人には我の意識が残っている事は黙ってくれ。”
(え?でも、2人はそれをしれた方が嬉しいんじゃ…)
“それは分かっている。だが、教えることで混乱は招きたくないのだ。”
(わかった…)
“感謝する主よ。”
「ご説明感謝します。それでは…」
アズラエルはソフィーに感謝し、トレイスとアイコンタクトをした。
「あぁ、我も同じ考えだ。」
「ん?何がです?」
「私とトレイスは、この身が滅びるその日までアガレス様に仕えると誓っています。そして、それはアガレス様の眼を継承したソフィーに対しても同じです。」
「つまり?」
1つの予感がソフィーの頭をよぎった。
「これから先は、ソフィー様に仕えさせて頂きたいです。」
そう言ってアズラエルは頭を下げた。
「えっ、いや、あの、さっき説明したように、今私、これでも逃亡中なんですよ!」
「はい、もちろん、承知しております。」
「だったら、やめた方が…」
「私もトレイスもそう易々と人間の兵士に負けるような鍛え方はされておりません。それに、私は、ただのそこら辺の竜ではありません。神龍族です。」
「えっ…」
住処に戻ってから大人しくしていたレイも驚いた様子だった。もしかしたらどこかで話を聞いていたのかもしれない。
その名前は、以前王都で文献で目にしていた。ガイロニアがある大陸の東にある島に、通常の竜の何倍もの身体能力と魔力を備えた種族が暮らしていると。
神に力を与えられた龍が人と交わった事で、生まれた種族と言われているが魔王や悪魔同じくらい大昔の話で、今となっては分からない。おとぎ話レベルの存在だ。
人では歯が立たない程の力を持ちながら、戦いや争いを嫌い、島からほとんど出てこないと言われている。
見た目は似ていたとしても、飛竜等とは、別種だ。
「どうして、ここに?と思っておられると思います。」
「えぇ、基本的に出歩かないんでしょ?」
「はい、私も最初は島で同種と暮らしていました。ですが、1000年近く生きていると流石に飽きてしまいまして、時々大陸に散歩をする様になりました。その中で…」
「アガレスに出会ったと…」
「はい、そして、出会ってまず、私とアガレス様は…」
「うん、まず?」
「喧嘩をしました。」
大分不穏で物騒な事を言っているが、アズラエルの表情は、前世の試験の時と同じ、真面目そのものだった。
「はい??」
ソフィーの脳内は「?」で埋め尽くされた。
“ふっ…(随分懐かしい話を始めたな。)”
何か鼻で笑っているような音がしたが、ソフィーはスルーをしてアズラエルとの会話を続けた。
「それでどうなったの?」
「2人とも、平和的な所や、関係ない人を巻き込みたくないという考えは最初から一致していたので、一番人に被害の出ない海上で喧嘩をする事にしました。」
(いやいやいやいや、平和的なのに喧嘩ってどういうこと。)
「結果的には、海底がいくつか変形する等の些細な被害は出たのですが、人的被害は免れました。勝負はアガレス様の勝利でした。私もアガレス様も中々別種族で近い力を持つものとは出会うことが無いため、非常に刺激となりました。そして、負けた私が、アガレス様の配下となって仕える事になりました。」
(海底変形ってどうやってするのよ。)
“知りたいか?”
(いえ、遠慮します…)
「なるほど…アガレスと互角くらいなら大丈夫か…」
「えぇ、それにソフィー様の魔力を見た感じですと、2種の魔力が混ざりあっている様ですが、まだ完全にアガレス様の力を使いこなせてはいないとすると、1人でガイロニア王国軍数百人の相手は些か安全とは言い難いと思うので、せめて1人は護衛はいた方が…」
「あっ…いや、あのっ…」
(前よりは操作出来るし…)
“主よ、使った後に身体中痛くなっているのでは操作出来るとは言えん。”
(うっ…)
「お嬢様、私1人ではお嬢様の身に何かあった時、絶対に守りきれると保証は出来ません。私は、ご一緒される方に賛成です。」
「レイがそう言うなら…」
「では…?」
「大分頼りないかもしれないけど…よろしくお願いします。」
「では、今夜は歓迎会ですねっ!」
レイが1人で楽しそうだ。
「えっ、あっ、うん。」
「あっ、そうだ、お嬢様!お渡ししないといけないものが…」
そう言って、レイは手のひらサイズの黒い革を差し出した。四角いぬのに端が繋がった2本の同じ材質の紐が付いている。
「これって…」
「はい!素材を用意して作るのに時間がかかってしまいましたが…」
ソフィーはそれを受け取り、触り心地を確認する。魔物のその革には、購入する時点で疲労回復の魔法が付与されており、クトル村等の辺境では非常に珍しかった。
「これって、魔力が込められた糸で縫われてるよね。すごい!ありがとう!」
「どういたしましてお嬢様。」
ソフィーが久しぶりに喜んでいる姿を見たからか、レイまで嬉しそうだった。
「ソフィー様、それは…」
「眼帯、まだ眼の制御も出来てないんだ。だから…」
そう言いながらソフィーはずっと右眼を覆っていた布を指さした。
「なるほど…」
「レイ、部屋で付け替えてくるね。」
「はい、分かりました。」
そう言って、ソフィーは元隠し部屋に入っていき、3ヶ月前に動かしやすくするために改造した扉兼本棚を閉めた。
「アズラエル様、トレイス様、これからよろしくお願い致します。」
レイは、メイドらしく、頭を下げてお辞儀をした。
「こちらこそよろしく頼む。」
「当たり前だが、我らよりもソフィー様の事はお主の方が知っているだろう。段々とで良い。教えて欲しい。」
「そう…ですね…まずお教えしないといけないのは…」
「あぁ、何だ。」
「先程は、たまたま隠し部屋を見つけ、悪魔の眼を手にしたから逃げているみたいな言い方をされていましたが、本当はそれとは別の王族の婚約者から浮気した無実の罪に問われ、それで逃げているんです。」
「そうだったのか…」
アズラエルの顔が更に真剣な表情になった。
「はい、お嬢様はそこで、婚約者の兄に、ご両親を殺され、その場から逃げている最中に悪魔の眼を手に入れられたそうです。多分先程は、お2人にどこまで教えていいのか分からなくて言えなかったんだと思います。その後、お嬢様はご両親と暮らしていた屋敷に1人で居た所を襲われた私を助けて下さり、今に至ります。」
「なるほど…」
「私は猫族なので魔法に関しては疎いですが、ソフィー様が、もう人とは比べようのない力を手に入れられたんだという事くらいは分かっています。ですが、その中身は、本当に繊細で、愛した人に裏切られ、目の前で肉親が殺され、心に傷を負った1人のただの少女なんです。どうかそれを覚えていただけたら幸いです。」
「分かった…私達に話してくれてありがとう。」
「あの様子だと自分から中々話せないタイプだろう。我らも気にかけていくしかないな。」
「レイのバカ…」
その声をソフィーは本棚の裏でこっそり聞いていた。その右眼には、黒い艶のある革で出来た眼帯に覆われていた。
(恥ずかしいじゃない…)
“やれやれ…主が自ら言わないからだ。”
(うっさい。)
一緒に居ると決まった後、ソフィーとトレイスは、アガレスと以前結んでいたのと同じ従魔契約を結んだ。
トレイスは、亜人ではなく、魔物に近い存在のためそれが出来るのだ。魔物に変身は出来るが、人型にはなれない。本人曰く魔力の消費が多すぎるらしい。変身するのに使う魔力は変身する対象によって変わり、用いる魔力でその変身した姿の強さも変わるとのことだ。
個体数がそもそも少なく、姿形が変わるため、その存在は人間達に知られることはなく、今日まで生きてきたそうだ。
そして、従魔契約によって、トレイスはソフィーの魔力を借りる事や、魔導具を用いること無く、テレパシーで会話が可能になった。
こうして、ソフィーの住処に、新たに伝説級の龍と突然変身する2人の同居人が増える事になったのだった。
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ガイロニア王国軍の軍務局の第2隊長室では、今日もレイモンドが山積みの書類に目を通していた。
それはソフィー関連のものに限らず、王都とは別の大小様々な集落での魔物の被害や、軍の予算承認等、様々だった。
ソフィーの行方だけに仕事を絞りたい思いもあったが、それでは隊長は務まらない。
とりあえず赤い眼の右眼が変わっているエルフの捜索依頼を冒険者ギルドに出し、様子見をしているが、それでも何も音沙汰無しだ。
「うーーん…」
椅子に縛り付けられていた体で立ち上がり、腕を伸ばして体をほぐす。
「よぉ、お疲れさん。」
ゆっくり部屋の扉を開けて、第1隊長のコルトが入ってきた。
その両手にはそれぞれ取っ手の着いたコップがあった。
「ほらよ、差し入れだ。」
「おっ、サンキュ〜」
コルトの左手のコップを受け取り、それを口に運ぶ。
「そっちは最近はどうなんだ?」
コルトが第2部隊の様子を尋ねた。
「まぁ、変わらずだな。1つあるとしたら、帝国国境で、魔物の目撃情報が例年より増え気味なくらいかな。まぁ、冒険者に任せて今んとこ軍が動く必要はねーだろう。」
「そうか…」
そう言ってコルトはレイモンドのデスクの報告書に目を向けた。それは要約すると、冒険者ギルドからのソフィーの捜索依頼で、まだ見つからないというものだった。
「まだ、見つからないのか…」
「あぁ、」
レイモンドは何の事なのかは言われずとも分かった。
「もう半年になる。既に国内には居ないと見るべきかもな。隣国にも協力を依頼すべきかもな…」
「あぁ、だが、他国がもし、彼女の力を知ったらこちらに引き渡すよりも手駒にしようとするかもしれねーぞ。特に帝国は…」
レイモンドが帝国と呼ぶのは、ガイロニアから見て魔王領のある東とは反対の西にあるギリス帝国の事だ。ガイロニアとは違い、典型的な軍事国家だ。ソフィーの力を知れば、身の保証を餌に引き入れようと躍起になるだろう。
「そうなれば、この国が安全とは言い難いな。魔王を倒したあの化け物を王国軍が止めれるわけないだろう。」
(化け物か…まぁ、彼女のその面しか知らないとそうなるよな…)
その時、静けさが広がっていた部屋の扉をノックする音でレイモンドは我に返った。
「レイモンド隊長。失礼します…あっ、コルト隊長どうも。」
入ってきたのは少し前に来た、レイモンドの秘書だった。書類の山に圧死しそうになり、コルトに相談し、補佐を任せられる人材を雇ったのだ。
「ん?アミーどうした?」
雇ったのはアミーという名の赤毛の綺麗な女性だった。コルトの上司の知り合いで、冒険者ギルド職員としての経歴もあるとの事だ。
秘書らしい清潔感のある服装で、胸元にはキラリと輝く宝石の付いたネックレスがあった。
秘書としては優秀で、レイモンドの圧死も免れた。
「数日前に東の集落で強姦未遂で5人の男が駐屯されていた軍の兵士に逮捕されたのですが…その時の取り調べで…」
そう言いながら、アミーはレイモンドに1枚の紙を差し出した。
レイモンドはそれを受け取り、目を通す、一緒に居たコルトも隣で見る。
それを見るなり、レイモンドは手にしていたコップの中の紅茶をグイッと飲み干し、扉に早歩きで向かった。
「おい、どこに行くんだ。」
「アリアのとこだ。」
「おい、レイモンド。」
「なんだ?」
「落ち着け、犯罪者の情報だ。信憑性は低いんだ。」
「だがな…」
「まぁ、これを依頼したのは第2部隊の方だ。好きにしろ。」
「あぁ、じゃあな。」
そう言って、レイモンドは部屋を後にした。
「ん、じゃあ俺も自分の部屋に戻るとするか。アミーちゃんもお疲れ様。」
「はい、コルト隊長もお疲れ様です。」
お辞儀をするアミーを背に、コルトはレイモンドの部屋を出ていった。
コルトが出ていき、戻ってこないのを確認すると、アミーはネックレスを握り、魔力を通した。
すると…
(ねね、ダンタリオン…)
(なんだ?)
(あんたが言ってた通りにエルフの目撃情報は奴の知り合いの隊長に流したよ。)
(分かった。)
(これで食いつくと思うの?)
(半年、軍の情報網とフェネクスを持ってしても情報を得られなかったんだ。労力を割く価値はあるだろう。奴も逃げるのが上手い。)
(で?知り合い達は泳がせればいいの?)
(あぁ、フェネクスに頼んで、“羽を1本”使ってもらってバレないように追跡させる。これでビンゴだったら俺と弟と例の部隊で行く。外れだったらまた振り出しだ。)
(あたしは?何かやることある?)
(そうだな…特に…あぁ、そうだバエル様からだ。)
(え?なになに?何かあたしの事言ってた?)
(特に何も無かったぞ。)
(ちぇーてかさーなんで71番のあんたに連絡行って58番のあたしに連絡来ないわけ?おかしいでしょ。)
(それは知らん。それよりだ。バエル様は、そろそろ国を動かすそうだ。その情報が外れか、捕まえられなかった場合は確実だろう。)
(えっ?マジ?あたしも参加していいの?)
(それは本人に直接聞いてくれ。)
(えーーだってさ、バエル様に連絡すると大体他と通話中なんだもん。でもそっかぁ〜楽しみだなぁ〜久しぶりにいっぱい血が流れそうだよ♪)
(お前は相変わらずだな。)
(あたしにお前って何よ、私がお姉さんなんですけどぉ〜)
(まぁ、俺は気に入られてるからな。)
(何それずるいんですけど。)
(仕方あるまい。それはあの人の自由だ。それに今回の目標確保の為に俺に一時的に槍を貸してくれたからな。)
(えっ?マジ?あの槍でしょ?よくバエル様手放したよね。)
(一応一時的なものだが…代わりになるものをフェネクスが回収してバエル様に届けたからな。多分槍が無くても問題無いんだろう。)
(代わりって…?あっ、剣?)
(あぁ…軍が動けば多分見れるぞ。)
(やったぁ〜楽しみ〜)
(お前は本当にサイコパスだな。)
(えっ、あたし達ってそーゆー生き物でしょ?)
(まぁ、そうだな…)
(あっ、そろそろ時間だから切るね、フェネクスからの情報とかあったら連絡して。バイバーイ!)
(あぁ、了解した。)
通話を終え、ネックレスから手を離し、アミーは、レイモンドの部屋の天井を見上げながら…
「待っててね、ソフィーちゃ〜ん♪」
アミーは、自身の兄とも言える存在の力を手にした少女と邂逅を切望しながら、狂気に満ちた笑みを浮かべ、ソフィー本人すら知りえない自身の頭の中で、どのようにして遊ぶか妄想を繰り広げていたのだった。
To Be Continued
アズラエルとアガレスの実力はアガレスがちょっと上くらいです。紅茶は僕らとほとんど同じ感じです。
暦は、大分迷ったんですが、楽なので1ヶ月30日の設定でやってくつもりです。