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「赤い涙」

23話「赤い涙」



衝撃波の後、立っているのはソフィーだけだった。

ほんの少しぼーっとしていたが、直ぐに我に返り、倒れている両親に駆け寄る。


「とーさま!かーさま!」


2人の体を掴み揺さぶる。

すぐ様、元医者らしく首に指を当てて、脈を確認した。

が、2人とも既に脈は動いていなかった。


「うっ…ごめん…」


(まだ一緒にしたいこといっぱいあったのに…色んなこと話したかったのに…)


ソフィーは、ゆっくりと両親の体を床に置いた。

周囲に転がっている人達はまだ目を覚まさなそうだ。

そして、彼女は、悲しみを代弁する目に溜まっていた涙を腕をこすって拭った。


「とーさま…かーさま…何でよ…ん…足音?!」


廊下の方から足音が聞こえてきた。

1人じゃない大勢だ。

更に、足音に混じって金属がぶつかり合う甲高い音がした。

そして、その音はどんどん近づいてくるのが分かった。


音を聞いた刹那、ソフィーは何が来ているか理解した。

先程の衝撃波がやりすぎてしまったのかもしれない。

ソフィーは、今ここで見つかるのはまずいと判断し、どこかに隠れようかと思ったが、間に合わなかった。


「なんだこれは!?ってお前…」


先頭にに居たのは、初めてジークと会った時、一緒に居た現在は軍のトップのコルトだった。

後ろに部下らしき兵士が、見える範囲だけでも10人以上居た。


部屋中に、気絶してる男が転がり、その中で1人ソフィーだけが立っている。…誰がどう見ても犯人がソフィーだと思うだろう。


「ソフィー、お前がやったのか…何でだ…ジークもいるのに…」


「違う!騙されたの!アレク王子が…私の両親を…」


「うぅ…」


最悪のタイミングでアレクサンダーが目を覚ましてしまった。


「殿下!大丈夫ですか!」


起き上がろうとするアレクサンダーにコルトが駆け寄った。

そして、目の前のソフィーを見てアレクサンダーは…


「この女が俺たちを吹き飛ばした。捕らえろ。最悪殺しても構わん。」


「なっ!?やはり…」


「くっ…」


(やっぱりそうなるよね…エルフの私と王位継承権を持つ王子…)


「聞いたな!捕らえろ!」


数人の兵士が襲いかかってきた。

ソフィーはそれを横に転がるように飛んでかわす。

移動した先に居た倒れている近衛兵が持っていた剣を拝借した。


(重いな…いつもは氷だから…あれ魔法って…)


「『氷柱剣(アイシクルソード)』!」


ソフィーの周囲に氷の剣が生成された。

その姿と、魔力の大きさに、兵士達が狼狽えたのをソフィーは見逃さなかった。


すぐさま、近くにあった窓に向かって走った。


「待て!裏切り者!」


その言葉を気にもとめず、ソフィーは窓の方へと振り返った。


(私が何を裏切ったっていうのよ…裏切られたのは私よ…)


倒れていたソファに置いてあった自分の灰色のマントを雑に掴み

生成していた『氷柱剣(アイシクルソード)』を数本窓に向かって飛ばす。

甲高い音を立てて窓枠ごと粉々になった。

障害物の無くなった窓からソフィーは飛び降りた。

だが、自分が居るのが何階なのかを考慮していなかった。


「待って!やばい!」


ソフィーが居たのは王宮の4階。

前世の学校の屋上から飛び降りた様なものだ。


(『身体強化・改』)


ソフィーの身体に金色の膜が貼られた。


そして、そのまま足で石畳の地面に着地した。


「ぐっ…」


着地した瞬間全身に痺れる感じに似た衝撃が伝わり、足の骨が折れる感触がした。

魔力が封じられた後で、コンディションがいつも通りでは無かった。

凄まじい痛みに立っていられず、その場で座り込んだ。

座った所の周りには先程破壊した窓の破片が散らばっていた。


「『高位回復(ハイヒール)』」


右手を足に当てて回復魔法をかけた。

緑色の光が広がり、痛みが消えた。

他に怪我が残っていないか確認しながらゆっくりと立ち上がろうとしたら…


「はっ!」


物凄い速さで飛んでくる魔力を感じて咄嗟にジャンプし、かわした。

ジャンプした瞬間、先程まで立っていた所に矢が打ち込まれた。

石畳だったので、突き刺さることは無く、そのまま転がった。


先程飛び降りた窓を見ると、弓を構えた男がこちらを見ていた。


(ここに居たらまずい…)


数回しか来たことの無い王宮だったので、間取りや、今自分がどの辺りに居るのかなんて全く見当がつかなかったが、それでも、とりあえず走り続けた。

最初着地したのは中庭らしき所の様だ。


(これからどうしよう…王都は人が多いからもう居られないよね…)


その時だった。

少し離れた所にあった屋内に入る扉が開いて兵士が3人ソフィーの居る中庭に入ってきて、ソフィーと目が合ってしまった。


「居たぞ!白髪の女だ。」


「えっ?!」


もう他の兵士に情報が伝わってしまっていた。


ソフィーは踵を返して、逃げた。


(何でこんなことしてんのよ私…早く帰って寝たい…)


そんな事を頭で考えていたら…


「ぐっ…」


敵に背中を見せるなとはこういう時の事を言うのだろう。

後ろから追ってきていた兵士の矢が、ソフィーの右肩に突き刺さった。

真っ赤な鮮血が飛び散り、服を赤く染めた。


(ダメだ…捕まったらダメだ!)


(『氷柱剣(アイシクルソード)』)


左手を兵士達に向けて、魔法を放った。

痛みに堪えて、急所を外す様に操作して、放たれた氷の剣は、兵士の肩や足に命中した。

兵士達は呻きながらその場でうずくまった。


「はぁ…」


そして、痛みに耐えながら肩に刺さった矢を一気に引き抜いた。


「うっ…『高位回復(ハイヒール)』…」


肩が緑色に光り、一瞬で傷口が塞がった。


(とりあえず大丈夫かな…)


一安心したのもつかの間、別の場所から兵士が現れ、近くにあった扉から室内に入った。

それから廊下を走り続けたが、どれも似た見た目で出口がどこなのかも分からない。

見覚えのある場所もひとつも無い。

つまり、迷ってしまった。


「はぁ…はぁ…なんで…」


(これじゃ埒が明かない…)


ソフィーは、物陰に隠れて少し休憩していた。


そして、走り続けた疲れた体を石造りの壁に背中を預けた。


すると、怪しい鈍い音がして、壁の岩のひとつが凹んだ。

壁だったものが動き出して、地下に続く真っ暗な細い階段が現れた。

暗過ぎてどこに続いているのか、先に何があるのかは全く分からない。


「これって…」


(隠し通路?でも一体どこに続いてるの?)


非常に怪しいが、このまま王宮の中をさまよっていてもどうしようも無い。

このままじゃいずれ捕まってしまう。


(もしかしたら、この通路が王宮の外に通じてるのかも…)


(フレイム)


右手の人差し指を上に上げてロウソクのように焔を灯し、暗い廊下を照らした。

そのまま、石造りの階段を、慎重に降りて行った。


2階分程降りた所で、木で出来た扉が目の前に現れた。

ソフィーは左手で扉を開けようとしたがら 、施錠されており、開かなかった。

だが、木で出来たその扉は、長い年月で風化しつつあるのか、開けようと少し揺らしただけで、木屑が地面に落ちた。


(もしかしたら…)


ソフィーは思い切り扉に蹴りを入れた。

すると、扉は音を立てて、力なく崩れた。


(やっぱり…)


ソフィーあまりの脆さに苦笑いをした。


暗い部屋に恐る恐る足を踏み入れる。


「誰だ…我を起こしたのは…」


「ひっ?!」


突然部屋の中から男の声がし、ソフィーは女の子らしい甲高い叫び声を上げてしまった。


「ん、女…しかもエルフか…珍しいな…」


何か違和感のある声だが、不思議と警戒心は感じなかった。


「えっと…誰…」


「あぁ、そうか暗闇だと人間は見えないんだな…壁沿いにいくつか蝋燭があるはずだ。火をつけると良い。」


「あっ、はい」


ソフィーは言われた通り、手探り気味に壁につけてあった蝋燭を見つけ、そこに指に灯してあった火を点けた。


焔の灯りで、多少部屋が明るくなったことで、ソフィーに話しかけた男の正体が明るみになった。


石造りの壁と床の質素で、ジメジメした部屋の中央に、両手を鎖に繋がれた男が、膝を着いて居た。

長時間拘束されていたのか、見るからに栄養の足りていない痩せた体をしている。

ボロボロのみすぼらしい黒い服だったのかも分からない怪しい物を纏っている。

色白の肌に、血の色に似た赤い髪が生えていた。

容姿はジークやソフィーと同い年くらいの青年だ。


部屋の周囲には、机があり、使い方も分からなそうな怪しげな拷問器具が並べられていた。

ソフィーにも、この男が何をされていたのかは直ぐに察しがついた。


(王宮にこんな部屋が…)


そして、その男の頭部には、黒い角が2本生えていた。

その瞳はソフィーと同じ血のような紅い色をしていたが、ソフィーと違い、白目のはずの部分が黒く、充血したように細く赤い線が血走っていた。


(もしかして…でも、なんで王宮に?どうして…?どういうこと?)


「あなた…もしかして悪魔…?」


「…既に我らを知っているかのような口ぶりだな…そうだ…悪魔だ。」


「何人かとは戦ったからね…後、あなた達の主とも。」


「ギルガゼイヤ様とか…お前が生きているのを見るに、主も遂に死んだか。」


(なんだか、全然悲しくなさそう…)


「なんか、思った程、辛くなさそうね。」


「元より我は、主に召喚され、それぞれ肉体を与えられ、最期まで仕える契約を結んだ存在だ。人間どもの親子の様な強い思い入れはない。所でお前は、何故こんな所に来た?」


(どこから話そう…信用はまだ出来ないけど、他の悪魔ほど敵対心は感じない…鎖に繋がれてるから大丈夫かな。)


「どこから話そうかな…とにかく裏切られたって言葉が近いのかも」


そうして、ソフィーは自身の身に起きた事を掻い摘んで目の前の悪魔に話し始めた。

ジークと婚約したが、無実の罪を着せられ、婚約も消滅、ジークの兄アレクサンダーの復讐によって、両親を目の前で殺された事。その後逃げ回っていたら、この部屋を見つけたと…


(とーさま…かーさま…姉さん…師匠…会いたいな…会いたいな…)


「なるほど…若干我と似ているのかもしれないな…」


(似ている…?それより…)


「そういえば、あなたは何番目…?」


「ほぉ…そんな事まで知っているのか…まぁ、番号は主では無く、兄が勝手に言い出したことなんだがな…我は2番目だ。名はアガレス。」


「?!」


(2番目?それって相当強いんじゃないの?)


「どうして、そんな強そうなのにここに?」


「やはり気になるか…そうだな、これも縁だ。今度は我の身の上話でもするか。

主に召喚され、受肉後、我も他の兄弟と同様、主のために尽くして来た。

だが、1000年以上前、初めて人間達を虐殺した時、これが正しいのか、疑問に感じてしまった。

敵となる存在の事もある程度知る必要があると思い、我は下の兄弟、或いはさらに下の者に、人間界の文化や、魔法その他多くの物に関する書物を集めさせ、その長い寿命を用いて敵となる存在が何なのかを知ろうとした。

そして、我は知ってしまった。互いに大事に思う気持ち…本には“愛”と書かれていた。

我ら悪魔がこれまで虐殺してきた人間の裏には彼らを愛し、帰りを待っている存在が居るということに気づいてしまった。

我らは、そう簡単には死なない。肉体が滅ぼされても、精神体となって、新たな肉体に移ることも出来る。寿命で死んだ例も聞いた事が無い。

だが、人間は違うだろう?100年にも満たない寿命、直ぐに怪我や病気になってしまう脆い体。

だが、その儚さこそが、お互いを愛おしく思うのではないだろうか…

弱さこそが大事に思う理由を生み出しているのではないだろうかと。

我はこの事を言葉でしか知らない。既に間違えているのかもしれない。

正解を知り、自ら実感する事など、これから先も出来ないだろう。


だが、我はこの様な者たちを傷つける事に疑問を覚えてしまった。

その後、我は主に人間達との共生していく、穏健派に近い方向を提案した。

どこかに虐殺をする必要が無い道があるのではないかと、当時我は模索した。

半分以上の兄弟に反対された。

特に、我の唯一の兄には猛反対された。

名はバエル。謀略と殺戮を好む悪魔の鑑とも言える存在だ。

だからこそ、我の事は邪魔だったのだろう。

人間と和平交渉という名目で、我はバエルが人間達に根回しした罠にかかり、数百年前、捕まり、この部屋に閉じ込められた。

拘束された当初は、貴重な悪魔の肉体を隅々まで調べられたが、月日が流れ、拘束されたまま、忘れ去られ、今に至る。」


(つまり、悪魔達も一枚岩では無いって事ね…まぁ当然よね72人も幹部が居れば。)


(そういえば…)


「あれ、魔王は、なんで助けたりとかしてくれなかったの…?」


「その事だが、上の兄弟たちは、実質自由みたいな所がある。バエルも、俺が囚われる前はとある国を裏から牛耳っていた。我らが主に従うのは、当然だが、他の場で何をしていようとも、兄弟で喧嘩をしようと放置に近かった。」


(実質見捨てられたに近いのかな。)


「そういう事だったのね…嫌な事思い出させてごめんね…」


(私と似てるってそういう事だったんだね…)


「構わん、甘い考えを持ってしまった我の自業自得だ。自身が望んだ事を叶えられるほどの力が無かった我の問題だ。そして、それはお前も同じだ…」


「くっ…」


(悔しいけど…その通りなのかも…)


「この国の中の亜人に対する差別を甘く見た結果だ。」


「私が甘かったから…とーさまとかーさまが…うっ…」


(私が死なせた…私のせいで…)


再び、ソフィーの目からは涙が止まらなくなってしまった。

頬をつたい、床に滴り落ちる。


「…お前はこれからどうしたい?何を望む。」


(こいつならば…もしかしたら…我の代わりに…)


「何を…望む…?」


ソフィーはしゃっくりあげながら、アガレスの質問の返答を考えた。


(これからの事なんて考えてなかった。)


「…こ、今回、私はアレクサンダーの復讐に利用された。これで私が仕返ししても、それは復讐を繰り返すだけ。でも、私は彼を許せないと思う。私だって彼の立場だったら、もしかしたら同じ事をしていたかもしれない。

もう人間を信じる事が出来ないと思う。

本音はしばらく、人と関わる事なんかせずに引きこもりたい。

でも、いつか、私は、ただ、とにかく、エルフだっただけで、恋をする事が許されなかったこの世を正したい。

そのために、もし、叶うのならば、許されるのならば、私が幸せに過ごせる様に出来る正しい力が欲しい。」


(うむ…決まりだな)


「お前、名前は…?」


「そ、ソフィーよ。」


「ソフィー、我はお前のその望みの為に協力しようと思う…だが、その覚悟があるかだけ聞きたい。もうこれまでの生活には戻れないだろう。」


(そんな事か…)


「もう、既に元の生活に戻れないでしょ?犯罪者扱いなんだし。」


「ふっ…まぁ確かにそうだな…だが…もうこの身体も、魂も、自覚出来るほどボロボロになってしまった。」


(確かに見れば分かる…)


「じゃ、じゃあ協力ってどうするのよ…」


「とりあえず、この鎖を切ってくれないか…」


「わ、分かった…」


(『氷結剣(アイシクルソード)』)


氷の剣が右手に現れ、右手に握ると、直ぐに、アガレスの両手首の枷に繋がっている鎖を、断ち斬った。


吊り下げられていた腕が胴体の傍に戻る。そして、ゆっくりと立ち上がる。

話している時は膝立ちだったため、分からなかったが、アガレスの体はかなりスタイルが良かった。

身長も150cm程のソフィーを優に超えていた。


「残り物の魔力を一点に掻き集める。少し待ってくれ。」


そう言ってアガレスは、真っ直ぐ立ったまま目を閉じて、何かに集中し始めた。


見た目はただ立っているだけにしか見えないが、ソフィーにも少しは魔力の流れが感じ取れた。


しばらくして、ゆっくりと目を開け、再び喋りだした。


「本当に良いのか…後悔しても後戻り出来ないかもしれないぞ…一生独りなんて事も有り得る。」


「も、もう、良いわ…散々辛かったんだもん。今更何個か増えても時間をかけて受け入れるわ。」


「分かった…しばらく痛いからな。耐えろ。」


そう言ってアガレスは180cm近い高身長の体を少し屈めて、ソフィーと目線を合わせた。


「痛いって…何が?」


(えっ…)


「じっとしてろ。」


アガレスはゆっくりと、右手で、ソフィーの右眼に手を伸ばす。

鎖を斬ったものの、まだ手首には枷が付いている。


「えっ…ちょっ」


ソフィーは反射的に後退りしてしまう。

それをアガレスは、左手をソフィーの後頭部に手を回し、頭が下がらないように抑えた。


「力を抜け、抵抗するな、流れに身を任せろ。そして、創造しろ。お前が望む事をお前の力は叶え、具現化してくれる。」


アガレスの尖った爪がどんどん迫る。


(怖いけど…)


「もう…どうにでもなれ…」


その言葉を待っていたかの様に、アガレスの指が、ソフィーの眼球と瞼の間に入る。


「ぐっ…このくらい…」


(耐えろ…耐えろ…)


「おい、痛いのはこれからだぞ…」


「えっ…まっ…」


中に入れていた指で眼球を掴み、そのまま一気に引き抜いた。

眼球に繋がっていた神経が、気色悪い音を立てながらちぎれる。

それと同時に、真っ赤な鮮血が目があった所から吹き出した。


ソフィーはその激痛から、断末魔に近い、ワイングラスが粉々になり、空気まで引き裂けるかと思うほどの叫び声を上げた。

アガレスが手を離した右眼があった空洞を本能的に抑えてしまった。


「うるさいな…少しは我慢しろ…」


アガレスは右手に収まっていたソフィーの眼球を雑に放って、今度は自身の右眼に手を伸ばした。

先程ソフィーにやったのと同じ様に眼球を掴む。


「ぐっ…」


これまで散々拷問されたからか、ソフィーほど、痛がらずに、眼球を引きちぎった。


そして、空洞になった所から漆黒の血を流しながら、しゃがんで苦しんでいるソフィーの髪の毛を掴んで立ち上がらせ、目を覆っている手を払う。


「さっき言ったことを忘れるな。また会えるさ。」


そう言ってアガレスは、眼球を取り出した時と同じ様にソフィーの後頭部を抑えて、右手に持っていた自身の眼球を、ソフィーの空洞になっていた所に押し込んだ。


「うぐっ…何ごれ…」


目が収められた瞬間、慣れない異物感が襲い、更にアガレスの魔力が眼から体内に流れ込んだ事で悶絶して苦しみ、意識が遠のいて、目の前が真っ暗になった。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




転生した時とは対称的に、暗闇の中で様々な苦しみがソフィーを襲った。

意識の中なのに、実際に体を痛みつけられている訳では無いのに、激痛が襲う。

体を張り付けられ、四肢を切り落とし、舌をちぎり、内蔵をくり抜かれ、全身を焼かれ、身体中を穴だらけにされた。


(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!)


(もう嫌!!嫌だ!)



“流れに身を任せろ”



(ま、任せる…流れ?)


ソフィーは、痛みに抵抗せず、湖の真ん中で力を抜いて浮かぶかのように意識を苦痛に委ねた。

すると、段々と痛みに慣れて行った。


だが、それでも痛い、苦しい


(もしかして、これって…アガレスが受けた…)




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



「うぐっ…」


ソフィーは、一気に目を覚ました。

それと同時に再び、右眼に激痛が襲う。その痛みが頭部全体に広がり、頭を鷲掴みにされた様な痛みに変わる。


「起きたか…」


「アガレス…私これから…」


「はぁ…その眼、殺人兵器かもしれないが…な、慣れれば使いこなせるさ…と、とりあえずここから出ろ…さ、叫んだから兵士にバレたぞ…じゃあな…」


「アガレ…ス…?」


そう言ってアガレスはソフィーの目の前で倒れた。

激痛に耐えながら、首に指を当てると息絶えていた。

魔力で肉体を保っていたのか、残された体は、骨と皮程度しか残されていなかった。


「なんだ、この階段は?」「今の女の叫び声はここからだったぞ。」

「とりあえずお前は。隊長を呼べ、とりあえず俺たちが部屋に入る。」


ソフィーが降りてきた階段の方から兵士らしき男達の声が聞こえてきた。


(また、私を苦しめにやってきた…大切なものを奪いに来た…許さない…許さない)


「許さない!!」


そう叫んでソフィーは素早く立ち上がって階段の方に向かった。

部屋を出ようとした時、目の前に1人の兵士が現れた。


「なっ、お前エルフの…ってその目?!」


「邪魔…」


そう言ってソフィーは兵士に向かって右腕を手のひらを広げて伸ばした。

すると、魔法を唱えた訳でも無いのに、手のひらからは、これまでのソフィーの水色の氷では無く、中心が黒い、禍々しい氷の棘が現れて、真っ直ぐ飛んでいき、兵士の眉間に突き刺さった。


「ぐっ…ば、化け物め…」


(化け物か…)


「私からしたらあんた達が化け物だけどね…」


最初に倒した兵士に続いて更に兵士が細い階段を降りてくる。


(また来た。うざいな…)


ソフィーは今度は両手を階段の10人近くの兵士に向けた。

すると、手のひらから漆黒の焔が、火炎放射器の様に噴き出し、兵士達を焼き焦がした。

その熱さから、兵士達は悶絶し、呻き声を上げた。


(うるさいな…まぁ、そのうち黙るよね。)


ソフィーは苦しさで倒れたまだ息のある兵士達を踏みながら階段をかけ登り、隠し扉の所に出た。

彼女は、出たところにも兵士が居るだろうと予想はしていた。

だが、入口に立っていた兵士は予想外だった様だ。


「なっ?!お前何者だ!」


「お疲れ様。」


そう言ってソフィーは少し手を上に伸ばし気味で兵士の肩に優しく、だが素早く手を置いた。

すると、兵士の全身は先程の棘と同じ黒い氷によって固められ、直ぐに静かになった。


氷漬けにした兵士の叫び声を聞いたのか、廊下の奥から更に兵士が現れた。


「止まれ!」 「待て、エルフ!」


廊下に居た兵士が一斉にソフィーの方に迫ってくる。


(また来た…うざい)


「さっさと…くたばれ!!」


ソフィーがその言葉をまるで呪文かのように叫ぶと、ずっと傷んでいた右眼が2段階程痛みが増し、体から何かが発せられ、その後、吸収される本人にも、初めての感覚が襲った。


「っく…ッ」


慣れない痛みに再度悶絶し廊下の真ん中でしゃがんで右眼を抑える。


少しして落ち着いて、ゆっくりと立ち、目線を上げると、目の前には倒れて動かなくなったり、頭部が爆発したりした20人近くの兵士たちが転がっていた。

爆発した頭部から飛散した血で廊下の絨毯は非常にグロい光景と化していた。

本来なら異様な光景だが、何故かソフィーは、気にもとめず、廊下を走り出した。


廊下を疾走し、出会った兵士を瞬殺しながら、ソフィーは自身に問いかけていた。


私は、どこで人生を間違えたのだろうかと…


(ねぇ、女神様…私どこで間違えたの?何が行けなかったの?何か悪いことしたの?

これは天罰なの?

転生なんて、平凡な人生なんて贅沢な事をした事が間違いなの?

ただの憧れってだけでエルフになったのがいけなかったの?

どうして女神様…なんで、私の両親は死なないといけなかったの?なんで?

私は恋しちゃいけなかったの?ダメなの?)


廊下を走るソフィーの瞳からは、増していく悲しみに耐えられず、いつの間にか両目からは、大粒の涙が溢れ出し、右眼からは赤い、左眼からは透明の涙が、頬を伝って、流れていた。


そして、廊下の突き当たりの扉を力強く開け、外に出た。

中庭らしい空間の、石畳の地面を蹴るように疾走する。


(前世にも、この世界にも、なんで苦しみが存在するんだろう…神様が居るのに、なんで悲しいことが、辛いことが起きるんだろう…幸せからなんで、こんなどん底まで…)




「さて、どう逃げるか…」


頭の中では悲観的な感情が津波のように襲っているにも関わらず、体は冷静にその時の正解に近い動きをする事が出来ていた。


まるで、2人で1つの体を動かしているかのように…


前方、後方から合わせて30人近い兵士が鎧がぶつかり合う事で生じる高い金属音を鳴らしながら、ソフィーに迫る。



“創造しろ、具現化しろ”



突然すぐ近くで声がした。

隣でアガレスがそうアドバイスしてくれた様な気がした。



「創造(想像)か…」



ソフィーはぽつりと呟いた。


(やっぱり、差別されるエルフになったのが失敗だったのかな…異世界転生とか、贅沢だったのかな…だけど、それで幸せになる権利が消えるの?ダメなの?)


そんなことを考えながらも、一切関係無く兵士達は、ソフィーを罵倒する言葉を唾が飛んでるんじゃないかと思うくらいの口を開けて大声で叫びながら、剣を振りかざして迫る。


それに対しソフィーは…



「飛べ」



今の彼女にはこの言葉だけで十分だった。

この絶望が始まった当初から着ていた砂ぼこりや、血まみれの純白だったレースがあしらわれたワンピースと、その上から雑に羽織った灰色のマントの布を突き破って2つの穴を開けて、一瞬で背中から、悪魔を象徴する、蝙蝠に似た漆黒の艶のある綺麗な翼が生えた。


目の前まで来ていた兵士はその禍々しい異様な姿に狼狽えて危険を察知したのかその場でピタリと止まってしまう。


兵士のことは気にもとめず、ソフィーは兵士達の目の前から真上に飛び立った。


力強く羽ばたき、どんどん高度を上げる。

兵士が撃った矢すら届かない所まで来てしまった。

いつしか兵士達が、模型のミニチュアの人形の様なサイズに見えていた。

眼下には、自身を裏切り、絶望させ、両親を殺めた国の城が建っている。

その周りには、月明かりに照らされた、前世の都会ほどでは無いが、優美な夜景が広がっていた。



(とーさま、かーさま、ごめんなさい。良い子のソフィーは今日で棄てます。

ごめんね、花嫁姿見せれなくて。

ごめんね、孫を抱っこさせてあげられなくて。

ごめんね、3人で一緒にお酒飲めなくて…

天国で私を見ていてね。

私はきっと、悪い子だから、最期は地獄行きだろうけどね。

天国でも2人で仲良くしてよ?天国でもかーさまを困らせないでよ、分かったとーさま?)



「さようなら…とーさま、かーさま。」



(裏切られるのがこんなに苦しいなら、私を信じてくれないなら、失った時こんなに辛い恋なら…)



「ねぇ、ジーク…」



“あなたを好きにならなきゃ良かった。”




To Be Continued

このタイトル回収とかのシナリオは書き始めから脳内に存在してました。

ここからも頑張ってきます。

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