第96話 大市、開場。
題名通り、無事に開催。
支出は尾張が、
収益は斎藤が。
というとんだ不平等盟約ですが。
・・・・ホントにそうでしょうか?
ふふふ。
新しき物が開かれる瞬間というものは、
何度経験してもよいものだ。
すこし予想・予定よりも時間が経ちすぎたが。
10月になって無事に大市の開催となった。
初っ端の縄張り設計を思ったより
チンタラとやられたので、
こちらから早く早くと尻を蹴飛ばしてやった。
最初の段階から縄張りに干渉をかけているために
内容は熟知している。
縄張りが完成・決定する前から
必要な物資や資材を許可を取って美濃に持ち込む。
諸々のクレームには、
『ウチが銭と準備を出すと決めたのだから、
資材を集めるのは当然ウチの仕事。
……………当たり前だよなあ?』
と押しきってやった。
同時進行で尾張の"李部"に依頼の予定を提示。
井ノ口での通常の人雇いと共に
普請の働き手を予め確保しておいて、
………縄張りの決定と共に即座に普請を開始する。
先ずは会場予定地の整備と整地。
最初から稲葉山の方には申請を出していたにも
関わらず、普請に集まった五千の働き手に
周りの国人連中が"すわ戦か"とプチパニックになり
作業が停止したのはまあ予定どおり。
会場の平地化とともに、
予定地にややゴツめの柵を立てて門を造る。
これで会場を閉鎖する。
この大市が斎藤家への登録制度のため、
勝手に入り込んで
無断で商いをする連中を排除する為だ。
普請作業とは別に。
大量の働き手のメシを確保するために、
井ノ口の町衆と協議して
そちらから食材を買い取ることを事前に契約。
毎日、大鍋を大量に並べて食事をさせる。
普請であるにも関わらず、
井ノ口の働き手にも銭を出すから人は集まる。
過剰なほどに。
そしてこちらが仄めかした為だが、
途中からは井ノ口の商人が働き手の銭を目当てに
メシ屋や飲み屋などの屋台が出るようになる。
…………まあ、呼び水はウチの部下なのだがね。
会場予定地には先行してパネル工法で長屋を並べ、
長期滞在できる体制を高速でつくる。
これらは働き手の仮宿として使った後は、
将来の会場で商人が泊まる宿とは別に
使用人たちが泊まる木賃宿になる予定だ。
開催形式を検討した結果
この大市は年に四回開かれる予定。
春・夏・秋・冬の季節の変わり目に
数日間、開催される形態となった。
そのために大市は美濃・尾張の商人が
満を期して数日間、
場内にて泊まり込みで商いをする。
商人たちは各々が大量の使用人・大量の商品
そして大量の銭を持ち込んで気合いを入れて
店の進退をかけるほどの大商いをするだろう。
それゆえに会場には宿と蔵が建ち並ぶ。
…………予定だ。
流石に高級宿や土蔵は高速建築は出来ないから、
その辺りは第二回、第三回のお楽しみだ。
今回は仮の宿・仮の蔵となる。
まあ、これも低価格帯のサービスとなる予定だ。
ここまで聞くとわかると思うが、
この大市は産物の交易だけでは済まなくなる。
蔵の警備や宿の経営、そしてメシ屋や飲み屋もまた
大市には建ち並ぶことになる。
これらは斎藤家から申請・許可を得て経営される。
交易をする商人だけではなく
宿にメシ屋・飲み屋を開く商人、
雑用を代行する商人などから
商家の一家に対して銭一疋が
斎藤家に会場使用代金として支払われることに。
………会場や蔵の警備からは、
斎藤家もさすがに銭はとれんからな。
それとは別に商人たちから
蔵の使用代金も徴収されるシステムだ。
年に四回とはいえ、
これは結構とんでもない収入となる。
美濃斎藤家は思った以上の銭を手に入れて、
ホクホクとなるだろう。
尾張でも美濃でもそして伊勢・三河でも。
この大市の存在を大々的に宣伝をしたから、
美濃の第一回大市は大成功を収めるだろう。
斎藤家にも、集まった商人にも富をもたらす。
いい稼ぎを得られる行事として認識されるだろう。
そしてこの一回の成功で、
この大市は美濃の地に完全に定着することとなる。
実はな、以前にも言ったがこの大市は
斎藤家が主宰し、その権益を持つ。
つまりこの大市には『座』が、
既存の既得権益が入る余地がないのだ。
事 実 上 の 楽 市 楽 座 と な る 。
これによりこの制度の"旨味"に味をしめた
美濃と尾張はジンワリと楽市楽座の検討を始める。
商業の自由化が進むわけだ。
後はこちらが指南した第一回とは違い、
第二回からは斎藤家に自由にさせる。
後はご自由に。
こちらはクレームを入れるだけの楽なお仕事だ。
ふふ。
そういえば。
一時的にせよ、こちらが居座ったことで、
ヘビ殿は調略などを警戒しているようだがな。
私の目的は美濃への地盤造りとこの大市だ。
村田屋の美濃井ノ口支部の設立の方が大事だよ。
それに、なあ。
―――――調略や工作だなんてそんな、
直 接 的 な 策 を 取 る 訳 が 無 い だ ろ う ?
だが他の者とは違い監視の目を切らさないのは
流石は美濃の雄と言うべきか。
そう易々と自由にさせてはくれないらしい。
高台に登り、ざわめく大市を眺める。
この大市もまた、
美濃・尾張とその近辺への策のひとつだ。
大市の成功そのものが私の目的でもある。
・・・・・・それと。
皆が交易の方に目を取られているから、
警備に宿・メシ屋や飲み屋の経営は
今回の大市では盲点となって疎かとなる。
……であるからこそ、
今回に限ってこれらは交易とは別に
大きく荒稼ぎのできる草狩り場となる。
宿における斎藤家の利権は、"宿の主への使用料"。
素人が宿なぞやっても失敗するだけだからな。
その辺は"このために"説得した。
そして、これら全てが
私の村田屋一家で運営される。
確りと大儲けさせてもらおう。
1550年10月に行われた第一回大市は、
大盛況をもって行われた。
季節の変わり目に四回、満を期して行われる
この大市は数日間にわたり開催される。
この大市に参加した人数は、
交易に参加した商人とその使用人だけでなく
商品を保管する蔵の警備に
宿屋・飯屋・飲み屋などを経営する者たちなど。
第一回の大市に参加した人数は
一万人を優に越えていたとされている。
以後もこの大市は欠かさず行われて、
周辺地域に大きな利益をもたらすようになる。
この"美濃大市"は何度かの中止は有ったものの、
現在まで続けられている
中部地方の季節の風物詩である。
再び視点は主人公へ。
美濃大市、無事に開催される。
この大市は一種の大型商業ショウイベント。
多方面・多地方から多くの商品が集まる、
大規模な特産物展示会に近いイメージ。
当時にはこういった機会はなく、
商品は全て自分で確保しなければならない時代。
そのためにこの大市は地域に根を張った商人には
千載一遇の大チャンスとなる。
第一回は主人公の手が入ったものの、
第二回からは斎藤家に丸投げ。
一番儲けるのが運営なら、
一番大変なのも運営。
銭よりも手間を嫌がって美濃へ放り投げた。
まだまだ人材が足らないからね。
これも利益供与のひとつである。
マメ知識
『チンタラ』
元は焼酎を造る時の描写から。
焼酎は一度蒸留の過程がある。
原料の"醪"を
鉄釜で沸騰させると"チンチン"と、
それが冷えるとツボへ"タラタラ"と。
この情景を表現したもの。
どうしようもなくひどくゆっくりした様を表す。
『すわ』
掛け声や感嘆の声の一種。
①"そらっ"や"さあ"、"あっ!"などの驚きの言葉。
②"そら"、"ほら"などの相手が気付いていない
事への注意喚起の掛け声。
『座』
いわゆる当時の職種の協同組合なのだが。
当時はガチガチの既得権益集団であった。
元は公家や寺社をバックにした自衛組合。
しかし本来の職種の自衛ではなく
新規事業者の徹底排除や非加入者の締め出し、
他には"悪い意味で"知識の独占など
好き勝手なことをやっていた。
しかも結構に銭をせびっていたとか。
お陰でひどく風通しの悪いことになっていた。
主人公は弾正忠家のバックがあるから
彼らをガン無視している。
西洋では"ギルド"が
同じ形態で、かつ同じ腐敗状態だったらしい。
つまり"なろう"ではギルドが多用されているが、
これは用法としては余り正しくない。
これでは腐敗を疑われる。
『草狩り場』
村などの集団が肥料や屋根のカヤなどを
刈り取るためにつくった原野や川原などを
集団内で共同で自由に取れるようにした場所。
少し前に触れた"入会地"をさす。
そこから"利権を奪い合うところ"
を表すようになり、
"外部集団から用意に浸食を受ける集団"などの
意味として使われるようになる。
『千載一遇』
"載"は、"年"と同じような意味。
つまり"千年に一度だけ、出会す"ほどの
貴重で恵まれた状況をさす。




