第95話 武家の"勘"、商人の"勘"
"商人"として一時的にも
ヘビ殿を圧してのけた主人公。
一国の主としては、当然監視が付きます。
そしてその後どうなった?
――――――そうか。
わかった。
さがっていいぞ。
……………ふう。
こちらとの外交を取り仕切っていた平手と、
よくわからん村井の小僧が来てからもうすぐ一月。
『私は大市の設営準備を行おうと思います。
縄張りの案が出来ましたらどうぞ此方へ。
此方からも幾つか素案をお持ちしますので、
検討をお願いいたします。』
などとほざいて、
そのまま井ノ口に店を構えて居座りおった。
そのまま資材の搬入許可やら、
商いのための品物の搬入許可やら。
連日にあれこれと許可を取りにやってくる。
『まあ、斎藤家としては疑わしいでしょうから?
持ち込む品の検査は存分にして下さいませ。
どうぞどうぞ、ご自由に。』
そんな具合に、こちらの検査を一切に拒まぬ。
それどころか箱や袋を自ら広げて協力する始末。
最近では連日の資材の搬入が続き、
検査に飽きてうんざりしてきた担当の者に
『真面目にやってもらわないと困ります。
その結果として怒られるのは私達なのですから。』
などと説教したとか。
―――――――いや、まて。
何で検査をする側が怒られているのだ。
などと思ったのは儂だけではないはずだ。
店の用意が出来上がったところで、
人を雇い町中で派手に大きく宣伝。
鳴り物入りで開いた店で尾張モノを始め、
伊勢モノ・三河モノを大量に売り出す。
少し前まで尾張よりの流通が滞っていたため、
忽ちのうちに大人気になる。
どれほど在庫を用意しても人が集まりすぎれば
売り切れは起こってしまう。
そういったもの達にこう囁いたようだ。
まもなく……およそ秋頃には稲葉山の斎藤サマが
差配された大市が始まる。
美濃と尾張の商人がそろう大きな市で、
これからはこの市で仕入れた品が
美濃に満ち溢れるようになるから、
それまでの辛抱だ・・・と。
勝手に言い触らして既成事実にしおった。
…………今さら中止にすることも出来んわ。
――――やってくれる。
かと思えば当人は毎日のように
夕方になると町衆を招き宴を開く。
一昨日は紙屋、昨日は酒屋、今日は染物屋。
『何せこちらは新規ですから。』
と自ら下座に座ってもてなしを行っているとか。
困ったときには品や銭を融通すると言っており、
関係構築は順調とか。
―――――明日は材木屋関係らしいぞ。
"大市"の準備も順調であるようだ。
縄張りに宿だ蔵だ会場だと指定を付け、
早く早くとせっつく。
縄張りが出来た途端に動きだし、
尾張と美濃から人を雇って早々に普請を始めた。
自身の放言を実行するために
日々、数千人を普請に投入しており
大規模な工事が進んでいる。
昼にはいくつもの大鍋を並べてメシを振る舞い、
普請であるにも関わらず銭を払う。
労役に出た者を甘やかして何のつもりだ、
何を考えているのやらと城内で噂になっている。
こちらの方でも、小僧の店を監視している。
井ノ口で居座る以上、
何かをやらかすのではないかと
おかしな動きをする者を日夜見張っているわけだ。
――――――だが何の動きもない。
店の中に商人に成りすました、店を隠れ蓑に使う
連中が潜んでいるのであろうと調べていたのだが、
そういう様子も動きも見せないし見えない。
……………妙だな。
尾張から商人の内に紛れ込ませ、
頃合いを観てそれらを放ち
工作でも始めるのではないかと思っていたのだが。
動く様子どころか、
そもそもそんな連中が存在しない。
一人残らず、ただの商人だ。
この一行に武家なんぞ存在しないのだ。
―――そう、武家である筈の小僧も含めて。
なんとも可笑しな話だ。
意味がわからん。
息子の高政も含めて、美濃の国人どもは
既に小僧を見ることを止めてしまった。
武家のくせに醜く銭に執着して
商人のように振る舞う。
愚かで薄汚い、見るに耐えられぬと。
……………………まったく。
これだから武家と言うヤツは。
銭が無ければ暮らしてゆけぬ癖に、
銭を扱うことを蔑む。
高政のヤツも武家に気触れおってから。
ちと先が不安よな。
武家の傅役など付けるべきでは無かったか?
武家となるには必須だったとはいえ。
・・・兎も角、
長年の武家としての儂の"勘"は、
…………ヤツは捨て置けと告げている。
アレは少なくとも
美濃で兵を乱を起こすなどをする質ではない。
その辺りは放置してもよいだろう。
――――――だが、かつての商人としての"勘"は。
ヤツから目を離すなと、
……………低く深く告げているのだ。
――――――ひとまずは監視の目を
絶やさぬようにしておくか。
ヘビ殿のターン。
彼がマークをして動きを探ろうとしたのは
『商人をやっている武家』である。
つまり
『商いを合間にやりながら動く』
その様な者を探しているわけだ。
しかし、主人公の側にいるのは全てが
『武家もやっている商人』もしくは
『元は忍びであった商人』であり、
彼らはヘビ殿のマークには引っ掛からない。
彼らは『商いの合間に動いている』から。
そのためにいくら探っても動きを察知できずに
『商いを盛んにやっている』様にしか見えない。
ある意味でヘビ殿も当世の常識の内側にいます。
ただしヘビ殿の商人の"勘"は
長年武家を続けて鈍ってもまだ確か。
武家ならこれで完全に騙され目を離しますが、
若い頃の商人の"勘"は警鐘を鳴らす。
マメ知識
『縄張り』
戦国時代において縄張りの意味は、
築城や施設における建築計画の事を指す。
元はと言えば、自分の所有を示すために
土地に縄を張ったことから始まる。
『ほざく』
"(他人が)言う"ことの表現。
しかし、これは相手を見下し蔑んだ表現のため
ご使用には充分なご注意を。
なお、これには漢字が存在しない。
あってもテキトーな当て字だけとされる。
『勘』
"勘"というのはシックスセンスではない。
人生や職業、人との交流から得た経験から得た
経験則によって得られた違和感の事を指す。
武家では得られぬ商人の経験則が、
美濃では道三だけに警告を告げている。
『警鐘を鳴らす』
昔は、火事などの非常時に小さめな鐘を
ガンガンと打ち鳴らして皆に危険を知らせていた。
警鐘を鳴らすとはこの事を意味する。
古めの消防署や消防団で
建物の側に高い櫓を立てて
小さい鐘をぶら下げていたり、
消防車のサイレンが
"カンカンカンカン"と鳴らされるのが
これの名残である。




