第94話 雁尾屋(井ノ口店)、とある一日
そもそも主人公が動いて
大人しくしていると思う方が大間違い。
目を離すとこんなことを始めます。
――――――せっかく井ノ口へ来たことだし、
ひとつ井ノ口にある雁尾屋の支店に行ってみる。
前にも言ったが井ノ口の町は鳥の子紙の本場。
雁尾屋の商いにとっては格上にあたる。
格下が格上の町で店を出すとか、
本当に言い度胸をしている。
なんて言いたいところだが、実は違う。
さて、覚えているだろうか?
三郎さまに事業計画書を要求した時のこと。
『―――ああ、ちょうどいい。
藤吉郎、お前さんも出してみろ。
お前さんがどこまで成長出来たかの試験だ。
別に不恰好でもいいさ。
あくまで中途の試験だからな。』
なんてセリフが有ったことを。
藤吉郎が出した計画書の結果が今のこの店になる。
簡潔に言ってしまうと、"鳥の子紙"の本場である
井ノ口で職人たちの修行をさせたいとのこと。
まあ、当然に却下。
この時代の者は商人も職人も
教えてくれと頼んで、教えてくれるわけが無い。
隷属に近い従属をしたなら話は別だが。
その分、搾取され自由はなくなる。
それでは意味がない。
ましてや美濃の技を尾張に持ち込むなど、
商人だろうが職人だろうが許すわけがないし。
――――――ならばどうするか?
その答えがここに有る。
――――――私がしたこと。
まずは井ノ口の製紙業界を隈無く調べる。
データをかき集めた所、
一つ……目についたネタが。
その当時、紙のシェアを巡って
古い老舗の名店と新規の強引な店とが
正面からぶつかり合っている。
現代でもよくある話ではあるのだが、
老舗の店は伝統とそれに裏打ちされた技術を。
新規の店はやや質を落とした安価のモノを。
それぞれの特色をもって争うこととなる。
こういう諍いが起こった場合、
老舗側に余程に優れた者がいる場合を除いて
安価の品が勝つように世の中はできている。
老舗の名店は、往々にして駆逐されやすい。
そして後になって失われた技術を惜しむ。
………そこまでがワンセットの扱いだ。
――――――そのような状況が解れば話は早い。
ならば老舗側が倒れる限界まで放置。
後に限界に至った老舗に手を差しのべ、
彼らを友好的にこちらに取り込む。
そうなればこちらのもの。
当方の巨大資本によって彼らを一気に立て直す。
これにより店どころか職人に至るまで健全化。
老舗側は地力も体力も完全に取り戻す。
"外資"により勢力図が破壊され、
バランスが崩れた諍いは?
安価を続けた新規の店が一気に不利となる。
体力を、身を削って安価と勢力を保っていた彼らは
やがて息切れをおこして。
諦めて降るか、
あるいは起死回生として不法・非道な手段に出る。
―――――残念ながら彼らは後者を選んだ。
………だが来るとわかっている襲撃ほど、
取るに足らないモノはない。
元伊賀の選りすぐりも集めた、
精鋭たちの警戒網にかかり
彼らは敢えなく、秘密裏に取り押さえられた。
これが表沙汰になれば彼らは身の破滅。
こちらの圧をもって彼らもまた、我らに膝を折る。
斯くして、
製紙業界の二大組織が私達の手にはいる。
ここまで来て漸く藤吉郎に言ってやった。
私達はアキンドだろうが?
イチから技術を手に入れずとも、
業を持った者を雇えばよい。
そこまで労せずとも、
技術も販路も手に入っただろう?
ポッカーン……とした藤吉郎は見物だった。
そこまでした二つの店を腐らせるつもりはない。
今も多少のいざこざは在るものの、
この二つの店は統合してある。
旧い店には新しき情熱と勢い、そして販路を。
新しい店には掛替えの無い確かな伝統の業を。
今まで互いに出来なかった事をやれている。
この二つの店は、新しい伊吹を得て
一つの店として大きく躍進を始めているのだ。
私たちの大々的な支援を後ろ楯にして。
――――そして私達には新たな可能性を。
販路も技術者と共に。
安価な大量生産技術も高価な高等製紙技術も。
その双方を手にしたために製紙業界の中でも
かなり高いアドバンテージを手に入れた。
おいおいに雁尾の職人にも技術を伝えて見せよう。
当初の藤吉郎の希望通りにな。
まあ、親の総取りをさせてもらうさ。
………………言っておくが、私たちは
4000貫の支援投資は受けとらんぞ。
あくまで自前で、自腹でやるから。
その辺はご安心あれ。
思い出したように藤吉郎の計画書フラグを回収。
タイミング的に、まあ紙の技術獲得に動くよね?
なんて話。
戦国時代は時勢的に思想が自力本願になりがち。
そのため技術獲得を
自力で得ようとした藤吉郎だが、
そんなもの主人公は気にもしない。
あっさりと企業買収の手口で手に入れて、
二つの店を雁尾の下に付けた。
『これで技術獲得が出来ただろう?』
これには藤吉郎も唖然。
マメ知識
『技術の新規獲得』
職人も商人も技術の秘匿を選ぶ。
従属でもしないかぎり、教えてくれない。
だから逆に彼らを部下に収めた。




