第79話 甲賀の里、望月さまの葛藤
巧い話には裏がある。
といいますが、当然に望月さんも疑います。
まあ、当たり前。
「ひとつ聞きたい。
…………その事で、弾正忠家は何を得る?」
わからない。
尾張方の思惑が。
この和議の意図が。
何かを得たのは甲賀ばかり。
伊賀も織田も何も得てない。
得ようともしていない。
―――――――どういうことだ?
これによって、甲賀は何を奪われる?
……………………何もわからない。
「…………まあ、何を言っても何を約束しようとも
今は信じられぬでしょうね。」
弾正忠家の若君と顔を見合わせたのち、
村井の若造が
なかば以上に苦笑を含んだ笑みを見せる。
―――――混乱したこちらの心情を読まれたか。
…………それは
「―――――ですから、あえて客観的な
未来の予測のみを告げたいと思います。」
こちらを思考をバッサリと断ちきる形で
言葉を続けた。
――どうやら、しばらくはこちらの意図を無視して
話すつもりらしい。
決めるなら、話を聞いてからにせよ……か?
「先ず今後甲賀は豊かになりますし、させます。
これは決定事項とお思い下さい。」
………………決定事項ときたか。
確かにありがたいが、何を望む?
――――甲賀を縛るというべきか?
「甲賀には"信楽"に
焼き物に良い土が有るときいております。
ここで焼き物を奨励。
合わせて甲賀でも茶の生産を試みて、
その双方を主な産物とします。
我等はその商いに優先的に参入して、
確りと元を取らせていただきます。
……………無論、買い叩きはしませんよ?」
―――――甲賀には小国人しかいない。
それゆえ、このような大規模な開発は出来ない。
それを行ってくれるのは…………嬉しいが。
「ただし、甲賀が豊かになることで、
将来的に問題が発生する可能性があります。」
ホラ来た。
何を吹っ掛けてくる?
……………問題とはなんだ。
「甲賀は伊賀に比べて街道上にある、
やや伊賀よりも畿内に近いなど
戦略上の価値が多少高くなります。
甲賀が豊かになれば、"三雲"や"和田"が
『この地を戦力として扱うことが出来る』として
彼らの主を唆す可能性が出てきます。
………………甲賀は富を得ることで、
将来的に畿内の争いに
巻き込まれる恐れが出てくるのです。」
――――――――― そ ち ら か 。
………確かにただの避難先でしかなく
足手まといになる甲賀など大戦では
宛にされないだろう。
…………………今までは。
先々に甲賀が富をえれば、
将軍家や六角は三好や細川に対する戦力として
我等をその様に扱うであろう。
そうなれば、
地位も官職もなく下賎と蔑まれる我等は
真っ先に矢面に立たされる。
『銭があるなら、貴き我等に供与せよ』
…………とでも追い剥ぎの如き台詞を言いながら。
――――――――― 最 悪 だ 。
「……とはいえ、要請だか命令だか知りませんが
これについては拒絶できます。
―――――――安心してください。
今までの伊賀との衝突の因縁を利用します。
『申し訳ないが、何分に
先だっての伊賀との遺恨が仇となっております。
今、戦力をそちらに向ければ
我らは伊賀に攻め滅ぼされかねません。』
……………とでも低頭平身にて訴えてやるといい。
流石に戦力や金蔓として宛にする甲賀が
滅びては本末転倒ですから引き下がりましょう。
銭についても同様の理由で。
実際に月に数回、矢の撃ち合いと鬨の声を
轟かせて偽りの緊張を国境でやっておけば
余裕がないという言い訳も罷り通るでしょう。
…………まあ、お互いに
くれぐれも怪我の無いようにしておけば。
矢も互いが放った物を後日、撃ち返せばいい。
面倒ですが、断りの名目のためです。
ばれない程度に本気でお願いしたい。」
……………巧いことを考えたものだ。
戦国の倣いならば、相手が犇めいている国境を
放置するなど論外だ。
充分すぎる名目となる。
それでも強要するようなら、
『よもや我等を滅ぼさんとする謀りか!?』
とでも弱い者なりに吠えてやればいいか。
「―――――――そしてこの先。
上でふんぞり返り見下すばかりの六角と、
実際に見に見える形で甲賀に恩を与える弾正忠家。
時が経てば経つほどに六角からの鞍替えを
訴える声が強まります。
……………もし時勢が変わってしまえば、
もう止めることは出来ないでしょうね。」
……………その時はその時です。
"その時"が来た時に考えさせていただきます。
―――――そこまで言うのだ。
"変わる"のではなく"変える"のであろうな。
そうなれば選択肢などない。
当時の歪んだ常識的には、
自分たちだけが得するとか、罠としか思えません。
望月さんの反応が至極当然となる。
まさか、
『正直、もう甲賀の対応がメンドイから』
なんて理由だとは想像も付きません。
そしてリスク回避の方法に、
納得するやら呆れるやら。
まさか紛争を断る名目に使うとか思いませんよね。
(当時としては、妥当かつ当然な理由)
マメ知識
『信楽』
言わずと知れた、焼き物の産地。
実は場所的には甲賀にあたる。
六角にはあげません。
『忍びの地位』
鎌倉から足利へと武家の政権が続きすぎたので、
当時の人間は、
"武家としての由緒と行い"に異様にこだわる。
一般的に忍びにはどちらも無いことが多いため、
武家が彼等を見る目は
"スラムの浮浪者"を見るようなモノとなる。
つまり、扱いは限りなく最悪。
『鞍替え』
"武家なら主に死ぬまで忠義を"というのは、
江戸時代に意図的に造られたキャッチフレーズ。
戦国時代の武家は、当たり前のように
主をコロコロと変えます。
負ける馬に乗って死にたくないから。
江戸時代のキャッチフレーズはこの安易な鞍替え、
これを防止するために造られた。




